学校は一体いつから異世界に変わったのか。
目の前の光景がまともなものには思えずに、そんな思考を繰り返していた。
夕日が照らしていた校舎の壁は突如闇夜に移り変わったことで生まれた月光の輝きに照らされている。
月を背負って地上に降り立つ死神たちは少女の形を保ち、その手に持った武器を振るって学生たちの命を刈り取ろうと走り出す。
「なんだよ、これ……」
呆然と呟く。それ以外にできることなど何もない。今日もいつものように学校に来て、授業を受けて、放課後にちょっとだけ特別な学園祭の準備という一年に一度しかない特別な期間に身を浸して、たったそれだけで終わるはずだったのに。
「皆! 体育館に避難してっ! 奴らは私がどうにかするわ!」
クラスメイトの生徒会長の声が響き渡る。皆が逃げるのに合わせて俺も避難を開始する。
できることなんて、それ以外にあるはずがない。
そのはず、なのに。
「は……?」
気がつけば、俺だけなぜか別のところにいた。
いいや、別のところなんて表現は間違っているかもしれない。だってここも学校の中なんだから。
皆の声はちゃんと届く距離にいるのに、それでもそこにたどり着けない。
なんでだ、どうなってる。
……どうしたら、この悪夢から抜け出せる。
「……」
目の前には外で生徒会長殿が戦っているのと同じ姿をした人間が。そいつが武器を持ったままこちらに走って来て、俺がこの状況をまずいなと認識して、そして──
………………
…………
……
「……っ!」
ガバリ、と布団をはねのけて起き上がる。わずかに遅れて目を開いて、そしてその場所が自分の部屋であることに気がついたことで、ようやく今の状況を理解できた……ような気がする。
「夢……?」
思い出して吐きそうになる。すぐにトイレに駆け込んで胃の中身を空っぽにしてから、自分がさっきまで見ていた夢のことをもう一度鮮明に思い出す。
「……いくら学校が嫌いだからって悪趣味過ぎないか、俺」
それとも、自分でも把握しきれないほどに鬱屈とした感情が溜まっていたのだろうか。
いや、だからって自分まで殺されなくてもいいだろうに。
と、いうかだ。
「なんで戦士が生徒会長なんだよ……」
確かにあの人は他の、一般的な学校の生徒会長とは違う。立派なリーダーシップというかカリスマを持っていて、学園のマドンナと呼ばれるほどに美麗な外見で、さらには美人な幼馴染に惚れられている鈍感野郎に恋心を抱いているという、ある種どこかの創作に出て来そうな条件を全て満たしている。
だが、それはあくまで『日常モノの創作』に出てくるような存在であって、非日常な代物に出てくるような戦う系のヒロインではないだろう。主人公……きっとこの場合は一年下の鈍感野郎か? まあ、そいつを非日常に誘うべきは転校生か何かであって、最初から登場している
「……とりあえず、今日は休むか」
こんな夢まで見てしまうような精神状態だとやばいと言わざるを得ない。
精神が病んでいますなんてきっと学校側からは認められないであろう、仮病と言われてクラスメイトからは罵倒されることになるだろう休み方だ。
それを、どこか贅沢な休み方なのだと、お前らいいだろう、という優越感に浸りながら、携帯でメールを確認しながら、据え置きの電話で体調が悪いように見せながら学校に連絡を入れて、さあ今日は一日遊ぶぞ、と思いまずはテレビをつけたところで───。
「え……?」
心臓のあたりから、手が生えているような。
その手に握られているのは、見覚えなんてあるはずがない、だけど俺の体のなか…に…ないと…いけ…ないはず……で……。
………………
…………
……
「また……夢……?」
いいや、そんなはずがない。また吐瀉して戻ってくれば、時計は何も示してくれないが、携帯とテレビであればこの状況がおかしいことをはっきりと示してくれている。
俺が知らないはずのメールが存在しない。先ほどの夢の中で見たメールと同じものしか存在しない。テレビも、先ほどの夢の中で死ぬまでのものと同じニュースしかやっていない。
「これってつまり……そういうこと、なのか……?」
体が震える。
先ほどの夢とまるで同じ内容のニュースとメール、さらには日付。何も変わらないその状況に一つの仮説が立てられる。あまりにもリアルな夢は、あのリアルすぎる感触は、決して未来予知なんてレベルの代物ではない。
俺は、死んでは巻き戻る、俗にいう死に戻りとかループとか、そういう体質だったらしい。
こういう類の物語は古今東西……ありふれているかはともかくとして、事この日本に限定するのであれば結構な数が存在する。俺も、そういうゲームや漫画、小説に関してはかじっている程度ではあるが知識はある。
