とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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閑章第21話〜王国の反撃〜

 

 

中央暦1639年12月14日 グラメウス大陸南側の海岸 

 

 

「なんとか揚陸できたな」

 

 

艦隊から前線基地のできた海岸線を見つつ、八神武親中将が呟いた。艦隊は流氷を避けて海に着水し、長く続いた航海の疲れを癒すように充電している。ここら辺の魔物達は掃討され、完全に天ツ上軍の揚陸地点になっていた。

 

 

「この先は雪深いです。しばらくは吹雪くそうなので、索敵機や戦空機は飛ばせませんね」

「ああ……見つかる頃には日れるといいんだが……」

 

 

田中の言う通り、グラメウス大陸はここのところずっと吹雪が降りしきっていた。そのため、しばらく艦載機は飛ばせない。

 

 

「陸上から『向日葵』を探すしかないな。飛空艦は引き続き雲の上から索敵を、誤っても乱気流が吹き荒れる雲の中に突入するなよ?」

「はっ!」

 

 

海岸では寒冷地に合わせてトラックにチェーンを巻き付けたり、ブルドーザーで雪掻きをして地ならしをしている。数日間かけて魔王軍を掃討し、整えた陣地は、今や基地としての役割も持つ。

 

 

「よし! 大隊前進!!」

「戦車隊! 前へ!!」

 

 

地上では、百田率いる地上部隊の大隊が前進を開始した。その上空を、頑丈な巡空艦が飛び立っていく。彼らは乱気流に巻き込まれぬよう、雲の上に飛び立って電波を探る。

 

聖アルディスタの御旗を掲げ、聖なる軍隊は前進する。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「それは一体どう言うことだ!!!」

 

 

魔王城にて、魔王ノスグーラが大声を上げて怒鳴り散らかす。その声は怒気を孕み、城全体が揺れたのではないかと思うほどの響きであった。松明は揺れ、城の柱にヒビが入った。

 

 

「南側の造船基地が奇襲を受けてやられるなど、有り得ぬ筈だぞ!!」

「し、しかし魔王様……これは事実にございます……」

「たわけが!!」

 

 

更なる大声が周りを揺らす。魔王の喉は枯れることはないが、それでも彼の出せる限界まで大声を出したと思われる。

 

 

「しかも敵と思わしき人間共に上陸されただと!? 人間共が反撃をするわけなかろうに!! 敵は何奴だ!? トーパの地の種族間連合か!?」

「そ、それが……」

「なんだ!?」

「斥候は送ってはいるのですが……わずかな情報も掴めずに殺されてしまうのです……」

「なんだと!?」

 

 

魔王軍にも斥候の概念がある。そのため、魔王軍は上陸してきた敵に対して索敵を送ったが、隠れる場所は焼き払われており、唯一残った高台も天ツ上軍の兵士によって守られていた。そのため、斥候は必ず殺されてしまうのである。

 

 

「なので……敵は不明です……」

「グヌゥゥゥゥゥ……フンッ!!」

「!?」

 

 

と、怒りに耐えきれなくなったノスグーラは、その報告を行なっていたオークの頭を拳で握りつぶし、子供のような八つ当たりをした。

 

 

「マラストラスよ……」

「はい」

 

 

一方のマラストラスはそんな光景を見慣れているのか、平常心であった。

 

 

「食糧農園の制圧はどうなっている……?」

「はっ、少々遅れましたが、数週間以内に総攻撃を開始するとの事です」

「分かった……総攻撃には我も加わろう。あの役立たずの自称光翼人は役立たん……!」

「分かりました、伝えておきます」

 

 

魔王軍のエスペラント攻略の準備は、着々と進んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月16日

 

 

朝になり、岡はこの日予定より早くできたと言う新火薬と銃器の視察に行く予定だったが、急遽王城に呼び出された。

 

と言うのも、北から接近する敵部隊が発見され、その対処のために作戦会議への参加を要請されたからだ。なので、朝からベージュの戦闘服である。

 

