とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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アンケートの結果ですが、ロウリア戦後に反映いたします。


第8話〜使節団その2〜

 

青空へ沸き立つ歓声は、レヴァーム皇家の住まうエスメラルダ宮殿上空に客船が達した際に頂点を迎えた。

 

客船はそのまま近くの飛空艦基地に迎えられ、使節団一行は豪華なリムジンを使って地上のパレードに降り立った。そして、エスメラルダ宮殿の広場に着くと神の眷属たるレヴァーム皇家の面々が勢ぞろいして、異世界からの同胞を待ちわびていた。

 

 

「アメル殿、アメル殿。今から謁見するファナ・レヴァームというお方は、どのような方なのでしょうか?」

「そうですね、言うなれば『西海の聖母』です。二十代にしてこの国の実権を握る若く、聡明なお方です。その美貌も美しく『光芒五里に及ぶ』と形容されます」

「ほほう……それは楽しみになりますな」

 

 

カナタ首相はアメルからファナ執政長官についての情報を聞き出すが、流石に『光芒五里に及ぶ』の部分は信じてもらえなかったようだった。

 

美しき王子王女はこの世界にだって沢山いる。しかし流石に光芒が五里にまで及よぶという形容は流石に盛りすぎだと言うことである。しかし、彼らの懸念がすぐに驚愕に変わるのをアメルは知っていた。

 

 

『さあ、皆さま!ファナ・レヴァーム皇妃のご登場です!!』

 

 

会場のアナウンスと共に、真っ白のドレスと宝石に身を包んだ美しき皇妃が現れる。使節団はその美貌に呆気にとられ、全員が口を開けてその場でひれ伏しそうになった。

 

それだけ、ファナの美しさはもはや地上の存在を超えた天上美であった。「あやうく彼女の足元にひれ伏し許しをこうところだった」その日のヤゴウの日記には、大真面目にファナの美貌がそう評されていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

使節団はエスメラルダ宮殿の応接室に迎え入れられると、そのまま会談が始まった。応接室は豪華なきらびやかな装飾が施され、机も椅子も豪華で座り心地が良い。

 

会議では、レヴァーム皇国のトップたちが集まりクワ・トイネ公国からのカナタ首相を含めた8人全員と会談する形だ。ここにカナタ首相がいるのは、レヴァーム皇国とのトップと直接会談するためである。

 

 

「改めて、はじめまして。神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームと申します。以後、お見知り置きを」

「こ、こちらはこそはじめまして。私はクワ・トイネ公国首相のカナタでございます……」

「わ、私はクワ・トイネ公国使節団のヤゴウと申します……」

「私は……」

 

 

お互いに社交辞令を交わすが、なにぶんぎこちない。それもそのはず、近くで見ればファナの美貌は改めて天地を超えた存在だと痛快させられる。彼らにとっては、その美しさの前に立っているのが申し訳なく感じるレベルであり、思わずへりくだった言い方をしてしまう。

 

 

「そこまで緊張なさらずとも大丈夫です。わたくしどもには敵対の意思はありません」

 

 

と、そんな使節団を見かねてファナは安心させるための微笑みを交わす。その微笑みがより一層彼女の美しさを引き出させており、緊張がほぐれるが余計に揺さぶられる。

 

クワ・トイネ側としては、この会議の場はレヴァームが何を要求したいのかを決める重要な場として事前に言われており、もっとも警戒していた。

 

そのため、彼女がどんな要求を突きつけてくるのか心配でたまらなかった。笑顔で返されいるが、やはり警戒心は解けない。鉄の飛空船、戦闘用鉄竜、首都エスメラルダ、圧倒的な文明力を見せつけられた後でどんな要求が来るかはわからない。

 

もしかしたら、服従か、植民地か……

 

悔しいことだが、クワ・トイネ公国はレヴァームに対して逆立ちしても勝てそうにない。もはや最初の頃の「蛮族」呼ばわりをするものは一人もおらず、まさに蛇に睨まれたカエル状態だった。

 

特に、ファナ・レヴァームの美貌の前では縮小してしまう。さて何がくるのか、クワ・トイネ公国の使節団の面々は、不安がしんみりと伝わってきた。

 

