とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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ここからはシャルル視点が多くなると思います。




第11話〜サン・ヴリエル飛空場〜

 

戦空機の乗り心地は最高だ。

 

座り心地は長い飛行時間を考慮して良いものが多いし、高い高度を飛ぶから暑さも気にならない。何より、戦空機の場合は操縦を他人に委ねるという不安感から解放されるのが一番である。

 

狩乃シャルルはアイレスVの操縦桿を握り、収穫日和の穀倉地帯の上空を飛んでいた。クワ・トイネ公国上空の天気は晴れ、雲量は2から3で快晴に近い。

 

晴れ渡る空を見上げると、この土地が毎月のように収穫日和を迎えている理由がわかる。土地は栄養価の高い肥えた土地が広がり、晴れ間が多く穀物にとっては十二分すぎる環境だ。それもこれも、この土地が大地の神に祝福されているからなのだと言う。

 

ますますこの世界が異なる世界だと実感できる。

 

今回、シャルル達はクワ・トイネ公国のギム付近で執り行われる軍事演習に参加する予定だった。本日の朝方、正規空母ガナドールにいたシャルルが率いる飛空隊に連絡が入り、彼ら空母要員も訓練に参加することとなった。

 

まだ異動命令は出ていないので、所属はガナドールのままで一時的に地上の飛空場に身を置くことになる。

 

飛空隊はサン・ヴリエル飛空場というクワ・トイネ公国に新しく出来た飛空場を中継地点としてギム周辺空域まで飛空し、そこでエル・バステルと合流して訓練を行う手はずだ。

 

そしてしばらく穀倉地帯を飛べば、シャルル達の新しい宿がその視界に映った。

 

 

「あれが、サン・ヴリエル飛空場……」

 

 

エジェイと呼ばれる城塞都市を視界の西に映し、そこから5キロほど離れた場所にそれはあった。

 

サン・ヴリエル飛空場。レヴァーム神話における『聖なる最前線』を意味するこの飛空場は、城塞都市エジェイから東に5キロのダイタル平野の真ん中に作られた飛空場だ。

 

ここはレヴァームと天ツ上が共同してクワ・トイネ公国からこの土地を租借した土地で自由に使える土地だ。この飛空場には二つの滑走路と、二つのエプロン、二つの駐機場があり、それぞれレヴァーム側と天ツ上側に分けられて使われる。地上には両国陸軍の陣地もあり、砲兵陣地や対空陣地が築かれているため陸戦の準備も万端である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ちなみに、天ツ上側では遠野飛空場と呼ばれている。これは、天ツ上の文化圏における昔話から取られた名前だ。

 

この基地には二つの飛空隊が編成されており、それぞれレヴァーム軍(皇軍)の飛空隊と天ツ上軍(帝軍)の飛空隊に分けられる。

 

皇軍の飛空隊の名前は『ネクサス飛空隊』、かつての中央海戦争での最前線基地にいた飛空隊の名前を引き継いでいる。帝軍の飛空隊の名前は『音無飛空隊』、これもかつての中央海戦争での最前線基地の飛空隊から名前を取ってある。

 

最前線基地に努める飛空隊の名前として引き継いでいる。これからも、何か戦争が起こればこの両飛空隊は編成でもされることになるだろう。

 

シャルルは飛空場に向かって西から入るように管制塔から指示された。ぐるりと一周回って迂回し、その間に基地の全容を確認する。

 

皇軍と帝軍とで共同で使うため、敷地面積としてはかなり広大だ。滑走路が合わせて二本、平行に作られており、レヴァーム側と天ツ上側で分けて使える大きさだ。

 

長めの滑走路なので、爆撃機や輸送機も発着できるだろう。後々には飛空艦のドックまで作る予定で、現在も急ピッチで建設が進んでいる。

 

シャルルはいよいよ着陸態勢に入る。列機のメリエルもそれに従い、だんだんと高度を下げて行く。ある程度高度が下がったところでランディングギアを下げ、さらに下がったらフラップを着陸の体勢にする。

 

機体を水平にし、ギアを地面のコンクリートに押し付ける。ギュルルという音と共に、地面をこすり、跳ね上がることなく着地する。そしてブレーキをかけてそのまま減速する。いつも通りの完璧な着地だった。

 

シャルル達は駐機場の機体達を避け、機体を皇軍の敷地の格納庫に入れると、アイレスVを降りた。

 

