とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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第22話〜とある竜騎士その2〜

 

ロ軍王都防衛騎士団の管轄下にある城壁監視塔は、第三防壁の一番外側に18箇所ある。そのすべての塔が、現在では24時間体制で監視員を増員していた。普段は当直勤務で交代、塔も一つ飛ばしに監視員を置く形式で夜間警備にあたっているが、先日の王都及び港の奇襲で緊急体制に入った。

 

18箇所も監視塔があるおかげで王都の周りのありとあらゆる場所を見渡すことができ、死角は全くない。周りも平野のため、見晴らしが良く防衛に適している場所となっている。その中の北側の監視塔に監視員マルパネウスが交代に向かっていた。

 

 

「あー……眠い……」

「お、交代の時間か。ご苦労さん」

 

 

マルパネウスの先輩監視員が朝早くから交代にやってきた事を労う。東の地平線は白く濁り始めており、建物が薄い影を作っている。しかし、鳥が起きるにはまだ早い。

 

 

「今日は視界が悪いですね……」

「そうだな、これでは敵の発見に時間がかかる……」

 

 

周囲を見渡すと、あたりは真っ白な靄に包まれて視界が悪く、平地に近い城壁付近は白い霧に包まれている。監視する立場の人間としては、霧の発生は視界が遮られるので最悪と言っていい。せっかくの早期発見も、この視界ではままならないからだ。

 

この霧は、川の水から蒸発した水蒸気を含む空気が夜に一気に冷え、空気中に水分が溢れ出す現象だ。太陽が出て外気が暖められれば霧は治るだろうが、それでもあと2、3時間は消えない。

 

 

「それにしても、昨日のあの戦闘を見ましたか?」

「ああ、見たさ。にしても俺たちの国はいったい何をしたのだ?神の怒りに触れるような事をしたのだろうか……?」

「いえ、あの鉄でできた青灰色の竜は人が乗ってました。どう見たって兵器です」

 

 

マルパネウスは目がいい。監視員に配属されるだけの視力を備えているため鉄竜の中に人が乗っていることも見ることができていた。

 

 

「兵器?あれが兵器だとしてあんなワイバーンよりも早く飛び回る伝説級の兵器を持っている国なんてあるのか?」

「それがあるから、こうやって被害を受けているんでしょうね」

「なるほどな。だが、これは俺たち王都に住まう人間にとっては生きるか死ぬかの問題だ。上の奴らは口が固いが、今回の港の攻撃に使用された爆発攻撃から魔力量を計算するととんでもない量になるらしい。それこそ古の魔法帝国レベルのな」

「そんな……古の魔法帝国に匹敵するレベルの魔法文明を持った相手と、ロウリアは戦争をしてしまったのですか……」

「そういうことになるな」

 

 

唖然、マルパネウスは祖国がとんでもない相手と戦争に突入してしまった事を今知った。今まで自分は監視員の為戦争には参加できないと思っていたが、どうやら戦局の後退からここ王都が戦場になる日も近いのかもしれない。そう思うと、ロウリアの未来が不安視される。

 

 

「にしても、我々はどんな存在と戦っているのですか?」

「…………噂によれば、レヴァームと天ツ上という新興国家がこの戦争に参加してきたようだ」

「レヴァーム?天ツ上?」

「ああ。ロデニウス大陸の北東側にある二つの国家だそうだ。クワ・トイネとクイラの連中にあれだけの軍事力は無い事を考えると、彼らの力だと見ていいだろう」

「嘘ですよね……?その場所には群島しかないと聞きました。集落が集まってできた程度の小国が、我が国に泥を塗ることなど出来るんですか?」

「だとしたら、一体何なんだ?」

 

 

その言葉に、マルパネウスは答えることができずにうなだれる。新興国家ごときが、我が王国を戦争でここまで滑稽に扱うことなどできるはずがないと思っている。ならば、いったい何が起こっているのか、王国は誰と戦っているのか。疑問は尽きなかった。

 

 

「……ん?」

 

 

その時一瞬だけ、霧の向こうに何が見えた気がした。霧の向こう側、空が震えるかのような轟と共に、何かとてつもない嫌な予感がし始めた。霧にまみれた空の中。霧の中に何やら真っ黒い物体が現れ始めた。

 

 

「なんだ……あれは……?」

 

 

初めは雲の一つかと思われた。しかし、次第にそれは大きく巨大になっていき、霧のもやに隠れながら近づいてきている。一つや二つではない、北側から幾つもいくつも現れてきた。距離は10キロほどであろうか。それらは空を飛び、船のような形をして何本もの角を生やしている。

