身体が、塵になって消えてゆく。
死にたくないとは口が裂けても言えない。俺が言っていい願いではないから。
少しずつ、少しずつ、人間であった頃の記憶を取り戻すたびに体の中を蠢いていた気持ちの悪い感覚も消えていく。死にかけだというのに気分は晴れやかに、思考も明瞭になっていく。
これはきっと、もう必要のなくなった「鬼舞辻の呪い」が外れる感覚なのだろう。そう確信した。
そして、俺が死ぬまでに紡ぐ言葉は懺悔であり、本心となる。
「なぜ、俺を殺さなかったんだ。いくらでも隙はあったんじゃないか」
「チャンス……良い機会だったからだよ。俺の元へ来る鬼殺隊士がお前なら、こうするつもりだった」
複雑な表情で炭治郎は俺に問うた。俺は普通に受け答えしたつもりだったが、死にかけらしく気だるげなゆっくりとした声しか出なかった。
「炭治郎があまりにも弱かったら、俺にその気がなくてもお前は死んでいた。だから、生き残ったのは炭治郎自身の力だ」
「俺は鬼を斬る。だけどお前は俺を生かすつもりだったのは間違いな……」
「俺はな、『竈門炭治郎』に斬られようと決意してたんだぜ」
「………? どういうことだ?」
「……俺は未来の事を少しだけ知ってたんだ。お前が鬼殺隊士になることを、これからもっと強い鬼を斬ってゆくことも。最初に思い出したのは……鬼になる瞬間だから、だいたい
「1ヶ月……!? たったそれだけの間に多くの人を食べて、血鬼術まで使えるようになったのか!!?」
ああ、確かにかなり早いかもしれない。超スピードだ。俺が鬼になる時にこの世界が「鬼滅の刃」だと気づいた転生者だったからか、俺を鬼舞辻無惨に紹介したやつの見立て通り「変な考え」を持っていたからか、理由はわからないけれど。
でも、それでも腹が空くのが止められなかったんだ。
それに俺は食った人の数を途中から数えていないけれど、目の前の少年はよく利く鼻で俺の食った正確な数がわかるのかもしれない。20くらいってのは鯖を読みすぎていたようだ。
まあそれは今本筋ではない。驚くのは後にしてほしい。
「それで、お前が鬼に対しても悲しむような『優しい鬼狩り』だって知っていたんだ。お前に自覚があるかはともかくな」
「俺はっ! 優しくなんてない。そうあろうとしているけど、そう…うん。甘いだけだ!!」
「……だから鬼になった時、斬られるならお前がいいと思った。そんな
淡々と言葉を連ねる。終わりはもうすぐそこまできているから、長くは話せない。
炭治郎は話を聞いて、優しいという評価に怒り俺の身勝手さに憤っている。主人公だなあと呑気に思った。
それでもなお悲しい顔を隠せない。炭治郎は悼まずにはいられない。
そうだ。その顔で見送って欲しかったんだ。やっぱり優しいよ、お前は。よかった…願いが叶った。
体は完全に消え、もうじき頭もなくなる。その前にアドバイスになりそうなことは言っておこう。俺のわがままに付き合わせた礼になるかは定かじゃないが。
「強い上位の鬼は再生力が段違いだ。ただ頸を切るだけじゃ再生の方が早い。特に
「え?」
「あと、畑が広がってるところに一番近い家が俺の家だ。なんか必要だったら持っていけ」
「……なんで」
「さあな。じゃあ頑張れよ
……ああ、でもちょっと悔しいな……」
────また土に還れなかった。
「ああ、ありがとう……! 鬼を退治してくれて…!」
「いえ……はい、どういたしまして」
────不思議な、とても奇妙な鬼だった。
やはりあの土鬼は多くの人を食べていたらしい。鬼が死んだことで土の枷から解放された村の人達が、誰が生きているか確認を取っていたのだが、少なくとも村の半分は食べられてしまい亡くなったそうだ。
それでも30人弱らしいので、別の場所で暴れていたのだろう。噂を辿ればわかるだろうか。
考えても答えは出ない。とりあえず少し休みたいが、先に鬼の家に行くことにした。
「あの、すみません。畑が見当たらないんですけど、どちらにありますか」
「畑……? 坊主、もしかしてあいつの家に行くつもりか」
「ええ、はい。駄目でしょうか」
「まあ、いいけどよ……オレたちも近寄りたくないが、いずれは捕まっていた分の畑も耕さにゃならんしな。気をつけてな」
