雪火の魔女   作:光子大爆発

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読んで字の如し。


第4話 サイネリア島に行くだけの話

 

 フェジテ南西の港町、シーホークにて。

 スレイ=シーモアは軽い目眩を覚えていた。

 

「へ〜い、そこのお嬢さんがたぁ〜? ちょおっといいかなぁ〜?」

 

 スレイの傍らに立っている青年が、軽薄な声で道行く女性に話しかけている。

 藍色がかった長い黒髪を後ろでひっつめ、目元には色つき眼鏡、シルクハットに小洒落たフロックを着用し、手にはステッキという伊達姿のその青年は絶えず軽薄な笑みを浮かべて女性を物色する。

 その青年の名はリザーフ=オルブリア。アルザーノ帝国北方スノリア地方の領主家の嫡男で稀代の女好きだ。

 

(……という設定だけど、これ演じてるの先輩じゃなくて、アルベルト先輩なんだよね……)

 

 平素の冷厳なアルベルトの姿を知る者がリザーフ=オルブリアを見れば、間違いなく目を剥くだろう。それほど、アルベルトの変装は真に迫っていた。

 なお、スレイは困った兄リザーフ=オルブリアの尻拭いを押し付けられる不憫な妹マルティナという設定でシーホークの街を闊歩している。

 二人が変装している理由は他でもない。サイネリア島に秘密裏に渡航するためである。特務分室は往々にして潜入任務が多いため変装は執行官にとっては必須技能となっていた。

 

「あ、あそこにも可愛い子はっけ〜ん!」

 

 二十半ばの女性に手酷く振られるやいなや、リザーフは少女達の集団……アルザーノ帝国魔術学院二年次生二組に近寄っていく。

 

「へ〜い、そこのお嬢さんがたぁ〜? ちょおっといいかなぁ〜?」

 

 先程と寸分違わぬ台詞でリザーフがルミアの肩に手を乗せる。やはりリザーフがアルベルトだとは気づかれておらず、すぐにシスティーナが阻止に動いて、一悶着に発展している。

 

(うーん、この完成度だったらもしかしたら先輩も気づけないかもしれない……)

 

 仲裁のためにスレイ扮するマルティナが困り顔を貼り付けてシスティーナ達の元に向かう。

 

「ダメですよ、お兄様。学生さんを困らせちゃ」

 

 淑やかな乙女を意識してリザーフとシスティーナの間に割って入る。

 スレイ扮するマルティナの容姿は銀髪金眼のロングヘアといかにも令嬢といった風情で、ひとたび姿を現わすだけで、場の空気がガラリと変わった。

 一応、グレンも仲裁のために割って入っていたのだが、マルティナの存在感の前では霞んでしまっていた。

 

「そちらの方が引率の先生ですか。当家の愚兄が失礼いたしました。少しお詫びをしたいので、乗船後に私たちの部屋においで下さいませ」

 

 マルティナはグレンに気づくと令嬢然と微笑み、貴賓室のマナロックコードと礼装を手渡した。

 

(さすがに礼装なんて渡せば気づくはずだよね……)

 

 マルティナはそう期待をかけていたが、グレンはただただ「お、おう」と困惑するばかりだった。

 

「さあ、お兄様。帰りますよ〜」

 

「いやだ、あの金髪の子を口説くまでは僕は帰らないッ!」

 

「寝言は寝てから言って下さい。それとも、今からお昼寝したいですか?」

 

「ひいッ〜〜! 妹が怖い〜〜ッ!?」

 

 ジダバタするリザーフの首根っこをマルティナは令嬢らしからぬ手つきで引っ掴んで連行する。

 そのまま船に乗り込み、貴賓室に入ると二人は変装を解いた。

 

「容姿は堂に入ってはいるが、所作を含めれば超一流には届かんな。まあ、最低限の力量はあるだろう」

 

 スレイの変装についてフィードバックするアルベルト。しかし、その内容は辛口だった。

 

「アルベルト先輩の完成度が異様に高いだけですよ。特務分室を辞めたら本当に役者で食べていけるレベルじゃないですか」

 

 慣れないコルセットに締め付けられていた腰をさすりながら、スレイは口を尖らせる。

 

「完成度は高いに越したことはない。変装は些事ではあるが、全てを魔術で賄うのは任務においては非効率だ。文句を言いたければ、コルセットに慣れてから言え」

 

 スレイに軽く舌鋒を突き刺したのち、アルベルトは貴賓室のドアを見つめる。

 

「存外、早いお出ましのようだ」

 

 アルベルトがつぶやいた直後にマナロックが解かれ、グレンが中に入ってくる。その足取りは貴賓室には似合わない、ひどくよろけたものだった。

 

「やっぱ、お前らだったか、うっぷ」

 

「先輩、まだ船酔い治ってなかったんですか」

 

「当たり前だろ、船なんてそうそう乗るもんじゃない。そもそも人ってのは、地に足つけて生きてくもんだろ? 在り方自体に合わないのさ」

 

 グレンが御託を並べているが、特務分室を辞めてから一年間ニート生活をしていたためか説得感はかけらもない。

 

「惰弱が……。まあいい、此度の作戦のブリーディングをする。グレン、貴様はさっさとスレイから受け取った礼装を使え」

 

「はいはい、ってお?」

 

 スレイからの礼装を起動するとグレンから吐き気が消え去り、平衡感覚が戻ってくる。

 

「【グラビティ・コントロール】と【ライフアップ】を並列起動させる礼装です。端的に言えば、対船酔い礼装ですね」

 