 

 

「ま……まさか!まさか!!」

「お、おい!早く連絡しろ!!」

 

 

クワ・トイネ公国に攻め込んだ主力軍の敗北、そして先日の港と王都上空を襲って、海軍と竜騎士団に甚大な被害を与えた、レヴァームと天ツ上の存在が脳裏に浮かんだ。異形に気づいた先輩も、慌ててマルパネウスに魔導通信による報告を催促した。マルパネウスは魔信のスイッチを力一杯押し込み、送信機に向かって吠えた。

 

 

『第17監視塔より王都防衛本部!北側第一城壁から約4キロの地点の上空に正体不明の物体を多数確認!!繰り返す──』

 

 

その時、まだ監視塔にいたマルパネウスはとてつもない嫌な予感が全身を支配し始めた。突然、すべての生存本能が全力で警告を鳴らし始めたのだ。確かな死の予感がしてくる。

 

しかし、隣の先輩を見捨てて逃げるわけにはいかなかった。その時、前方の真っ黒の物体が角から突然炎を吹き出した。こちらに向かって爆風を浴びせるかのように。

 

それが確かな死の予感の正体だと分かると、マルパネウスは先輩の首根っこを掴んで無理やり引いて走り出した。しかし遅い。突然体を後ろから押されるかのような感覚と共に、彼の意識は永遠に失われたからだ。

 

ロウリア王国王都防衛騎士団所属の監視員マルパネウスは、北からやってきた天ツ上飛空艦艦隊の巡空艦の放った203ミリ榴弾の直撃を受け、先輩もろとも爆風と共に四散してこの世を去った。

 

203ミリ榴弾は城壁に食い込むと、内部でその威力を解放した。強固に作られた筈の石壁は内部でたやすく粉砕し、閃光と共に監視塔を含む第一城壁が粉砕され始めた。天ツ上艦隊による監視塔を狙った艦砲射撃だった。

 

艦砲射撃の轟音は王都ジン・ハーク全域に響き渡り、王都に住う人々命の危機を感じて飛び起きた。緊急事態を告げる鐘の音が王都中に鳴り響き、町中に人々が逃げ場を求めて溢れ始め、喧騒に包まれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何だ!何が起こっている!!」

 

 

一方、将軍パタジンも爆発音を聴くなり一瞬で飛び起き、鎧を着込む間も無く廊下に飛び出した。マルパネウスの報告から爆発まで時間が短すぎたために、情報は何一つ伝わっていなかった。

 

何の情報も伝わっていなかったパタジンは、寝巻き姿のまま音のした方向の北側廊下を走り、バルコニーから景色を見て愕然とする。

 

 

「な……」

 

 

最も外側にある城壁の一部、それも監視塔の辺りから燃え盛るような炎が照りつけていた。朝霧に包まれた真っ白な景色に、黒い煙がもうもうと上がっていた。

 

 

「王都奇襲だと!?バカな!!ビズールを無視してきたというのか!?」

 

 

クワ・トイネの国境線からここ王都ジン・ハークにまでくるには、途中でいくつかの街を抜けなければならない。その途中にある街の中で最も重要な工業都市ビズールは、武器や装備の生産などを担っているため戦略上重要だった。

 

そのため、必ずここを攻めるだろうという予測のもと、主力軍はビズール方面に出払っていた。その穴を突かれた形での奇襲であった。

 

パタジンはそのまま鎧に身を包んで作戦室にまで向かって走り出した。作戦室内では、すでに各方面の幹部たちが集結しており、各方面の将校に魔信で招集をかけたりと忙しく走り回っている。

 

 

「パタジン様!」

 

 

当直司令から現場を引き継いだであろう若手の軍幹部が、パタジンの姿を見るなり駆け寄ってきた。

 

 

「状況は!!」

「はっ!本日未明、第17監視塔の監視員が平原上空に展開する敵艦船を発見致しました。深夜から霧が発生しており、発見に出遅れました」

 

 

パタジンはいきなり敵の飛空船が現れたことに驚きの声を上げた。今まであの飛空船は陸地には持って来られないだろうという先入観の下、作戦を練っていた。しかしそれすらも打ち破られた今、作戦は一から精査し直す必要が出てきた。

 

 

