とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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閑章第23話〜三度目の涙〜

 

 

爆発音があったラボレーオ区に岡は駆け出していた。そこではすでに騒動が起こっており、あたりは煙が充満して、火薬の匂いが鼻腔をくすぐっていた。

 

 

「瓦礫の中に人はいないか!?」

「まだ爆発してない火薬があるかもしれない! 注意するんだ!」

 

 

岡達が爆発音のあったラボレーオ区の火薬製造工房にたどり着くと、そこはすでに煙の手が上がっていた。あたりは騒然としていて、瓦礫の中から救助作業が行われていた。

 

すでに騎士団病院の人間が駆けつけており、その中にはサーシャの姿もいた。彼女は治癒魔法で、怪我人らしき人を治療している。他にも沢山の医師が居て、救助された人を手当てしている。

 

 

「何があったんですか!?」

「オカさん! ちょうどいいところに!」

 

 

サーシャが声をかける。

 

 

「火薬製造の工房で爆発事故があったみたいで、中にいた職人さんを救助しているところです!」

「被害は!?」

「まだ詳しくは……でも、まだ死者はいないので、救助を優先しています!」

 

 

それを聞いても岡は安心できなかった。爆発があったのは、ニトログレセリンを作っている工房。つまりは、岡が教えた危険物を扱う工房なのだ。

 

 

──自分のせいで……人が死んだかもしれない……!

 

 

岡は罪悪感に苛まれ、発狂しそうであった。それを棲んでのところで思いとどまり、今すぐ逃げ出したい欲を押さえ込む。

 

 

「オカ君!!」

 

 

後ろからセイの声が聞こえてる。

 

 

「オカ君……大丈夫かい?」

「はい……とにかく今は、救助作業を優先しましょう」

「ああ」

 

 

セイやランザル達、更には駆けつけて来た職人長オスクも救助作業に加わり、さらには遠方から様々な人が集まって来た。何事かと見ていた野次馬も、導きの戦士たる岡が救助を開始するのを見て、自分たちもと加わった。

 

火の手は上がっていないものの、爆発の激しさは工房の建物を破壊していて、屋根から完全に崩れていた。かまどや食器棚が崩れており、それに下敷きになった人も居るかも知れない。救助は一刻を争う。

 

 

「オスクさん! ここには何人くらいいましたか!?」

 

 

岡が瓦礫をかき分けながらオスクに聞く。

 

 

「建物全体で5人だ! さっき見たら2人は救出されているから、後3人!」

「3人……!」

 

 

この状況下で、生き残っているかどうかは不透明すぎる。最悪の場合生き埋めになっている可能性もある。

 

 

「誰と誰ですか!?」

「この工房の責任者のノーベルと、その女弟子で……!? おい!ここに一人いるぞ!」

 

 

オスクの掛け声で、他の救助に関わっていた人間達が集まる。岡も加わり、瓦礫の奥から手が伸びているのが見えた。手は動いている、まだ生きている。

 

瓦礫を慎重にかき分けて押しつぶされないようにする。幸いにも、転がったテーブルと屋根の瓦礫が絶妙に合わさり、彼が生き延びられる空間を作っていた。

 

 

「引っ張りますよ!」

「「「せーのっ!!」」」

 

 

彼はうつ伏せの状態で転がっていて、そのまま引き摺り出される。傷跡はあるが、幸いにも軽傷なようだ。

 

 

「だ……旦那……済まねぇ、俺たちが不甲斐ないばかりに事故を起こしちまって……」

「事故? これは事故なんですか?」

 

 

岡は罪悪感に呑まれると同時に、別の可能性も考えていた。敵の門者による破壊工作である。ここラボーレオ区の火薬製造工房は、事故対策に三つに分けられている。

 

しかし、それでも割と集中していることには変わりない為、テロの標的になる事を恐れていた。もしかしたら、と言う可能性を考慮していたが、それでも無いらしい。

 

 

「あの時工房には5人しか居なかった……誰かが侵入して火を付けたところは見てない、これは俺たちの起こした事故だ……」

「…………」

 

 

彼は岡に肩を借りながら、そう話してくれた。岡はそれを聞いてますます罪悪感に苛まれる。危険性を教えたとは言え、自分がニトログレセリンの作り方を教えたせいで、この事故は起こってしまったようだ。誰にも責任を擦り付けられない、これは自分の責任だと。