「ありがてえ、スレイ。しかし、魔道具の作製も板についてきたな、これ市販化したら一財産築けるんじゃね?」

 

「慣習さえなければ、ですね。ただ、私の魔術特性(パーソナリティ)にかなり依存してるので、やったら私が過労死します」

 

 スレイの魔術特性はエネルギーの抑制と活性である。こと魔力操作に特化した特性であるために、炎と氷といった本来ならば混ざり合わない事象を両立させたり、一つの魔術式に二つの事象を盛り込むなんて真似が可能となる。特段珍しい訳ではないが、持ち主が優れているほどその恩恵は計り知れないものがあった。

 

「ふん、じゃれ合ってる暇はないぞ。これからお前たちが向かうサイネリア島には天の智慧研究会第二団≪地位≫の姿が二名確認されている。目的はエルミアナ王女の確保だろう」

 

 緩んだ場の雰囲気を引き締めるべくアルベルトは軽くハナを鳴らす。

 

「第二団≪地位≫だと!?」

 

 グレンの顔が驚愕に歪む。

 第二団≪地位≫は特務分室の執行官ですら手を焼くレベルの猛者で、組織の中核と言える。第二団≪地位≫より上位の第三団≪天位≫(ヘブンズ・オーダー)も存在するが、前線に出てきたことは帝国戦史上数えられるほどしかない。

 かつてアルザーノ魔術学院を襲撃したジン=ガニス、レイク=フォーエンハイムも第二団≪地位≫であったことが後日の調査で明らかとなっており、両者の真のスペックにグレンは「よく勝てたよな、俺」と後日改めて背筋を冷やした。

 

「またあの二人と同格の相手とやり合わなきゃいけねえのか……」

 

「それだけではない、グレン、スレイ。リィエルにも気をつけろ」

 

「リィエル、ですか?」

 

 聞きに徹していたスレイが不思議そうに声を上げる。

 

「何故だ、アルベルト。リィエルは仲間だろう?」

 

「ああ、そうだ。スレイには与り知らぬことだが、俺とお前は知っている筈だ。……リィエルの危険性をな」

 

「……っ」

 

 鋭い指摘にグレンは返答すらままならず、押し黙る。

 

「先輩、アルベルト先輩。何が……」

 

 もうスレイには訳がわからない。リィエルは大切な仲間であって妹分、そのはずだった。

 

「スレイには悪いが、事情を話すことは出来ん。グレンに聞いても無駄だ。リィエルの秘密は知っているのは俺たち二人だけで他言はしない。そう、約束をした。余人に知られれば、確実にリィエルの未来は閉ざされる」

 

「未来が閉ざされる……?」

 

「端的に言えば、封印だ。今も俺はリィエルは封印するべきだと思っている。だが、お前の時と同じようにグレンがリィエルの未来を開いた」

 

 アルベルトに封印と言われ、スレイの表情にもやがかかる。

 

「おい、アルベルトッ! それ以上言ったらお前とてただじゃおかないからな」

 

 敵意を剥き出しにしてグレンが吠えるが、アルベルトはどこ吹く風だ。されど少しは辟易していたのか次の言葉で締めた。

 

「いいか、グレン。今、俺はお前に問うている。リィエルに未来を与えた責任をな。未来を与えた以上、お前にはリィエルの行く末を見届ける義務がある。あるいは、リィエルに引導を渡す義務がな。……まあいい、警告はした。後はお前がいざという時に躊躇わない事を祈るだけだ」

 

 言い切ると、アルベルトはスレイに目配せをする。

 すると、グレンの足元に魔方陣が浮かび、眼前から彼の姿を消してみせた。

 それを見届けた後、アルベルトはスレイに言い聞かせる。

 

「……グレンばかりに告げたが、リィエルの姉貴分を自認するならば、お前にも責任がある。無論、俺もだ。リィエルを仲間として迎えた義務を果たさなくてはならないからな……」

 

 しかし、その口調はスレイに言い聞かせるだけではなく、自分に何かを念じているようにも見えた。

 

 

 

 二組の生徒たちを乗せ、シーホークを出港した定期船は、帆をいっぱいに広げ、西南西に航路を取った。

 香る磯の香り。抜けるような青空。はるか遠く燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大海原。

 ゆるく流れる心地よい風が、肌を、髪を優しく撫でていく。

 

「わあ、これはすごいなあ……」

 

 このような海原をスレイは今まで目にした事はなかった。

 幼年期を山と雪に閉ざされたスノリア地方で過ごしており、近場の海は流氷が絶えず漂う北海しかない。特務分室入りしてからは海辺の集落に足を運んだこともあったが、のんびり海を眺められるほどの余裕はなかった。

 

「こんなに優しい海、初めて見たなあ」

 

 スレイが見た海は五年前の北海が初めてだ。父と一緒に魔獣の生息地調査に行った付き添いである。

 吹き荒れる吹雪に、たゆたう流氷。遠くからは氷河が崩れていく音が聞こえて、夜にはオーロラが激しく漆黒の夜空を舞った。

 当時をとても美しい景色だったとスレイは記憶している。それと同時に霊験あらたかな、厳格な場所だとも。

 もし、いにしえの北方秘蹟教の神々がいたのならば、このようなところにいたのだろうと、益体も無く思いを馳せた。

 

 サイネリア島までは残り数時間余り。

 彼の地にてスレイは一つの真実を知ることとなる。

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