そこにいた元気な地上整備兵達と挨拶を交わすと、シャルルはメリエルを連れてこの基地の司令官に挨拶に出かけた。

 

皇軍の敷地の中で、一際目立つ巨大なコンクリート造りの庁舎の中に入る。階段をいくつか登って、チカチカと光る蛍光灯の明かりの下に照らされた基地司令官執務室を目の前にする。

 

 

「失礼します」

 

 

と二人で雑多な挨拶を交わしてドアをノック、そのままガチャリと中に入ると一人の男性がイスのそばで窓の外の飛空場を眺めていた。

 

 

「ようこそ、サン・ヴリエル飛空場へ。狩乃シャルル大尉、メリエル・アルバス中尉」

 

 

そこにいたのは、トレバス環礁の飛空場でお世話になったアントニオ大佐であった。今回、この飛空場の開設のためにあの飛空場から異動してきたのだ。

 

アントニオ大佐は中央海戦争からの歴戦の指揮官だ。ガルディア飛空場、トレバス環礁の飛空場、といつも最前線で現場を指揮していた人物だ。ここサン・ヴリエル飛空場はもしもロウリアとの戦争状態に突入した場合、最前線基地になることになる。ならば、最前線の現場でいつも指揮をしていた人物は適任だろう。

 

 

「まあ、立ち話もなんだ。二人とも、そこのソファにでも腰掛けて話をしよう」

 

 

そう言って、アントニオ大佐に言われた通り執務室のソファに腰掛けると、彼らはテーブルの上の地図を挟んでアントニオ大佐が腰掛ける。

 

 

「さて、君たちはロウリア王国については知っているかね?」

「はい、ロウリア王国については聞いております。なんでも、クワ・トイネ公国との緊張状態にあると……」

「ああ、そこで今回の軍事演習が執り行われる事になったのだ」

 

 

今回の軍事演習は明日に控えていた、決定からわずか2日しか経っていない。それほど、ロウリア王国の脅威は高いということだろう。

 

 

「国境線付近でわざわざ軍事演習を行うのだが……疑問に思うことはないかね?」

「ロウリア王国が警戒してしまう可能性、でしょうか?」

 

 

そうメリエルの言う通り、シャルル達の疑問はそれにあった。

 

ロウリア王国との国境線付近で大規模な軍事演習を行えば、彼らが警戒をしてしまうのは当然の成り行き。そうしてまで今回の演習を強行する理由がシャルル達は知りたかった。

 

 

「そうだ。実はな、今回の軍事演習はわざとロウリア王国を警戒させることが目的なんだそうだ」

「わざと警戒させる?」

「ああ。ロウリア王国は『亜人廃絶』とか言っているが、クワ・トイネはロウリアとの戦争を望んでいない。それどころか仲良くしたいと思っている」

「そうだったのですか」

 

 

メリエルが思わず一言漏らす。亜人廃絶を掲げる危ない国とですら、なるべく仲良くしたいと考えることが意外だった。それだけクワ・トイネの心が寛大なのか、それともただ単に戦争をしたら負けることを知っていてのことか、それはわからない。

 

 

「そのため緊張状態にある国境線付近で軍事演習を行い、威嚇をする事になった。それが今回の軍事演習だ」

「威嚇を?」

「ああ。ロウリア王国は中世レベルの文明力しか持っておらず、飛空艦や戦空機の脅威を知らない。彼らとの戦争を未然に防ぐには、我々の実力を知ってもらうほかない」

 

 

アントニオ大佐は続ける。かの国とは一度国交を開設しようと使者を派遣したが、門前払いを受けたと聞く。なんとも野蛮すぎる対応だと思っていたが、それならば彼らはレヴァームと天ツ上がどんな国かを知らないはずだ。

 

 

「飛空艦や戦空機を用いて軍事演習で我々がどんな国かを知らしめる。そしてクワ・トイネに戦争を仕掛ければ、レヴァームと天ツ上が戦争に参加してくることを知らしめる。それが今回の演習の真の目的だ」

「なるほど。分かりました」

 

 

そこまで説明されて、シャルル達は今回の軍事演習の目的を知ることができた。今回の演習はロウリア王国との戦争を望んでいるどころか、むしろ実力をチラつかせて戦争を抑止する目的があるようだ。

 

たしかに、事前に戦争を抑止できればロウリア王国と歩み寄ることもできよう。亜人廃絶を掲げているとはいえ、中には良い人たちもいるかもしれない。レヴァームや天ツ上も彼らを虐殺する真似をしたくはないのだ。