 

 

「オカ君」

 

 

それに手を貸したのは、セイであった。彼は岡の肩に手を貸し、慰めるようにこう言う。

 

 

「君だけの責任じゃ無いさ。オカ君は火薬の危険性は君も知っていたのだろう? それに元に忠告してくれた。それを誤ったのは我々科学院の責任だ」

「ですが……」

「今は罪悪感に駆られるより、残りの職人達を救出しよう。このままじゃ死者が出る、話はそれからだよ」

 

 

セイに励まされ、岡は救助作業に戻った。

 

 

「くっ……瓦礫が多い……!」

 

 

しかし、探せど探せど残りのノーベルを含む残りの二人は見つからない。工房の奥は釜戸があるので、煙突があるのだが、その煉瓦の煙突も崩れている為瓦礫が多く散乱してしまっている。

 

 

「オカ! ノーベルの居場所だが、煙突の近くにいたらしい!」

 

 

セイが声をかけて来た。

 

 

「本当ですか!?」

「ああ、助けられた弟子が話してくれた。それによると、彼は釜戸の近くで女弟子を庇ったらしい!」

「分かりました! 皆さん、釜戸の近くを!!」

 

 

岡達は釜戸の近くである、崩れた煙突付近を探すことにした。しばらく煉瓦を退けると、その奥に屋根の瓦礫が見え始めた。どうやら、先に屋根が崩れてその後に煉瓦が崩壊したらしい。

 

 

「待っててください……!」

 

 

これならまだ助かる可能性がある。屋根が縦の役割を果たし、中にいる人が助かっている可能性もあるからだ。

 

 

「た……助け……」

「!? 居ました!」

 

 

岡はその奥から女性の助けを求める声が聞こえたのを耳にし、瓦礫をかき分ける。最後に重い大きめの瓦礫を撤去し、その奥に二人の人が居るのを見つけた。

 

 

「弟子の方ですね!?」

「は……はい……」

「ノーベルさんは!?」

「隣にいます……」

 

 

彼女は弱々しく語り、彼女を腕で守っていた中年男性を見つける。脈を見る……まだ生きている。

 

 

「見つかったか!?」

「はい! 二人とも外傷が激しいです、すぐ病院へ!!」

「分かった!!」

 

 

彼らを三人がかりで運び出し、全員の生存が確認されたのを確認して住民たちはホッとした。しかし、岡は死者が出ずとも罪悪感に苛まれていた。

 

 

「…………」

「オカ君」

「セイさん……」

 

 

そんな岡の状況を見て思うところがあるのか、またもやセイが励ましてくる。

 

 

「何度も言うが、君の責任じゃないさ」

「ありがとうございます……」

 

 

岡はそこまで言われても、胸の苦しみは消えなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラボーレオ区での爆発事故の後、幸いにも怪我人だけで誰も死ぬ事はなかった。気を失っていたノーベルも直ぐに回復し、事故状況を詳しく説明してくれた。

 

 

「ふむ……つまり今回の事故は、ノーベルの下の女弟子の不注意だったのだな?」

「はい、作用にございます」

 

 

憲兵のジャスティードが今回の事故の詳細を、ラスティーネ城にてザメンホフ27世に報告をしていた。事故原因は状況を見ていたノーベルが生きていた為、素早く解明することができた。

 

それによると、今回の事故の原因はノーベルが庇っていたあの女弟子の不注意によるものだと言う。あの時、ノーベルはその女弟子にニトログレセリンの作り方を教える為、直接監督していた。

 

しかし、彼女が調合できたニトログレセリンを立って運ぶ時、誤って藁に足を取られて転んでしまった。本来なら調合したニトログレセリンを、衝撃を和らげる為に藁を敷いたテーブルや床の上で行う安全策を講じている。だが、それが裏目に出た形だ。

 

転んだ彼女の手から溢れたニトログレセリンの瓶は、すでに完成していたニトログレセリンの瓶の貯蔵庫に直接当たってしまった。そのため、安全策を講じたにもかかわらず、この様な事故が起きてしまったのだと言う。

 

 

「今回の事故は我々職人達の責任です。何卒、罰をお与えください」

「ふむ……確かに今回の件は事故とはいえ、責任を問わなければならんからな……」

「はい、どんな罰でも……」

「待ってください」

 

 

