ヒュオオオオ──────体が、落ちる。
落ちる。落ちる。止まらない。
人食い沼の鬼の時は自分から入っていったし、まわりは水分の多い泥みたいだったからどうにかできた。
でも今は何もない空中だ。落とし穴らしいが深すぎる!
(このままじゃ地面とぶつかって……!!)
穴の側面は型でくり抜いたように平たい。体勢を整えて減速させなければ俺は死ぬ。禰豆子も……死にはしなくてもきっと、絶対痛い思いをする。それを受け入れるわけにはいかないのだ。
この穴は深いが、幸い俺と壁面との距離は刀が届く程度。
刀を突き刺すのは気が引ける。……刃こぼれする可能性はあるが、技を打ち壁に掴まることのできるくぼみを作らなければならない。
────全集中・水の呼吸、捌の型・滝壺!
「っ、やったっ…………うおおおおおおあああっ!?」
狙い通り、土が広く深く抉れた。しがみつける穴の幅と速度で助かった! 手をかけたはいいが、そこから更に壁が崩れる。なんとか必死にしがみついた時には、思わぬ幸運があった。
「穴だ…道を掘ったのか? あの鬼の仕業か」
どうやら土方と名乗った土鬼が俺に仕掛けた深い落とし穴、その横に別の
少なくとも、落とし穴の方から上に戻れたとしても入り口で待っているであろう鬼を倒すのは分が悪い。一度態勢を整えるためにも隧道を上へ行くことにした。
俺の体躯的に、禰豆子を背負ったままでも頭を下げるだけで前へ進めた。明かりもないのでひたすら手の感触と匂いだけで行く先を確認する。
背中に禰豆子はいてもなお心細さを覚える闇の中、先ほどの鬼について考える。
ああそうだ、匂いといえば。
「…あの土の鬼、殺意や憎悪の匂いがしなかった」
あちらは鬼でこちらは人なのだから攻撃してくるのが当然なのだが、俺を食べようとか殺そうとか、憎いとか。……そういう匂いは一切なかった。また、質問には答えるし会話も成り立っていた。
期待、尊敬、覚悟、同情。それらは感じ取れたが、今まで嗅いだことのない複雑な匂い。他にも色々と混ざっていてよくわからなかった。その奇妙な匂いを俺にぶつけてきたのだ。
攻撃に手加減された感じは無かったが、恐らく俺が突破できる術があると確信して攻撃している。俺に対して鬼らしくないあの鬼の対応は、まるで鱗滝さんの修行のようにすら感じた。かといって、
「……でも、人を食べた匂いはたしかにあった……」
────親しみは一切感じない。本人も20人は食べたなんて言っていた。土方…鬼は嘘をついていない。数えていなかっただけだろう。
「50人と言った手鬼よりは臭くないけれど、絶対に20どころじゃない。……30、いや40人は………」
それに沼鬼のように、人をよりたくさん食べた鬼が身につけるという
土鬼の思惑がどうであれ、人を食べているのだから、俺があの鬼を斬らなければならない。
ぶつぶつと独り言を漏らしながらどれだけ経ったのだろう。ようやく月明かりが射し込んでいるのが見えた。出口だ。
残り香はあるが、鬼本体は近くにいない。経過時間がわからないが穴に気配のない事を怪しく思っているはずだ。あの鬼のことだから俺があそこにいないのをわかっていて、あえて同じ場所にあるかもしれない。
────そして仄かに混じる、生きている人の香り。
少し高さがあったのでよじ登って辺りを見回す。家が立ち並んでいて、いたるところに穴が空いている。土鬼の言っていた廃村らしい。穴は血鬼術だろう。
1番近い家の戸を静かに開けて中を覗き見ると、血が点々とこびりついていた。それからなぜか…小皿に乗ったたくあんがど真ん中に置かれていた。他の家もいくつか回ったが、同じようにたくあんが置かれている。
なんだ、これは。ご丁寧に血飛沫の上から。……『供え物』……いやまさか。自分で食べた人間を弔った? 訳がわからない。
混乱しながら6軒目の戸を引くと、囚われた人がいた。1人で怯え続けていたようだ。縄ではなく土で手足を固められていた。…どう見ても、食べる予定だったのだろう。ここには血もたくあんもない。
「…………! ああう………ゲホッげほっ!」
「今助けます!」
意識はあるのですぐさま固められた土を刀で砕く。腕が交差していなかったのは幸いだ。土も口に含んでいたらしいので水で漱がせる。
