雪火の魔女   作:光子大爆発

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ひとまずは続けてみることにしました。
今回は日常回です。なぜか文字数が五千オーバーしてますが。


第3話 スレイのフェジテ生活初日

 その伝達はスレイにとっては晴天の霹靂だった。

 かねてより調整されてきたアルザーノ帝国魔術学院における廃棄王女エルミアナ・イェルケル・アルザーノの護衛任務の人事が決まったのだ。

 

「うそ、でしょ……」

 

 あまりの衝撃にスレイは書状を取り落としてしまう。

 

「嘘のように思えるが、この辞令は絶対だ」

 

 傍に立つアルベルトは唖然とするスレイを冷ややかに見つめている。

 

「ん、わかった。グレンは私が守る」

 

 リィエルは仏頂面で特務分室室長のイヴ=イグナイトから辞令を受けた。……発言からして本当に辞令の内容を理解しているようには到底見えないが。

 

「スレイが唖然とするのもわかるわ。けれど、間抜けな手を打たなけれぼならないほど、天の智慧研究会の情報は少ない。……とはいえ、リィエル一人を放っておくほど私も間抜けではないわ。アルベルト、スレイ。貴方達はリィエルの補佐につきなさい」

 

「承知した」

 

「わ、わかりました」

 

 アルベルトが律儀に、スレイは困惑しながら生返事をしたことを確認するとイヴは3人の前から辞する。

 イヴが去ったのち、スレイは小さく溜め息を吐いた。

 

「……アルベルト先輩。リィエルに護衛なんて務まるのでしょうか……?」

 

「さあな。……ただ、学院にはグレンがいる。リィエルはグレンの言うことならば、比較的素直に聞く。問題はないだろう」

 

「まあ、先輩の胃が心配ですけど。背に腹は変えられません、先輩の奮闘を祈るとしましょう」

 

 たははと軽く笑うもスレイの表情は晴れない。

 

「やはり、心配か?」

 

 今度はアルベルトが問いかけてくる。アルベルトにはスレイが本当に心配しているのか言わずともわかっている。

 

「はい、リィエルはなんというか妹みたいなものですから。任務は多分果たせるとは思うんです。……けれど、生徒たちから遠ざけられていたら嫌だなって……」

 

「その点もグレンが何とかするだろう。奴は救いようがないお人好しだ。その様な事態を見過ごすことはあるまい」

 

 断言するアルベルト。その言葉には何度も死線を共にした者たち特有の説得力があった。

 

「ですね。でなければ、私はここにいませんから」

 

 今度こそスレイの表情が華やぐ。

 それと同時にスレイは脳裏に過日に再会した魔術講師の顔を思い浮かべていた。

 

(まさか、先輩が魔術講師になるとは思わなかったなあ。もう魔術なんて関わらないと思ってたのに)

 

 割とぐーたらだったり有り体に言って屑だったりするグレンが聖職たる魔術講師なんて務まるわけがない、と再会した当初のスレイは否定していた。

 しかし、任務の過程でグレンの担当クラスである二年次生二組の生徒と関わりを持つと考えが変わった。むしろ魔術講師こそがグレンの天職なのではないか、と。

 

(先輩の生徒たちはみんな先輩を慕っていた。先輩は優しいから、誰よりも真正面に生徒と向き合えるからだ。……もしかしたら今の先輩ならリィエルに欠けた何かを埋められるのかもしれない)

 

 リィエルについてスレイが知ることは多くない。

 ある日、グレンとアルベルトが天の智慧研究会の施設から保護したこと、そして白兵戦において類まれな実力を持っていたこと。そして、天涯孤独であること。大まかなことはこの3つしか知らない。

 特務分室に入った時期が近いこともあって一緒にランチを食べたり、鍛錬を重ねてきたが、あまりにも知らないことが多すぎた。

 ただ、それでもスレイはリィエルに何か大きな欠落を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 フェジテの学院通りを二人の少女がアルザーノ帝国魔術学院へと歩いていく。