「その後、第17監視塔を含む北側すべての監視塔が敵艦の攻撃で崩れ落ちました。状況から敵の攻撃と予測します」

「なっ!?第一防壁の一部に大穴が開いたというのか!!」

「残念ながら……」

「なんということだ……敵の狙いは王都陥落か。総力戦になるぞ……!!現在投入可能な兵力は?」

「ジン・ハーク内の全兵力が出陣可能です!!」

「よし、奴らを叩き潰す!出陣だ!奴らにこの王都に来たことを後悔させてやれ!!」

 

 

こうして、ロ軍王都防衛騎士団は全ての兵士たちが招集されて出陣を開始した。騎兵、歩兵、重歩兵などなど全兵力を合わせるとおよそ5万。数は主力軍の半分ほどで少ないが、圧倒的に少ない相手を叩きのめすのには十分すぎる数であろうとパタジンは思っていた。

 

一方帝軍八神艦隊は飛空揚陸艦を地上に下ろして、陸軍の戦力をジン・ハークの平原に展開し始めた。その中には、新型戦車や装甲車、そして3万人の兵士たちが一同に介して集まっていた。

 

兵力はロ軍の方が有利。これならば戦術次第でどうとでもなる、勝てる、とパタジンは思っていた。が、しかし現実は無情であった。

 

 

「全軍突撃!重騎兵を前にして一気に進め!!」

 

 

パタジンは城の会議室から指揮を取るため城壁にまで移動した。崩れかけの城壁から身を乗り出し、指揮を取るパタジン将軍。

 

まずは重騎兵を前に出して撹乱しながら、相手に対して接近戦を挑む。重騎兵は盾や防具などをみに纏った騎兵で、機動性は下がるがその分弓などにも耐えうる強力な兵科だ。

 

彼らは勇猛果敢に敵陣地へと向かって突撃してゆく。400にもなる騎兵の馬の足音がパカリパカリと蹄を鳴らし、戦場を駆け抜ける。軍馬はいいなき、人々は雄叫びを上げて突撃してゆく。敵陸軍兵との距離は4キロほどにまで迫っており、まずは進行しながら騎射で相手の出方を見ながら撹乱する。全騎が、背中にある矢を手に取る。

 

4キロほどあれば、5、6分で敵陣に到達する。彼らは爆裂魔法を警戒してジグザグに動き回りながら、城壁から2キロほどを超えた地点でさらに速度を上げる。

 

 

「ん?」

 

 

その様子を見ていたパタジンの目に、何かが映る。敵の鋼鉄で出来ているであろう魔獣が、鼻先から火を吹いたのだ。そこから光の弾が放たれ、騎兵に飛んでいった。

 

光弾が地面に弾けると、騎兵達が馬ごと吹き飛び、さらに体はズタズタに引き裂かれていった。

 

 

「なっ!?」

 

 

それだけではない。光弾は地面に当たるとまるで火山が噴火したかのように炸裂していき、土煙を上げて爆発を起こした。見間違えるはずがない、あれはあの飛空船から放ってきた爆裂魔法。それそのものであった。

 

 

「そんなバカな!?あれではまるで魔獣のブレスではないか!!」

 

 

それらは天ツ上の新型戦車の75ミリ榴弾の砲撃であった。中央海戦争時、皇軍の戦車に対抗すべく作られた新型戦車は、ここで初めて投入されたがその戦果は圧倒的であった。さらに不運は続く、榴弾の威力に屈することなく駆け抜けて何とか近づこうとした騎兵たちも、車載機関銃や装甲車の重機関銃が光弾を放ってその餌食となった。

 

光弾が騎兵にあたれば、分厚い鎧ごと貫通して馬もろともバラバラに引き裂かれる。鉄の盾を構えて進んでいた騎士ですら、盾ごと上半身を粉砕され馬から崩れ落ちた。

 

流れ弾の光弾が、戦場に赤い線を引くように騎士団を貫通すると、地面や第一城壁に当たって土や粉砕した石の噴煙を上げた。

 

 

「な……何という攻撃だ!!」

 

 

勝てる、と思っていた希望はあっという間に絶望に塗り替えられた。敵の魔獣達は騎兵を殲滅するだけでは飽き足らず、そのまま歩みを進めてじりじりと近寄ってゆき、魔導を放ちながら後方の歩兵達にも被害を与え始めた。

 

 

「ば……バカな!!」

 

 

と、その時。パタジンの耳に聴き慣れない音調が響き渡り始めた。オオン、という空気を切り何かを回すかのような音が戦場の平原に響き渡った。

 

 

「パタジン様!東の空を!!」

「!?、あれは!」

 

 

