とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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閑話休題〜夜想曲〜

 

 

荒々しい海に、噴き出た城のような異形の島陰があった。

 

周囲は分厚い石垣とコンクリートで敷き詰められ、海原を埋め立てている。剥き出しの鉄筋コンクリート製と建物の偉容が、あたかも戦艦の如くそそり立ち、壁面は波をかぶって黒くにじんでいる。

 

──戦艦島。

 

前世界では天ツ上で良質な石炭が取れる海底炭鉱として栄え、採掘のために大企業が資本投下を行って歪に発展した異形の島である。

 

島の周りは鉄筋コンクリート製の高層住宅が強引に詰め込まれ、街の中には労働者達が敷き詰められている。炭坑労働者達は毎日崩落やガス爆発など常に危険と隣り合わせの中で働いており、粉塵は肺を壊し、目を蝕んでゆく。

 

彼らは常に命の危険と隣り合わせの中で暮らしており、中には子供ですらその炭鉱にいた。誰もが生きる希望を失い、「今日より明日を良くするために頑張って働こう」とは微塵も思わないし、思えない。それはかつてのクイラ王国を思わせる。

 

しかし、彼らもレヴァームと天ツ上の転移現象の影響を受けることになった。

 

転移の日、その日は夜も更けていたため炭鉱には誰もおらず、そのまま転移現象を目の当たりにした。そして、彼らにも光る夜を見ていたものもいたが、それを気にする余裕はなくそのまま炭鉱の仕事に戻ろうとした。しかし、その時に事件は発覚した。

 

 

「炭坑が塞がっている」

 

 

それは、突然の出来事だった。今までリフトでまっすぐ下に繋がっていたはずだった炭坑が、ぶっつりと真新しい岩で塞がっていたのだ。混乱する労働者、困惑する取締役。その答えは天ツ上政府から正式に国が別の惑星に転移したことを発表された時に思い知らされた。

 

──別の惑星に転移したから、炭坑が無くなった。

 

経営者はそう結論付けた。地層を調べてみたところ、かつて掘り進めていた炭鉱の地層ではないことが判明し、それを裏付けた。幸いにも、転移時は炭坑は休みの時間で誰もおらず、行方不明になった者がいなかったのは幸いだろう。

 

しかしその地層を掘ってみても、もう石炭も取れなくなっていた。これに取締役は落胆してしまった。何せ、事業であった石炭掘りが転移によってできなくなってしまったのだ。もう、この戦艦島には価値はない。そう言って大企業は早々にこの島から撤退しようとした。

 

しかし、労働者達は満足いかなかった。何せ、訳の分からない転移現象で炭鉱が無くなった挙句、取締役からも見放される羽目になったのだ。我慢ならない。取締役達は他の炭坑があるかもしれないが、労働者達は我が身もすがる思いでこの島にやってきたのだ。

 

 

「もう一度炭坑を掘らせてくれ!」

 

 

労働者達はそう言って取締役を説得した。もちろん、取締役はそれで何かが見つかるとは思っていない。だがそうでもしないと、労働者達の不満が爆発しそうで不味かっただけである。だが、その期待は良い意味で裏切られることになる。

 

 

「おいみんな!これを見ろ!!」

「こ、こいつは……!」

「親分!来てくれ!!」

 

 

炭鉱労働者の誰かが、光るものを発見した。

 

 

「間違いない……これはダイアモンドだ!!!!」

 

 

光る鉱石、透明な石炭。神秘の光を放つダイアモンドがその地層から見つかったのだ。労働者達が沸き立つ、抱き合ってその身を喜び合い、希望を持った。

 

さらに幸運は続く。炭鉱を深く掘り進めてみればさらに大量の、それもかなり良質で巨大なダイアモンド達がザクザクと出てきたのだ。尋常な量ではない、何十年、何百年という単位での埋蔵量が予測された。大企業はその話を聞いて、戦艦島に掌を返して舞い戻ってきたそうだ。

 

