Sword Art Online ”Camellia” 作:りこぴん
思い出しつつ投稿していこうと思います。
目の前で剣を繰り返し振っている少女とアスナは1ヶ月程度前にどこかで知り合ったらしい。
そういえばあの副団長に付き人が出来たという噂を耳にしていた気がする。
まさか本当だとは思わなかったが、それ以上にこんな少女だとは思わなかった。
人に聞けば誰もが美少女だと答えそうなほど整った顔立ちに、好感を抱く笑顔。
しかし本音を言えば、少しだけ気に入らなかった。
アスナと自分は、最前線の中でもそれなりの強さを誇ると自負している。
互いに負けないよう強さを磨き、攻略してゆく良い関係になれていると考えていた。
しかしそんなアスナが攻略組ですらない、自分より幼く見えるこの少女に勝てないと宣言したのだ。
未だ自分には勝てない、とは一度も言わない彼女が。
それがキリトの中の自尊心を悪い方向へと刺激していた。
その感情に嫉妬という名があることを、彼はまだ知らない。
その強さが本物かどうか見極めてやる。
湧き上がる感情を押さえ込み、キリトは武器を構えた。
キャロルとキリトがスタジアムに立つのを、アスナは複雑な気持ちで見守っていた。
キリトがキャロルを挑発する形で始まったこの戦いだが、その原因が自分の発言にあることをなんとなく理解している。
前から共に戦い、笑い合い、切磋琢磨してきたキリト。
共に戦いたいという自分を面倒くさがることなく、様々なことを教えてくれるキャロル。
はたしてどちらを応援するべきなのかアスナには分からなかった。
「アスナくん。キャロルくんは何をしているのかね?」
隣で見ているヒースクリフの言葉に、アスナは慌ててスタジアムに視線を戻す。
そこではキャロルが、先程から全く同じ動きで剣を振っていた。
素振りと言うには力が入っておらず、しかし適当に振っている訳でもない。
「あれは......キャロルが”絞る”と言っている動作です」
人が何かを行う際思い描く理想の動き。
しかし基本的にその理想を実現することは出来ず、何処かで必ずズレが生じる。
原因は筋力だったり体調だったりと様々だが、結局の所理想と全く同じ動きをするのは不可能なのだ。
「ああやって振りながらまず今の自分が理想からどうズレているかを把握し、それを踏まえて実現可能な理想を設定。そしてその理想に従った道を作るんだと言っていました」
流石キャロルだと感心していたが、キャロル曰く「アスナは無意識にやっているだけですよ」らしい。
「流石は天才と言った所か」
天才?
ちらりと聞こえた言葉の意味は、しかし試合開始のブザーによって尋ね損ねた。
キリトの剣筋はとても鋭く、そして素早かった。
横から迫る剣を長剣の腹で受け止めると、そのまま弾き飛ばそうとする。
しかしキリトは素早く身を引くと、再び今度は逆側から剣を振るってきた。
流石に上手い。
此方の長剣という武器を見極め、常にキャロルに不利、キリトに有利な間合いで動き回っている。
リーチが長いという特性は活かすどころか、素早い動きのせいで邪魔になってしまっていた。
しかし防戦一方では勝てない。
多少のリスクを承知で一歩下がり剣を振るう。
この間合いならばキリトは二歩踏み込まねばならず、長剣がヒットする方が早い。
そう考えていたのだがしかし、キリトはバランスを崩すのではないかというほど深く体勢を落とした。
長剣はキリトの上の空を強く切り裂く。
キリトが剣を引くのが視界に映る。
此方の重心は崩れたまま。体勢を戻すのは間に合わない。
剣の振り回しに合わせ無理矢理体勢をずらすと、頬のすぐ横を剣が通った。
突きではなく斬りだったら危なかった。
キャロルは内心で冷や汗を流すと、今の動きからキリトのデータを計算し始める。
腕の長さ、剣の重さ。身体能力や反応速度。
致命傷以外の攻撃は無視し、データ収集に務める。
そこからわかったのは、キリトの特筆すべき身体能力だった。