パタジンの目に、豆粒のような小さな点達が映り込んだ。真っ直ぐに飛ぶ蒼い体色の空飛ぶ異形。それは、昨日の夜に王都の住民達の目に焼き付けられた姿であった。

 

 

「まずい!空からの攻撃が来るぞ!気を付けろ!!」

 

 

青灰色の鉄竜、それがあの異形にロ軍がつけた名前であった。ワイバーンすらも凌駕し、目にも止まらぬ速さで空を駆け抜ける超兵器に、パタジンは恐怖した。あれは昨日、100騎近くのワイバーン達を経ったの40騎で撃滅した、破壊をもたらす鉄竜だからだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

破壊の鉄竜こと、アイレスVはレヴァームの飛空士達を乗せてジン・ハークの戦場にたどり着いた。『アイレスV』の数は40機、その後ろに『LAG』が40機、『サン・リベラ』は40機。飛空空母ガナドールの全力出撃であった。

 

自分たち戦空機乗りの役目は地上への攻撃。下で戦っている天ツ上陸軍に対する上空支援であった。戦艦の主砲はどうにも味方を巻き込みかねない、そのためソフトターゲットを潰すことのできる自分たちの出番だ。

 

爆撃機はもちろん、雷撃機にも陸用爆弾を積んでの出撃。さらにアイレスVにも二発の60キロ爆弾が搭載され、地上を埋め尽くす兵士たちを焼き尽くす役目がある。

 

 

「全機、突撃!」

 

 

ロ軍にワイバーンはもういない。それならば、後はいくらでもやりようがある。シャルはアイレスVを翻して高空1200メートル付近から一気に降下し始めた。爆弾を担架しているため、通常よりも操縦が鈍い。緩めの急降下爆撃の要領で爆弾の照準を定め、ここぞというところで投下レバーを倒した。

 

眼下には人海戦術の如くロ軍兵力がごった返しており、どこに落としても当たりそうであった。二発の60キロ爆弾はものの見事にロ軍兵士たちの頭上で炸裂し、一度に何十人もの命を奪っていった。

 

シャルルはそのまま操縦桿を引き上げ、上昇をする。爆弾を捨てたので、後の武装は機銃弾のみである。そのため今から一撃離脱戦法に切り替えて一気に敵地から離れてゆく。

 

スロットルを叩き、上空600メートルにまで上り詰めたところで反転。今度は緩めの角度から低空を這うように歩みを進める。機銃掃射は低角度から強襲をする方がよっぽど効果が高い。

 

シャルルの視界はあたり一面土煙に塗れ、周りが見渡せないでいる。帝軍の戦車や装甲車が放った砲弾が土煙を巻き上げて辺りを焦がしていたからだ。

 

そんなことはお構いなしに、シャルルは照準器を覗いて機銃の照準をつける。あたりに漂う土煙が、シャルルの視界を塞ぎ──土煙から1騎のワイバーンが現れた。

 

 

「っ!?」

 

 

ワイバーンはシャルルのアイレスV目掛けて、大口を開けて迫り来る。シャルルは有無を言わずに操縦桿を翻していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ワイバーンの正体は竜騎士ターナケインであった。王都防衛竜騎士団の中で唯一の生き残りである彼は、蒼い鉄竜が攻めてくるのを確認するなりこみ上げてくる恐怖を押し殺し、仲間に死をもたらす青灰色の鉄竜に勝負を挑んだ。

 

狙うはただ一人、たった一騎で数多くのワイバーンを殲滅して見せたあの憎き海鳥。跨がるワイバーンから見える高空の空、そこに悠々と空を飛ぶ一騎の騎体が遠くから見えた。あれは──

 

 

「海猫!」

 

 

ワイバーンも彼の決意に応えるかのように呼応した。ワイバーンはあの後、ターナケインの覚悟に後押しされるかのように自信を奮い立たせて覚悟を決めた。あのトラウマを克服したようにも見えるその勇姿は、どんなワイバーンよりも強いだろう。

 

だが、奴らにはそれでも勝てるかどうかは怪しい。海猫は圧倒的な力でワイバーンをねじ伏せていた、腕でも機体性能でも勝てるかどうか自信がない。だが、それでもやるしかない。自信とは自身の力で作るものだ。覚悟を決めた身で今更引き返すわけにはいかない。

 

 

「行くぞ!相棒!!」

 

 

自らを奮い立たせ、彼らは空をかける。空が震えるかのようにぐわんぐわんと音が轟く。低空に配置された敵の空飛ぶ船から発せられる音だった。彼らは仲間の船から地上部隊を下ろし、戦場を作り出していた。

