とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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間も無く第三章ですが、後1話を投稿したら第三章に入ります。


第25話〜異界の大帝国〜

 

 

第二文明圏、ムー大陸西方。43隻にもなる恐怖の艦隊が進軍してきた。彼らは第二文明圏で列強国として名の高いレイフォル海軍の艦隊だ。

 

そのほとんどが魔導式の火砲を積み込み、それを何百もの数を有している強力な軍艦『百門級戦列艦』である。命中精度の悪い戦列艦の先込め式魔導砲を多数積み込むことにより、数を持って命中率を上げている船だ。

 

しかし、それらは全てその数時間後に消し飛んでいった。たった一隻の戦艦『グレート・アトラスター』によって。

 

巨体が海の水を押し除ける。まるで船体が海を押しつぶすかのようだ。レイフォル艦隊を相手にしていたグラ・バルカス帝国海軍の超巨大戦艦『グレート・アトラスター』は、46センチ三連装砲3基を誇らしげに水平線に向けていた。

 

重圧な装甲に包まれた上部構造物は、まるで城を思い起こす。空へ向けられたいくつもの高角砲が空を向き、ハリネズミのように連なっている。

 

対空砲の砲弾はグラ・バルカス帝国で最近開発された近接信管が搭載されている。ケイン神国の熾烈な航空攻撃に対抗すべく生み出されたこの信管は、それまでの時限式信管を大きく凌駕する命中精度を誇り、近づくだけで飛行物は墜ちてゆく。その威力は、レイフォルのワイバーンロードを全て葬り去ったほどだ。

 

さらに46センチ三連装砲にはレーダー照準射撃機能を備えており、命中精度も向上。たったの数発で散布界を狭めることができる。飛翔距離は40キロにもなり、前世界においてもこの世界においても、最大最強の戦艦に違いない。

 

 

「最後の敵艦を殱滅」

「……哀れな最後だったな」

 

 

グレート・アトラスター艦長ラクスタルは、副長にそう言って哀れみを敵に向けた。彼らはもうすでに海の底だが、最後の最後で悪あがきしてくるとは思わなかった。

 

もっとも、黒色火薬程度の威力しかない砲撃などゼロ距離から放たれてもグレート・アトラスターには効かないが。

 

 

「残弾はどうだ?」

「各砲門、70発程度です」

「そうか……たしか敵国の主要都市は全て海に面していたな?」

「え? はい、各都市は海に面しています。首都ははここから東へ350キロほどでしたが……」

 

 

副長は艦長ラクスタルの眼差しに、少し疑問に思う。わざわざ敵を全滅したのだから、後は強襲上陸をすれば敵国は降伏する筈だ。だが、ラクスタル艦長はそれだけでは我慢ならないようだった。

 

 

「東へ向かうぞ。都市を砲撃で殲滅だ」

「わ、わかりました」

 

 

そう言ってラクスタル艦長は敵国首都への砲撃を部下たちに命令した。グレート・アトラスターの進路が変わり、レイフォリアへと舳先が向けられる。

 

 

「アリシア……仇はとるぞ……」

 

 

そんな艦橋の中、ラクスタルは一つのロケットを握りしめる。パカリと開くと、そこにはラクスタルと一人の美しい女性が写真に写っていた。

 

彼女はラクスタルの妻アリシア。外交官としてグラ・バルカス帝国外務省に勤めていた彼女は、パンガダ王国へ向かって行ったきり、帰ってこなかった。パンガダ王国の傲慢な態度により、皇族もろとも処刑されたのだ。

 

愛妻を殺されたラクスタルの怒りは、グレート・アトラスターの砲撃となってレイフォリアへと降り注ぐことになる。

 

そして──

 

その日の夕方、レイフォルの首都レイフォリアは戦艦グレート・アトラスターの全力砲撃により煤塵となった。レイフォル皇帝は砲撃に巻き込まれて死亡、民間人にも万人単位の死傷者が出た。

 

レイフォルの軍部は無条件降伏し、グラ・バルカス帝国はレイフォルを自国領土に編入、入植が始まった。

 

戦艦グレート・アトラスターはたったの一隻でレイフォル艦隊を撃滅し、国を滅ぼしたとしてこの世界に激震を走らせた。グレート・アトラスターはレイフォルを滅ぼした生ける伝説としてその名を轟かせる。