反射神経も何処のアスリートかと言いたくなる程で、致命傷を貰わないようにするのがやっとといった所だ。
しかしキリトのようなタイプはどちらかと言えば、やりやすい部類に入る。
自分のポテンシャルを活かした戦い方をするタイプは、攻撃が素直な傾向が強い。
時間が経過するにつれどんどん動きを解析され、段々とキリトの剣はキャロルまで届かなくなってゆく。
大きく体勢を落とすと、頭の上スレスレをキリトの剣が通った。
当たれば危うく致命傷になるほどの一撃。
意外と容赦がない。
キャロルは内心で苦笑すると、反撃の為に打って出た。
「アスナくんは随分と心配症のようだ」
「え?」
手に汗握りながら戦いを見ていると、ヒースクリフが振り向きざまにそう告げた。
「彼女に攻撃が当たる度に君の声が聞こえるのだが......私の勘違いかな」
思わず顔が赤くなる。
全く気づいていなかった。
頬に手を当てるとほんのりと熱があることに気付き、さらに恥ずかしさを覚える。
「君はキリトくんを応援しているものだと思っていたが」
「それは......」
いつの間にかキャロルを目で追い、応援していた自分に気付く。
状況的にキャロルが一方的に圧されている今、心理的にはおかしい事ではない。
しかし、この感情が状況だけから来るものではないことをアスナは何となく理解していた。
とその時、戦況が動く。
今まで防戦一方だったキャロルが反撃に打って出たのだ。
当たったのではないかと思えるほど近距離でキリトの剣を躱し、懐へと潜り込む。
けれどキャロルの武器は長剣。その間合いで剣を振るうことは出来ない。
誰もがそう思っていたのだがしかし、キャロルは体を翻し半身でキリトにぶつかった。
「うお......!?」
小柄なキャロルだが、剣の重みやふらついた重心も相まってキリトはバランスを崩し後ろへとたたらを踏む。
そして、そこは長剣の間合いだった。
そのまま半回転し、慣性を載せた必殺の一撃が放たれる。
類稀な反射神経により辛うじて防御には成功するものの、キャロルが重心も安定して勢いのある攻撃に対して、キリトはほぼ空中にいるような状態。しかも間に合った剣による防御は片手である。
「ぐぁ......!」
決着には至らなかったものの、剣は弾き飛び、キリトは地面を滑るようにして倒れる。
剣は遥か遠くに突き刺さり、思い切り倒れたキリトは体勢がくずれたまま。
明確な敗北。あとはキャロルが詰め寄り、もう一度剣を振るうだけである。
キャロルがキリトに向かった時、誰もがキャロルの勝利を確信する。
しかし。
「大丈夫ですか?」
彼女は剣を仕舞うと、キリトに向かって手を差し出した。
無事に終わってよかった。
キャロルは内心で安堵する。
キリトを起こすつもりで差し出した手はだが、いつまでたっても握り返されることはなかった。
不審に思い彼を見ると、何処となく表情に怒りが見え隠れしていることに気づいた。
もしかして何か不味い事をしてしまったのだろうか。
体当たりなどという手段をとってしまったことだろうか。
そんな思考を中断させたのは、他ならぬキリトの声だった。
「......なんで止めを刺さない?俺程度、何時でも倒せるってことか」
怒気を孕んだ声。
しかし、キャロルにはキリトが何故怒っているか全く理解できない。
「人を斬るのには流石に躊躇いがありまして......アスナの友人なら尚のこと。気に障ったのでしたら謝ります」
そう答えて頭を下げようとすると、目の前にキリトの拳が突き出される。
体力も少なくなってきていた手前、もし彼に拳を当てるつもりがあったとしたら決着がついてしまっていたかもしれない。
「......甘いよ、あんた」
キリトは顔を背け、吐き捨てるように言う。
と同時にウィナーシグナルがキャロルの上で瞬いた。
キリトの降参によるキャロルの勝利。
響き渡る拍手とは裏腹に、キャロルは後味の悪い勝利になってしまったと内心息を吐いた。
デュエルも終わり、騎士団内をアスナと歩いているキャロルは先程までとは比べ物にならないくらい疲弊していた。