 

「世間話はここまでにして、本題に入りましょう。マクセル大臣、お願いいたします」

「はい長官。私は大臣を務めていますマクセルと申します。単刀直入に申し上げますと我々が求めているのは食料です、レヴァームと天ツ上の食料自給率は100パーセントを超えています」

「?、少しお待ちを。自給率が100パーセントを超えているのになぜ食料を求めるのですか?」

「はい、実は食料に関しては貴国の食料の質は我が国の倍はあることが判明しました。レヴァームの食料よりも美味いと、高級料理のように美味しい貴国の食料を求める声が国民や貴族から上がっているのです」

「つまり、彼らの要望に答えると?」

「はい、特に貴族や政治家軍人の要望は我が国の情勢に大きく関わってくるのです」

 

 

なるほど、どうやらレヴァームは貴族や軍人たちの声に耳を傾けざるをえない事情があるようだ。これはレヴァームの階級制度が影響している。レヴァームでは国民が厳しく階級化されており、ファナ・レヴァームの努力によって改善しているが、まだまだ貴族や政治家の発言力は強かったのだ。

 

貴族や政治家はより美味い料理を求めるだろうし、軍人だってなるべく美味い料理を食べて任務に就きたいと考えるのは納得が行く。何より、自分たちの国の食文化がレヴァームよりも美味いと褒めてもらえるのはカナタ首相たちにとっては嬉しい事だった。

 

 

「もちろんレヴァームの農業産業を守るために高い関税をかけさせていただき、高級料理扱いさせていただきますが、それでも求める声は高まるでしょう。要求させる量に関しては、資料の2ページをご覧ください」

 

 

資料には、レヴァーム側が要求する各種食料項目を記載されているが、文字が通じないのはすでに情報が共有されていたため、口頭で読み上げる。

 

前の接触した時の会議の時、天ツ上語が通じるので文字も通じるのではと考えて天ツ上語の資料を配布したのだが、全く読めないと言われたために問題になっていたのだ。今回は、その問題を口頭で説明することで解決している。

 

 

「年間総トン数1200万トンですか……」

「はい、貴国は農業が非常に盛んな国と伺っております。どのくらい輸出可能なのか、知りたいと思っていますが、いかがでしょう?」

「そうですね……いくつか見慣れない農産物がありますが、それ以外でしたら輸出は可能です。ただ……」

「ただ?」

「我が国には、これほどの食料を貴国へ輸出する手段を持ち合わせておりません。船などを総動員しても足りませんし、何より農地からレヴァームまで運んでくるまでに腐ってしまう可能性もあります」

 

 

そう、クワ・トイネ公国の文明レベルからして、これほどの食料を大量に輸出する手段を持ち合わせてはいなかった。中世レベルの文明国に、いきなりこれほどの量を輸出させることは不可能に近い。

 

 

(交渉がうまいな)

 

 

そんな中、一人交渉席に座るアメルはカナタ首相の発言は、上手い交渉の仕方だと感心していた。彼らは輸出できない事を言って、何か別なものを要求しようとしているのだ。何かしら、例えば食料を輸出するための輸送技術だったりインフラだったりと色々予想される。

 

食料が輸出できないことを言い訳に、援助を求めようとする。これはアメルが事前に予想していた事だった。ならば、こちらにも良いカードを切ることができる。そんな思考の後、ファナ・レヴァーム執政長官がその美貌の口を開いた。

 

 

「でしたら、レヴァームがクワ・トイネ公国の開発援助という名目で輸送手段の援助を致しましょう。もちろん、費用はわたくしどもが負担いたします」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

その言葉に、クワ・トイネ側は心底驚いた。水と食料はタダ同然と言われるクワ・トイネ公国にとって、それを輸出するだけでインフラ整備をレヴァームが行ってくれるというのはどれほどの好条件だろうか。これほどまでの好条件を提示してくれた理由を、マクセル大臣が説明し始めた。

 

 

「実は、我が国の建設業界が転移現象によって新天地を求めているのです。新しい開発の場は、国の経済を豊かにしますので今回のインフラ整備には大変興味があります」

「な、なるほど……そうでしたか」

 

