雪火の魔女 作:光子大爆発
学院生徒達で賑わう魔術競技場。その観客席の通路の一角にて。
黒を基調としたスーツと外套に身を包む、奇妙な男女の三人組がいる。
一人は二十歳ほどの青年だった。藍色がかった長い黒髪と鷹のように鋭い双眸が覗いている。細身ながら鍛えられた身体で、ナイフのような鋭い雰囲気を放っている。
もう一人は、まだ十代半ばの少女だ。無造作に伸びた青髪をつむじでまとめられ、顔立ち体躯は細やかに小さく整っているが、表情は死滅していた。
最後の一人もまた十代半ばの少女だった。肩口で切り揃えられたアイスブルーの髪とまばゆい金眼。顔立ちはあどけなくも整っており、華奢でありながらもその肢体は女性らしさを確かに主張していた。
「んー、やっぱりあれ先輩ですかね?」
「グレン、だな」
「間違いなくグレン……」
三者の視線の先は一様に一人の男へ向けられている。安物のカッターシャツを着た青年……グレン。グレンは金髪の少女と銀髪の少女に挟まれている。
「ふふ、良い顔をしてますね。やっぱりうちは先輩には合わなかったんでしょうか?」
「同感だな。あいつは俺たちのような薄暗いところではなく、光が当たる場所の方が映える」
冷ややかな表情を青年は言う。しかし、それに僅かに寂寥感が伴っていることをアイスブルーの少女は理解していた。
(まったく、アルベルト先輩は素直じゃないんだから……)
ただ、二人には感傷に浸る猶予はない。
なぜならば、目を離すと青髪の少女がグレンの元へ向かってしまうからだ。
「リィエル、どこに行くの? 今回の任務に先輩は関係ないよ?」
「決まってる。……グレンと決着をつけに行く」
銀髪の少女の問いに青髪の少女……リィエルは淡々と答える。
「だーめ。そんなことしたら目立っちゃうでしょ? 任務が台無しになっちゃうよ?」
「任務? ……あ、グレンと決着をつけること?」
依然として変わらぬリィエルにアイスブルーの少女は嘆息する。そしてやむなく呪文を唱えて歩き出そうとするリィエルの動きを封じた。
「スレイもアルベルトもグレンに会いたくないの?」
動きを封じられながらもリィエルは淡々と問う。
「それは会いたいよ。こうも見せつけられるとくるものがあるけど」
「……知れたことを。俺とてあの男には色々言いたいことがある」
スレイは半ば寂しげに、アルベルトは微かに怒気を滲ませながら言った。
「そう。なら、スレイはグレンを捕まえて。わたしはグレンをボコるから、その後でアルベルトは言いたいことを言えばいい」
「あはは、そう出来れば苦労はないんだけどね……」
あまりのリィエルの脳筋具合にスレイは苦笑いを浮かべる。
(でも、ほんとうにこんな感じになれば気楽でいいんだけどね。実際はやっぱりみんな思うところがあるから……)
スレイたちはグレンのことが気にかかりつつも、任務を続けた。
今回の任務は異能者保護法が議論され始めてから怪しい動きを見せるようになった王室親衛隊の監視。
王室親衛隊は女王に最も忠実だが、それ以上に王室の権威を重んじる。
だから、異能者は悪魔の生まれ変わりだという迷信が蔓延している現状では保護法は寛容さの発露どころか汚れの象徴になると彼らは判断していた。
そうして迎えた今回のアルザーノ帝国魔術学院魔術競技祭。王都から離れたこのフェジテは彼らがアクションを起こすにはお誂えむきだ。
(うーん、ほんとはこんなごちゃついた派閥闘争なんて関わりたくないんだけどなー。まあ、仕方ないかー)
王都に帰ったら憂さ晴らしにスイーツバイキングに行こう、と内心スレイが倦み始めた頃だった。
起動していたスレイの遠目の魔術にグレンとルミアの姿が見えた。学園の外れの木立に二人並んでいる。
(あーあー、また女の子といちゃついてるよ先輩。昔から不思議と女の子が集まってくるんだよね)
特務分室時代は別にいい。けれど今のグレンは聖職たる教員だ。それなのに目の前の光景が広がるなんて、とスレイは苦笑した。
しかし、スレイが茶化して眺めていられたのは長くはなかった。
(ッ! 王室親衛隊⁉︎ どうして⁉︎ 狙いは陛下じゃなかったの⁉︎)
グレンとルミアを取り囲んで白刃を向ける王室親衛隊。スレイは直ちにアルベルトとリイエルに合図をとばした。
その間にグレンは王室親衛隊を気絶させてルミアと共に逃げ出す。慌ててスレイはそれを追いはじめるのだった。
親衛隊に追い立てられられるままに、グレンは学院のある北地区から一般住宅街が立ち並ぶ西地区に至っていた。