と、職人長オスクの反省の弁を遮ったのは岡であった。彼は下を俯いた状態で、話を始める。

 

 

「この国の職人達にニトログレセリンを教えたのは私です。責任を問うなら、私にしてください」

 

 

岡は自分の責任だと代弁した事に対し、周りの全員が驚愕する。

 

 

「オカ、それはどういう事だ?」

 

 

ジャスティードはそう言う。

 

 

「私がもっと注意を促していたら、この事故は起きませんでした。罰ならば、私に与えてください」

 

 

ジャスティードは驚いた。てっきり責任を押し付けるのかと思われていたので、真逆の言い方にジャスティードは困惑する。一方の周りは、導きの戦士たる岡を罰すると言うハードルの高さに狼狽している様だ。

 

 

「オカ君、君が責任を感じる必要はない。君はニトログレセリンの危険性を知っていたし、注意してくれたろう?」

「そうさ、どっちにしたって扱ったのは我々職人だ。扱いを誤った責任は、我々にある。オカ殿は悪くない」

 

 

事故の事を悔やむように語る岡を、セイとオスクが止める。彼らとて、自分たちの責任で岡に罰が与えられるかもしれない事に、危機感を覚えているのだ。

 

 

「いえ、私がそもそもこんな危険な物を教えなければ、このような事故は起きなかったはずです……罰を受けるべきなのは、私です」

 

 

岡はあの事故以来、自分にはなんらかの罰がなければいけないと、ネガティブな思想を思うようになっていった。つまり岡は自身が技術を教えた事に責任を感じている。王からなんらかの罰が降る事で、その責任から逃れようとしているのだ。

 

岡自身も、それが逃避だという事には気付いていたが、それ以外に自分の気持ちが晴れる事はないと半端諦めていた。それに、人の命を危ない目に合わせるようなモノを教えた自分に対して、許せない気持ちもあるのだ。

 

 

「オカよ……其方はどこまでも誠実だな」

「いえ……ただ自分の責任から逃れたいだけです……」

「……そうか」

 

 

ザメンホフ王は岡の気持ちや心の事情を察して、ただ一言そう言った。

 

 

「伯父上陛下、今回の事故は我々の責任です。オカ君には……」

「分かっておる。しかし、何かしらの罰を与えなければ、本人も納得せぬだろう」

 

 

セイも岡の気持ちは分かっていたが、

 

 

「して、ジャスティードよ。聞くがオカ殿の今までの行動や努力を見て、どのような罰を与えるべきか?」

「私でありますか?」

 

 

ザメンホフはジャスティードに急に質問を投げかけた。どう答えようかと一瞬迷う、岡に対してはサフィーネの件もあり恨めしく思う。今なら、多大な罰を与えて彼を排除するチャンスだ。

 

 

「オカ殿は……黒騎士の件から今まで、王国に尽くしてくれました。それに、黒騎士の時は『人を守る為に軍人になった』と言って敵に立ち向かって行きました。そのような誠実な人物ならば、罰は軽くするべきだと……思います」

 

 

しかしそれは男らしくない。騎士として恥ずべき行為はしたくないと、自分の矜恃がブレーキをかけた。

 

 

「ほう、そうか……では岡よ、お主に罰を与える」

 

 

ザメンホフ王はそう言い、それを合図に岡はエスペラント式で跪いて頭を下げる。

 

 

「お主には7日間、王宮科学院への立入を禁ずる。もう既に新型の兵器達は完成したのであろう? ならば、オカ殿はゆっくり休みを取り、その間に心の整理をつけるべきだ」

「…………はっ」

 

 

その罰は、罰とは思えない程軽いものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月23日

 

それから7日間ほど、岡はジルベニク家に半端引きこもる形で作業をしていた。時々家の手伝いや掃除をしながら、気を紛らわせようとしていた。

 

 

──これから先、俺はこの王国に介入して良いんだろうか……

 

 

しかし、岡の心は葛藤で埋め尽くされていた。自分がこの王国に加担してからは、確かにこのエスペラントは豊かになった。しかし、その弊害はあの事故のように今後のしかかるかもしれない。

 

そう思うと、岡はこれ以上自分が知識を貸さない方がいいのではないかと思うようになった。自分が力を貸せば、その分責任がのしかかる。岡にはそれが耐えきれなかった。だから、岡はこの王国に手を貸すのを止めようと思っていた。