 

ターナケインはその戦場を地面につくほどの低空スレスレを飛行し、侵攻を開始した。時折地面や味方の頭にワイバーンの鉤爪が当たりそうなほどの低空飛行だ。

 

その先、高空の空に青い光が一筋。ポツリと浮かぶようにその空に青灰色の影が見える。その中で一際、胴体に海猫のマークを描いて自己主張をしている目立つ騎体がそこにいた。長いようで短い間、ずっと探し求めて夜も眠れなかった仇。海猫だ。

 

 

「もう少し……もう少し……」

 

 

あと少しで射程距離に入る。海猫からこちらは煙に遮られて姿を確認するのは難しいが、風下の関係でターナケインからははっきりと見えている。相棒の手綱を引き、導力火炎弾のチャージをワイバーンに命じた。すると彼は大きく口を開き、口内に火球を形成し始めた。

 

 

「喰らえ、海猫ッ!!」

 

 

ターナケインは上昇の合図を出して、敵騎と一直線上になる。すぐさま火炎弾を、全身全霊を込めて発射した。当たる。ターナケインはそう確信していた。煙から出た瞬間に放ったこの一撃は、近射程距離ギリギリから放たれており、ほぼゼロ距離に近い。

 

しかし海猫はどこまでも凄腕であった。海猫はいきなり機体の角度を一気に上げてぐわん左方向に機体を傾けた。青灰色の機体はいう事を聞き、そのまま回避行動で火炎弾を避けて行った。

 

ターナケインの目に、驚きが映る。当たると確信していた攻撃が外れた、あの機動性はワイバーンをも凌駕している。その事を思うと、冷や汗が背中に染み渡る。

 

 

「ちくしょう……化け物め……!」

 

 

しかし、怯むことはできない。ここで海猫を仕留めなければ、ロウリア王国の未来は闇に伏せるのと変わらない。自分のため、王国のため、ターナケインはワイバーンを操り海猫とすれ違う。

 

 

「いっけぇぇぇ!!!!」

 

 

その瞬間、ターナケインは相棒のワイバーンの口を思いっきり開く動作を命令し、炎の余韻の覚めぬ熱々の口を開けた。そして海猫とすれ違う時に、翼に噛み付いた。

 

ぱきん。そんな音が聞こえてくるかのような、ひっそりとしたすれ違いであった。海猫から発せられた物凄い風圧がワイバーンの纏う合成風と共にターナケインに襲いかかる。

 

一瞬、鉄竜の胴体にある透明な膜の中に一人の竜騎士らしき人物が見えた。若い、ターナケインとは1、2歳ほどしか歳が離れていないと見える。まさか、こんな若い竜騎士が自分の仇だったとは意外であった。

 

そのままターナケインと海猫はすれ違い、後ろを振り返る。海猫はターナケインのワイバーンよりもフラフラと飛行しており、バランスを崩していた。ターナケインの一撃が、見事に海猫の片翼を折り潰していたからだ。

 

 

「やったぞ!!」

 

 

微かな喜びの声を上げる、二段構えの不意打ちが決まったことにより化け物に一矢報いることができた。やれる、仕留められる。あいつは不死身のお化け鳥なんかではない!

 

 

「行けっ!!」

 

 

ターナケインはふらりふらりとバランスを崩しながら飛行する海猫に向かい、反転した。その姿を確認した周りの鉄竜たちが、仲間をやらせはしないと慌てて高空から突っ込んでくるのが見えた。しかし、彼らに構う暇はない。差し違えてでも、ここで海猫を殺さなければ王国の未来は危うい。

 

それに気づいた海猫は、傷ついた足を引きずるかのようなフラフラとした足取りで、なんとかバランスをとっていた。敵ながらあっぱれな操縦技能だ。

 

 

「だからこそ、ここで仕留める!」

 

 

ターナケインの覚悟は海猫に届いただろうか。途端、海猫はいきなり機体を上昇に転じ始め、大ぶりの上昇をし始めた。ターナケインもその後に続く。この軌道は自殺行為だ、翼が片方ない状態での宙返り機動は隙が大きく、さらに被弾面積も大きくなる。相手は死地を悟って混乱しているのか、そんなことすらも忘れているようだ。

 

ターナケインの顔が、勝利の顔に移り変わる。あと少し、あと少し近づけば、海猫を仕留められる射程距離に入る。その時が、海猫の終わりだ。

 

