ある鬼の終わり   作:氷陰

4 / 5
書きたいところ増やしたらめっちゃ増えました。こんなつもりじゃなかったのに…。




ある人の終わり・上

 

 

 日常が崩れる時は血の匂いがする、とはよく言ったものだ。鬼としての最初の記憶は、あたりに点々と落ちた血だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は平成の時代で死に、明治の終わりに生まれて大正を生きていた。転生でしかもタイムスリップなどという不思議な目にあったが、そこそこうまく生きられた。盆地にひっそりと存在する村の中で畑を耕す。人間必要なものが最低限あれば簡単に生きられるもんだ。

 

 それに現代の都会で生活していた俺には、田舎暮らしの方が性に合っているらしかった。まあ、ここも一応東京なのだが。親はどちらも早くに亡くしたのに俺が生きられたというのだから、そういうことなのだろう。土いじりが存外楽しかったのもある。

 

 こんな田舎じゃあまり聞き慣れない外国語をポロッと口に出すせいか、やや村のみんなからは遠巻きにされていたような気も……いやでもお裾分けとかしあう仲だったし……。料理関係の固有名詞は割と浸透しているのに…。

 

 オレは嫌われていない、ちょっととっつきにくいだけだ。人並みに会話してるし。少なくとも村の人たちも優しく、息がしやすかったので、不満なんて1つもなかった。

 

 その優しい村の日常が崩れたのは、俺が前世の記憶を持って生まれた時か、それとも都会に行った村の若い奴が「万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)」なんて胡散臭い宗教にド嵌りして帰ってきた時か。

 

 

「……俺はお前と仲良くないが、お前の親には世話になってるからひとつ文句を言うぞ。久しぶりに帰ってきて怪しげな宗教勧誘をするなよ、親不孝者ォ」

 

「わっかんねえ奴だな土方。いや、教祖様のことを知らないから当然か。

 教祖様はすごいんだ。俺の人生で味わった辛酸や苦労を労ってくれたし、とてもお優しい! 『よく頑張ったね、ここで休んでいればじきに極楽へ導いてあげるよ』と仰られた。オレは極楽へ行けるんだ! オレは報われる!! 極楽教では苦を否定し楽を享受するという、とても良い教えの元生きられるんだぞ。それに村へ極楽教を広めてくると言ったら快く送り出してくださった!!!」

 

 

 すごく熱弁された。信徒もそこそこいるらしい。どう考えても詐欺かただの狂気的な集団です、ありがとうございました。

 

 ドン引きした。この手の輩に屈してはいけないが、近所づきあいしている家の子供を放っておけない。このわけわからん宗教に騙されてる若者はたしか今年で16になるはずだ。俺は頭を抱えながら話を聞いた。

 

 

「だから俺と素晴らしき教祖様がいらっしゃる万世極楽教で布教とお布施しようぜ!」

 

「ほらやっぱ詐欺じゃねえか!!? 嫌に決まってんだろ、頭に脳味噌詰まってんのか! 

 というかなんで俺にばっかその話するんだよ……他にもいるだろ…」

 

「詐欺じゃない! 実際、教祖様はお若くしているのに100年以上生きている()()()()()貫禄をお持ちだ!! 

 それにお前、昔から言ってたろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()って。もしかして神様を信じてないのかなと思ったら可哀想でさー」

 

「まあ確かに信仰熱心ではないけど! それでも俺は生きてんだから余計なお世話だっ!!」

 

「それで話聞いてもらってお前のことを思い出してさ、教祖様に話してみたんだよ。土方のこと」

 

「は?」

 

「そしたら『会ってみたいなあ』と」

 

「は???????」

 

「極楽教の寺院はそんなに遠くない。連れて行くって言ったから来てもらう」

 

「ファッキュー」

 

 

 

 

 

 

 ────そうやって無理矢理連れていかれた町で会った『教祖様』は、閻魔大王を彷彿とさせる格好をしたイカレ野郎だった。

 

 それ以外になんと表現したら良いのだろう。ああ、目玉がなんか変だ。いろんな色を含んでいて、よく見えないけど…文字が入ってる? カラコン…この時代にないな。髪の色は色素が薄めの金髪のように見えた。

 

 

「やあ、君のことは聞いてるよ。はじめまして、良い夜だねえ」

 

「………どうも、キョーソサマ。土方ッス」

 

「俺のことは童磨と呼んでくれ」

 

「………………………どうま…?」

 

 

 

 どうま…………童磨………? 

