雪火の魔女 作:光子大爆発
『さぁ、魔術競技祭もいよいよたけなわ午前の部では大健闘を果たした二年次生二組、後半になって遂に失速かーッ⁉︎』
競技場には相変わらず威勢の良い実況の声が響き渡る。
『そして、この「変身」勝負。……これを落としたら、まさかの二組優勝はもう絶望的でしょう! さぁ、どう出る二組──ッ!」
そして、それを宮廷魔導士団の制服を着て、となりの二年次生二組の生徒と緊迫した面持ちで聞いている少女がいた。
「スレイさん。……次が二組の正念場ですわね。リンは大丈夫なのかしら」
「うーん、リンちゃんはさっき一目見せてもらった限りレベルは高かったけどメンタルが弱そうだからちょっと順番によるかもしれないね」
「そうですか。ですが、わたしはリンが勝つと信じてます」
「そうだな、テレサ。グレン先生を信じようぜ!」
スレイの隣でリンを心配するテレサとカッシュ。
その姿をスレイは少し疼痛を覚えながらも微笑ましげに眺めていた。
(うーん、青春って感じでいいよね〜。でも、これ作戦なんだよね……)
今、二年二組のスタンドにいるのはスレイだけではない。アルベルトとリィエルの姿もある。そして、いずれも軍服のままだ。
(いや、これぐらいしか作戦ないのはわかるけど、こっちサイド結構微妙な気分だよ⁈)
グレンが考えた作戦に対するツッコミをどうにか心中に留めるスレイ。
なぜ、このような状況になったのか説明するには時を少し前に遡らなければならない。
……
『ルミアは感応増幅者だが、異能ってのはバレたらヤバイ。だから、状況打破のためといえ能力の使用は禁止だ』
『ルミアの素性を隠し通さなければならないという前提がある以上、今この場にいる奴以外の協力者はなしだ。それでも陛下に会うためには俺のクラスが優勝する必要がある。栄典授与があるからな。流石に連中も邪魔はしないだろう。とはいえ、俺はすっかりお尋ね者だ。つまり、わかるだろ?」
……
(……だからといって監督業をアルベルト先輩に預けるのはね……。違和感しかないよ、ほんと)
とはいえ、ほかに策がないためスレイは文句を言えない。
「お、リンすげえ!」
「満点、満点だ! これで俺たちはまだまだやれるぜ!」
それにスレイは違和感を感じる、この一点以外に文句はない。むしろこの状況を楽しんですらいた。
(特務分室に入ったことに不満も後悔もないよ。ただ、こんな未来もあったんだってことをここのみんなを見て気づかされた。選べなかった未来を少しだけだけど体験できている。……先輩には少しだけ感謝、かな?)
たらればの話に過ぎないが、あの事件の現場がレインレイクでなければ、スレイはこの場に生徒という立場で入っていた可能性は高い。あの事件さえなければ、スレイは魔術師志望の12歳の少女でしかなかったのだから。
そんなスレイをアルベルトはほんの僅かではあるが、哀しげに見ていた。
『き、決まった──ッ⁉︎ 場外だぁああああああああああ──ッ! なんと、なんと、なんとおおお! 二組だ! 二組だッ! 優勝はまさかの二組だぁああああああああああ!」
長い長い魔術競技祭の最終競技、決闘戦。
その決勝戦はシスティーナの【ゲイル・ブロウ】で決した。
ブービーだと思われていた二組のまさかの優勝。
会場は大いに沸いていた。
「みんな、かっこよかったよ! おめでとう!」
いつのまにか入れ込んでいたスレイの目には涙が浮かんでいる。
「おい、スレイ。これからが本番だというのに感極まってる場合か」
そんなスレイを冷ややかな目で見つめるアルベルト。
「それはそうですけど……。なんかクるものを感じませんか?」
「それはな。彼らは実によくやってくれた」
「ですよね。そう思ったらちゃんと口に出して上げたらいいのに……。二組の子、アルベルト先輩をかなり怖がってましたよ?」
「鬱陶しい。じきに閉会式が始まる。行くぞ」
急かすアルベルトに生返事をしながらスレイはスタンドを立ち去った。
魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。
実に面白みもなく儀礼が進んでいく。
ただ、今年に限っては例外があった。
いよいよ当世のアルザーノ帝国女王、アリシア七世が表彰台に姿をあらわす。
その背後に控えるのは、王室親衛隊総隊長ゼーロス・ドラグハートと大陸最高の魔術師セリカ・アルフォネア。護衛にしたって過剰な勢力である。