ターナケインは手綱を引いて火炎弾をチャージし始める。相手はやや斜めの軌道を描いて空を駆け上がってゆく。まるであえて敵機を呼び寄せているかのような、緩慢な海猫の動作だった。

 

仕留めた。ターナケインはそう確信して、最大威力の火炎弾を放った。海猫は上昇の頂点に到達しようとしていた。瞬転──海猫が、視界から消えた。

 

 

「──え?」

 

 

ふわり、と空中に静止するかのように海猫が視界から消える。思わずそれを目線で追いかける。海猫はあたかも重力から切り離されたかのようにその場にとどまっていた。

 

 

「え?」

 

 

火炎弾は空を切った。海猫は火炎弾に焼かれるそぶりなど見せずに、片翼のまま空中にとどまって見せた。そして──踊る海猫が真後ろを取った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

油断した。シャルルは煙の中から飛び出してきたワイバーンに片翼をもぎ取られ、アイレスVはこの世界に来て初めて傷つけられた。

 

通信回路からメリエルたちの心配する声が聞こえる。そこでシャルルは自身の油断を恥じた、ワイバーンは脅威ではないと自身のどこかでそう思っていたのだろう。背後には1騎のワイバーンがしっかりと食らいついている。片翼の状態では加速もままならず、バランスを常に取らなくてはならない。引き離すことはできない、そう確信した。

 

 

「ついてくるか」

 

 

相手は相当腕がいいのだろう。兜に隠れて顔立ちは見えないが、相手の竜騎士は相当な凄腕だ。何せプロペラ戦闘機相手に、ワイバーンで追従してきているのだから。

 

だからこそ、ここで仕留める。

 

相手に容赦はかけてはいけない、竜騎士は殺す気でこちらを追ってきている。手加減はできない、しかしシャルルはそのことがむしろ嬉しかった。この世界に来て初めて痛手を負わされた、慢心していた自分を正してくれた。それほどの凄腕とこうして空戦できることが何より嬉しかった。

 

 

「なら、とっておきを見せてやる」

 

 

シャルルはアイレスVを翻し、操縦桿をわずかに引き寄せて大ぶりの上昇をし始めた。やや斜め気味の宙返りだ。相手のワイバーンもピタリと付いてくる。

 

これからやろうとしているのはシャルルにとっての最後の手段であった。戦空機乗りは敵を早く発見し、気づかれぬように忍び寄って一撃で仕留めるのが空戦の理想であり、相手に追従を許してしまってから繰り出すのは奥の手の中の奥の手だ。相手が凄腕だからこそ見せる、最高の技だ。

 

 

「ここだ」

 

 

相手ががっしりと追従してくるのを確認して、シャルルは宙返りの頂点で左フットバーを緩め、右フットバーを蹴り付けた。

 

機体が横滑りし、その地点で操縦桿を微妙に倒し、右翼を微妙に下げる。損傷しているのは右翼なので、バランスの関係でロールが早い。回転しすぎで切り揉みしないよう、細心の注意を払う。

 

すると反転した機体が、あたかも空中にピアノ線で吊り上げられるような浮遊状態となり、ドリフトのようにゆっくりと空中を横滑りした。

 

竜騎士の表情が驚愕に歪む。追従していたワイバーンが前へのめる。空中に静止するかのような軌道で、シャルルは前方へ押し出される敵の脇腹を見ていた。

 

 

「イスマエル・ターン」

 

 

シャルルが繰り出したのはレヴァーム空軍におけるS級空戦技術、通称「イスマエル・ターン」であった。元の世界では、洋の東西を問わず、現在の飛空士にとって最高難易度と言われる大技だった。

 

驚く竜騎士を横目に、敵ワイバーンの真後ろについた。敵との距離はわずか、機首の20ミリ機銃にとっての必中距離であった。

 

慌てて逃げようとするワイバーンを、逃しはしないと引き金を引く。容赦のない20ミリ弾が、銀色の栄光弾と共に放たれワイバーンに殺到してゆく。機首から放たれた弾丸は、次々とワイバーンに着弾して血飛沫を上げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ターナケインは悔しくてたまらなかった。相手の光弾は運良くターナケインには当たらなかったが、相棒のワイバーンは皮膚に大きな穴が開き、血飛沫を撒いていた。もはや、相棒が助からないことは理解できた。

 

 

「ちくしょう……ちくしょう……!!」

 

 