何人ものプレイヤーがキャロルを一目見、そしてあわよくば御近付きになろうと話しかけてくるのだ。
オークションはまだ良い。あくまでプレイヤーの注目はアイテムであり、出品者はそれほど注目を受ける訳ではないからだ。
しかしこの場において注目されるのはキャロルのみ。
アスナの友人である手前団員の方々を外向きの態度で応じる訳にもいかず、一人また一人と笑顔で応対するたびに精神が磨り減っていくのを感じる。
これなら学会の方がまだましだ。
注目はされるもののほぼ話しかけられることはないし、自分の話す内容を連ねればいいだけなのだから。
「キャロル、大丈夫ですか?すみません、団員達が失礼なことを......」
「いえ、大丈夫ですよ。ですがありがとうございます。先程から私のことを守ってくださっていますよね。とてもありがたいです」
団員との間をさりげなく取り持ち、身体である程度の距離を保たせる。
さっきから団員が来る度、アスナはそうやって配慮をしてくれていた。
そう指摘すると、アスナは照れたように視線を逸らし頬を掻いた。
「改めて言われるとすごく恥ずかしいですね......あ、ここが私の部屋なんです。休憩していきましょうか」
重厚な扉を指差しそう言う。確かに、他とは作りの細かさが違っていた。
「ありがたいです。人と仲良く話すって難しいですね......キリトのことも怒らせてしまいましたし」
中に入り、示されたソファーに座る。
アスナは紅茶をふたり分入れると、キャロルの正面に座った。
「やっぱり、キリトくん怒ってたんですね」
「ありがとうございます。......やっぱりというと、アスナはキリトが怒ると分かっていたのですか?」
もしかして、自分がやったことはそんなに常識外れなことだったのだろうか。
そんな不安に襲われ尋ねると、アスナは苦笑しながら頷いた。
「キリトくんだったら怒るかなって、少し思ってました。まだキャロルとも出会ったばかりでどんな人かも分かってないし、手加減されていたと勘違いしたのかもしれません」
手加減どころか、もう少し解析が遅れたら負ける所だったのだが。
しかしキリトを良く知るアスナがそう言うならばきっとそうなのだろう。
「今度きちんと謝っておきますね」
「キャロルは悪くないと思いますが.......」
と、扉がノックされる。
アスナはちらりとキャロルの方を向き、彼女が頷いたのを確認すると返事をした。
「失礼するよ」
声とともにヒースクリフ、そして遅れてキリトが入ってくる。
礼をしようとするアスナに手で合図すると、キャロルのほうを向く。
「キャロルくんに少し話したいことがあったのだが、間が悪かったかな」
「いえ、構いませんよ。ただ少しいいですか?」
「なにかね」
その質問には答えずヒースクリフの背後に付いていたキリトに向き直る。
ヒースクリフはそれを察し、身体をどかした。
「キリト、先程は本当に申し訳ありませんでした。ですが折角知り合った方を剣で切り裂くなんてこと、したくは無かったのです。どうか私の甘さを許してくれませんか?」
「う......」
キリトは困ったように視線を彷徨わせた後、思い切ったように頭を下げた。
「俺が悪かった!正直......悔しかったんだ。上手くは言えないけど、勝ったのに嬉しそうじゃなくて、逆に心配をされて......俺の実力はその程度だったのかなんて思えてさ。とにかく、本当に悪かった」
「いえ、此方こそすみませんでした。......もし、キリトさえ良ければ今後も仲良くして下さい」
不安の混じった言葉に、しかしキリトは力強く頷く。
アスナはそんな二人の様子を、嬉しいような悲しいような複雑な気分で見ていた。
「そろそろ、いいかね?」
二人の会話が終わったのを見計らって、ヒースフリフが声を掛ける。
「はい、ありがとうございます」
「キリトくんも聞いて欲しい」
「げ......」
二人から離れようとしていたキリトが、げんなりとした表情になる。