 

マクセルが言うには、今までレヴァームと天ツ上の二国しか存在しないと言われていた中で、建設業界が新たなる新天地を求めてクワ・トイネ公国の開発援助を求めていたのだ。

 

港が転移によって使えなくなったために、しばらくは飛空船による輸送が主流になるだろう。レヴァームの港をこの惑星の環境に対応させることも含めて建設業者は忙しくなりそうだった。その後も話は進み、いくつかの項目を協議して会議は良好に進んでいった。そして話題は、同盟の話に移る。

 

 

「…………と言うように、我が国の隣国ロウリア王国が近年国境付近に圧力をかけて、緊張状態が続いております。彼らは亜人廃絶をスローガンに掲げており、我が国としては非常に苦しい状況下にあります」

「…………」

 

 

レヴァーム側の面々が、真剣な表情で説明を聞く。軍事顧問のハンキ将軍がロウリアとの状況を地図を交えて伝え、レヴァーム側にも真剣さが伝わる。

 

地図には、近年のロウリアが激しい軍拡を行なっていてもし戦争にでもなればクワ・トイネ側に勝ち目がないことが事細かに記されている。

 

 

「なるほど、失礼ですが「亜人」というのは?」

「人間以外の種族の事です。我が国は多民族国家で人間以外にもエルフやドワーフなどの他種族が入り混じって住んでいます」

「なんと……あなた方の国にはエルフなどが実在するのですね……」

「ええ、レヴァームには人間以外の種族が初めから存在しないことは存じ上げております。理解できないでしょうが、ロウリアは人間至上主義を掲げて亜人に対して迫害をしているのです」

「なるほど、それで戦争になった時のために我が国と安全保障を結びたいと?」

「はい、我が国としてはそのように考えております」

 

 

カナタたちの言葉がだんだんと重苦しくなる。亜人を人間以下の汚物と見なしているロウリアにとって、多民族国家のクワ・トイネ公国や隣国のクイラなどは邪魔である。戦争でも起これば、彼等は軍拡をした戦力を持ってして亜人を廃絶するであろう。

 

それはレヴァームにとっても他人事ではない。この人間至上主義を掲げるロウリアは、かつてのレヴァーム人の天ツ上人に対する態度そのものだった。

 

天ツ上人を人間以下と見なし、排除や差別をしてきた歴史と一致する。ファナ・レヴァームの努力によって法律の下の差別制度は無くなっているが、かつての自分たちを思わせるロウリアという国には脅威を感じる。だからこそ、ロウリア王国の人間至上主義は許せなかった。かつての自分たちのような愚かな考えをレヴァームは繰り返したくはなかった。

 

 

「なるほど、事情はわかりました。本件に関しては前向きに協議いたしましょう」

「そ、それでは……」

「はい、我が国は隣国の天ツ上とすでに同盟を組んでいます。その同盟の中に入る形で協議いたしましょう」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

西海の聖母は満面の笑みで彼等の要望に対して答えた。聖母の心は広い、かつての自分たちの愚行を繰り返さないためにも、クワ・トイネとの同盟に前向きな姿勢を見せた。10日後。クワ・トイネ公国ならびに神聖レヴァーム皇国における同意事項が結ばれた。

 

1:クワ・トイネ公国はレヴァームに対して必要量の食料を輸出する。

2:レヴァームはクワ・トイネ公国のマイハーク港の拡張、マイハークから穀倉地帯へのインフラ整備を行う。

3:レヴァーム、クワ・トイネは天ツ上を加えた3カ国で同盟に関する協議を継続する。

 

先ず、レヴァームとクワ・トイネ公国は良好な関係を結ぶことができた。今後も切っても切れない友好関係を結ぶであろう。同日、ホテル・エスメラルダのスイートルームにて、ヤゴウとハンキたちが話をしていた。内容は言わずともがな、このレヴァームについてだった。

 

 

「なあ、ヤゴウ殿」

「なんでしょうか?」

「レヴァームの事、どう思う?」

「そうですね……一言で表すなら『豊かな聖母のような国』ですね……宮殿は豪華で中央世界にも負けてません。しかも、あの大型飛空船と同様に温度が一定に保たれている。これほどの建物を温めるのに、どれほどの燃料がいるのか……