『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』
拍手が上がる中、堂々と前へ進むアルベルトとリィエルとスレイ。
「……あら? 貴方たちは……?」
表彰台に立ったアリシアは目の前に現れた人物に強い違和感を覚えていた。
現れたのはグレンではない。特務分室の三人だった。
「……陛下。そやつが二組の担当講師グレン・レーダスとやらなのですか?」
訝しむゼーロス。親衛隊と同じく王室との関わりが深い特務分室だが、横のつながりはなく、両方を把握できるのは女王とその周辺の近侍、イグナイト家当主のような軍の重鎮ぐらいであった。
「いい加減、馬鹿騒ぎは終わりにしようぜ」
突如アルベルトがらしくもない口調で言う。ゼーロスはそれに面食らう。その直後、男女の周りが歪み始める。
歪みが続くことわずか。再び像が結ばれて現れたのはグレンとルミアだった。
「馬鹿な⁉︎ ルミア殿、貴女は今、魔術講師と共に町中にいるはず」
会場全体も困惑している。それを愉快そうに見ながらグレンはタネを明かした。
「【セルフ・イリュージョン】で入れ替わっただけだ。こんな単純なのも気づかないなんてもうちょっと訓練がいるんじゃねーか?」
「まあ、いい。賊は賊。捕らえよ!」
しかし、ゼーロスの指示は通らなかった。
なぜならば、
「≪静寂の鐘よ・響け≫」
スレイの白魔【サイレント・フィールド】によって音をかき消されてしまったからである。
そして、それと同時にセリカが事前に構築した結界が形成され、親衛隊は締め出されてアリシア、ゼーロス、セリカ、グレン、ルミア、スレイだけの世界が成立した。
「さて、おっさん。なんでこんなことをした、あんたがやったのは偽勅。場合によっちゃ死罪だ」
「……」
「陛下、安心してくれ。親衛隊も結界の外。このおっさんもセリカや俺、スレイの三人には勝てないだろ」
グレンがアリシアに語りかけるも返事はない。それどころかグレンの方ではなくゼーロスの方に顔を向け言い放った。
「ゼーロス」
「はっ」
「あの娘を、ルミア・ティンジェルを、討ち取りなさい」
「え?」
「……ッ!」
グレンが固まる。スレイは唖然とする。ルミアは蒼白になった。
「その娘は、私にとって存在してはならないものです。生まれなければよかった。愛したことなど一度もなかった」
それは、あまりに残酷な言葉だった。衝撃のあまり、ルミアが崩折れてしまう。
「ふはははっ! わかってくれましたか陛下。大義は我らにあり、賊ども覚悟するがいい!」
一方、ゼーロスは哄笑しながら嬉々として二刀レイピアを抜く。ただ、相対するグレンは表情に焦りを浮かべた。
立ちはだかる四十年前の奉神戦争で多大なる武勲を挙げた生ける英雄。
不意のアリシアの発言。
あまりに状況が悪いし、訳がわからない。たまらずグレンは脂汗をかいた。
「先輩。ゼーロスは私に任せてください」
しかし、そんな中。スレイは一歩進み出ていた。
「……確かにお前なら一矢報いれそうだが、近接戦だと厳しいぞ」
スレイの提案にグレンはあまり乗り気ではない。スレイが妨害支援特化ではなく、近接遠距離も両方そつなくこなせるオールラウンダーだと知っている。しかし、ゼーロスのような一分野のプロには及ばなかった。
「わかってますよ。ただ、私むかついてるんで。正直負ける気がしません。先輩は陛下を頼みます」
「陛下を頼むたって、何をすればいいのか……」
「私の後に固有魔術をお願いします。……実は表彰台に上がってから違和感を感じてたんですよね。……なんか今日の陛下はあまりに多弁に過ぎるって」
「ッ! ……わかった! ゼーロスは頼んだぞ!」
「相談は終わったようだな。お望み通り小娘の方から殺してやろう!」
そう言うと、ゼーロスはスレイに飛びかかる。
神速の一撃。華奢なその肢体をレイピアが貫く。
……かのように思われた。
「な、なに……⁈ 身体が動かんッ!」
突如、ゼーロスの身体が硬直する。握られたレイピアはスレイの脇腹寸前で止められていた。
「一点特化もいいですけど、たまには脇道にそれないと。横のつながりって案外重要ですよ?」
そう、スレイが微笑むと同時に氷柱がゼーロスの身体を飲み込んだ。
「さあ、先輩。後は頼みましたよ?」