そんなキリトの様子を意に介さず、ヒースクリフは切り出した。
「まずは......キャロル君、血盟騎士団に入ってはくれないか?」
まずは、という割には非常に重要な話に思える。
加えて勧誘されたのはキャロルのみで、キリトには聞いていない。
「血盟騎士団に......ですか。私よりキリトの方が余程適任かと思いますが」
「キリトくんには既に断られてしまってね」
成る程。
さっきの様子を見るにキリトはどうも彼のことが苦手なようだし、妥当といえば妥当な所か。
「アスナくんの補佐役にしても構わない。どうだね?」
現行最強ギルドの副団長補佐、客観的に見ればかなりの大抜擢である。
しかしキャロルは首を横に振った。
「申し訳ありません。私はアスナと共に居たいだけで、地位や名誉には興味がありません。それに、私と団員の方々の目的は違う。私が居ても迷惑になるだけでしょう」
「ふむ。目的が違う、というと?」
いつのまにかアスナも近くに来て話を聞いていた。
まるで告白のようにもきこえるその言葉を聞かれてしまっていたことに若干の照れを感じつつ、再び口を開く。
「余り言いふらしたくはないのですが......キリトやアスナ、血盟騎士団の方々は一刻も早くゲームをクリアし、現実世界に戻るのが目的ですよね?」
キリトやアスナの方に目を向けると、それぞれ頷く。
唯一ヒースクリフだけは反応を示さず、次の言葉を待っていた。
「私は少し違うのです。勿論、現実に戻りたいという気持ちもあります。しかしそれ以上に私は見たいのです。ここで茅場晶彦さんが作り上げた世界を、技術を、そしてその想いを」
技術だけではない。
天才、茅場晶彦がどのような思いでこの世界を作ったか、それを知りたい。
表情に微かな笑みを浮かべ、キャロルは語る。
それは今までアスナも見たこともない、好奇心から来る子供のような笑みだった。
「......ふむ」
ヒースクリフは顎に手を当てる。
その時、キャロルを除く二人は目を疑った。
まるで能面のように表情の変わらないヒースクリフが、笑ったように見えたのだ。
目の錯覚かと慌てて瞬きすると、次の瞬間にはいつもの無表情へと戻っていた。
「わかった、一先ずはこの話は保留しよう。今後もアスナくんのことを頼むよ」
「勿論です」
「では、本題だ」
ヒースクリフは身体を動かし、キリトとキャロルを視界に収める。
「実は今月末にボス攻略戦が予定されているのだが、事情が有り私は参加することは出来ずアスナくんがリーダーとなって行われる。二人が参加してくれれば心強い」
確かにアスナから勉強の合間に、ボス攻略が近いと聞いていた。
キリトは元々参加するつもりだったのだろう、二つ返事で了承を返す。
さて、どうしたものか。
余り前線に出て目立つのは正直、好ましくない。
黙ったまま考え、返事を返さないキャロルにおずおずといった様子でアスナが切り出す。
「キャロルが嫌なら無理にとは言わないけれど.....キャロルが一緒に闘ってくれれば心強いです」
不安げな様子のアスナを見た瞬間、キャロルのなかで決定は下された。
あんなにもキャロルのことを考えてくれているアスナが困っているのに、何を躊躇っていたのか。
利己的になってしまっていた自分を恥ずかしく思いつつ、キャロルはアスナに向かって頷いた。
「わかりました。私がどれほどの力になれるかわかりませんが、全力を尽くすと誓いましょう」
「キャロル......ありがとうございます!」
アスナの表情に花が咲く。
それを見ることが出来ただけでも、引き受けたかいがあるというものだ。
「私からも礼を言おう」
「いえ、未熟ながら尽力させて頂きます」
この時を持ってキャロルは、一時的とはいえど最前線へと身を置くこととなった。
工学っぽく許容誤差や公差等の単語を使っていこうかと思いましたが、わかりにくくなりそうなのでやめました。
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