死に戻り体質を得た、あるいはそれまでは気がついていなかった主人公が何度も何度も死にながら、その度に過去に戻ってやり直し、数え切れないほどの自分の屍を築き上げた先に自らにとっての大切なもの……それが世界と呼ばれるものだったり、国と呼ばれるものだったり、あるいは大切な仲間だったりするものを救っていく。
それはまさしく
だって力があれば、それは見ている人たちからすれば『それならその力でどうにかしろよ』と言われるような代物だからだ。俺も実際にそう思っただろう。
……だが、こうして実際にその立場になって、何か特殊な能力が欲しいと思うようになってしまった。
それでも現実は変わらない。サッカーゴールのポストを簡単に両断できるような輩が湧き出てくる学校に向かうか、それとも家で謎の心臓抜き出しによる不審死を迎えるか、どちらかしか自分には許されない。
どうすればいい。どうすれば俺は生き残れる。
考えて考えて考えて、限界まで考え続けて。
「あ……」
また、心臓を抜き取られ───。
………………
…………
……
「……つまり、学校に向かわないと殺されるんだな」
嫌な慣れだ。どうやら多少は殺されることに慣れてきてしまったみたいで、冷静にそんなことを思考できていた。多分さっき殺されたのは考え込んで学校に間に合わなくなったからだろう。
そもそもこの死に戻りというのがいつまで続くのか、一体どうやったら成功なのか、俺には情報が足りなさすぎる。
それでも、今の俺が生存のために許されている行動はそう多くはないのだから。
「とりあえず、学校に行ってから考えるか」
今日という一日を乗り越えるために。
「また……ダメだった……」
あまりにも慣れ親しんだベッドの上での目覚め。こうして今日を迎えるのが一体何度目なのか、もはや考えることすら億劫で、少しでも生き残る手段を考えるために最適化された学校へ向かうための準備もほぼほぼ自動で行われている。
一時間目での早退をしようとして、心臓を抜き取られて死んだ。
同じように二、三、四、五、六、果ては放課後の学園祭の準備すらも、参加しないと殺すと言わんばかりに心臓を抜き取られた。
その度に鈍化し、曇っていく視界に捉えられる小さな手は一体誰のものなのか、それを確認するために街中を走り回ろうとして、学校に行かないと死ぬことを忘れていて殺された。
『学校に行かないと死ぬ』ことを忘れてしまったという事実があるので、一回条件を再確認。
「今日、多分学園祭の準備が終わるまでの間学校にいないと殺される……」
ただし、その確認も学校に向かいながら。できることは全てやらないとダメなのだ。
「でも、学園にいたら学園にいたで放課後に訳のわからない女の子が襲いかかってきて殺される……」
学校からの脱出はどの時間帯に行ったとしても死に直結することは理解した。だったらもう仕方がない。次はあの女の子たちが出現してからどうにかして生き残るための手段を模索しないと。……確か、生徒会長殿が何か叫んでいたんだっけ。とりあえずはそれに従うとしよう。
あの
………………
…………
……
一回目。
普通に指示に従って体育館に避難したが、体育館の場所をしっかりと知っていて、さらには前の人についていくようにして向かったはずなのに、なぜか自分は上の階にいた。そこで斬り殺された。久しぶりに斬殺されたのは心臓を潰されるのとはまた違った感覚があったが、とりあえず出会ってしまっては逃げの一手は間に合わないと理解した。次は、仮病っぽい雰囲気でも出して他の人に連れて行ってもらうとしよう。
二回目。
体調が悪いように見せかけて他の人に肩を貸してもらった。これなら逸れることはないだろうと思って進んでいたのだが、それでも意味がなかった。気がつけばあの少女と相対していてテンパっている間に殺されたが、それなら今度は逃げないで教室にとどまっているとしてみよう。
三回目。
教室にとどまってみたのだが、そしたら今度は教室の中にあの少女が入ってきて殺された。机とかを利用して逃げようとしたのだが、相手はあの剣で机も鞄もリュックもスパスパ斬っていたので無理だった。
四回目。
今回は空からあの少女たちが降ってくるよりも先に体育館で待っていた。生徒会長殿があの言い方をしたということは体育館は安全なのだ。そう信じて、前回の少女落下が始まったタイミングで時計を確認しておいた。それに合わせて、俺も体育館に適当な理由をつけて向かったのだが、普通に中に入ってきて殺された。
五回目。
前回のあれからして体育館も実は安全ではないのでは疑惑が浮かんできたので今度は屋上に向かうことにした。屋上で生徒会長殿が叫んでいたので、始まる前から屋上にいたなら成り行きで守ってもらえるのではないかという考えだ。なのだが、まさかの生徒会長が屋上にやってこない事案が発生。逃げ出すよりも先に降ってきた少女に突き刺される形で死んだ。
六回目。
次だ。
七回目。
今回もダメ。見つかった。逃げられない。………………そもそも逃げるっていうのが間違ってるのか?