「お、鬼が……! 村に、鬼っゲホッ……」
「わかっています。俺が倒します! あなたを食べさせはしません。すみませんが待っていてください」
麓へ行くには土鬼がいるであろう道しかない。だから「すぐ逃げろ」とは言えなかった。
また、なんとか伝えようとしている話を聞くと、たくあんが置いてある家の人はすでに食べられて、あらかじめ捕まえていた村人を毎日2人ずつ食べているのだと言う。気まぐれに目の前で喋ってきたそうだ。この分だとまだ他にも捕まっているかもしれない。
鬼の匂いが、近づいてくる。
どうやら痺れを切らしたらしい。反射的に刀を抜き、家を出て匂いの方へ走る。
土鬼を視界に入れて5歩のところで地面に異変を察知した。ジャキンッ!!! 横に飛び退くと土の針がもの凄い勢いで生えた。
「よう。随分と待たせやがって。俺は佐々木小次郎か?」
「………お前…」
「んん? なんだ、村を見て回ったか? 俺の保存食でも見たか? 食べ残した訳じゃないぜ、俺は骨くらいしか残さん。ほら、全部一気に食べたら…もったいないだろうが」
「…………ッッ!!!!!!」
「キレてんのかあ? なら俺の首を掻っ切ってみるんだな、炭治郎っ!!」
頭がカッとなったが、鬼の手の平から土を投げられたのはしっかり見えた。更にそれが細長く凝縮され、俺に降りかかろうとする。
「さっきの落とし穴を掘るときに余った土だぜ。これが本当の土砂降りってなあ!!! これは回避できねえだろう」
「ヒュウウウウ………」
土はどんどん追加され、雨のように広がっていく。走って逃げるだけでは避けられそうもない。
ドドドドドドドド────落ち着け、落ち着け! 呼吸を整えろ。……ギリギリまで迫って、技を放った。
────参ノ型・流流舞い!
流れるように移動しつつ、降ってくる土礫を斬り、弾く。礫が地面に当たることで土埃も大量に舞った。息がしにくい。全ては弾ききれなくて腕や頰を掠っていく。血も出るし土がついて痛い。
……それでもやらなくちゃいけないんだ!
この土埃の濃さなら相手からも俺の影は見えない。俺も鬼の姿を見ることは叶わないが、匂いでどこにいるかがわかる。
下。地面の下だ。これで不意打ちを仕掛けられると思われたらしい。村のいたるところにあった穴はやはりこの鬼の仕業だった。新たに穴を掘って俺へ強襲するつもりだな!
流流舞いの型のまま、匂いが強いところを辿る。あちらも移動しているが、沼鬼のように地面の下が有利な地形というわけではなさそうで、動きは遅い。
だから1番匂いの強いところへ技を出していた勢いのまま、突きを繰り出した。
────漆ノ型・雫波紋突き。
手応えを感じると同時に土鬼が飛び出てくる。俺から距離を取ろうと後ろは飛び退いた。しかし、出てきたなら頸を斬れる。
「グアアアアアッッ!!?? てめえっ!」
「……! 壱ノ型…っ!」
────水面切り!
焦った鬼が土を操るために姿勢を屈ませる。やらせはしない! こちらが技を出すのに気づいて土をかけられたが血鬼術の力は及んでいなかったらしく、脅威にならない。奴はすぐに後ろへ飛んだが、俺は右手首と左手の指を真一文字に切り捨てた。
さらに、土鬼は地面と接していない。空中だ。
木や家も遠いし、俺が落とし穴に落ちた時のような壁もない。つまり、土鬼はもう何をしても回避ができない。
「見えた…隙の糸!」
「ッ、クソがっ!」
もう一度────壱ノ型・水面切り。
斬。鬼の頸は斬った。
胴は崩れ落ち、頭は弾んで左へ転がった。体の方から崩壊が始まった。日輪刀で鬼を切ればじきに滅ぶ。体が再生する様子もないし、あとはそれを見届けるだけだ。
なんだか変な鬼だった。決して弱いわけではなく、攻撃は直撃すれば大怪我をするか最悪死ぬものばかりなのに、殺そうとしていない。現に俺の負ったケガは土の雨が掠って血が出た左腕と頰くらいだ。他にも色々ある謎について考えるが、答えは出ない。
……こういうのは本人に聞くしかないのだろう。あまり心配していないが、答えを知りたくて、俺はもうすぐ死んでしまう鬼に話しかけた。
(どっかガバってるかもしれない…)
あと一話の予定です