 

「おお、オカ殿! 朝からすまないな」

 

 

王が立ったまま出迎えの声を上げ、他の将軍達もその場で礼をする。数日ぶりの作戦会議室は相変わらず雑然としていて、岡が現場で頑張っている間もあらゆる進攻ルートの想定に奮進している事が伺える。

 

 

「おはようございます。敵の数は分かりましたか?」

「それが妙なのだ……相手は黒騎士1、オークキング10、ゴブリン200だと報告が上がっている」

「前の南門襲撃部隊と同数……確かに妙ですね」

 

 

前回は『向日葵』墜落現場である南門への威力偵察、それなりに筋が通っていた。しかし、それを撃退した以上はもっと大戦力を率いてきても良いはず、前回の消耗の割りに合わない。

 

 

「敵はどこを襲撃すると見ていますか?」

「多分だがフォンノルボ区だろう。鉱山区に巣食う魔物、魔獣達に動きがあったのだ。それぞれ隣接する区からの侵入を防ごうとするように固まっている」

 

 

南を襲撃した時と同じ数、同じ戦力で今度は北側を襲撃しようとしている。普通に考えれば、戦力を消耗するだけの無駄な悪手だ。

 

 

「もしかしたら……自分の存在が正しく伝わっていないのかも知れません」

「やはりそう思うか。こんなチマチマした戦い方、鉱山区を陥落させた相手とは考えられん」

「自分の考えですが……この作戦を指示した人物は魔王でありません、おそらく別人……戦闘の素人です。南門で正確な偵察が出来なかったので、今回も同じ数で様子を見ているものと思われます」

「それでは、国内にいるであろう問者も案外無能かもしれんな」

「おそらくは」

 

 

岡はダクシルドの戦略、戦術的な音痴ぶりを見抜いていた。再度の威力偵察には「所詮下等生物の集まり」と言う侮りが見えており、最終的に滅亡させて魔王から逃れれば、過程などどうでも良かったのである。そのせいで、魔王から無能ぶりを看破されているが。

 

 

「では今回もオカ殿の力を借りて……」

「いえ、それはまずいです」

 

 

岡は王の発言を否定した。

 

 

「多分今回はこちらの戦術を正確に評価するために専用の観測員を配置しているでしょう。もしそこから自分が戦闘の中心に立っていると分かれば、自分だけを警戒し、自分以外を狙うようになると思います」

 

 

それもそうだ。さらに言えば、岡が脅威だと分かれば問者に暗殺される危険性もある。岡は王国の秘密として秘匿しておくべきだ。

 

 

「黒騎士を倒したのが何なのかは分からないうちは、相手はこちらに手出ししにくくなる……時間を稼ぐためにも、自分は出ない方がいいです」

「そ、それでは今回の黒騎士は我々だけで対処するのか?」

「陛下、ご心配なく。自分には考えがあります」

 

 

岡はそう言うと、編成表を見せてニヤリと笑った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

フォンノルボ区 西門北区防衛隊 騎士詰め所

 

 

王国民から『北の水源』と呼ばれているフォンノルボ区は、王国西側に水を供給する、王国の生命線の一つだ。セントゥーロ区までマルノーボ区を挟んであと一区画、と言うことで騎士団はここを死守しなくてはならない。

 

オキストミノ区、ノルストミノ区を放棄せざる負えなくなった辛酸を、再び舐めることは避けたい。ここを岡無しで死守しなくては、王国は成長しないだろう。

 

 

「オカ殿、今回の敵は威力偵察と聞いているが、本当なのか?」

 

 

エスペラント王国騎士団長総長モルテスは、隣で兵士に扮するオカにそう言った。オカはいつもの目立つ戦闘服ではなく、エスペラント王国騎士の格好をして変装している。これも、作戦に岡がいる事を隠すための措置だ。

 

 

