神筆使いと錫の兵隊   作:ファイターおじ

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3話 黒き錫の兵隊と青の瞳

 錫の新兵が前へと進む。既にいくつもの戦いを経験し、その足取りに一切の迷いはない。戦場を駆け、敵の兵を撃ち抜き、拠点を破壊する。これまで何度も経験した戦いのはずだった。彼らが現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いね」

 

 新兵に軽く挨拶をするスカーレット。今回の探索で共に行動するキャストである。ヴィランが現れる戦場では拠点が二つある為、二手に分かれて行動することが多い。今回の場合、スカーレットは新兵と。もう一つのチームはサンドリヨンと美猴である。

 

「よろしくお願いします」

 

 新兵の機械的な反応に対してクールなスカーレット、だが既に彼女は戦闘モードに切り替わっていた。暗殺者と呼ばれる彼女は、まるで作業の様に相手の命を奪う。普段の生活は優しい少女のようなスカーレットだが戦闘となれば話は別。物静かで似たところのある二人は戦闘となれば相性は良い。敵の兵士を新兵が倒し、相手の大将格のキャストをスカーレットが切り刻む。それぞれの役割を理解しているからこそ、力が発揮できる二人組である。

 

 戦いの火蓋が切って落とされる。ほどなく敵の城から兵士が現れ、いつも通り新兵が兵士を撃ち倒していく。しかし今回はいつもとは少し様子が違っていた。

 

「…いつもと様子が違うわね…」

 

 異変に気付いたスカーレットだが、視線は敵兵から逸らすことはない。その鋭い視線の先には敵の異様なキャストの姿があった。

 

 「正面より敵『黒き錫の兵隊』、来ます」

 

 新兵がその姿を見て呟く。スカーレットはその呟きを聞くと頷き、その身を隠す。新兵はスカーレットが姿を隠したことを確認すると手にした銃を構える。その銃口は黒き錫の兵隊に向けられていた。

 

 

 

 

 

 新兵は敵に狙いを定めつつも思考が定まらないでいた。何故か彼らに違和感を感じていることを新兵は自覚していた。そもそも何故、彼らが『黒き錫の兵隊』だと知っていたのか?その答えを考えている間に戦闘は既に始まっていた。

 

「恐れが貴方を竦ませる…」

 

 スカーレットが黒き錫の兵隊に殺意の刃、デスセンテンスをぶつける。この刃に当たった者はスカーレットのターゲットとなり、彼女の刃にさらなるダメージが上乗せされる。普通はデスセンテンスが当たった者は委縮してしまう。しかし今回は様子が違っていた。

 

「ッ!」

 

 スカーレットの予想とは裏腹に黒き錫の兵隊は殺意を浴びようが問答無用で進軍する。まるで何も考えない、何も感じてないかの様に。

 

 その黒き錫の兵隊の足を止めたのは新兵の銃弾だった。新兵は黒き錫の兵隊を守るように展開していた兵士たちを薙ぎ払う。すると意識が新兵に向いたのか、新兵の銃撃の隙に対して黒き錫の兵隊は槍を突き出す。風を裂く様な鋭どい一撃を紙一重で躱す新兵。新兵の体勢が整う前に黒き錫の兵隊は、その酷使され傷ついた槍を突き立てようと構えを取る。しかし大振りになったその動きを暗殺者は見逃さなかった。

 

「この距離なら!」

 

 背後から忍び寄ったスカーレットの奇襲の一撃が黒き錫の兵隊を引き裂いた。スカーレットによって急所を切り裂かれた黒き錫の兵隊は断末魔の叫びをあげることもなく、崩れ落ちる。

 

「ありがとうございます」

 

 間一髪のところで横槍に入ってくれたスカーレットにお礼を述べる新兵。だがスカーレットは既に次のターゲットに目を向けていた。

 

「気にしないで… このまま進みましょう。今、ここで止まる訳にはいかないわ」

 

 そう言うと、再びスカーレットは隠密状態に入る。そして黒き錫の兵隊が撤退した敵の拠点は統率が取れず、なすすべもなく崩壊した。

 

 新兵とスカーレットが拠点を破壊した頃、サンドリヨンと美猴も敵の拠点を破壊していた。全ての拠点を破壊し、残すはヴィランのみとなったが黒き錫の兵隊は歩みを止めない。まるで誰かに操られているかのように。

 

 

 

 

「ここは俺様とサンドリヨンでやる。お前らは先に行け!」

 

 そう言うと美猴は如意棒を片手に黒き錫の兵隊二人を相手に大立ち回りを演じる。突き出された槍を時に躱し、時には如意棒で弾きながら黒き錫の兵隊にダメージを与えていく。美猴がダメージを与え作り出した隙をサンドリヨンは逃さなかった。

 

「踊りましょう、貴方のために!」

 

 力を込めた双剣からの強烈なドローショットが周りの兵士諸共、黒き錫の兵隊を吹き飛ばす。サンドリヨンの一撃を浴びて地に伏した黒き錫の兵隊。しかし彼らは幽鬼の様に起き上がりこちらを攻撃しようとする。

 

「どいつもこいつも!しゃらくせぇんだよぉ!」

 

 そう勇んだ美猴は再び、如意棒を担ぎなおすと改めて黒き錫の兵隊と対峙した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、新兵とスカーレットも黒き錫の兵隊の一人と対峙していた。スカーレットが姿を消し、黒き錫の兵隊の隙を窺う。新兵は敵の隙を作る為、銃口を黒き錫の兵隊へと向ける。新兵の瞳が黒き錫の兵隊に向けられる。こちらへと向かってくる黒き錫の兵隊の装備はボロボロで色も褪せていた。