 

そして、いつしかこんな噂が流れ始めた。

 

グレート・アトラスターには愛妻を殺されたことにより、異世界に対して恨みと憎しみを抱くようになった恐怖の艦長がいると。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

並べられた通信回路、散りばめられた情報ネットワーク。この国はレヴァームと天ツ上から約3万キロ以上西に巡ったところにある大国である。彼の国には、かつて7つの国々が入れ替わり立ち替わりで巡ってきた。それら全てが『帝国』を名乗り、血で血を巡る争いで雌雄を決してきた。

 

八番目のその国は自らを『グラ・バルカス帝国』、又の名を『第八帝国』と名乗る強大な国家だ。彼らは自分たちの国に誇りを持っていた。その国の栄えある首都『帝都ラグナ』の軍事施設の一角。そこはグラ・バルカス帝国軍(グ帝軍)の軍人達が、『諜報課』と呼んでいる組織のネットワークが集まる施設であった。

 

 

「閣下。ロデニウス大陸での一件について、先日潜水艦によりロデニウス大陸から諜報員が帰還しました」

「ご苦労だった、報告を聞かせてくれ」

 

 

その施設の中でとある将校の執務室にて、きらびやかでスッキリとした黒い制服の男性が、閣下と呼ばれた上司に報告を始めようとしていた。

 

 

「まず、ロデニウス大陸の情勢を報告いたします。ロウリア王国のクワ・トイネ公国並びにクイラ王国への侵攻は、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の介入により、失敗に終わった模様です。最終的にロウリア王国は降伏、ロウリアはレヴァームと天ツ上により占領されたとのことです」

「何だと!?我々の予想では、ロウリア王国が圧勝し、ロデニウス全域がロウリアの領地になる見込みだったが……レヴァーム、天ツ上という国は聞いたことがない。何か情報はあるか?」

 

 

そう言われると、部下らしき人間は作成されたレポート用紙を上司に手渡す。上司はそれを見ながら、部下から説明を受ける。

 

 

「工作員からの報告では、まずロウリア王国の4400隻の大艦隊はレヴァームの艦隊によって撃破されました。そして、地上でも無傷で敵を撃破し、最終的にはロウリア王国の首都ジン・ハークをレヴァーム、天ツ上共同で包囲するに至りました。降伏まではたった一ヶ月です」

「なるほど、共同で戦争を行ったあたり、二つの国は同盟国か何かなのだろうな。一ヶ月という数字もなかなかに早い」

「それから閣下……レヴァームと天ツ上の武装ですが……」

 

 

そう言って部下は指揮官にある写真を手渡す。レヴァームと天ツ上の武装についてまとめられたレポート写真だ。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

そこに映っていたものに、驚愕する指揮官。目を見開き、冷や汗を流して驚愕する。あたかもあり得ないものを見て転げ落ちそうなほど、それは衝撃をはらんでいた。

 

写真に映っていたのは、鋼鉄の機械だ。戦艦、と呼ぶべき代物だ。洋上を支配し、敵を大艦巨砲主義の一撃で葬り去る決戦兵器。レヴァームがそれを所持していたというだけだが、驚くべきはそこではない。その戦艦は、()()()()()()()のだ。

 

 

「閣下、合成ではなく紛れもない事実です。大きさは全長260メートル以上、主砲は40センチ以上の三連装4基。紛れもない戦艦です」

「バカな!!大きさ、排水量からして我が国の『グレート・アトラスター』並みの戦艦が空を飛んでいるだと!?一体どういう事だ!?」

 

 

指揮官の疑問は最もだ。飛行船ではない代物が、純粋な戦艦が空を飛ぶなどあり得るはずがない。写真はマイハーク沖で撮られた3枚翼を持つ巨大な飛行戦艦のものだ。

 

 

「それはレヴァームの物らしいのですが、他にも1万トンクラスの巡洋艦、千トンクラスの駆逐艦、3万トンクラスの正規空母まで空を飛んでいたそうです。さらには王都包囲の際にはこれらの飛行戦艦が王都を包囲しており、同様のものを天ツ上も所持していることを確認しました」