 少女の片方を端的に言えば、幼い。

 艶のある青髪は伸ばすに任され、身体つきはやや幼い。卑猥だと学院内外問わず人気、いや顰蹙を買っている魔術学院の制服を着用しているが、これがなければ少女が到底学院生とは思わないだろう。

 もう一人の少女は形容するならば、午睡日和の柔らかな雲が妥当だろう。アイスブルーの髪に白を基調としたワンピース。呑気にチーズバーガーを食べ歩いている姿は少女が持つほんわかとした雰囲気を際だたせていた。

 

「スレイ、それ美味しそう。ちょうだい」

 

「ダメ、というかさっき家を出る前に苺タルト食べてたじゃない」

 

 青髪の少女がハンバーガーを奪わんと跳躍する。それをアイスブルーの少女はひらりとした身のこなしで躱す。

 側から見れば、仲の良い姉妹に見えるだろう。

 しかし、

 

「……お前ら、何やってんだ……」

 

 グレンは二人を見て特大のため息を漏らす。というのも、仲良くハンバーガーを取り合ってる姿はスレイがカモフラージュのために発動させた幻術だとわかっているからだ。

 グレンの目から見た二人は白魔『フィジカル・ブースト』を全開にしてバク転やロンダートは当たり前、果ては街灯を利用した立体機動を用いてハンバーガーを取り合っている。

 

「あ、先輩。おはようございます」

 

 スレイはグレンの姿を認めると小規模の転移魔術でリィエルを撒き、グレンの目の前に移動する。リィエルはスレイを追うのをやめてグレンのもとに向かうが、右腕に超速錬金した大剣を手にしていた。

 

「いやあああああああああああああッ!」

 

 猿叫をあげながら、リィエルはグレンに斬りかかる。

 

「ちょっと待てリィエル、殺す気か! どわあああッ⁉︎」

 

 あわや大惨事かと思いきや、グレンはなんとか白刃どりでリィエルの大剣を防いで命を繋いだ。

 

「な、な、何しやがんだテメェええええええ──ッ!?」

 

 涙目になりながらリィエルに吠えるグレン。

 

「……会いたかった。グレン」

 

「やかましい! 質問に答えやがれリィエル! こりゃ一体、何のつもりだ!?」

 

 吠えながら、グレンは大剣から手を離し、その場から素早く飛び下がる。

 

「挨拶」

 

「は、これが挨拶ゥ? てめぇ、挨拶という言葉を辞書で百万回くらい調べてきやがれ!?」

 

 するとリィエルはほんの少しだけ不思議そうに表情を揺らす。

 

「……違うの?」

 

「違うに決まってる!」

 

「でも、アルベルトがそうって言った。久々に会う戦友に対する挨拶はこうだって」

 

「んなわけあるかっ⁉︎ てか、アイツの仕業かッ⁉︎ くっそぉアルベルトのやつ、そんなに俺が嫌いか⁉︎ 覚えてやがれ! ちっくしょーッ! あとスレイ! なんでこのアホを止めなかった!?」

 

「いやー、再会の余韻を味あわせてあげた方がいいかなって思いまして」

 

「余韻どころか、血痕が残るわ!」

 

 絶叫するグレン。あまりのリィエルのフリーダムぶりにまだ始業前だというのに息も絶え絶えで疲れきっていた。

 

「あの……先生? その子は……?」

 

 ルミアが曖昧な笑みを浮かべながら、グレンに問いかける。

 

「あれ? そう言えば、その子、この間の魔術競技祭の時の……」

 

 システィーナはふと、今グレンに捕まっている少女に見覚えがあることに気づいた。

 

「あぁ、覚えていてくれたか。ところで、お前ら。俺が昔、帝国軍の宮廷魔導士団に所属していた時期があったってのは話したっけな?」

 

「いえ、私は……でも、なんとなくそうなんだろうな……とは思ってましたけど……」

 

 システィーナはどう反応したらよいか分からず、ぼそぼそと応じる。

 

