神筆使いと錫の兵隊   作:ファイターおじ

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2話 宴と新兵

 男と新兵が初めて物語を紡いだ夜、キャスト達主催で歓迎の宴が執り行われた。誰が発案者という訳ではなく、キャストが増える度に行われる行事みたいなものである。

 

 基本的にお祭り好きな日本のキャスト達はここぞとばかりに酒を飲み、踊り騒いで夜を明かす。欧州のキャスト達も立食パーティの様に優雅な夜を過ごす。もちろん他の国のキャスト達も皆、それぞれの楽しみ方で宴を楽しむことが通例となっている。

 

 

 

 

 

 どこか騒がしい図書館の中でみんなが集まる場所、いつもの食堂で今回も宴が行われた。

 

 男は新兵の手を引き食堂へ入る。入ると同時に威勢のいい声が彼らを迎えた。

 

「おっ、主役の登場だ!待ちくたびれたぜ、大将!」

 

 そう声をかけたキャストは怪童丸と呼ばれる男。豪放磊落、発気揚々といった言葉が似合う快男児である。ちなみに大体、日本のキャストで宴を開きたがるのは、この怪童丸を含む三太郎と呼ばれる三人のキャストである。

 

「さぁさぁ、こっちに来て一緒に飲もうぜ!」

 

「待て待て、まずは挨拶からだ。この子の紹介をしないと」

 

「おっと、そうだったぜ。いやぁ、わりぃな大将!」

 

 怪童丸のデカい声で周りのキャスト達も男と新兵の存在に気付いたらしく、視線がこちらに集中する。男は新兵を一歩前に出すと、そっと耳打ちをする。

 

「さ、大丈夫だから自己紹介をしてみて」

 

「…了解しました」

 

 事前にロビンやシュネーヴィッツェンに新兵の心がないことは伝えてもらっている為、キャスト達は静かに彼らを見守っている。

 

「錫の兵隊、ツィンといいます。よろしくお願いします」

 

 シンプルな自己紹介だが、今の彼女にはこれが精一杯だと思った男が真っ先に拍手をする。周りのキャスト達も拍手で彼らを迎える。一息ついたところで男が適当に乾杯の音頭を取り、皆それぞれ自由に宴を楽しみだした。宴の主役たる新兵は当然引っ張りだこ、となるのだが、珍しくその新兵が男の手を引く。

 

「この宴には何の意味があるのですか?」

 

 新兵の言葉に男は一瞬考え込む。だが男は別に宴に対して無粋な発言をしたとは思わなかった。対人経験も少なく無垢な存在であるが故の疑問だろう、そう考えた男は優しい口調で新兵に語る。

 

「この場でいろんなキャスト達と話してごらん。様々な人と話し、経験を積めば色々な知識や考え方に触れることが出来るんだ。君の心の手掛かりになるかもしれないしね。最初から話すのは難しいと思うから、俺と一緒にまずは聞くことから始めようか」

 

「聞く…」

 

「そう、話すことは難しくても、聞くことは出来るだろう?まずは俺が一緒について回るから、いろんな人から話を聞こうか」

 

「はい、わかりました。マスター」

 

 そう言って新兵の手を取る男。最初に向かったのは食堂の中でも比較的落ち着いた場所、かぐやの居る所だった。

 

 

 

 

 

 宴と聞けば皆、騒いだり談笑したりすることが多いと思うが、中には静かに宴を楽しみたいと思う人も存在する。そんな人たちが自然と集まる場所、それがかぐやの近くとなる訳である。日本の典型的なお姫様のようなかぐやではあるが、本人は賑やかな宴も気にしないタイプである。しかし本人の気質がそうさせるのか。自然と彼女の近くは静かに飲みたい人達が集まる、そんな不思議な空間が出来上がる。

 

「失礼します。かぐやさん、楽しんでますか?」

 

 話しかける男。男の後ろには新兵が無表情のまま立っている。二人の姿を見たかぐやは柔らかく微笑む。

 

「ますたー様も本日はお疲れ様です。私も楽しませて貰ってます」

 