教えてもらった方向へ行くと、確かに家があった。村にあったものとつくりは変わらないが、ところどころ補強されている。周りに家はないが、畑の方を見て目を見張った。
「これは………この畑……すごい…」
広大な段々畑は丁寧に整地・手入れがされており、パッと見るだけでも実る野菜は瑞々しい。特に大根はいっとう大きく、範囲も広くとってあった。中には旬でないものも含まれたが、それはここが涼しい山だからだろうか。
村人は全員捕まって動けなかった。つまり、ここにある畑はその間全てあの鬼が管理していたことになる。あの土を操る血鬼術で補ったのか。少なくとも他の村人が急いで手入れをする必要はないらしい。
「……はっ、そうだ」
正気を取り戻して、本命のあの
中は別段変わったところもなく、漬物の匂いが沢山あるくらいだ。壺もやたら多い。たくあんが好きだったのだろうか。それと、腐ったような特有の残り香に血の匂いがほんの少し。ここが鬼の家だという事を俺にはっきり示してくる。
少しの罪悪感を胸に箪笥を漁ると、救急箱や非常食と書かれた缶が見つかった。非常食という単語に少し身構えたが、中身は小麦粉に砂糖の匂いがする───
禰豆子も喜ぶだろうか。
「あ……そうだ禰豆子! ごめんずっと背負いっぱなしなんだった! 大丈夫だったか禰豆子」
戦闘中はもちろんきちんと気にしていたのだが、ずっと狭い中で揺れて辛かっただろう。でも禰豆子は出てきても俺の頭を撫でるだけだった。本当にごめんなあ…。
薬は鱗滝さんから貰ったものがある。包帯と乾パンを始めとして使えそうで、なおかつ持てるものだけを選んで持って行かせてもらうことにした。それとたくあんを少し。
「……使わせていただきます」
家から出ると、また立派な畑が目に入る。しかしさらにその奥の方に奇妙な空き地を見つけた。
「なんだろう、あそこだけ木がない。畑ではなさそうだ」
「………」
「行ってみよう」
────そこは墓地だった。大層な石碑はないけれど、確かに人を弔った跡があった。誰の仕業かはいうまでもない。
「そこまでの心があって、どうして………」
遣る瀬無さが心を襲う。禰豆子が隣にいてくれなかったら蹲っていたかもしれない。
わかってはいるんだ。普通鬼は人を食べたいという欲求を持ち、それに抗うことはできないと。食べないという意思を見せてくれた禰豆子がいてくれるから、時折忘れてしまう。最終選別の時の鬼も手鬼以外全ての鬼が飢餓状態だった。
盛り上がった土の上に大きめの石が乗せられている。一緒に簪や着物の帯といった、身につけていたであろうものが添えられていた。数は27。恐らく食べた村人の数と一致するだろう。村の人が見れば誰がどこにいるかわかるだろう。
また、穴が3つ空いたままになっている。2つは今日食べる予定だった人の分で、もう1つは。
「土に還れなかった、そう……言っていたな」
彼が知っていたかは定かじゃないが、鬼になった時点で「土に還る」なんて叶う話ではなかったのだ。それでも願った。願っていた。
この長いようで短かった夜は、村の人の家に泊まらせてもらい明けていった。朝になってこっそりと、穴の1つにあの人の外套や着物を埋めた。本人の思っていた「土に還る」と同じではないけれど、少しでも、と。
畑から帰ってきた俺に心配事が積み重なり続けている人々が声をかけてきた。
「土方の野郎、こんなに村をめちゃくちゃにしやがって……! ………俺たちを食いたいほど、嫌っていたのか? 憎んでいたのか?」
「そう、ですかね。とりあえず、俺はもう発たなければならないので、早めに畑の方へ行くべきだと思います」
次の目的地は浅草だ。
日が暮れるまでに着くはずだ。頑張ろう。
あとがき
ひとまず終わりです。読んでいただきありがとうございました。
でも書きたい部分が増えたのでもう1話投稿することにしました。本誌で出た情報バレを含む話になります。
3日以内には上がります、多分!
それから、原作に登場する鬼たちが死に際に人間の頃まで含めた過去回想をすることから、本作では「死ぬ寸前は鬼舞辻無惨とのつながりが消えている」と解釈しています。
もっというなら鬼になる時には人としての倫理観もある程度操作されている(忘れさせている)と解釈しました。
最後になりましたが、閲覧、お気に入り、感想、評価等々応援ありがとうございます! とても嬉しいです。