 

 しかしそんな色褪せた兵隊の中でも一点、かの兵隊が首から下げている首飾りが黄褐色の輝きを放っている。黒一色の兵隊の中で異彩を放つ琥珀の首飾りは見る影もないほどボロボロになっていた。

 

 新兵はその首飾りを見て違和感を感じる。その違和感を振り払うように銃の引き金を強く引く。決して長い時間ではなかったが一瞬の惑いが手元を狂わせた。幸い、弾丸は黒き錫の兵隊の首筋に当たり倒すことが出来た。

 

 

 

「これは…」

 

 銃弾が黒き錫の兵隊の首筋を貫いた時、吹き飛んだ首飾りを拾い上げる新兵。違和感の正体が分からないままその首飾りを見つめていると、突如として身に覚えのない映像が瞼の裏に流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 新兵の意識が明確になったのは、ほんの数秒の後だった。モノクロの風景が一瞬でカラーに変わるように周りの景色は一変する。周りの変化と同時に新兵にも変化が表れていた。その変化とは自身の意思とは別に体が動いていることである。

 

 見覚えのない仲間や友人らしき人から声を掛けられ、心の奥では戸惑う新兵。だが心とは裏腹に自然と体が返事を返していた。

 

とりわけ仲間たちの中でもよく声を掛けてきた青年が印象的だった。恋人を持ち、自分達と守るべき者の為に戦う青年を新兵は眩しく感じてしまう。自慢げに彼女からもらったプレゼントを見せるその表情は兵隊とは思えないぐらい優し気な雰囲気だ。感情に乏しい新兵の瞳にその姿はとても新鮮に映った。

 

 彼女からのプレゼントである琥珀の首飾りの美しさについて話す兵隊。その饒舌な演説にうんざりしてきたところで話は新兵の視界の主へと飛び火する。あまり心配を掛けないように念を押される。その饒舌な兵隊が指で指し示す先には一人の踊り子がいた。美しい衣装に身を包んだ踊り子へ声を掛けようとした瞬間、再び世界が暗転した。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 首飾りを手にした新兵が目を見開く。長い夢を見ていた感覚だが、周りの戦況から見るとほんの僅かな間の出来事だったらしい。しかし戦場ではその一瞬が命取りとなる。新兵が意識を取り戻した時には、既に黒き錫の兵隊の槍が目の前に迫っていた。

 

「気が付きましたか!?」

 

 声の主はサンドリヨン。間一髪のところで新兵へと突き立てられそうになっていた槍を双剣で受け止めている。迷いを払った新兵は武器を構え、黒き錫の兵隊を撃ち抜く。

 

「助力に感謝を。このまま突破しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

「気に入らねぇ。まるで人形だぜ、全く暴れ足りねぇ」

 

 美猴は肩に担いだ如意棒を片手にひとりごちる。黒き錫の兵隊二体を相手取っていた美猴は早々に敵を片付けるとサンドリヨン達と合流した。

 

「そっちも終わったようですね」

 

 双剣を軽く振るい、汚れを落とすような優雅な仕草で話しかけるサンドリヨン。

 

「おう、あと一人は何処に行った?」

 

 キョロキョロと周りを見渡す美猴。森の中に存在する戦場の為、視界が悪く普通の人影でも視認しずらい。そんな影に紛れるようにスカーレットが背後から出現する。

 

「こちらも片付いたわ」

 

「うぉほぉ!突然背後から話しかけるな!」

 

 気配を殺したスカーレットに話しかけられ跳ね上がる美猴。その様子を見ていたサンドリヨンは彼らを一瞥すると新兵へと目を向ける。新兵は手にした首飾りを見ていた。一瞬とはいえ、油断したことを注意しようとサンドリヨンが足を踏み出した時、透き通るような女性の声らしきものが響く。

 

「随分と調子が良さそうじゃぁないか」

 

 戦場に出るにはしては軽い鎧を纏い、戦場に相応しくないロングスカートの女性。この女性の特徴的な部分はその顔を覆い隠す黒のヴェールである。異質な存在である彼女は、明らかにヴィランや黒き錫の兵隊とは違う雰囲気を撒き散らしながら堂々と進軍する。

 

「貴方が自分たちの敵ですね」

 

 そう言って銃を構える新兵。敵の大将が自らその身を晒している好機を逃すにはいかない。狙うは敵の急所。躊躇うことなく引き金を引く。頭部を狙って放たれた弾丸は狙いを僅かに逸れる。

 

「……おや?私が分からないのか?」

 

 確実に狙ったはずの弾丸が逸れたことよりも女性のその言葉に違和感を感じる新兵。弾丸の引き起こした風がヴェールを薄く引き裂く。

 

 その奥に輝く青。その光を見た時、新兵は次弾を装填する手を止めていた。時と体が縛られたかのように停止する。

 

 

 

 

 周りから見れば一瞬、もしくは数日の出来事だったかもしれない。しかし新兵が動き出すときには戦闘は終わっていた。既に敵の兵士もヴェールを纏った女性も姿を消していた。キャスト達も姿を消し、残されたのは戦いの残滓のみだった。

 

 戦いの跡を辿りつつ新兵はヴェールの奥に見えた青の瞳を思い出していた。

 

「あの瞳…」

 

 以前何処かで見たことがあった、そんな気持ちを抱えつつ新兵は戦場を後にする。過去の記憶も感情も持たない新兵はどれだけ考えても答えは出なかった。

 

 

 

 

 アナスンによって作られた錫の新兵。無垢な存在として作られた自分の物ではない記憶らしき光景。それが一体何を意味しているのか?答えは出ないまま錫の新兵は進軍を続ける。その答えを求めるために。


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