 

 

 

 

 

 

 ………………。現実逃避していた。組織の名前じゃピンと来なかったけど、集中するとわかる。うっすら漂う血の匂いと死の香り、それに「童磨」という名の教祖。

 

『鬼滅の刃』の上弦の鬼、それも上から2番目。

 

 これは現実か? 

 漫画の世界に転生云々とか自問自答したいけど、それどころじゃない。記憶通りなら目の前にいる男は『鬼』なのだから。本当に()()でなくとも、最悪を前提にした方が切り抜けられる可能性は高いはずだ。

 

 殴りも蹴りもして拒んだが、あのガキが全く折れないせいで結局はこいつに会う羽目になってしまった。退会させるつもりもあったが、知り合いならともかく他人の宗教勧誘を断るのはわけない、などと慢心していたのかもしれない。

 

 

「君の話を聞いて興味が湧いたから来てもらっちゃった。もしかすると俺に近い感性を持っているかと思ってね」

 

「絶対にないです。ありえない」

 

「本当にそうなのかあ。じゃあひとつ聞くけど、君は両親が亡くなった時どう思った?」

 

 

 ……俺のプライバシーをなんだと思ってるのだろう。言い方もこの上なく神経を逆なでする。勧誘してきたあいつ経由の情報だろうが、腹が立つ。童磨にも、気を強く持っているはずなのに自然と敬語になってしまう自分にも。

 

 

「苦しい最期ではなかったので、俺も穏やかに看取りました」

 

「そうか、それは良かった! 信者の皆の話を聞くに土に還ることを怖がる人が多い()()()から、心配だったんだ! 君自身は死ぬのは怖くないかい? 良ければ極楽教に入ってもいいんだよ?」

 

「余計なお世話です。死ぬのは怖いけれど……あんたに縋るほど弱くない」

 

 

 なんでこいつはわざわざ俺の肉親の死に際の話をしてニコニコしているんだろう。共感能力がないのか、教祖様は? この鬼と話すとどんどん心がささくれだっていく。そのかわり、いつも通りの口調に戻ることができた。

 

 否と断言した俺をみて、童磨は目をパチパチと瞬かせた。

 

 

「うんうん。君は心がまっすぐだね。それなら、君は死ぬことに何を望むんだい? 君はあまりみたことない考えのようだから、聞いてみたいなあ」

 

「『土に還ること』、それだけだ、それだけが望みだ。俺には神も仏も閻魔大王も()()()()必要ない。では失礼する」

 

「本当に君は普通でない考え方を持っているんだねえ。土に還ることを理解して受け止められる人はなかなかいないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ、わからねえ奴だな! 俺はっ………」

 

 

 他人に左右される柔な意見は持ってない。俺の主張が理解されていなかったらしい発言を訂正しようと、童磨に向けた背を入り口に向けた。しかし目の前には居らず、視界には赤と黒が見えるのみだった。後々思い出すと童磨の服の柄だったようだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの方に選ばれるといいね」

 

 

 

 

 

 気付いた時には作りがごちゃごちゃした広い座敷(?)にいて、鬼の始祖と対面していた。

 

 

「これが貴様の見立てか」

 

「はい! きっと強くなりましょう、思考が普通ではないので」

 

 

 お前にだけは言われたくねえ、と俺に差された人差し指を睨みながら強く思った。もう一方の洋装の男に心を読まれるかと思ったが、あれは鬼に対してのみ有効だったか。

 

 

「童磨ァァ!!!!!!」

 

「もう起きたのか! 早いなあ。蹴ってもどうにもならないぜ」

 

「威勢はいいようだな。貴様に物怖じもしない」

 

 

 俺を脇に抱える童磨から離れようと、蹴ったり殴ったりと抵抗を試みるが意に返さない。

 

 鬼に殺されるだけなら別にいい。だが鬼にされるのは嫌だ。それに殺されたらどのみち喰われるから、俺は土に埋まれない。

 

 

 

 ───現代で死んだ瞬間の記憶。

 ガタガタ揺れる飛行機の中だった。機体が爆発して木っ端微塵になり、俺の体も塵と化した。欠片は空と海に飛び散って、鳥や魚の餌になっただろう。

 