それから、戦艦島の運命は変わった。ダイアモンドは本土で高い値で売れ、その利益は労働者達の待遇改善をするだけの余裕を作り上げた。労働者達の生活は良くなり、次第に希望を持てるようになった。

 

さらに、その話を聞きつけて一攫千金を狙って労働者達はさらに集まった。鉄筋コンクリート製の建物はさらに増え、島の面積も大きくなり、人口は増えて豊かになっていった。

 

以後、戦艦島はダイアモンドの一攫千金を狙う労働者達が集まる夢の島になった。戦艦島という希望を持てなかった島は、転移がもたらした透明な石炭によって救われたのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

クワ・トイネ国内のとある海軍学校、クワ・トイネとの協定によってレヴァーム、天ツ上主導の元建てられた学校は数知れず。レベルの高い教育制度を受けられるとあって、学校には多くの学生が集まって勉強をしていた。

 

その中で、将来の海軍の卵達を育てるために作られたこの学校は、クワ・トイネの海軍増強計画に則って全力で教育が進められている。

 

今回の授業はレヴァーム、天ツ上における海軍史の勉強。いわば戦史の勉強だ。レヴァーム、天ツ上のいた世界の戦争の話を聞けるとあって、連日講義に多くの学生が参加する人気の授業だ。

 

 

「さて、教科書の340ページを開いてほしい。今回やる授業は前回の続き、中央海戦争の終結と淡島沖海戦だ」

 

 

天ツ上から派遣された天ツ上人の教授が、この戦史の授業を担当している。彼は整った顔立ちをしていて、生徒に人気の教授であった。

 

 

「中央海戦争、淡島沖海戦。中央海戦争の決着をつけることとなったこの戦いは、今の歴史に残っている。今日の授業は、この戦いの経緯を順を追って説明しよう。

 

中央海戦争と呼ばれる神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の全面戦争は、序盤天ツ上の優勢で電撃的侵攻を続けていた。

 

しかし、エスト・ミランダ沖海戦で帝軍は正規空母……前回話した飛空機械を載せてた発艦着艦ができる飛空艦のことだな……それを6隻のうち4隻を失う大損害を蒙り、熟練飛空士を多数失って敗走してしまった。その後は、国力に勝るレヴァームがこの戦争の主導権を握り始めた。

 

何せ、当時のレヴァームの国力は天ツ上の十倍。天ツ上が戦争に勝つにはレヴァームが本気を出す前に電撃戦で肩をつけるしかなかったけれど、正規空母を失っては敗走するしかなかったんだ。

 

ここまでは前回の授業で話したよな?今のはおさらいだ。

 

そしてついに、ヴィルヘルム・バルドー率いる皇軍バルドー機動艦隊は、天ツ上本土攻略に動き出した。既に攻略した伊予島を足がかりとして、天ツ上最大の拠点淡島の攻略を開始した。これに対し、帝軍大本営は『急一号』作戦を発動。陸軍と海軍総出で防衛体制を整える事にした。

 

けれど、天ツ上はエスト・ミランダ沖海戦やトレバス環礁防衛戦にてすでに正規空母や熟練飛空士を失っていて、バルドー艦隊と真正面から艦隊決戦を挑めるほど満足いく戦力は揃えられていなかった。

 

残された希望は生き残った正規空母の『雲鶴』『真鶴』、そして超弩級戦艦『飛騨』『摂津』だけ。とてもじゃないが、普通の戦いでは確実に負けてしまう。

 

そこで帝軍は淡島、太刀洗湾への上陸作戦を開始しようとするバルドー艦隊へ対し、まず第三艦隊『雲鶴』『真鶴』が囮となって淡島の南方海域へ航空戦力を釣り上げて、その隙に『飛騨』『摂津』を中心とする第一遊撃艦隊が太刀洗湾へ突入し、皇軍艦隊を一掃して、海兵隊の乗る輸送艦隊を撃滅するという作戦をとったのだ」

 

 

教授は教科書を開きながら解説を続ける。

 

 

「先生。質問ですが、その作戦では帝軍側にもかなりの被害が出てしまうのではないでしょうか?」

 

 