八回目。
ようやくわかった。逃げることは許されてないわけだな。
九回目。
行くぞ。あの
………………
…………
……
二十一回目。
ようやくだ、ようやく一撃目を躱せるようになった。速すぎてよくわからない攻撃だけど、軌道だけはわかりきっている。けど結構必死で、二撃目は避けられない。それでも、一撃だけは避けられるようになった。
二十二回目。
授業中もずっとあの化物の動きをトレースしている。間違いじゃない。相手の動きはよくわかっていないけど、これを避ける夢想が現実の自分が実行できる程度のものかどうかは前回避けることに成功した動きを基準にすればどうにかなる。……どうにかなるのか? 俺が甘い見通しをしない可能性がどこにある? いや、それは置いておこう。とりあえず次だ。
四十回目。
三回。それが俺が避けられる限界。一回目すらもどうやら本気ではなかったようで、手加減されていた一撃目を避けたことによる動揺が二、三の剣に乱れを生んでいたのか避けやすかったのだが、そこまでが限度。それ以上は圧倒的な身体能力で叩き潰される。
四十一回目。
不可解なことが起きた。三回避けた後、俺が足をもつれさせてこけた時に、もう絶対に避けることができない状況であるにもかかわらず、俺の肉の内側に熱い血潮と冷たい鉄の同伴する吐き気を催すような感覚に襲われなかったのだ。あのタイミングで受けたのは───衝撃。
四十五回目。
あの異常事態が何か、ようやくわかってきた。どうやら俺の首には何かあるらしい。あの鉄すらも簡単に切り裂く剣を防げる何かが。ただ、その何かも意味はなく、吹き飛ばされた先に壁があれば叩きつけられた衝撃で内臓がやられる。そっちの感覚には全く慣れていないために慣れるまでの数回は久しぶりに目覚めるのと同時に吐瀉した。
四十六回目。
ふと思いついたことを実行してみた。三回避けてから殺されるのを馬鹿正直に続ける意味もない。なので確実に躱すことができる三手目までの間に窓に向けて吹き飛ばされることで窓を突き破り、屋上から爆撃をしている
五十八回目。
もしかしたら今度こそいるんじゃないかという希望。最初のタイミング、あるいは見つけたタイミングで飛び出せば助かるんじゃないかという希望を砕かれ続けてようやく理解した。俺とあの少女が出会ったタイミングですでに外には誰一人として存在してない。ちらりと校舎の中がたまたま目に入ったのだ。そこに広がっていたのは先ほどまで屋上から攻撃を放っていた誰かが崩れ落ちていて、見知らぬ格好をした二人と自分と同じ格好をしている三人。
六十五回目。
あの女を殺そうとしていた男を先に殺してしまえばあの化け物が出現した後に助けてもらえる可能性が高くなるのではないかと思って、あの男の名前と居場所を調べた。それらがわかったために今回殺しにかかったのだが───ダメだ。あの男は
七十回目。
本当にどうしたらいいんだ。消えてくれ。どうして俺を殺そうとする。邪魔なんだよ、俺の命を奪おうとする連中全て。怪物は怪物らしく
七十一回目。
ちょっとみっともなかったと思う。何もせずに殺されるなんて、さすがにこれまでの頑張りを無に帰すようなものだ。久しぶりに胴体を斬られて死んでしまった。今度こそ、今度こそ……絶対に……!