 

それでいい、もう教えられる事は全て教えた。後はエスペラントの人たちが自分たちの力で魔王軍を退け、平和な時を過ごせる。その時自分は誰にも称賛されず、一人天ツ上に帰ってまたいつもの軍人生活に……

 

 

「あ、オカさん」

 

 

そこまで考えながら掃除をしていた岡の下に、一人の少女の声が聞こえてきた。

 

 

「サーシャさん」

「今日も家のお掃除ですか?」

「はい、お世話になっている以上、何もしない訳にはいかないので」

「ふふっ、働き者ですね。最近オカさんが働いてくれているおかげで助かっているって、サフィーネさんやバルザスさんも感謝してますよ」

「それはありがたいです、もっと頑張らなくちゃ……」

「…………」

 

 

空元気を出すかのような岡の声に、サーシャは胸を痛める。サーシャは岡の様子が、あの事件以来暗い事を知っていた。

 

 

「オカさん」

 

 

サーシャは岡に向き直り、少し真剣な表情で話し始めた。

 

 

「……やっぱり、あの事件を気にしていますか?」

「…………」

 

 

岡はサーシャに気持ちを察しられて、俯き加減に何も言わない。

 

 

「確かにアレを教えたのはオカさんですが、オカさんの教えてくれた事で沢山の人が救われているはずです。ですから……」

「いえ、もう良いんです」

 

 

岡はサーシャの励ましの言葉を、悲しげに遮った。

 

 

「私の知識はより多くの不幸を生み出してしまいます……これ以上、私の知識で人を不幸にしたくないんです……」

「…………」

「だから、私はこの戦いが終わったら国に帰ろうと思っているんです。そうすれば、これ以上この国の人たちが傷つく事もないでしょうから……」

「オカさん……」

 

 

岡にとって、あの事件以来の心境を語るのは彼女が初めてだった。やはり自分の軍人としての厳格が、弱いところを見せたくないと思ったのだろう。今思うと、くだらないプライドだ。

 

 

「かっこ悪いですよね……私はただ逃げたいだけなんですよ、責任から……」

「…………」

「私は弱い人間です。こんなの……導きの戦士なんかじゃない……」

 

 

岡の目には、いつのまにか涙が溢れ出ていた。この国に来て以来、二度目の涙だ。下らないプライドで他人に弱さを見せてこなかった自分の、悔し涙。あまりに情けない自分が、悔しいのだ。

 

 

「オカさん」

 

 

と、オカを呼ぶサーシャの声と共に、岡は暖かい腕に包まれた。サーシャの腕だ、彼女が泣き崩れる岡を慰めるように腕を伸ばしてくれたのだ。

 

 

「お願いします、どうか自分を責めないでください……オカさんは今までこの国のために尽くしてくれたじゃないですか、それを不幸に思う人なんていませんよ……」

「ですが……私は人の命を危機に晒してしまいました……」

「いいえ、オカさんのおかげで人の命は救われています」

「え?」

 

 

岡はキョトンとした表情でサーシャを見つめた。

 

 

「2週間ほど前の威力偵察の人達との戦いの時、私の元に運び込まれてくる患者さんがいつもより格段に減っていたんです。あの戦いでは全く死者が出ませんでした。紛れもなく、オカさんのおかげです」

「私が……人を救った……?」

 

 

岡はその事実を今まで知らなかった。自分の与えた知識は、魔王軍を撃退するだけで人を救ったなんて想像もつかなかった。岡は、その事を知ると再び涙が出てきた。

 

 

「貴方は救国の戦士として、十分に人々を救っています。貴方の行いは、無駄じゃないんです」

 

 

嬉し泣きだ。岡はこの国に協力するのが、王国に不幸をもたらすと今まで勘違いしていた。悲しい事だ、本人が気づかないのなら、自分は本当に救国の戦士失格ではないか。

 

 

──そうか、自分のやってきた事は無駄じゃなかったんだ……!

 

 

岡はその事実を知り、初めて嬉し泣きをした。王国に来てから三度目の涙は、暖かい腕の中にこぼれ落ちた。




今回の話は、岡の状況や成長を見て必要だと思って書きました。原作の岡は、こう言った「挫折」という経験がないように見えるんですよね。なので、今回の話のように「挫折する」というシーンを設けました。

次回はあの「彼」の動向です、ご期待ください。

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