 

 

「そういうことだ。君たちは今回の演習で飛空機隊を指揮してもらう事になっている。よろしく頼むよ」

「「はっ!」」

 

 

そう言ってアントニオ大佐との挨拶は終わった。さらに彼が言うには、シャルル達は今は正規空母ガナドールの所属だが、いつの日にかはこの基地に異動してくる日も近いという。備えておくことは重要だろう。

 

これからは忙しくなりそうだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その夜、シャルル達は飛空場の完成祝いを兼ねた歓迎会に参加する事になった。

 

シャルル達はすぐにガナドールに戻るかもしれないから、と断ろうとしたがレヴァームと天ツ上両国の飛空士に連れてこられて参加させられていた。

 

会場は皇軍の敷地の格納庫内。テーブルやらなんやらを飛空機を退け、だだっ広げに広げて食事を楽しんでわいわいと騒いでいた。シャルル達もお酒やジュースを片手にその会話に参加していた。

 

 

「……と言うわけで、今回の軍事演習にはロウリア王国を警戒させる目的があるらしいんだ」

「へぇ、そうだったんですか」

「知らなかったな」

 

 

皇軍と帝軍の飛空士達にシャルルは今回の軍事演習の目的を説明した。この件は別段、機密事項ではないので、こうして広めてしまっても問題はないらしい。

 

 

「まあ、飛空艦と戦空機の威容を見ればロウリアの奴らだってすぐさま逃げ出すだろしな!レヴァームと天ツ上、この二つの国が相手なら向かうところ敵なしだ!」

 

 

比較的若い天ツ上の飛空士が、自信ありげに腕まくりをして鼻息を荒くした。それを見て、周りの飛空士達が笑いに包まれ、その飛空士を茶化す。

 

 

「そういえば、この世界でメジャーだって言う『ワイバーン』ってどんな生き物なんですか?」

 

 

茶化し合う光景が一通り治ると、1人の飛空士がふと疑問に思っていたことを質問した。ワイバーン、それはクワ・トイネ公国軍(クワ軍)やロウリア王国軍(ロ軍)などが使っている航空戦力となる生き物の事だった。

 

いわゆる飛竜の一種で、この世界ではクワ軍やロ軍だけでなくこの世界の様々な国で航空戦力として使われているらしい。

 

 

「調査によると、ワイバーンは雑食性で獣肉や魚、大型の虫、植物、海藻、穀物などを食べるらしいです」

「なんでも食べるんだな」

「まさか……人間も食べるんですか?」

「あーどうでしょう。調査では上がっていませんが、牙があるので食べれるかもしれませんね……」

「…………」

 

 

その言葉に、他の飛空士達は若干引き気味だった。

 

 

「あー……それで、ワイバーンってのは戦闘能力としてはどうなんだ?」

 

 

場の雰囲気をなんとか変えようと皇軍の飛空士が話の話題を変える。

 

 

「えっと、ワイバーンは飛び道具として『火炎弾』って言うのを撃つことができるらしいです。撃つときは首と胴体を一直線に伸ばす必要があって、横や後方には撃てないそうです」

「つまり、前にしか撃てないって事か」

「そうですね。体を曲げようにも揚力を保つために曲げられないらしいですし、離陸滑走だって必要みたいです」

 

 

皆がその解説に、なるほどと耳を傾ける。ワイバーンの生態はレヴァームと天ツ上が生物学者を派遣して解析を行っており、対策も練られている。

 

それによると、攻撃である『導力火炎弾』を発射する時は、体内の粘性のある燃焼性の化学物質に火炎魔法で点火し、炎を風魔法で包み込んで発射するらしい。この際は首と胴体を一直線に伸ばす必要があり、そのため横や後方には短射程な火炎放射しかできない。

 

つまり、ワイバーンと戦うときは巴戦で決着をつけるしかないのだ。体が曲がることを懸念する声もあったが、ワイバーンは揚力を得るために常に前に進むしかないので垂直離着陸やホバリングはできないのでその心配はない。

 

 

「確か速度も200キロくらいだろう?真電やアイレスの敵じゃないな」

 

 

と、自信ありげに1人の帝軍の飛空士がそう言った。たしかに、ワイバーンは真電改やアイレスVに比べたらその性能はあまり高くないと言える。

 

ワイバーンに対して最高速度、旋回性能、最高到達高度などすべての要素で真電改はそれを上回り、アイレスVはそのさらに上を行く。戦空機がワイバーンにやられる事はないだろうというのが若い飛空士達の結論だった。