海軍学校のエルフ耳の生徒が、思わず質問した。

 

 

「良い質問だな。その通りだ、唯一残った二隻の正規空母を囮にして、虎の子の弩級戦艦二隻を水上特別攻撃に使うのは、もはや連合艦隊に選択肢が残っていなかった証拠でもあるんだ。

 

バルドー機動艦隊には勝てない。しかし、相打ちになら持ち込める。帝軍は初めから勝てる見込みを捨てるしか、道が残されていなかったんだ。

 

話を続けよう。バルドー艦隊はアイレスVや爆撃機、雷撃機を含む1500機にもなる航空部隊を淡島に向けて攻撃を開始した。太刀洗飛空場から飛び立った真電改50機を30分かけて倒し、三日に渡って太刀洗要塞や市街地に攻撃を仕掛けた。

 

そして、無力化した太刀洗湾へ、まず皇軍護衛艦隊を突入させた。飛空戦艦4、重巡空艦6、軽巡空艦6、駆逐艦10にもなる大艦隊だ。上陸船団に先駆けて湾内に展開すると艦砲射撃を二日間かけて満遍なく投射した。

 

そして、いざ上陸部隊が上陸しようとした時に皇軍の哨戒機から旗艦グラン・イデアル戦闘指令所へ、「帝軍機動艦隊発見」の一報が入った。それは、三好司令官率いる帝軍第三艦隊だったんだ。

 

三好艦隊はわずか13機の真電改と共にバルドー艦隊に向かっていった。わずかしかない戦力、その隙に『飛騨』『摂津』を含む水上特別攻撃戦隊、第一遊撃艦隊こと『八神艦隊』は刻々と決戦海域に突入していった。

 

ここまでは作戦は異常だが、その運びは至って普通だったんだ。

 

三好艦隊に食らいついたバルドー艦隊は1500機全ての攻撃隊を三好艦隊に差し向けて、直掩機だけを残した。そして、そのバルドー艦隊に三好艦隊から発艦した13機の真電改がバルドー艦隊に到達した。

 

けれど、ここでバルドーは愚策を取ってしまったんだ。なんと、バルドーは敵戦空機隊をあえておびき寄せる格好で布陣を取り、ショーを開始したんだ。

 

直掩機戦空機隊を、空に檻を作るかのように布陣させ、戦空機隊をおびき寄せた。それは、バルドーが天ツ上人が死ぬのをこの目で見たいからだけではなかったんだ。

 

帝軍には、とある腕利きの飛空士がいた。異名を『ビーグル』と言って、戦争序盤から多くの戦果を挙げていた撃墜王だ。バルドーは彼と皇軍のエース飛空士である『海猫』とどちらが強いか試してみたくなったそうだが、真相はわからない。

 

そして、海猫とビーグルの一騎打ちが始まった。戦闘は飛空機械の性能で若干上回っていた海猫が優勢だった、追い立てられるビーグルに海猫は食らい付いていった。

 

前の授業で行ったが戦争序盤は真電はその圧倒的な性能で皇軍飛空隊を追い詰めていった。けれど、戦争終盤で皇軍機は自動空戦フラップの導入で真電改を凌駕する性能を得ていたんだ。

 

その空戦は騎士同士の決闘のようだったと生き残りの海兵は語っている。互いが逃げられない檻の中で雌雄を決し合う、そんな戦いが現代戦で起きたんだ。

 

けれど、ビーグルは不利な中でも諦めなかった。そして、最後は二人の大技である『左捻り込み』を繰り出して合って空戦技能を競い合ったんだ」

 

 

生徒達はいつの間にか、その戦闘の模様を食い入るように聞いていた。クワ・トイネでもまだ騎士の文化が残っている、レヴァーム、天ツ上の世界で飛空機械を使って騎士の決闘が行われた事に皆静かに興奮している。

 

 

「そ、それで……どちらが勝ったのですか?」

 

 

思わず、ドワーフの生徒が質問した。

 

 

「最後はビーグルが勝った。ビーグルは左捻り込みを3回も繰り返して海猫の後ろを取り、一撃をたたき込んだんだ。

 