………………
…………
……
「……よし、やるか」
外の光景が逢魔時から一気に闇夜に移り変わったタイミングで、周囲がそちらに気を取られている間にポツリと呟く。どれだけの繰り返しをしたのかはわからないが、わかったことは一つだけ。これを乗り越えるのに正攻法など存在しない。俺ではあの少女を殺せないということだけだ。
外では同じ教室にいた赤い髪の女が体育館に逃げるように俺らに対して叫んでいる。体育館に逃げても無駄だ。どうせ見つかって殺される。だが、そもそも逃げるふりをしないとあの場所にまでたどり着けない。一番慣れたのはあの場所だ。外に出てしばらくすれば俺だけ別の階……以前落ちて死んだ時の様子からして二つ上の階に連れて行かれるので、そこからがスタートだ。
「来た」
赤髪の女の言葉によって我先にと逃げ出した同じ教室の面々に続くようにして俺も外に躍り出る。そうして走っていれば前の人間の姿が見えなくなって───。
俺は、別の階にいた。目の前には黒い髪の女の子の姿をした化け物が刀を持って立っている。彼女が踏み込むために膝を曲げる。一気に駆け出すことは知っている。その一撃で俺の胴体を両断するつもりだってことも
彼女が踏み込むよりも先に一歩下がる。
彼女の姿が消えたタイミングで二歩目を後ろに踏み出す。
「っ……!?」
彼女が再度出現するのと俺が三歩目を後ろに踏み出したのは同時。確実に殺すつもりで放ったのだろう一撃をただの人間に避けられて、制服を切り裂いただけに終わったことにこの化け物が驚くことも織り込み済み。動揺した状態で放たれた次の一撃は前転するようにして避ける。身体能力が上がるなんてこともないために自分にできる限界まで勢いをつけてそのまま立ち上がり、こちらの姿を探して振り向いた化物から距離を取って、二回避けられたことでさらに動揺を重ねるこの
さあ、次だ。ここからが問題だ。
「……いい加減、死んで」
四度目の攻撃。先ほどまでのそれよりもなお速く、これが鋭さを増して迫って来ることも確認済み。俺では決して躱せないことも。きっとこれがこの化け物の本気で。
だから、首を差し出すようにして、目には見えないけれども確かに存在する首を守る何かをその刀の軌道に乗せるようにする。
「っっ……!!」
「なに、これっ!?」
声を出せない。首がへし折れたのではないかというような衝撃が走り、攻撃が通らなかったという事実に化け物が驚いている中、吹き飛ばされた勢いで窓を突き破る。
「がはっ……!」
ガラスの破片が肉に食い込みさらなる激痛にさらされながらも、がっしりと雨水を流すためのパイプを掴んで、それでもまだ吹っ飛ばされそうになる体を腕一本で支えて、そのままパイプを掴んだ状態で摩擦によって掌の皮膚が破れながら落ちて行く。
これまでの経験から、きっと───。
「っ!?」
一階下にいた赤髪の女、それと相対していた銀髪の男がこちらの姿を見て目を見開いている。その驚きにつられるようにして女もこちらの状況を理解して、そして頭上から窓から飛び出して追いかけてきた女の剣は首をひねって避ける。
そして向こうが落ちていく中で状況に気がついたのか赤髪の女がこの窓を光を形にしたような何かとしか表現できないもので突き破り、あの女を串刺しにした。それに目を向けることはなく、破られた窓に足を引っ掛けて、ふくらはぎにガラスの破片が食い込む痛みを堪える。前回はあと一歩というところで堪えきれずに失敗したのだ。今回は意地でも堪えて、そこを支点として上体起こしの要領で頭突きを行い窓をさらに破る。その勢いのままに校舎内部に侵入することに成功した。
ようやくこの事態をどうにかできそうな人物に合流することができたのだという安堵とともに───俺の意識は暗転した。
ちょっと知り合いが完結させたのでループものを書きたくなった……