 爆発がチリチリ熱くて、風の音が轟々とうるさくて、墓に骨も入れやしない。そんな最期。なんで俺が、とは思わなかった。他の乗客(一緒に死ぬ奴ら)もいたから。

 

 でも、死に方も何も為していない人生も不満だった。

 

 ゆっくり息を引き取ってから、冷たくて、静かな墓の下。そこがいい。俺の終わりはそこがよかった。なんの因果か2度目の生を得られたのだから渇望するに決まっている。

 

 

「あっそうだった! ねえ君、『青い彼岸花』って知ってるかな? そう、青い彼岸花。探してるんだけどなかなかなくてねえ。難儀してるんだ」

 

「知らねえよ! 見たことねえっ! いくら探してもないんなら、作ったらどうだ!! 外国にはそういうのを研究してる奴らもいるらしいぜっ!」

 

「ほう、なかなか面白い発想だ」

 

 

 青い薔薇が作られたのはもっと後の話だが、別に悪いアイデアではないだろうし、着手している所もあるはずだ。少なくとも俺には出来ん。接ぎ木では最初からない特性は付け加えられない。

 

 まあ出来ても青紫までが関の山なのだが。青い水で染めれば真っ青にもなるが鬼舞辻無惨が欲しいのはそういうのじゃないんだろう。ざまあ。

 

 

「降ろせやクソッ!」

 

「もー、うるさいなあ! ちょっと黙っててくれる?」

 

 

 ミシッ、バキバキ、バキリ。片腕と胴に挟まれた腕と背骨がめちゃくちゃに折れる。

 

 悲鳴をあげかけた直後、頭に何か突き刺さる。指だった。次いで流れ込む液体の感覚。痛い、苦しい、頭がいたい! 童磨に掴まれたまま無事な足をバタつかせたが、どうにもならない。今度こそ叫んだ。

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!???」

 

「よく吠えるなあ。よしよし」

 

 

 俺が俺じゃなくなるような感覚を最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時には、部屋の中で突っ立っていた。なんだかぬるりとした足元が気持ち悪くて目をやると、赤黒い液体が月明かりで反射していて────血だと理解する前に飛び退いた。ついでゴロンカランと転がる骨。

 

 何人分かわからない骨、骨、骨。()()()()の肉や血はほとんどない。呆としたまま部屋を出る。

 

 外には他にも血飛沫や骨が散らばっていて、まるで獣が食い散らかしたあとだ。誰かが歩いたような振動を感じたのでまた歩き回ってみると、ちゃんと人がいた。よかった、話しかけようとすると人の方から声を上げてきた。

 

 

「ば、化け物っ、人を喰う鬼め!!!! こっちに寄るんじゃない!!」

 

 

 俺じゃない、これは違うと言えなかった。気持ち悪いと、思えなかった。俺がやったことは朧げに理解してしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()、思い出せないので喰った。喰ったところで満腹にはなったが、明日にはまた腹が減るだろうと、まだ村に残っていた人を捕まえた。ちょっぴり思い出したがここは俺の村だ。いつの間に帰ってきたんだろう。腕も治っている…まあいいか。

 

 縄が足りないのでどうしようかと考えていたら土が動かせたので、手足を固めてその辺の家に放り込んだ。明日からちょっとずつ喰べよう。

 

 ここまでやって自宅に戻り、俺は涙を流した。すでに倫理観が鬼のそれに移り変わり、人の頃の記憶も朧げになっていた。

 

 しかし侵食された記憶は今世の分だけのようだったので、まだ人として涙を流せた。俺が人を口にし続ければ前世分の記憶もなくなって行きそうだ。そうなる前に、誰か、誰か。

 

 禰豆子のように人を喰わない鬼になれたらいいのに。無理そうだ。

 

 でも、そうだな。ここが『鬼滅』ならば。鬼殺隊があるのなら───

 

 

 

 

 

 

 ────主人公に斬られたいなあ。炭治郎は鬼に対する優しさも持ち合わせていたはずだから、穏やかに死ねるだろうに。

 

 

 





ナチュラル煽りストのことがわからない……
それから、今のところ5話までの予定です。伸びに伸びてごめんね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。