 

 

「そうですよね。シャルルさんはどう思います?」

 

 

その言葉に安心したメリエルも、シャルルに質問してくる。

 

 

「うーん……分からないけど、僕は油断はしないよ。油断してたらワイバーンに羽を食い千切られるかも知れないからね」

「そ、そんな事あるんですかね……?」

 

 

先ほどの天ツ上の飛空士も、思わずたじろいでしまう。

 

 

「そうだぞ、貴様らは油断しすぎだ」

 

 

と、不意にどこからか声がしてきた。振り返ると、天ツ上海軍のの制服を着た、割と大柄な男性がそこに立っていた。

 

 

「うちの者が失礼した。音無飛空隊編隊長、波佐見真一中尉と申します」

 

 

ピシッとした天ツ上流の敬礼で、波佐見はシャルル達に挨拶をしてきた。波佐見真一、彼は新生音無飛空隊を率いることになった新しい飛空隊長だ。その彼もこの飛空場の完成祝いにこの宴の場に来ていたようであった。

 

 

「神聖レヴァーム皇国空軍正規空母ガナドール所属、狩乃シャルルです」

「お、同じくメリエル・アルバスと申します!」

 

 

ピシッとしたレヴァーム流の敬礼で返すシャルルと、ちょっとだけ慌てて敬礼をするメリエルの二人で挨拶を交わした。

 

 

「彼のいう通り、お前達は油断し過ぎだ。相手が中世レベルの文明しか有していないとはいえ、それでも何を仕掛けてくるかわかったものじゃない。常に油断せず、自分たちと同レベルの相手と戦う意気込みでやれ。わかったな?」

「は、はい!!」

 

 

波佐見は若い飛空士達に注意を促す。さすがは最精鋭の音無飛空隊を率いる編隊長なだけはある。彼らを導く技量と人間性にあふれていた。

 

 

「そういえば、貴様らは何の話をしていたんだ?」

「はっ!もっぱらワイバーンについてのことであります!」

「ああ、あの飛竜の事か」

「あの、確か中尉殿は絵が得意だと聞きました!今ここでワイバーンの絵を描いてもらえませんか!」

「な!?俺が絵を描けるわけないだろ!?」

「え?ですが中尉殿は元々漫画家を目指していたと聞きましたが……」

「知らん!絵なんて描けんし、俺は初めから飛空士目指していた!」

 

 

一通りの説教が終わると、今度は波佐見の方が追い立てられる側であった。絵が描けると信じていた若い飛空士に、ワイバーンの絵を強要されるというなんともシュールな光景の出来上がりだ。

 

 

「た、大変ですね……」

「ああ……部下を持つ人間というのは大変なもんだ。にしてもこんな噂誰が広めたんだ……?戦争終わった頃からずっと言われてるんだが、まさか千々石か?」

「……?」

 

 

一瞬、知っている人間の名前が出た気がするが、それを聞く時間はシャルルにはなかった。波佐見はすぐさま部下達にまた囲まれると、質問責めにあってしまったからだ。部下達の檻に囲まれた波佐見に聞ける暇はない。

 

シャルルはそんな彼を尻目に、格納庫内から一歩外へ出て星空が輝く夜の飛空場に出て行く。星々は転移する前のは打って変わり、全く違う形の星座が出来上がっていた。

 

シャルルはきらめく星々を眺めながら、思考を凝らす。

 

 

「ロウリア王国か……」

 

 

ロウリア王国、クワ・トイネやクイラの亜人達を廃絶せんと躍起になっている差別主義国家。その面影は、かつてのレヴァームの天ツ上人に対する差別感情に似ている。

 

だからこそ、シャルル自身は彼の国のやっていることが許せない気持ちでいる。自分がベスタドで天ツ上人にも、あの一度も会話したことのない友人のような良い人間が溢れていることを考えると、ロウリア王国のやっていることはあまりいい気持ちはしない。

 

 

「戦争だけは……起きて欲しくないな……」

 

 

シャルルの願いは平和だけ。できれば、今回の演習でロウリアが自分たちを警戒してくれるとありがたい。できれば、シャルルも戦争はしたくはなかったからだ。

 

シャルルはそんな願いを込めながら、変わってしまった星空を見上げて願う。

 

 




『サン・ヴリエル飛空場』
今作で度々登場することになる飛空場です、というかまだ1代目なのでこれからも登場します。

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