元執行官だけあって逃走にはグレンに利がある。しかし、すでにフェジテの市門は閉められ、各所に親衛隊の手が伸びていた。
「はぁ、はぁ……ったく面倒なことになっちまったぜ……」
どうにか一息つけそうなところを見つけ、グレンはルミアを下ろす。
「まずはセリカと連絡を取るか。セリカを通して陛下に親衛隊の暴走を止めてもらうよう進言すればいい」
しかし、連絡してもセリカは碌に喋らず、ただ一言『状況はわかっているが、私には何もできない』としか言わなかった。
だが、それだけでグレンは今のこの状況はただ事でないことがわかった。
『最後に言っておく。お前だけがこの状況を打破できる。だからどうにか陛下の前に来い。……これ以上は危険から切るぞ』
セリカとの通信はこれを最後に途切れた。いや、セリカが断ち切ったのだろう。ともあれ、最後の頼りはなくなった。
「来いっっったって俺一人でどうやって陛下の所まで行けばいいんだよ……くそ!」
ひとまずは陛下の前に行けばいいことはわかった。しかし、そこに至るまでには親衛隊の数が大きな壁になる。逃げ続けるなら問題はないが、踏み入るのは難しい。
どう、計算したって手が足りないとグレンが弾き出した時。
ぞくり、と。かつて慣れ親しんだ感覚を覚えた。
脊髄反射で発生源に目を向ける。
すると、通りの向こうの屋根の上に、三人の男女が立っていた。その三人組はまごうことなく、グレンを真っ直ぐに見下ろしている。
その三人組にグレンは見覚えがあった。
「リィエル⁉︎ スレイ⁉︎ それにアルベルトまで⁉︎。まさか王室親衛隊だけじゃなくて宮廷魔術師団も動いていたのか⁉︎」
グレンが三人を認識した瞬間。
リィエルが即座に大剣を錬成し、大上段に構えながら飛び降りてくる。
着地の瞬間、路地の石畳が一瞬で吹き飛んだ。
「やっと見つけた! グレン! ちぇすとおおおおォッ‼︎」
グレンを視界に抑えたリィエルが野獣のように飛びかかり、リィエルの身の丈ほどの大剣が狭い路地裏の中で盛大に振るわれ、何かにぶつかるたびに火花と剣圧がグレンを襲う。
「≪氷柱よ≫」
そして、リィエルの背後からスレイが飛ばしてくるいくつもの氷塊がグレンの動きをさらに制約する。
黒魔【フローズン・ピラー】
相手を柱の中に閉じ込めるだけではなく、着弾先に氷柱を設置する移動阻害魔術としての側面を持つ。軍用魔術ですらない学生でも扱える術だが、スレイが使えば改変によっては一瞬で相手を絡め取る魔手と化す。
(ちっ、さらに精度が上がってやがる。やっぱこいつの成長ぶりは化け物だなッ!)
だが、それだけではなかった。
リィエルの後ろ、スレイの隣。遠い建物の屋根の上からこちらの様子を伺うアルベルトの姿にグレンの焦燥は否応なしに昂ぶっていた。
アルベルトは魔術狙撃の名手で、いかなる混戦であっても誤射なく敵を貫く。さらにあらゆる高等技量を手足のように扱える。
(くそ、こいつらには俺の固有魔術【愚者の世界】がまったく役に立たねえしッ!)
帝国宮廷魔術師団特務分室、執行者ナンバー17『星』のアルベルト。
同、執行者ナンバー7『戦車』のリイエル。
同、執行者ナンバー14『節制』のスレイ。
愚者の世界の効果範囲外からの狙撃を可能とする天才魔導狙撃手アルベルト。
愚者の世界の意味がない肉弾戦を得意とする天才魔導剣士リィエル。
愚者の世界の起動より早い妨害速度を誇り、先んじられれば、後方に回って味方を支援する天才支援魔導士スレイ。
グレンが執行者ナンバー0として『愚者』の名を冠していた宮廷魔導士時代、組めば最も頼りになった三人で、同時に相手取れば相性最悪の三人だった。
視界の端で、アルベルトが指をこちらに向けて構えているのが見えた。
無理だった。スレイに妨害されつつ、リィエルを相手取り、二反響唱で唱えられるアルベルトの魔術狙撃を回避するなど不可能だ。もはや、それは人間業じゃない。
「すまない……ッ! ルミア……」
超一流の魔術師三人による猛襲の前に死を覚悟するグレン。
しかし、放たれた雷閃はグレンには当たらなかった。
「へう⁈」
なぜならば、リィエルの後頭部に突き刺さったのだから。
「……先輩、すいません。先輩がいなくなった後、リィエルの制御に苦慮してまして。程よく暴れさせないと最近はダメなんです」
途端に倒れ伏すリィエル。その横でスレイは申し訳なさそうに頭を下げていた。