「空母まで保有しているとは……両方とも紛れもない転移国家だな。にしても戦艦を飛ばすとは、仕組みはもとより、どんな理由で空を飛ばす必要があったんだ……?」

 

 

やはり、いちばんの疑問はそこに集中する。わざわざコストのかかるような飛行戦艦や空母を、わざわざ作らなければいけない理由がどこにあるのだろうかと。

 

 

「おそらくですが閣下、戦艦や空母を陸地に上げる必要があったのではないでしょうか?戦術的価値のある戦艦や空母を陸に上げられれば、戦術の幅が広がります。どうやら彼らは随分と戦争慣れした世界から来たようです」

「うーむ。空飛ぶ戦艦といい、レヴァームと天ツ上は我が国の戦略に対して大きな脅威となるな。だが、なんとか味方に引きずり込めれば……あるいは……」

 

 

突然の転移国家の出現、もしかしたらグラ・バルカス帝国の行く末を左右するかもしれない。

 

 

「!、待て。空母があるということは艦載機はどんなものだったのだ?」

「はい、こちらになります」

 

 

そう言って、部下は二つの写真を上司に手渡した。一つはジン・ハーク港強襲の時の写真、もう一つは王都包囲の時の戦闘記録だ。

 

 

「まず天ツ上の飛行機械ですが、ジン・ハーク港強襲の際に撮られた写真になります。こちらは天ツ上の戦闘機とみられる写真です」

「なんだこれは……まるで後ろ向きにに飛んでいるようではないか」

 

 

指揮官が見ていたのは天ツ上の真っ黒な飛行機械だった。全身が黒塗りで塗りたくられ、翼の部分が後ろに流れるようになっている。これは後退翼と呼ばれるグラ・バルカス帝国ではまだ実用化していない翼形状だった。

 

 

「いえ閣下、これはプロペラが後ろについている推進式の飛行機械なのです」

「推進式だと……後退翼を実用化しているのは驚きだが、なぜこんな変な飛行機械を作っているんだ?」

「それはわかりません、ですがこのような飛行機を作れることは十分な脅威です。そして、レヴァームの戦闘機ですが……」

 

 

指揮官はもう一つの写真を見比べる。

 

 

「こっちはかなり洗練されている形状だな……」

「はい、レヴァームの戦闘機は翼と胴体に機銃を搭載した単座単発、テーパー翼と液冷エンジンを採用した、単座戦闘機にしてはかなり洗練された機体です」

 

 

彼らが洗練されていると称したレヴァームの戦闘機は、単座戦闘機の中ではかなり先進的な部類に入る。まるで、戦争に明け暮れた末に生まれた、究極の機体のようなものだろう。

 

 

「しかし、アンタレスとの比較材料がないな。飛行機械としての性能はアンタレスほどではないと見ていいだろうが……」

 

 

彼が言うアンタレス、正式名称『アンタレス型艦上戦闘機』はグラ・バルカス帝国の主力戦闘機である。信頼性の高い千馬力級エンジンと、研ぎ澄まされ軽量化された機体のおかげで時速は550キロにもなり、前世界一の格闘性能を誇っていた。その戦闘機より強いことは、流石にないだろうと指揮官は考える。

 

 

「しかし閣下……まだ続きがあります」

 

 

そう言って、彼は一つの写真を指揮官へと手渡す。そこに映っていたのは、レヴァームの戦闘機に海猫のマークをつけた1機の青灰色の戦闘機であった。

 

 

「こいつは?」

「この機体の飛行士は王都包囲の際に、最も多くのワイバーンを撃墜していました。おそらく、レヴァームのエース飛行士だと思われます」

「エースだと……実力は?」

「それが……」

 

 

部下は重々しく口を開こうとした。

 

 

「この飛行士は王都包囲の際に、コメット・ターンを披露してワイバーンを撃墜したとのことです」

「何!?」

 

 

情報部の将校はその言葉に目を見開く。コメット・ターン、空軍に詳しくないこの男でもその技名くらいは知っていた。だからこそ、ありえないという考えが頭をよぎって冷や汗を流す。

 

 

「バカな!あの技は超々級難易度の大技!まともに使える飛行士はほとんどいない!ありえん、何かの間違いだ!」

 

 