理解できなかった。あの鉄竜はワイバーンでは絶対にできないであろう軌道をとった。ふわりと空中に浮かぶ軌道だなんて聞いたことがない。まるで空中に止まっているようではないか。空でこんな無茶苦茶なことができるだなんて、まるで──

 

 

「まるで空に愛されているみたいじゃないか!!」

 

 

ワイバーンの高度が下がる。落ちゆく彼の視線は海猫を見やる。彼は片翼をもぎ取られてもなお、悠々と空を飛んでいた。あのとでもない浮遊軌道でワイバーンを仕留めて、してやったりの表情を浮かべているようであった。それが悔しくて悔しくてたまらない。

 

落下速度が急激に高まり、地面が近づく。相棒は最後の力を振り絞り、なんとかターナケインを助けようと翼を羽ばたかせていた。

 

思えばこいつは幼い頃から一緒にいた仲だった、愛する相棒を助けようと力を振り絞るのもターナケインには納得できた。だからこそ、両目の目頭から熱いものが込み上げてきた。

 

ワイバーンの力はもう残っておらず、土が剥き出しになった地面に派手に激突する。ワイバーンの墜落に土煙が上がり、ターナケインも地面を転がった。

 

 

「く……くそっ……体が動かない……」

 

 

全身が痛む。身体中が砂や埃に塗れ、防具を着ていないところからは肌をすりむいて出血してしまっている。全身を負傷していたが、頭だけは防具で守られていた。

 

 

「!?……相棒!!」

 

 

 

痛む体を無理やり持ち上げ、自身の相棒に駆け寄る。相棒のワイバーンは身体中に穴を開け、そこから並々ならぬ量の血を流している。もう、助からない。

 

 

「そんな……」

 

 

思えばどれだけ一緒にいただろうか。竜騎士訓練兵として配属された時、まだ幼かったこいつを引き取って世話の訓練も一緒に行った。その時から、ワイバーンはターナケインに懐いてくれた。

 

その大切なワイバーンが、今ここで息耐えようとしている。その事実が、ターナケインの目頭に涙を流させた。自分の未熟さで、自身の油断で、自分の相棒を失ってしまった。

 

 

「…………いや、違う」

 

 

ターナケインは即座にそれを否定した。空を見上げる。そこには、青灰色の鉄竜がターナケインの周りを小馬鹿にするように鳥瞰し、旋回してきた。

 

止めは刺されない。いや、むしろ刺す価値もないと思われているのかもしれない。そのあまりに無礼な奴に、自分のワイバーンは殺された!

 

 

「海猫」

 

 

握り拳をギュッと血でにじませる。爪が食い込むほど、手のひらを傷つけて悔しさと怒りをあらわにする。

 

 

「お前だけは、絶対に殺してやる……!」

 

 

ターナケインは決心した。必ずや、いつかどんなことが起ころうとも、自分の大切な相棒を殺した海猫だけは同じ目に合わせてやると。ターナケインは自身の心の中で決心した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

十分後。王都ジン・ハークから少し離れた後方の平原に配置された飛空空母ガナドールでは、慌ただしい騒ぎが巻き起こっていた。整備兵が甲板を駆け回り、エレベーターを使って甲板上の機体を内部に片付け回っている。

 

 

『急げ急げ!甲板を開けろ!!』

『ここじゃ着水できない!風上に向かって全速航行しろ!』

 

 

その様子は、隣を航行するエル・バステルの艦橋からも見て取れた。敵が来たわけでもないのに蜂の巣を突いたかのような騒ぎになったのには訳がある。

 

 

「司令、彼は戻ってこれるでしょうか?」

「……彼なら問題はない、私はそう思う」

 

 

マルコス司令は、不安を押し除けながらシャルルの帰りを待っていた。海猫こと狩乃シャルルの機体が損傷を負ったという報告が来たのが、つい先ほど。そこから、レヴァーム随一の腕前を持つ彼を失わせないようにと、マルコス艦隊総出でシャルルの救出作戦が始まったのだ。

 

 

「来ました!青いアイレスV、狩乃シャルル機です!」

「来たか」

 

 

彼の帰りを待っていたマルコス司令はレーダーで追っていたシャルル機が、ようやく目視圏内に入ったことを確認した。レーダー観測員の指し示す方向を双眼鏡で見ると、豆粒のようなアイレスVがよろめきながら高度1200メートルほどを飛翔していた。

 

 

「被弾したのは右翼か……」

 

 

見れば、機体の右翼が三分の一ほどもぎ取られてそこからわずかな煙を吹き出している。何が起こったのか、確か敵のワイバーンは全て殲滅し終えた筈だ。疑問は尽きない。

 