「はい、前回の南門防衛隊が当たった数と全く一緒の数です。作戦を立てれば、脅威ではありません」

「しかし、あの黒騎士がいると聞いている。あれは単体で何十、何百と怪我人や死人を出す怪物だ。オカ殿が出なくて本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です。その黒騎士を倒すために、秘策を用意していますから──ですよね? ザビルさん」

 

 

と、名前を呼ばれた後ろの甲冑男が手を上げた。

 

 

「な!? ザビル殿!?」

 

 

モルテスが声を上げる。彼は普段の銃士としての軽装ではなく、フルプレートに身を包んでいた。兜で顔を隠していたので、誰も気づかなかった。

 

 

「ふぅ、重騎士や槍騎兵の諸君はいつもこんな重い武装で動いているんだね。全く感心するよ」

 

 

彼は兜を脱ぎ、汗まみれの顔から髪の毛を鬱陶しそうに振り払う。

 

 

「どうですか? 鎧の具合は?」

「動けなくはないね、さすがは名工デジーンの逸品だ」

「デジーンの鎧!?」

 

 

鍛冶職人デジーンの鎧は、銃工ランザルが手がけた銃に並ぶ価値がある。何層もの金属を重ねて打ち、焼入れをして最適な強度としなやかさに仕立て上げている。今回、ザビルが鎧を着て出撃するので、特別に用意してもらったのだ。

 

 

「オーダーメイドではないからピッタリではないが、近いサイズがあって良かったよ」

「何故そんな重装備を……」

「今回の作戦では、彼に私の代わりとして出撃してもらいます。敵が我々の戦いを監視しているかも知れないので」

 

 

岡はモルテス達に今回の敵の偵察目的と、作戦目的をモルテス達に伝える。

 

 

「──つまり、導きの戦士の存在を秘匿して、『我々が黒騎士を倒す方法を見つけた』と思わせないといけない、と?」

「そうです、それもなるべく苦戦を装って。今回は黒騎士に対する重騎士を多めに配置して防御を厚くし、被害を最小限に食い止めます。そのために、西門南区の防衛隊からも少し援軍を呼んでいますが。戦術はこうです」

 

 

岡は今回の作戦の概要を説明する。黒板に人型の絵を描き、その周囲を取り囲むように4人の重騎士を模した絵を描く。

 

 

「黒騎士の動きを四方から封じ、もし一人が負傷したら3人がシールドバッシュで気を逸させる。敵のスタミナが落ちてきたら、重騎士に守られたザビルさん達を近づけて、斜めから銃撃します」

「なるほど……ザビル殿が鎧を着ているのはカモフラージュか」

「武器が銃だとバレても良いんですか?」

 

 

モルテスの部下が質問する。

 

 

「敵は我々が銃を所持していることは知っているはずです。ですが、今までの使い方ではダメです。銃は本来、槍兵などの前線に立つ人間にこそ持たせる武器です」

 

 

エスペラント王国は長らく原始的な魔物や魔獣だけを相手にしてきた。そのため、銃は弓矢の延長だと思われていたのだ。それに、数で押してくる魔物達に対しては、弾数が限られている銃や弓よりも、剣などでの白兵戦の方が有効だったのも大きい。

 

 

「この戦争を乗り切れば、レヴァームや天ツ上との付き合いが始まるでしょう。矢弾を気にする必要もありません。敵には前線に消耗武器を持ち込む事を覚えた、と思わせて、相手は覚悟を決めていると考察させるのです。そうすれば、こちらの準備も整います」

「では……これを耐え切った後は……」

「そう、全面戦争が控えています」

 

 

フォンノルボ区とノルミストミノ区を隔てる城壁の門前に、騎士団総長モルテス・ペレントリノ率いる西門防衛隊が集結した。

 

重騎士800

剣士1500

槍騎兵500

遊戯兵200

魔術師600

銃士300(マスケット持ち)

 