コメット・ターン。『彗星のターン』の名がつくそれは、彼らのいた前世界ユクドにて『超々級空戦技術』として知られていた大技だった。宙返りの頂点にて無重力状態のようなふわりとした機動を取る機動で、そのまま敵の背後に横滑りを打つ機動だ。

 

しかしその技はあまりに難易度が高く、失敗すればストール、空中分解、飛行士の失神などの致命的な代償がつく超難易度の空戦機動であった。

 

そのため、彼らが転移する前にいた前世界のユグドにおいても、グラ・バルカス帝国とケイン神王国の間でわずか3名しかまともに扱える人間はいなかった。その空戦機動があっさりと披露されたそうだった。将校はそのことに驚きしかない。しかも、機体の片翼がもがれた状態で成功させたという。

 

 

「しかし閣下、この海猫のマークをつけた飛行士はそれをやってのけました!残ったワイバーンに不意打ちを食らって片翼がもがれた状態で、成功させて見せたのです!!」

「なっ!しかも片翼でだと!?だとしたらこの飛行士はとんでもないエースだぞ……!」

 

 

指揮官は写真に描かれた海猫のマークを睨みつける。戦場に似合わないお洒落たマークだが、底知れぬ実力を秘めているかのように指揮官は見えた。

 

 

「…………これは緊急会議を開かなければならないな。レヴァーム、天ツ上という国の情報がもっと知りたい。よし、また諜報員を派遣して、さらなる情報を集めてくるんだ!」

「了解しました!」

「頼むぞ……特にこの飛行士はいずれグラ・バルカスの脅威になる。早期に対策を立てなければ!」

 

 

そう言って指揮官は写真を見比べて、熱心に部下に命令する。これらの情報が正しいなら、グラ・バルカスはこの世界でのあり方を見直す必要もあるかもしれない。そんな多大な責任の下、彼らはさらなる情報収集を開始した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほう……レヴァームという国にコメット・ターンを披露した飛行士が居るのか?」

 

 

グラ・バルカス海軍の正規空母『ペガスス』の格納庫。そこにいた細身の男1人の飛行士に、港から乗り込んできた諜報課の人間が情報を伝えた。

 

 

「はい、それも片翼状態で機体を安定させて行ったとのことです」

「ほほう、それは素晴らしい……」

 

 

そう言って相手の飛空士は口の端を釣り上げて、歯を見せて笑った。諜報員がこの飛行士に海猫の情報を与えたのには訳がある。彼は、グラ・バルカスの飛行士の中でも一二を争うトップレベルの飛行士だった。

 

レヴァームと天ツ上を新たな脅威とみなし始めたグラ・バルカスは、このトップエースに直接情報を与えて早めの対策を練ることを目標にしていた。

 

 

「まさか、私以外にコメット・ターンができる飛行士がいるとは思わなかったな。フッ……いつか手合わせをしてみたいものだ」

 

 

その細身の飛空士、彼は笑いながら自身の戦闘機に向き直った。彼はそんな対策よりも自分と同じレベルの飛行士がいることに微笑みを浮かべて、楽しげに笑っていた。それはなにかを楽しみにしているかのような戦い好きの感覚であった。

 

そして彼の前には一機のアンタレス戦闘機が、大きなツノを持った馬の星々のイラストと共に鎮座していた。一角獣座、南の空に見えるツノを持った架空の馬の星座だ。

 

 

「海猫……か。この世界もなかなか楽しく戦えそうだ」

 

 

飛行士は笑う。この世界にやってきてからまともな相手と戦っておらず、腕が鈍りそうであった。そんな中で見つけた新しいエース。グラ・バルカス帝国のエース、アレックス・ネメシスはその彼をこの手で撃ち落としてやりたいと、期待に胸を躍らせた。

 

 

 




原作との変更点

『コメット・ターン』
とある飛空士といえばこの機動、イスマエル・ターン。比較のため、ユクド世界にも存在するという設定を新たに加えてコメット・ターンと命名。この作品はパイロットと飛行機が主役なので、こういう要素も無ければ。

『シャルルを脅威とみなすグラ・バルカス』
コメット・ターンという設定を加えたのはシャルルの強さをわかりやすくするため。侮らせず、全力で挑ませるつもりです。


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