「それは良かった。騒がしい奴が多いからバタバタする前に挨拶しとこうと思って」

 

「まぁ、わざわざお忙しい中、ありがとうございます。そちらの子が?」

 

「ええ、今後一緒に探索することもあるだろうからね。ほら挨拶して」

 

 話を振られた新兵はコクリと頷くと無表情のまま挨拶をする。みんなの前で自己紹介をした時とほとんど同じ内容だったが、かぐやは優しく見守っている。

 

「とても愛らしい子ですね」

 

「まぁもうちょっと愛想がよくなれば100点かな」

 

「あらあら…ふふふ…」

 

 などと新兵が会話に入らずとも和やかな雰囲気が続く。そんな中、ふとかぐやが思い出したかのように口元を袖で隠しながら男と会話をする。

 

「そういえば、まりく様から良き布を頂いたのですが、量が多くて。もしよろしかったら、着物を作る際にあの子の服も作ってもよろしいですか?なかなか鮮やかな色なので着物には合わずに少し困っていたのです」

 

「そっか、さすがに着たきり雀だと可哀想だもんな。女の子だし」

 

 かぐやがうんうん、と頷くが新兵は無表情のまま反論をする。

 

「マスター、服の色の変化しても戦闘能力は変わりません」

 

「戦闘能力は関係ないよ。気分の問題だ」

 

「気分…気分とは何ですか?」

 

 新兵は首を捻る。そして男も首を捻る。その様子を見ていたかぐやが朗らかに笑いながら説明をする。

 

「端的に言えば、その時の感情ですね」

 

「感情?よく分かりません」

 

「あなたが抱く気持ちといいましょうか…  例えですが、色にも感情がございます。暖かい色、冷たい色。それは様々な経験によって、その人自身の価値観によって決まるものでございます。貴方がこれから日々の生活の中で貴方の価値観を見つければ、自ずと感情やその色が分かるかもしれませんね」

 

 かぐやらしい表現であるが新兵には難しかったらしく、頭に?マークを浮かべている。男は新兵の頭を一撫でするとかぐやにお礼を言って席を立つ。

 

「色々教えてくれてありがとう。改めて俺がこの子に教えることを理解できた気がするよ」

 

「いえ、もう少し分かりやすく説明できればよかったんですが…」

 

「色の感情か…教養のあるかぐやならではの視点だな。流石だよ。ありがとう」

 

 そう言い残すと男は新兵を連れて別のキャストの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「で、余の元へ来たという訳か…」

 

「お邪魔だったかい?」

 

 次に男と新兵が訪れたのはマリクのところ。この食堂に、何処か中東らしさを感じる椅子やテーブルを持ち込んで独特な雰囲気を醸し出している。当のマリクは王らしく、豪華な椅子に座りながら優雅に杯を傾けている。

 

「まぁ余も退屈していたところだ。飲み物でもどうかね?」

 

 そう言いながら水差しを手に取ろうとするマリク。しかしそれよりも前に、こっそり近付いていたジーンがその水差しを奪う。

 

「おーこれは中々の値打ちもんだぜ。貰っていいかい?」

 

「…貴様、どうやら滅されたいらしいな…」

 

「いいじゃねーか。どうせお宝なんて腐るほどあるんだろう?」

 

 そう言って言い争う二人。根っこは同じはずの人物だが何故かそりが合わない。男は彼らの持つ【願い】の違いが彼らを対立させているのだろうと考える。しかし、なんだかんだ言い争いながらも二人が一緒にいる時間は多い。そんな彼らの言い争い(じゃれあい)を止めるために男は話題を逸らす。

 

「そういえばかぐやに布を送ったんだって?彼女がお礼を言ってたぞ」

 

 その言葉を聞いたマリクはまんざらでもない様子で頷く。

 

「フン、どうせ我が持っていても使わぬからな。ただの観賞用の布より、有効活用できる者に渡すのが道理だろう」

 

「確かにな。そのおかげでこの子の服も作ってくれるそうだ。感謝するよ」

 