それだけではなくひねるだけで水やお湯が出る機械もあり、いちいち火を起こさなくてもお湯に浸かれる。トイレなんて匂いすらしない」

 

 

ヤゴウたちはこれまでに体感した居住設備だけで、驚くという感覚自体が麻痺を起こしそうになっていた。あの歓迎パレードで後頭部を殴られるような衝撃を受けた後も、ホテルに戻って夜を迎えてからさらに未知の世界を体験している。

 

 

「このエスメラルダという都市だけでも驚くほど発展していて、建物は天を貫くかのような摩天楼になっている。夜も大通りは街灯が灯っていて明るいのでカンテラがなくても歩けるし、治安も警察という組織によって守られている。我が国に比べ、全ての生活基準の次元が違う。悔しいですが、国力の違いを感じます。特に、あのパレードに出ていた飛空船や鉄竜には正直驚きました。圧倒的な差を見せつけられた思いです、あれほどの軍事力を持ったレヴァームは敵に回してはいけないと思いました」

「やはり同じ思いか……あのアイレスVとか言う鉄竜の前には、ワイバーンの空中戦術は役に立たんじゃろうと儂も思う。明日は天ツ上に出発じゃな、レヴァームは心臓に悪かった」

「私も恐ろしいですが、同時にワクワクしていますよ。このような国が突然近くに現れ、しかも自分たちを見下しきっている文明圏よりも高い文明を持っている。その最初の接触国が我が国とは……彼等に覇権を唱える性質がないのが幸運です。しかも、聖母のような広い心を持っていて我が国との同盟にも良い顔をしてくれました、もうなんと礼をしたら良いのか……」

 

 

ヤゴウとハンキたちは深夜まで語り続けた。それはまるで、レヴァームとクワ・トイネの友好な行く末を物語っているかのようであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

次の日、一行は天ツ上の飛空客船に乗り換えて一路天ツ上へと向かった。大瀑布はないが、飛空艦しか使えない今は東海へ向かう航路でも飛空艦使う。

 

使節団一行は常日野と呼ばれる場所にまで辿り着いた。そこでも一行はレヴァームにも負けないくらいの大歓迎を受けることができた。しかし、使節団の面々の顔は疑問に満ちる。この土地は、なんだか複雑でレヴァーム人と天ツ上人らしき人物たちが入り混じるかのように点在していたからだ。

 

 

「田中殿、田中殿」

「はい、なんでしょうか?」

 

 

使節団のヤゴウは思わず、アメルに変わって一行を率いていた田中外交官に質問を投げかける。

 

 

「この土地はレヴァーム人と天ツ上人が点在しているようなのですが、ここは天ツ上の土地では?なぜ両方の民族が入り混じっているのでしょうか?」

「ああ、それですか」

 

 

歓迎を受けるリムジンの中で、田中は思い出すように答え始めた。

 

 

「実はこの土地は60年以上前にレヴァームによって最近まで占領されていた土地なのですよ。最近の戦争で天ツ上領に戻りましたが、長らくサン・マルティリアと呼ばれていたために今でも多くのレヴァーム人が住んでいます」

「そ、そうだったのですか!?というか、二国は昔に戦争をしたことがあるので?」

「はい、お恥ずかしい話ですがほんの数年前までは共に敵対していたのです。互いを差別し、憎しみ合っていました。ですが、今ではこの通りです」

 

 

そう言って田中はリムジンの窓の外を指差して少し微笑む。そこでは、レヴァーム人と天ツ上人の間に生まれた子供たちが使節団に両国の国旗を片手に手を振っている微笑ましい光景が映っていた。

 

 

「あ!見て見て、クワ・トイネの人たちだ!!」

「ほんとだ!本物のエルフさんだ!!」

「みんな、お国の偉い人に手を振って挨拶しなきゃね」

「「はーい!!」」

 

 

そんな様子が、ゆっくりと走るリムジンの中でもわかる。もし互いの国が憎み合っていたらあんな子供達は生きては行けないだろう。しかし、彼等は楽しげにこの土地で生きていることがわかる。それだけもレヴァームと天ツ上の仲が随分と改善していることが分かる。