それだけじゃない、海猫を倒された皇軍にもはやビーグルを止める術はなかった。直掩機は落とされ、近接信管付きの砲弾は届かず、誰も予想できなかったビーグルの勝利にバルドー艦隊は支配されていったんだ。

 

そして、ビーグルは最高の嫌がらせをバルドーにけしかけた。なんと、太刀洗湾に突入しようとしていた『飛騨』『摂津』を呼び込んだんだ。八神司令は苦渋の決断ののち、ビーグルを信じて反転してバルドー艦隊を追ってきてくれたんだ。

 

そのあとは壮絶だ、ビーグル自らが着弾観測を行なってバルドー艦隊を襲い始めた。飛騨、摂津の50センチ砲弾はグラン・イデアル級空母では耐えきれず、一撃で轟沈していったそうだ。

 

そこから戦いの女神様は運命を変えていった。

 

飛騨、摂津は護衛艦隊からの攻撃を受けながらも懸命に砲撃を続けて、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()その間に飛騨、摂津はかなりの被弾をしていたが、それでも懸命に砲撃を続けていった。

 

そして、空母二十隻全てを沈められた皇軍残存艦隊は退却し、一目散に逃げ帰っていった。そして、飛騨、摂津は損傷しながらもまた太刀洗湾を目指して進軍していったんだ。

 

そして、太刀洗湾で皇軍護衛艦隊と熾烈な砲撃戦に入り、17発の直撃弾を受けて摂津が沈んでいった。それと同時に皇軍護衛艦隊は弾丸がなくなり、あとは飛騨率いる帝軍艦隊に一方的に全ての艦艇を海に沈められていった。

 

そして、飛騨の砲門が逃げ惑っていた輸送船団に向けられ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

けれど飛騨も無傷ではなくて、飛騨は損傷が激しすぎてまともに航行するのですらままなってしまった。仕方なく、帝軍は戦闘が終わった後に弾薬庫に残った砲弾を爆発させて()()()()()()()()()乗組員達は涙を流しながら飛騨の最後を見送ったそうだ。

 

こうして、バルドー機動艦隊の壊滅とヴィルヘルム・バルドーの死が皇国に伝えられると、実権を握っていたファナ・レヴァーム執政長官は天ツ上外務省へ休戦を申し出たんだ。これにて、中央海戦争は終結した」

 

 

生徒たちが唖然とした。まさか、圧倒的に不利だった状況から、まさかここまで善戦するとは彼らからも想像できなかった。それほどまでに、レヴァームと天ツ上のいた世界は壮絶だったのだと思い知らされた。

 

 

「その……ビーグルという飛空士の名はなんというのです?」

「ビーグルの名前か?その飛空士の名は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──千々石武雄という」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

春風が漂う春の空、季節は夏に近づきつつあり気温は上がって雲も大きくなってきている。春ももう直ぐ終わり、次は夏だ。季節の移り変わりはこの世界に転移してきても変わっていない。

 

帝政天ツ上の大牟田飛空場にひとり、清楚な佇まいの女性が佇んでいた。水色のブラウスに白のスカート、麦わら帽子。すらりとした肢体にきりりとした顔立ちの、美しい女性。

 

彼女は天ツ上の国民的歌手、水守美空。本名を吉岡ユキという女性である。

 

ユキはじぃっと滑走路に立って、空を見上げていた。五月である。レヴァームと天ツ上がこの世界に転移してきてから四ヶ月が経とうとしていた。

 

ユキの傍には帝軍複座偵察機『彩風』があった。ユキはこの機体に思い入れがある、いつの日かトレバス環礁でとある飛空士と共に遊覧飛行をしたのと同じ機種だからだ。程なくして、彼女は待ち合わせをしていた飛空士が大股で歩み寄ってくるのを見かけた。

 

 

「タケちゃん、遅い!」

「すまない、待たせたか?」

「もう十分ってくらい待ったよ。さあ、行こうよ」

「ああ」

 

 