「ほう…その子が先程の子か…」

 

 その言葉を聞いた男が新兵の肩をポンポンと叩く。新兵もなんとなく分かってきたようで、かぐやと同じように自己紹介をする。機械的な自己紹介だがジーンもマリクも特に気にすることはなかったようだ。

 

「しかし小さいなぁ。そんな体で戦えるのか?」

 

 そう言うジーンは訝し気に新兵を見る。だがそれを遮ったのは意外にもマリクだった。

 

「その子を身体的特徴で判断するのは良くないことだ。適材適所という言葉がある、その子も何か得意なことがあるのであろう」

 

「珍しいな。お前が人を褒めるなんて。明日は雪が降るかもな」

 

「王たるもの、その人と価値を見極めばならん。その点、その娘は底が知れぬ。それだけの事よ」

 

「どうやら素質ありって感じかい?」

 

 そう問いかける男に対して、マリクは一つ頷くと、改めて真剣な表情で男に問いかける。

 

「時にマスター、その娘はお前にとってどのような存在だ?」

 

 そう問われた男は少し考えて、少し恥ずかしそうに答える。

 

「娘というには少し年が近いかな。まぁ形式的には娘になるんだろうけど。となると、少し年の離れた妹のような存在かな」

 

 少し照れながら言う男に対して、マリクは一度深く頷くと椅子から立ち、男と新兵の元へと歩み寄る。

 

「助けが必要ならば余を呼べ。お前の願い、王たる余が叶えてやる」

 

 そう言い切ったマリクを見たジーンは眼を丸くして驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も色々なテーブルを回る男と新兵。宴も終盤に入り、皆落ち着いてきたところだが、唯一騒がしい場所がある。どうやら宴も終盤に入っているが、日の本のキャスト達は疲れ知らずらしい。

 

「宴の音頭はわしに任せよ!」 「舞い踊ります!」

 

 酒が入って水芸を披露している火遠理やオトを横目に男と新兵は挨拶を開始する。吉備津彦や怪童丸は酒の飲み比べをしているようで、とても挨拶のできるような状態ではない。吉備津彦のお供達が様子を見ているので大丈夫だとは思うが心配である。

 

 ちなみに怪童丸と邪道丸が飲み比べをしており、同じ存在でも決着が着くのか、違う所で興味がそそられる男だったが彼らを放置し、まともそうなキャストへ話しかける。

 

「その…今、大丈夫?」

 

 話しかけたその先には、ものすごい勢いで食べ物を食べている温羅と必死に食べ物を運ぶヤシャオーこと多々良がいた。

 

「ますたーカ?コッチ来イ。タベモノ、ドレモウマイゾ!」

 

「じゃあ失礼して…」

 

 そう言って新兵にアイコンタクトする。何度も同じことを繰り返すうちに自然とするべきことを理解した新兵が自己紹介をする。

 

 温羅は食べ物に夢中になりながらもしっかりと新兵の言葉は聞いていたようで、多々良を呼び男と協力することを約束する。

 

「オマエ、カラダ、小サイ。モットタクサン食ベロ。食ベレバ、強クナレル!」

 

「この子はもうさっき食べたからお腹一杯だって。温羅がその分食べて良いよ」

 

「ますたー、オマエ、良イヤツ! ワシ、モット食ウ! ソレデモット、オマエ達ノチカラニナルゾォ!」

 

 多々良が持ってきた食料を片っ端から食べる温羅を見ながら、男はふと感じた疑問を温羅にぶつける。

 

「そういえば温羅は鬼だけど飲み比べには参加しないの?」

 

「ウーン ワシタチ、鬼ハサケ強イ。デモ、ソレ、フコウヘイ」

 

「邪道丸も鬼のような気がするけど?」

 

「アイツ、モトハニンゲン。ワシ達トハ、チガウ」

 

「そっか… でも参加できないのは寂しくはないかい?」

 

「ココノミンナ、楽シンデル。ワシ、マンゾク」

 

