「お前は、なんなんだ」
冷たい言葉が口をついて出る。戸惑ったのは一瞬。戸惑いが無駄に死亡回数を増やすだけだと理解しているから、それだけで済んだ。
ミューギィを名乗ったこの化け物は跪いていて俺に首を差し出すようにしてはいるが、俺のように首への攻撃を防げる何かを持っている可能性だってある。そう簡単に殺しにかかっていいものか。
「だからボクは……」
名前を聞いているのではない。いきなり現れて俺の武器を名乗るなんていう怪しさ満載の女を、平然と受け入れられるはずがない。
「なら、どうしたら信じてもらえる?」
どうやったって信じられるはずがない。
そう言えば、少しだけ凹んだ様子が見られるが、それすらもきっと幼い少女という見た目を利用して取り入ろうという姿勢でしかないのだ。信じられる相手であるはずがない。
「……なら、これからの行動で信じてもらえるようにするだけ」
……勝手にすればいい。こっちが信じるかどうかだって勝手なのだから、邪魔にさえならないならそれで十分だ。こいつが使える人物であることには変わらない。せいぜい使い潰させてもらう。
だからと言って、俺がわざわざこいつを仲間に引き入れるように頼む必要もない。こいつが勝手にしていろとしか思えない。
「わかった。勝手にする」
ああ、そうしろ。
「それで、もう一回言ってもらえるかしら?」
戻ってきて、空気が凍ったのを理解した。その中で声を出した赤髪の、永遠神剣を使っているやつ……確か斑鳩の言葉には怒りのような何かが入っていることも。この場にいる唯一の男子の永遠神剣を使ってるやつ……確か世刻とか名乗ってたそいつは、思わず斑鳩から距離をとっている。ちなみにその横にいる金髪と暗めの緑っぽい髪の女はこっちに冷たい目を向けているのだが、正直こっちだってこいつに関しては理解しかねるのだ。俺に向けられても仕方がない。
だが、このガキは俺の意思なんて無視して同じ言葉を繰り返す。
「だから、ボクは彼の、倉橋時崇の所有物。彼のことを傷つける敵がいるのなら殺すし、そうでないなら何もする気がない」
「ちょっと倉橋くん。あなた、この子に何をしたわけ」
知るか。
こいつのことなんて知るはずがない。いきなり目の前に現れてこんなことを言い出したガキのことなんて、俺に何を言われてもわかるわけがない。
「……手を出すな」
こちらに詰め寄ろうとした斑鳩をミューギィを名乗ったガキが喉元に剣を突きつけることで止める。その姿に立ち上がろうとした世刻とその横の女は、けれどすでに突きつけられた剣の存在があるためか立ち上がることすらできない。
聞いた話では、この女の持っている永遠神剣はここにいる俺を除いた四人の中で誰よりも強いらしく、全員でかかっても一瞬保てばいい方らしい。だからこそ、俺に従うと言っているこいつの真意を確かめたいのだろうし、そうでなくても「こんな小さな女の子に所有物って言わせるなんて」ってことらしい。
まあ、そんなことに関してはどうでもいい。今の俺にとって重要なのはたった一つだけ。すなわち、こいつの能力で元いた世界に帰ることができるのか、という一点だけだ。
「……ボクには無理だ。ボクは
そりゃ、なんとも役に立たないガキだ。結局、このガキがいることで変わる現実なんて何もない。せいぜい、こいつが言っていたことを全部本当だったと仮定して、その上で考えても俺のループ試行回数が少なくなるかもしれないということ程度。それすらも、なくなるとは断言できない以上は役に立たないと言っても過言ではない。
「何言ってるのよ、倉橋くん。彼女の力があればこの世界からの脱出が早くなるのかもしれないのよ」
役に立たないという発言に対しての斑鳩の言葉。そりゃ確かにそうかもしれないが、と思ってふと気がついた。まさかこの女は一度助けてくれたからと、この出所定かではない女を雇用するつもりなのだろうか。実は敵側なんです、なんてことを考えることすらしないんだろうか。そんな相手をリーダーに据えるなんて大丈夫なのだろうかこの学園。
「ボクは、主人が戦場に出ないなら戦場に出て戦うつもりはない」
なら決まりだ。このガキは役に立たない。俺は一般人なのだ。あのわけのわからない力二つがあっても実際には戦えない一般人でしかないのだ。戦場に出たら殺されるだけ。そのことはさすがにわかっているのか、残念そうな顔をしながらもそれ以上の言葉を発しない。というかそんなに戦って欲しいのなら、俺が出なくても一緒に戦うように頼み込めばいいのに。
「それなら仕方ないわね。……こっちに誰か攻め込んできた場合は、貴女に任せてもいいかしら?」
「主人に手を出すようなら」
眉間を揉む斑鳩だが、正直どうしてこうもこのガキを信用できるのか。
「いいわ。貴女をこちらで受け入れます」
まじか。
「先輩、どうしてあの女の子を受け入れたんです?」
どう考えても怪しいだろう、と世刻望は告げる。実際、彼女の怪しさは尋常ではない。
どの世界の出身なのかもわからない。どうしてこの世界にいるのかもわからない。いつ彼と知り合ったのかもわからない。わからないことだらけである。
「あら、そんなの簡単よ」
それでも一つだけわかっていることがあるから、斑鳩沙月は彼女を受け入れることを選択した。
それは世刻望にはまるでわからないことで、けれどこの場にいた女性陣……残りの永遠神剣の担い手である永峰希美とカティマ=アイギアスにはすぐにわかったこと。
「あの子、本気で倉橋くんに惚れてるみたいだったもの」
それぐらい、目を見ればわかった。
そして、その惚れている相手は
だから、彼は元の世界に戻るためにここにいることが必須であり、そしてそんな彼から離れるつもりのないミューギィはこの学園の最強の守護神になりうる。彼のことをどのようにして好くことに至ったのか、それについてはこれから先にでも尋ねればいいだろう、とそんな楽観的な考えで沙月は彼女の存在を受け入れたのだ。
それが良いことだったのか、それとも悪いことなのか、それについては今はまだ誰にもわからない。