このうち、重騎士500、剣士400、遊戯兵50、魔導師200、銃士50がノルミストミノ区とオキストミノ区に突撃、敵威力偵察部隊と衝突する。残りは二つの鉱山区に隣接する3つの区に振り分けられ、防衛に就いている。

 

 

「来たぞ─────ッ!! 敵襲─────ッッ!!」

 

 

城門の上で見張員が叫ぶ。

 

 

『よし、門を開けろ』

 

 

モルテスは城壁の上で、魔法通信で指示を出す。モルテスは岡からの伝授で、総司令官が前線に出ないように言われている。本人は報告が入ってから決定権を行使するだけの存在で、こうしてよく見える位置から指示を出すのもかなり異例だそうだ。

 

だが今まで騎士団西門防衛隊はモルテスの指示に従ってきたので、これから近代化していく為の第一段階として、まずはモルテスが安全な位置から指示をする。

 

 

『黒騎士が先頭の陣形だ。魔狼に乗っている。右翼、左翼のオークキング、オークが脇を固めている。重騎士隊、鶴翼の陣!』

「鶴翼! 黒騎士が来るぞ! 構えろ!!」

「第二から第4中隊は前進! オークキングを止めろ!!」

 

 

魔狼に乗った黒騎士が、勢いそのまま突っ込んでくる。

 

 

「──オオオオオォォォォォォッッ!!!」

「耐えろ────っ!!」

 

 

今回の黒騎士は、長大な刀を握っていた。魔狼が先頭の重騎士に突撃したかと思えば、黒騎士はその直前に飛び上がり、重騎士の上空から刀を振り下ろす。

 

 

「……!!」

 

 

銃騎士達はその動きを読み、頭上に盾を構えて刀を弾く。バランスを崩した黒騎士は、そのまま地面に落下する。すぐさま大勢を立て直した敵だったが、周囲を盾でぐるりと固められた。

 

 

「俺たちが相手だ!!」

 

 

4人の重騎士が進み出て、一気に距離を詰める。黒騎士が攻撃するが、刀に狙われた重騎士は攻撃の軌道に沿うように盾を構えた。彼らは黒騎士の攻撃を、弾くのではなく受け流す事をアドバイスしていたのだ。

 

圧倒的な膂力に耐えるほどの防御力を誇る重騎士でも、耐え続けるのは難しい。重騎士の体力の問題もある。だが力を受け流して方向を変えるだけで、消費する体力は随分と軽減される。

 

さらには、攻撃した後の黒騎士には隙が生まれる。その隙に背後から片手剣で一撃を与え、体力を削るのだ。

 

 

「なるほど……初撃を防ぎきって囲んでしまえば、こちらの隊列も乱されることはない、か……」

「はい、ですが決定打に欠けます。数発食らうと装備が保たなくなりますし、早く蹴りを付けないと負傷者や死者を生んでしまいます」

「その為のザビル殿だな?」

「はい」

 

 

岡の言う通り、重騎士の入れ替わりはかなり激しい。仲間が入れ替わり立ち替わりで持久戦をしようとしているが、このままではかなり不利である。

 

 

「私も現場にいられたら……しかし、こうして客観的に見ると様々なことが勉強できる……戦場を3次元的に見るとはこう言うことか……!」

 

 

オークキングは重騎士、剣士、魔導師の混成部隊で相手をし、一体ずつ確実に削っている。遊撃隊と銃士達はゴブリンに当たり、急速にその数を減らす。

 

一方のザビルは、これまで城壁の上から狙撃するのが仕事だったのでかなり緊張をしていた。装備として九式自動小銃を持っているが、もしもの時の為に岡からコブラマグナムを借りていた。腰のホルスターにその銃を持ち、その感触を確かめる。

 

 

──オカ殿はいつもこんな緊張の中で戦っているのか……

 

 

この前の余興的当ての中、色んな話を聞かせてもらった。岡がライバルだらけだと言っていた真意は言葉通りの意味で、岡のような訓練を積んだ者が彼の国やレヴァームには何十万人といるらしい。