「そうか。まぁ、いい。それで、リィエルとスレイ……この二人はその俺の魔導士時代の同僚だ。ルミアは直接会ったし、白猫も顔ぐらいは知ってるはずだ。……さて、この後の説明はスレイ、お前に任せる。ぶっちゃけ俺はもうリィエルだけで疲れた」

 

げんなりとした表情でスレイに水を向ける。それを受けてスレイは軍の内部事情に触れないよう気をつけてシスティーナとルミアに説明した。

 

「というわけで、私ではなくリィエルが編入生です。まあ、私とアルベルト先輩が補佐役なのでちょいちょいは顔を合わせることになりますね」

 

 説明を終え、スレイはチーズバーガーを口にする。

 

「お前とアルベルトが補佐役なら問題はねえが、もうちょい編入生の人選どうにかならなかったの? クリストフとかもっとマシなやついただろ」

 

「特務分室の人材不足舐めないでくださいよ、先輩。私ですらバリバリこき使わないといけないぐらい忙しいんですから。アルベルト先輩は今確か四十連勤ぐらいしてますよ?」

 

 四十連勤と聞いてグレンの顔が引き攣る。自分が以前いた職場とはいえ、ブラックすら生温い煉獄のごとき労働環境だった。

 

「なあ、それアルベルト大丈夫か? 過労でやられるんじゃね?」

 

「多分、ルミアさんの護衛任務が休暇がわりになってるんでしょうねー。アルベルト先輩から接触しないとわからないと思いますけど、余裕があったら労ってあげてください」

 

「その余裕があるのかわからねーんだけどな……」

 

 ふとリィエルの方を見れば、護衛対象であるはずのルミアの前で「グレンを守る」と息巻いている。そもそもの任務さえリィエルは理解をしていない節があった。

 

「苦労するとは思いますが、頑張ってくださいね、先輩。いえ、グレン先生」

 

 そうとだけ言い残すと、再びスレイは転移魔術を唱えて四人の前を後にする。

 スレイがグレンたちの前に姿を見せたのはリィエルの見送り、それだけのためだ。ただ、この些事でさえ捻出するのにスレイは苦労していた。

 

(もう、フェジテの周りは天の智慧研究会の手の者ばっかり。少しは休ませてくれればいいのに……)

 

 内心で愚痴をこぼしながら、転移先をマークしていた外道魔術師の眼前に固定する。

 

「……面倒だから、見敵必殺できるようにしとこう」

 

 予唱呪文(ストックスペル)として黒魔【ライトニング・ピアス】、黒魔【レーザー・ナイフ】、黒魔【ハデス・ボーダー】を詠唱しておく。

 この三つの呪文はいずれも軍用魔術で殺傷性が高く、特に【ハデス・ボーダー】は命中させることが困難だが、当たれば仮死状態は免れない。

 用意が済んだら、転移門から飛び出す。その座標は外道魔術師の眼前2メトラくらいだ。

 突然現れたスレイに外道魔術師は迎撃しようと身構えたが、それより先にスレイの予唱呪文が炸裂した。

 

「≪問答無用≫ッ! 」

 

 この一節だけで、【ライトニング・ピアス】と【レーザー・ナイフ】が時間差起動(ディレイ・ブート)する。

 雷光が外道魔術師を襲い、光の刃がその身を切りさかんと迫る。

 狙撃と面制圧。逃げ場がないと思われたが、外道魔術師はその二つの魔術攻撃を路地裏の立体起動で交わした。

 

「さて、俺も反撃に出るか……≪雷光の鞭よ・……≫⁈」

 

 しかし、外道魔術師の反撃は成らなかった。

 なぜなら時間差起動させた【ハデス・ボーダー】の結界に足を踏み入れてしまったからだ。いや、正確には踏まされたという方が正しい。

 

「なっ、急に視界が暗転してッ⁉︎ うわあああッ!」

 

 死神の名を冠するその魔術は容赦なく外道魔術師の意識を刈り取り、スレイの白魔【マジック・ロープ】によって敢え無く御用と相成った。

 