 

 

「そうでしたか……ですがもう二国は仲が良くなっているのですね」

「はい、この常日野はレヴァームと天ツ上における架け橋のような役割を今でもしています。そのため、建物もレヴァーム式が多いのです」

「なるほど……」

 

 

そう言って田中はリムジンの外の建物を指差す。建物はエスメラルダほどではないが立派な白い石造りの建物が多く、栄えているのがよく分かる。かつての中央海戦争で失業者が溢れたサン・マルティリアからここまで改善した。一行は、そのまま常日野の駅にまでたどり着き、そこから機関車に乗り換える予定だった。

 

 

「それでは皆さま、これより東都へ向けて出発いたします。スケジュールは…………」

 

 

 

 

 

 

ワァァァァン──ッッ!!──ドンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

その時物と物が激しくぶつかる音がした。一瞬、周りの時が止まったかのように耳鳴りがする。激しい衝突音と人々の短い悲鳴が周りに轟いた。ヤゴウが駅から外を見ると、路面電車と呼ばれる乗り物に車と呼ばれる乗り物が衝突していた。

 

 

「路面電車が事故を起こしたぞっ!!!」

 

 

誰かが叫ぶ。最近の常日野では新設された路面電車による事故が相次いでおり、田中も顔をしかめて「また事故か……」と怪訝そうに呟いた。事故にあった路面電車の方はなんともないが、車の方は悲惨だった。車はエンタク(1エンで都市内どこまでもいけるタクシーの事)のようで、運転手は無事だが乗客の一人が衝撃で頭から血を流していた。

 

 

「まずい!早く治療せねば!!」

 

 

ヤゴウは思わず駆け出そうとする。

 

 

「お待ちください!すぐに助けが……」

 

 

ヤゴウは田中の制止を振り切り、駅を飛び出して倒れている乗客へと駆け寄る。田中は立場上、外国の使節団の人物にけが人の手当をさせるわけにはいかなかった。ヤゴウの後を追って、事故現場へ走る。乗客はうなだれており、頭から開いた傷から血が滴っている。

 

 

「これはいかんな……『vmtaiba……』」

 

 

ヤゴウが何かを唱え始めると、乗客の男性の頭にかざしていた両手が淡い光を放つ。するとどうだろう、乗客の男性の傷口がみるみるうちに塞がって行く。

 

 

「!!!!」

 

 

そして、ついに傷口が完全にふさがり乗客は意識を取り戻した。頭の傷は跡も残らず消え去っており、完全回復していた。その光景に駅の周りが一瞬で人だかりができる。次に、燃え盛る車と路面電車にヤゴウが近づく。何かの呪文を唱えると燃え盛る炎の中で巨大な水が弾け飛び、炎は消えていった。

 

 

「す……すごい!!見たか!?今の!!」

「見た!あの人が何かを呟いたら傷が塞がって、炎も水で消えた!!」

「……信じられない。まるで魔法みたいだ!!」

 

 

人だかりの中の誰かが叫ぶ。

 

 

「?魔法ですが、何か珍しいですか?」

「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

何気なく答えたヤゴウの答えに、人々たちが沸き立つ。キョトンとするヤゴウは、歓喜に包まれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一行はそこから『機関車』と呼ばれる長距離移動の乗り物に乗り換えて一路、天ツ上の首都東都を目指した。来賓専用に特別に手配されたものらしく、内装は豪華でレヴァームの客船やホテルにも負けていなかった。

 

 

「いやはや驚きました。資料には書いてありましたが、実際に魔法をこの目で見ることができるとは……いやぁ素晴らしい」

 

 

田中は興奮鳴り止まないように褒めちぎる。

 

 

「天ツ上やレヴァームでは治療系の魔法は珍しいのですか?」

「いえ、治療系も何も、魔法そのものが二国にはありませんから」

「「「え!?」」」

 

 

田中のあっさりとした一言は、使節団たちが仰天する意味を持っていた。

 

 