海猫は味方識別のバンクを振ることもできずに、傷ついた身体を引きずるようにして誘導コースに入った。

 

 

「すごいですよ……!フラップとエルロンの加減だけで重心を保ってます……!」

「確かにすごいな……だがあれでは着艦は至難の技だ」

 

 

航空参謀達が口々にシャルルの力量に舌を巻く。しかし片翼での着艦例など、レヴァームでは前代未聞だ。中央海戦争の時天ツ上のとある飛空士がそれを成功して見せたらしいが、レヴァーム空軍にはまだ例として存在していなかった。

 

海猫が艦首方向に首尾線を合わせ、パスに乗った。右翼のフラップを下げて足りない揚力を補い、左翼エルロンで当て舵を当てながら、スロットルの開閉だけで飛翔している。それだけでも神業だ。しかし海猫は、最も難関な着艦までこなそうとしている。

 

海猫の傾いた機体が接近してくる。着陸装置は両方とも出ており、片翼でも装置に問題はなさそうだ。スロットルが絞られ、向かい風を受けて機体が減速する。ふわり、と機体が一瞬宙に浮くかのように静止して──

 

艦隊の乗務員全てが固唾を飲んで見守る中、彼はあたかも滑り降りるかのように、優雅に着艦した。皆の心配をよそに、見事すぎる着艦をして見せた。

 

マルコス長官に安堵のため息が出る。艦橋にいる周りの参謀達も、わっと喜びを噛み締めて沸き立ち始めた。

 

 

「ガナドールに付けてくれ、海猫に会いたい」

 

 

艦橋の操舵士にそう頼むと、ガナドールと協力して速力を合わせ、左右を合わせてドッキングした。飛空艦には飛空時のお互いの連絡用に、このような接続機能が存在している。内火艇は飛空時は使えないからである。

 

エル・バステルから伸びた連絡用のタラップを伝ってガナドール内部に入り、そこから階段を上がって飛行甲板に入った。そこではもうすでに海猫こと狩乃シャルルがレヴァームの飛空士や整備兵に囲まれていた。

 

しかし、様子がおかしい。何食わぬ顔でアイレスVを降りたシャルルは、これ以上ないほど晴れやかな笑顔で笑っていた。

 

 

「一体何があったのだ?」

 

 

シャルルを問い詰める。この世界でアイレスVに遅れをとる航空戦力など存在しない筈であった。ならばなぜ、海猫ほどの飛空士が被弾するなんてことが起こるのか。

 

するとシャルルはマルコス司令に笑顔で振り返り、ビシッと敬礼をすると、なんとあろう事か──

 

 

「ワイバーンに食べられました!」

 

 

いかにもあっけらかんとした、無邪気すぎる答えを返した。

 

 

「え?」

 

 

ピキリ、と甲板上の空気が凍りついた。周りを取り囲んでいた飛空士達もこの答えにはたどり着けなかったようで、目をパチクリさせてその言葉を復唱している。

 

 

「り、竜にやられたというのか!?」

「はい」

「何故だ!?戦空機がワイバーンに遅れをとることなどあり得ないだろう!」

「油断しました」

「君ほどの飛空士がか!?」

「戦場の土煙に紛れて低空で近づかれたので、気づきませんでした」

 

 

シャルルはあっけらかんとして、まるで全力試合に負けたスポーツマンのように清々しい表情で答えた。

 

 

「いい腕でした。()()()を使ってやっと倒せました。この世界にも、あんな竜騎士がいるとは驚きです」

 

 

驚きたいのはこっちだと、何度言いかけた事か。シャルルの『奥の手』つまりはS級空戦空戦技術のイスマエル・ターンを繰り出してやっと倒せたという事だ。なんという事だろうか、この世界にも、そんな凄腕の竜騎士がいるとはマルコス司令は信じられなかった。

 

 

「私はどんな処罰でも受けます。ですが、あの竜騎士とだけは是非とも会ってみたいと思っております」

「…………」

 

 

マルコス長官はもう言葉が出なかった。シャルルほどの飛空士に、ワイバーンで不意打ちを喰らわせることのできる竜騎士が存在することを報告とし、各飛空士達に警告する報告書を書かなければならないだろう。

 

そんな彼の苦労を知ってか知らずか、シャルルは青空を笑顔で仰いていた。まるで、また新たな戦友ができたかのような嬉しそうな、満足そうな顔であった。

 


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