 

 夕方のフェジテをスレイは歩く。

 今日は転移してから三人の外道魔術師を刈った。とはいえ、めぼしい情報を得ることは出来ていない。

 今回刈った外道魔術師には第二団≪地位≫(アデプタス・オーダー)はおろか第一団≪門≫(ポータルス・オーダー)すらおらず、参入志願者(プロペイショナー)……天の智慧研究会に協力こそしているものの、組織図にすら入れない末端中の末端……ばかりだった。

 第一団すらろくな情報を持っていないのに、参入志願者など塵芥でしかない。事実上、今日のスレイは箒でフェジテのゴミを掃いただけだった。

 なんとも言えない徒労感を感じながら、ふとスレイは目の前の建物を見上げた。

 赤煉瓦をふんだんに使われた格調高い建造物。過日、スレイはこの敷地に足を踏み入れていた。そして、おそらくこれからも足を踏み入れることになるだろう。

 その建造物こそ、アルザーノ帝国魔術学院の校舎だった。

 

「いつのまに、ここまで歩いてたんだ……」

 

 足を止め、感慨深げに呟くスレイ。スレイにとってアルザーノ帝国魔術学院は護衛対象であるルミア・ティンジェルが通う学校というだけではない縁がある。

 もう3年前のことになるが、今でもスレイは覚えている。あの忌まわしき悪魔変換事件の一週間後がアルザーノ帝国魔術学院の体験入学の日だったことを。

 当時のスレイも参加を予定していたが、件の事件でそれどころではなくなり、魔術競技祭に潜入するまでは学院と関わることはなかった。

 

「……戻ろう」

 

 ひとりごちてスレイは踵を返し、フェジテの中心街にある借宿へと歩き出す。

 その姿を学院を囲う鉄柵の内側から眺めている男がいた。

 

「なーにやってるんだ? スレイのやつは」

 

 グレン=レーダス。

 悪魔変換事件後、主体となってスレイに魔術を仕込んだ人物であった。

 

 

 借宿に戻りスレイは特務分室の制服からネグリジェに着替えてベッドに横たわっていた。その傍らには白ワインのボトルが転がっている。中身はまだ半分ほど残っていたが、スレイは気にも止めない。

 

(何、やってるんだろう、私)

 

 酒精の強さに耐えかねて寝返りを打つたびにネグリジェがはだけ、ところどころ白い柔肌が剥き出しになる。

 無防備かつ退廃的なその姿をツェスト男爵辺りが見たならば、劣情を催して何らかの精神干渉魔術を唱えてくるだろう。もっとも無防備なのは見かけだけできっちり魔術防御は施してあるため、効果はあまり見込めないのだが。

 

(入ろうと思えば、入れる状態だったのに。むしろ、学院が任務の中心だから把握のために入らないといけないのに、入れなかった)

 

 しかし、スレイは着衣の乱れを気にも留めず夕方の自らの不可解な行動に首を傾げていた。

 

「まあ、考えても仕方ないか。そういえば……」

 

 これ以上、考えてもラチが明かないと無理やり結論づけ、スレイは家の郵便受けに投函されていた書状を広げた。なお、この書状にはマナロックがかかっており、意図しない相手には書状の存在すら感知できないようにできている。

 

「『サイネリア島・白金魔導研究所に資金の不正流用の疑惑があり、可及的速やかに調査し、何らかの違法行為が行われていた場合、これを弾劾せよ』……招集令状だね」

 

 読み終わったスレイは証拠隠滅のためにすぐさま書状を焼き捨てる。

 

「サイネリア島かー。遠いんだよね……」

 

 フェジテからサイネリア島までは、港町のシーホークまで馬車で一日半、船で数時間と丸二日かかる。

 

「でも、任務だからしょうがない。確かリゾート地だったから任務が終わったら少し寛ごうかな」

 

 緩慢な動作で身だしなみを整え、晩酌の跡を片付ける。

 それが終わってスレイは床につく。

 これが、スレイのフェジテ生活初日であった。

 


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