 そう語る温羅は、戦いの時に見せる怒りの表情ではなく、穏やかな表情だった。その見つめる先には多々良や阿曽媛、新兵の姿がある。どうやら男と温羅が話している間に仲良くなったらしい。

 

「ほーらちっこいの!ヤシャオーで遊んでやるぞ!」

 

「ほら、おはぎ!こう見えて、料理は得意なんだ」

 

 そう言いながらヤシャオーで新兵の気を惹こうと努力する多々良だが、新兵は微動だに反応しない。どちらが遊ばれているのかは明白である。そんな様子を見て阿曽媛が爆笑している。

 

 多々良達が楽しんでいる様子を見ながら、温羅は彼らしからぬ口調で静かに語りだした。

 

「ワシ、ナカマ、守レナカッタ。ダカラ、次ハゼッタイ、アイツラ守ル」

 

「そっか、そうだよな。俺もあの子達の為に頑張らないとな」

 

「キャスト達、タイセツナモノ、無クシテルヤツ多イ。ダカラミンナ、オマエニ協力スル」

 

「ああ… そういうことか…」

 

「ン? ドウシタ?」

 

「いや、気難しい奴が何故あんなに協力的だったのか、分かった気がしてさ」

 

 そう言って男は酒をグッと煽る。どこかスッキリとした表情で男は温羅の杯に酒を注ぐ。

 

「ほら、飲み比べは出来ないけど一緒に飲もう。一人より二人の方がおいしいだろ?」

 

「グフフフ…ソレ、イイゾォ!」

 

 その後、宴が終わるまで温羅と男は酒を飲み続けた。もちろん先に男が潰れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろー ヤシャオーで叩き起こされたいか?」

 

「ヤシャオーに目覚まし機能も付いてるのか?」

 

「物理的に起こす機能なら何時でも付いてるぞ!」

 

「悪かった。起きますよっと」

 

 そう言って気怠い体を起こす男。宴は既に終わっており、後片付けに入っている。ぼんやりと寝ぼけ眼を擦りながら周りを見渡す。

 

「あの子は?」

 

「あそこ。サンドリヨンに言われて食器を運ぶ係になってる」

 

 目を向けた先には皿を運んでいる新兵の姿。まだ料理の残ってる皿も一緒に運んでいる気がするが、とりあえず置いておく。

 

「なんだ、意外と溶け込めてるじゃないか」

 

 そう言いながら感心する男。

 

「悪い奴じゃないけど、融通が効かないよ」

 

 そう言う多々良だが口元は笑っていた。

 

「ま、生まれてからすぐだから。そこは眼をつぶってくれないか?お姉さんだろう?」

 

「そ、そうだな!お姉さんだもんな!   お姉さん…ムフフ…」

 

 チョロいな、などと思いながら男は多々良に別れを告げ、新兵の元へ向かう。どうやら片付けも一段落したらしくお開きとなる。

 

 

 

 

 

 キャスト達がそれぞれ、自分の住処へ戻っていくのを確認して男と新兵は帰路に就く。

 

 工房へ向かう途中、男は今日話したキャスト達の言葉を改めて噛み締めていた。

 

(俺はどうすればこの子を守ることが出来るだろうか。)

 

 キャストとは違い、直接力を振るうことが出来ない男はモヤモヤした気持ちを抱きながらも未来のことを考える。

 

(心を得た時、この子は力のない俺を何と思うだろうか? 親?兄?神筆使い?それとも他人?)

 

 男の思考が迷宮に入りそうになる。不安な気持ちを隠すように男は新兵の頭をポンポンと撫でる。すると珍しく新兵が反応し、こちらに目を向ける。青の瞳がこちらをジッと見つめる。何かを訴えるその瞳を男が見つめていると新兵は何故か頷く。

 

「錫の新兵です。よろしくお願いし」

 

「だぁー違う!違う! 今のはそういうのじゃないって!」

 

 虚空に向かって自己紹介し始めた新兵を止めながら、真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなって男は笑った。

 

(まぁ良いか、今はこのままで)

 


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