 

その中にはザビルのような死神のような狙撃手や、何度も何度も死地を彷徨っては生き残って敵を撃ち倒してきた不死身の兵士もいたりと、世界の広さを聞かされた。

 

もし生き残れたら、もしこの戦いに生き残って岡の国に行けたら、そんな人々に会ってみたい。平和を愛する民族の、素晴らしい国だと語っていた。あんな勇敢な男が自慢するほどだ。実際行ってみたら本当にいい国なのだろう。

 

 

『ザビル殿、前へ!』

「了解!」

 

 

盾を持った重騎士を装って、輪の中心へと移動する。黒騎士を取り囲む重騎士の輪は徐々に姿を変え、射線を意識する。

 

 

「……!」

 

 

間近に見る黒騎士の一撃。それは強烈な一撃であり、これからあの猛獣のような敵と戦うのかと思うと足がすくみそうになる。

 

 

──あよ化け物相手に……重騎士は一歩も引かず……なんという度胸!

 

 

ザビル内心で彼らに尊敬の念を抱く。2メートルを超える体格を持ち、獣以上のパワーを兼ね備えた怪物。己の手には、岡から借りた自動小銃。見上げるように狙いを定め、歩いて調整する。

 

 

「モルテス殿、これで本当に疲れているのか!?」

『ああ! 明らか動きが鈍っている、今しかない!』

「本当か……!?」

 

 

距離が近づくにつれ、その巨体が目からはみ出る。いつ飛びかかられてもおかしくない。護衛の重騎士を信用してはいるが、横なぎの一撃で殺されそうだ。

 

 

──何を怖がっている! オカ殿もこの化け物に突撃したんだ……王国最強の銃士である私が怯んでどうする!

 

 

全身から汗が噴き出る。鎧の暑さではない、革のベルトに締め付けられた部分はじんわりと冷たく感じる。

 

刹那──ザビルの目線と黒騎士の目が合った。

 

 

「オオオオッッ!!」

「!!」

「ザビル様危ない!」

 

 

黒騎士は何かに気づき、飛び上がって包囲網を脱した。そして、長刀を振りかざしてザビルを狙う。

 

 

「ぐわぁっ!」

 

 

ザビルへの攻撃は仲間が防いだが、その彼に突き飛ばされてザビルは地面を転がる。岡から借りたマグナム拳銃がホルスターから飛び出て、地面を転がった。

 

 

「私は……オカ殿に任されたのだ!」

 

 

しかし、ザビル幸いにも小銃は手放していない。ザビルはなんとか立ち上がり、追いついた重騎士の包囲網に挟まれた黒騎士に向け、狙いをつけた。狙うはサークレット、その一点のみ。

 

 

「喰らえぇぇぇぇ!!」

 

 

ザビルはその一点に向け、引き金を絞った。マスケット銃に比べて小さく、それでいてハイパワーな爆裂が、銃弾を放った。必殺の一撃がサークレットの魔石を直撃し、粉々になって地面に散らばる。

 

そう、岡は前にヤンネと話した時に、鬼人族を操っているのがこのサークレットだと知った。そのため、これさえ破壊すれば黒騎士は無力化できると考えたのだ。その憶測は、見事に的中した。

 

 

〈うぐっ……〉

 

 

黒騎士は撃たれた衝撃で仰向けに倒れ、そのまま気を失った。

 

 

「や……」

「やったぞぉぉぉぉぉぉ!!」

「「「うおおおおおおお────ッッ!!!」」」

 

 

重騎士たちが咆哮をあげる。今まで岡以外に倒せなかった黒騎士を、自分たちだけで倒した。それだけでも、士気を上げるには十分すぎた。

 

 

「さすがザビルだ! 王国最強の銃士だ!!」

「黒騎士だってサークレットを壊せば怖くねぇ! 導きの戦士様の言ってた通りだ!!」

 