「し……しかし、飛空艦と地上のやり取りは、通信魔法でなければ何なのですかな……?」

「あれは電波を使用しています……なんと申し上げれば良いのか。前にもアメル外交官が説明しましたが、レヴァームと天ツ上の技術は全て科学が基礎となっているのです」

「す、全て……!?では、この機関車とやらも、飛空艦とやらも鉄竜も全て……?」

「はい。我々の元いた世界では万物のあらゆる現象の原因を突き止めるべく、他分野に渡って学問が発展していました。電波も機関車も飛空艦も飛空機も、万物の理りを研究する物理学や飛空力学から得た技術です」

 

 

クワ・トイネにはない学問と概念。国家機密級の情報が使節団員たちにもたらされた瞬間だった。

 

 

(いや、待てよ……魔法がないということはこちらの魔法に関する技術を輸出できるのではないか?それならば、天ツ上との交渉は有利にことが運ぶことができるかもしれない。逆に天ツ上の教育システムを輸出することを求められそうだが、彼らの高い教育制度を得られるのなら願っても無い!!)

 

 

それを見ていたカナタ首相はうまい交渉の兆しを感じていた。そんな一行をよそに、高級列車はガタゴトと東都へと歩みを進める。

 

鉄道での五日間、一行は天ツ上での常識を叩き込まれた。レヴァーム同様、交通ルールというものを守らなければ『車』と呼ばれる乗り物に轢かれてしまうことや、レヴァームと違い先ほどの路面電車と呼ばれる乗り物にも気をつけるようにと注意された。

 

5日後の涼しい朝。雲は高く、空気は澄んでおり、遠くまでよく見える。豪壮な煉瓦造りの東都駅を降りるとそこは、人口150万人を超える東方大陸随一の大都会だった。

 

石造りの建物が大通りの両側にそびえ立ち、通りの真ん中を路面電車や軍の輸送トラックなどが走り抜ける。使節団はエスメラルダと同程度の発展模様を見せる東都の模様に、驚きしかなかった。この国もレヴァームと同じ国力を持っていると感じさせられる。時折上空を通過して行く飛空艦や飛空機編隊を立ち止まってじっと見上げている。軍事力でも天ツ上はレヴァームと同レベルのようだった。

 

一行は、そのまま外務省の宿舎までリムジンで案内されそのまま天ツ上との交渉に入った。要求内容はレヴァームの時とほぼ同じ、彼らも同盟に関して前向きな態度をしてくれた。

 

いくつか違ったのは、最近の天ツ上では経済発展により農村の過疎化が進み、食料自給率が低下していることが指摘されていた。数十年後には自給率は100パーセントを下回ると言われており、天ツ上はクワ・トイネ公国の食料をレヴァームより多く輸入することになった。

 

さらに、魔法に関しても天ツ上とレヴァームが研究を開始することになった。さらに言えば、その代わりとして天ツ上の教育システムがクワ・トイネに輸出されることになり、子供たちは質の良い教育をほぼ無償で受けられるという。

 

10日後。クワ・トイネ公国ならびに帝政天ツ上における同意事項が締結された。

 

1:クワ・トイネ公国は天ツ上に対して必要量の食料を輸出する。

2:天ツ上はクワ・トイネ公国に対して教育システムの輸出を行う。

3:クワ・トイネとの同盟締結のため、レヴァームを交えて交渉を続ける。

 

そして、天ツ上とクワ・トイネ公国は良好な関係を結ぶことができた。レヴァームも含めて今後も切っても切れない友好関係を築いてゆき、運命共同体となってこの世界を歩んで行くことになった。




『クワ・トイネの食料を高級料理扱い』
レヴァームと天ツ上は今まで二国間だけで生きてきたので、両方とも食料自給率は100パーセントを超えていると考えたので、食料輸入の理由を変更しました。クワ・トイネの食文化はレヴァームよりも発展している設定です。

『早めの同盟を締結』
もちろん、対ロウリア戦用です。というか、レヴァームと天ツ上はこの世界でグイグイ行かせます。

『天ツ上は教育システムを輸出』
天ツ上のモデルとなった第二次世界大戦時の大日本帝国は、高い教育システムによって識字率が世界随一高かったらしいです。その教育システムが手に入れられるとなれば、クワ・トイネも喜ぶでしょう。

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