『タケちゃん』と呼ばれた飛空士、武雄は彩風の前席に乗り込み、ユキの手を引いて彼女を後部座席に乗り込ませた。そして、彼女につられるようにして幼い子供が1人、ユキの後部座席にちょこんと座った。

 

前席の武雄がDCモーターのプロペラを轟かせた。彩風はゆっくりと滑走に入る。異世界の空に、武雄達はゆっくりと舞い上がった。心地よいプラスGが三人の体にのしかかる、高らかなプロペラ音を三人のファンファーレのように轟かせ、彩風はゆったりと高度を上げていった。

 

高度3500メートルで武雄は巡航に移った。眼下には、異世界の海が青々と光り輝き、見たこともない生物達が海を泳いでいる。改めて、ここが異世界だと実感できる。

 

やがて、その海のはるか彼方に一つの島が見え始めてきた。断崖絶壁のようにそびえ立つ、一つの戦艦のような島であった。

 

 

「見えたぞ、戦艦島だ」

「わぁ……」

 

 

見えた戦艦島は、彼らが13年前に過ごしていた時と打って変わっていた。島の面積は大きくなり、鉄筋コンクリート構造の建物も真新しくなっている。眼下に見下ろす街には活気あふれる人々が行き来している。

 

 

「戦艦島も変わっちゃったね」

「ああ」

「でもタケちゃんは変わってない。世界がまるっきり変わっちゃったのに、タケちゃんはあの時のまんま」

「そのほうがいいだろう、ころころと心変わりがするよりはいい」

「ふふっ、それもそうだね」

 

 

そう言ってユキは膝の上で子供を抱きながら、そうしみじみと語った。

 

 

「ねぇ、タケちゃん?」

「なんだ?」

「なんで天ツ上は異世界に来ちゃったのかな?あの世界でも生きていけたはずなのに、どうしてこの世界に来ちゃったんだろ?」

 

 

ユキはひっそりと疑問を口にした。

 

 

「そうだな……原因は分からんが、これは俺たちに対する試練なのかもな」

「試練?」

「ああ。俺たちが後世の人々に誇れるくらいに生きれるかどうか、試しているのかもな。俺たちが、その子達の為にあの戦争で戦ったのと同じように」

「…………」

 

 

そう言って、バックミラー越しに武雄はユキの膝の上で手遊びをする子供を見た。そして微笑む、後部座席で向かい合わせだが、自分の子供というのは見てると自然と笑顔が溢れるものだ。その子の名は吉岡武雄、まだ幼い無口で幼い頃の武雄によく似ている。紛れもなく、その子は千々石武雄と吉岡ユキの子供であった。

 

かつての撃墜王、千々石武雄はユキと結婚していた。淡島沖海戦のあの時、千々石はグラン・イデアルの艦橋に突っ込む前に、ユキの歌声が聞こえたのだ。それから運命の神様は千々石の運命を変えた。

 

彼は、艦橋に突っ込む直前で真電改を降りてそのまま海に飛び込んでいったのだ。体はもうぼろぼろだったが一命を取り止め、皇軍に救出されていった。

 

それから数年。千々石武雄はユキと仲慎ましい家庭を築き始めていた。

 

 

「ねぇ、タケちゃん」

「なんだ?」

「プロペラって、今止められる?」

「少しなら、問題ない」

 

 

そう言われるまま、武雄はプロペラを止めた。彩風はゆったりと翼を広げ、大空を滑空する。澄み切った青空が、風防越しに重なっている。かつて千々石武雄が愛した、自由で優雅な空だった。ユキは目を閉じる。

 

 

わたしが空を飛べたら あなたのいる海へ

かもめにあなたの居場所を尋ねて いくつもの雲の峰を越え

あなたの船を見つけたら こっそり帆影で憩うわ

背中だけ見てる 言葉はかけない つれない返事しかもらえないから

あなたが見ているのは水平線と 果てのない空ばかり

だから祈りだけ あなたへ届けよう

 

あいしてる

あいしてる

 

永遠に

 

あいしてる

 

 


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