生ける伝説を一蹴したスレイの笑みにグレンは寒気を覚える。
いとも容易く倒していたが、ゼーロスは一流の魔剣士である。身体強化系に優れ、なおかつ超高性能の魔術耐性を誇る防具を装備しており、魔術師らしい魔術師ほど倒しにくい相手だった。
スレイはそれを超高速の停止魔術で封じ、条件起動式に改変したB級軍用魔術【アイスバーグ・コフィン】で耐性を貫通して無力化せしめたのだ。いずれも熟達した魔術師にしか出来ないことで、宮廷魔術師団でもアルベルトぐらいしか再現することは叶わないだろう。
「はいはい、全く。おっかない後輩だよ、マジで」
「そこは頼りになる後輩って言ってくださいよ。というかこんなか弱い女の子にここまで仕込んだのはどこの誰でしたかね?」
問いかけるスレイを無視してグレンが【愚者の世界】を起動する。
すると、アリシアはネックレスを外して投げ捨てた。
音こそセリカの結界で聞こえないが、顔面蒼白になる親衛隊たち。
しかし、すぐに彼らは首をかしげることとなる。
静寂の中、グレンがアリシアが投げ捨てたネックレスを見てぼやいた。
「やっぱりこのネックレスが呪殺具だったか。解呪条件はルミアの殺害だろ?」
「そうだ、よく分かったなグレン」
「冷静に考えたら分かった。セリカ、お前ほどの魔術師を封じるには陛下を人質にするしかない。そして、陛下がやけに言葉を弄したのは、本意でないことを気づいて欲しかったから……。スレイがいなければ、危ねえところだった」
グレンが改めて此度の敵の手際に戦慄しているなか、スレイは抱き合うアリシアとルミアを優しげな目で見つめている。
「そういえば、スレイ。どうして分かったんだ? セリカからの情報があまりに足りないのに、お前はなぜかそれほど迷っていなかった」
「実は見てたんですよ。陛下とルミアちゃんが競技祭中に顔を合わせた時の会話を。その時、ルミアちゃんに拒絶された時の陛下の表情を拝見しました。あの表情は絶対に演技じゃ出せません。だから、私は陛下を信じました」
「そうか」
そうとだけ言ってグレンはこれ以上聞くのをやめた。
なぜ、信じられたのかは聞く必要はない。
グレンもスレイも知っているからだ。
親の愛情というものを。
二人とも血縁上では天涯孤独の身ではあるが、幸いにも愛情だけは満足に与えられてきた。
「お二方には悪いですけど、正直なところ私はお二方が羨ましいです。特務分室の皆さんはよくしてくれましたが、やはり親だといえる人はもういないので……。この仕事をする上では割り切らないといけないことなんですが、どうにもまだ……」
スレイの独白にグレンはぎゅっとネクタイを握りしめる。
守るとスレイを保護した時に決めたはずなのに自分は教職に退き、彼女は最前線で戦っている。未だあどけなさの残る可愛らしい少女だというのに。
「すまねえ、スレイ。俺は……約束を……!」
「いいんです、先輩。案外、私は今を楽しんでいますよ? 先輩はもういないけど、その代わりに先輩の教えが私に宿っています。それに、先輩が泣きそうになりながら人を殺す場面を見ることもありません。それどころか、これからは先輩を私が守ることが出来るんです。いつまでも守られるばかりはちょっと嫌ですから……」
凛とした声がグレンの耳朶を打つ。するとなぜか、グレンの目頭が熱くなってきた。
(あの泣き虫だったスレイが良くもまあここまで)
「先輩、これからは教師として頑張って下さいよ? あんまりだらしない姿は見せないように。色々思い悩まれると思いますが、私をここまで育てたのなら大丈夫なはずです」
「うるせえ、いつの間にセリカみたいになりやがって……」
急に母性を感じて、グレンの表情が苦笑いに変わる。
「あーあと、多分ルミアちゃん関連でこっちが動くかもしれません。というか、編入生として特務分室のルミアちゃんと同世代の子が入ります。誰が行くかは決まってないですけど、私が行く可能性もあるので覚えといて下さい」
「何だよ、お前学院に来るのかよ。なんだこの湿っぽい雰囲気は!」
「たはは、なんか感極まっちゃいまして……。すいません、とりあえず私たちと関わる機会はこれから増えると思うので、ルミアちゃんによろしくお伝えください」
今度はスレイが苦笑いを浮かべ、転移魔術でその場を辞する。
残されたグレンにはアリシアとの話を終えたルミアが駆け寄り、共に何も残っていない転移跡を見送った。