 

当のザビル本人は膝を折り、九式自動小銃を取り落としそうになる。

 

 

「はは……全面戦争前に経験しておいて良かったよ……」

 

 

その感情は、安心で満ち溢れていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

戦場のど真ん中で、先程の黒騎士の戦闘経過を見ていた者がいた。鬼人族の男、彼は軍団に混じってこっそりと侵入していた。それを可能にしていたのは、仕組みがわからない謎の透明マントだ。

 

このマントはダクシルドが持ち合わせていた物で、彼から付与されていた。魔法によって光を遮断し、周りから透明に見えるマントだ。これを使えば、敵地偵察も戦場のど真ん中でできる。

 

 

「……なるほど、いくら烏合の衆と言えど、死の窮地に立てば戦術を閃くのか」

 

 

岡の予想通り、彼は戦場で黒騎士がどうやって倒されたかを観測する為に観測員が派遣されていた。彼の目の前で黒騎士が倒れ、王国側が勝利する。

 

透明マントの男は黒騎士が倒される際に、ザビルの銃を見ていた。発射炎が小さく、音も締まっている銃だが、王国の新型銃であることは確かだ。経緯はわからないが、あれが開発されたことで銃を至近距離で放つことを覚えたのだろう。

 

 

「ん?」

 

 

と、透明マントの男はザビルの近くの岩陰に身を隠していた。すると足元に何やら黒色の銃を見つけた。どうやらピストルらしく、黒のフレームに木のグリップがある少し変わった銃だ。

 

 

「貴重なサンプルだ、ダクシルド様へ持って行こう」

 

 

透明マントの男はそのピストルを手に取り、透明のまま去っていった。王国騎士団は戦闘に夢中で、彼の気配に気付いた者はいない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ん?」

 

 

と、ザビルは岡から預かっていたマグナム拳銃が無くなっていることに気付いた。

 

 

「まずい……さっき吹き飛ばされた時に失くしたか……」

 

 

あれは岡から預かった、大切な物の筈。失くすなんてとんでもない。ザビルは鎧を脱ぎ、身軽になってそこら中を探した。が、マグナム拳銃は見つからなかった。

 

その後、黒騎士が倒された事で魔獣たちが怯んだ。ノルミストミノ区とオキストミノ区に巣食っていた魔物たちにも影響を受けた。その時を見計らって、二つの区への魔物掃討作戦を開始した。

 

この機に乗じて二つの区を奪還しようと決意したのは、騎士団総長モルテスだ。彼の指揮の下、隣接する区から残りの兵士たちが雪崩れ込み、魔物たちを駆逐していく。

 

次いでドワーフの石職人たちが、大きな岩を抱えて突入する。ノルミストミノ区とオキストミノ区を隔てる城壁を石で埋め、これ以上の侵入を防いだ。

 

 

「「「「エスペラント王国万歳!! 導きの戦士万歳!!!」」」」

 

 

モルテス達はこの後夜まで続いた鉱山内の魔物掃討戦に移り、ゲリラ戦をしていた魔物たちを駆逐していった。洞窟の中で待ち構えるゴブリンやオークに向け、試作品のダイナマイトまで投げ込んでの徹底ぶりだ。 

 

そして、次の日には二つの区の都市機能を完全に回復させた。報告を聞いた各区、そして城内では久方ぶりの勝利に沸き、お祭り騒ぎとなる。

 

 

「これが……戦争……」

 

 

しかし、岡は状況を楽観していられなかった。

 

 

「この先俺が動くたびに、もっと犠牲者が出る……」

 

 

騎士団側にもそれなりの被害が出ており、死人もいる。

 

 

「……この国の運命が俺にかかっているのに、なんでこうも弱気なんだ……」

 

 

岡は覚悟ができていなかった。自分のせいで、この国の人々に死者が出てしまうのが、恐ろしかったのだ。


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