とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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ムー編は二つに分けます。
パーパルディアとの接触を後回しにしていますが、この理由は後々。


第28話〜ムーその1〜

艦隊司令官マルコス中将の航海日誌

 

我々はアルタラスでの4日間の滞在ののち、駆逐艦一隻と外交官の一部を残して再出発した。一路、西へと向かい続けて航海5日目には第一文明圏と第二文明圏との間の海域に到達することができた。

 

我々はそこで今後の艦隊の進路について会議を開くことにした。我々にはある程度の独自行動圏が与えられている。ここで、二つの文明圏に同時に接触するのが吉だと私は思っている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「艦隊をここで二分しようと思う」

 

 

航海5日目。戦艦エル・バステルの艦隊会議室にて、マルコス長官はそう言って艦隊の方針を語った。

 

 

「どういうことでしょうか?ここで艦隊を二つに分けるのですか?」

 

 

ボル・デーモン艦長、レオナルドが思わず質問した。ここで艦隊を二つに分けるのは、彼から見たら得策ではない。そもそも必要がないからだ。この艦隊が砲艦外交を目的としている以上、大艦隊である必要が常にある。相手国に舐められないようにするのがこの艦隊の役割であり、それを二分するとすれば威圧感は半減する。そんなリスクを冒してまで艦隊を二つに分ける必要があるのだろうか?

 

 

「ああ、そうだ。実はな、アルタラス王国と接触した時、アルタラスの海軍にかなり警戒されてしまったんだ。25隻にもなる大艦隊は少し過剰すぎた、私は今後相手を威圧しすぎないように艦隊を二つに分ける必要があると思っている。この艦隊は相手から舐められないようにするための艦隊で、相手を威圧するためのものではない。二つに分けても、存在感は変わらないからな」

 

 

と、マルコス長官はそう言って理由を語った。いくら砲艦外交が目的とはいえ、相手を不用意に威圧しすぎて戦闘にでもなったら外交チャンスはなくなってしまう。それでは逆効果だ。25隻にもなる大艦隊は少し過剰すぎた、半分に分けるというのも納得がいく。

 

 

「それに、艦隊を二分すれば第一文明圏と第二文明圏の二つと同時に接触できる」

 

 

そう、二つの文明圏に同時に接触できるというメリットもある。そこまで理由を聞かされて、反対するものは艦隊にいなかった。全員が「異議なし」と答え、第一使節団艦隊は二分されぬことになった。

 

 

編成

 

第一使節団艦隊第一分隊

第一文明圏行き

戦艦エル・バステル

空母1

重軽巡空艦3

駆逐艦7

 

第一使節団艦隊第二分隊

第二文明圏行き

戦艦1

空母1

重軽巡空艦2

駆逐艦8

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空。

 

蒼穹の蒼き空、この空は自分たちのものだ。ムー機動部隊第二艦隊所属の飛行隊長、メルマティアは『マリン』を操ってこの空を飛ぶのが好きだった。まるで、この蒼く青く染まったキャンパスを自分たち1人で独り占めしているかのような錯覚に落ち入れるからだ。

 

空をキャンパスに例えるのはなんとも粋な比喩だと思う。果てしなく広がる無限の青い空には分厚い雲が浮かび、その隙間から青々とした美しい海が見え隠れする。

 

メルマティアはこの光景が好きであった、幼い頃から空に憧れていた彼は飛行機械がムーで発明されてからというもの、あっという間に空を飛んでいた。それだけ、彼を突き動かした空は魅力的であったのだ。

 

 

「こちらメルマティア隊、付近に異常なし。演習飛行を続けます」

 

 

マリンに搭載された無線で母艦であるラ・ヴァニア級航空母艦『ラ・トウエン』に連絡を入れる。遠く離れた場所にまで通信できるこの無線機は、たまに雑音が入るものの精度が良く重宝されている。この通信機は、列強の魔導通信機に触発されて作られたものだ。ムーは列強の魔導技術もある程度研究しているため、このような装置も存在している。

 

ラ・ヴァニア級航空母艦は、ムー海軍が列強の竜母に対抗するため作られた海上戦力だ。この世界で唯一と言っていい科学技術式の戦闘機を搭載するためにムーが開発した近代的な航空母艦で、本級は前級のラ・コスタ級航空母艦のマイナーチェンジ版である。マリン戦闘機を30機積むことができ、艦隊の防空はバッチリである。

 

今回、彼らは第二艦隊の演習航海に先立ち、マリン戦闘機を用いての演習飛行に入っていた。メルマティアにとって初めて隊を率いての飛行、少しだけ緊張する。

 

 

「?」

 

 

メルマティアはその自分たちだけの空に、ポツンと黒い影を見つけた。太陽の光を反射しているのか、ぴかりと光っている。

 

 

「なんだあれ?」

 

 

この海域には、自分たちの隊以外には飛んでいる者はいないはずだ。そらなら、あれはなんだろうか?海鳥にしては大きすぎるし、なんだか早く近づいているようにも見える。

 

 

「こちらメルマティア隊、所属不明機を確認。これより確認する」

『了解、貴隊は接触されたし』

 

 

なんだか見当がつかない、この辺りにはワイバーンは飛んでいないし、航続距離も足りない。それに、さっきの光は金属反射によるものだと推測できる。それならば、あれは生物ではない。いよいよ見当が付かなくなってきた。やがて、光の粒のように見えた飛行物の全容が明らかになる。

 

 

「あ、あれは……!」

 

 

それは、鋼鉄の塊であった。ピンと貼ったカモメのような翼に、真っ青な海に溶け込む機体色。青色の胴体に盾に剣が携えられたマークが描かれ、鼻先についた四枚の風車が高速で回転していた。尾には水平の羽を挟み込む様な垂直の二枚の羽が付いている。間違いない、あれは──

 

 

「飛行機械!!!」

 

 

その飛行機械とすれ違う。とんでもない風圧が野ざらしの操縦席に降りかかり、飛行眼鏡に吹き付ける。

 

なぜだ?飛行機械はムーでしか発明されていないし、使われていないものだ。あの飛行機械は見たこともない形状をしていて、見慣れた複葉機ではなく単葉機だ。それだけでも驚きを隠せない。

 

 

「こちらメルマティア隊!確認した未確認機は飛行機械だった!繰り返す!飛行機械だ!」

『なんだって!?メルマティア隊、現状を報告せよ!』

「未確認飛行機械は東へ逃走!早すぎて追いつけない!!」

 

 

驚きはそれだけではなかった、未確認機はそのまま東へ逃走すると、マリンの追従を許さない速度で引き離していった。あのムーが誇るマリン戦闘機が、追いつけないなんてこと、あり得るのだろうか?

 

 

「くそっ!あっちの方向は艦隊が……」

 

 

メルマティア隊は全ての機体総出でその未確認機を追った。しかし、やはりというべきか追いつけない。と、もやもやしていたところに特徴的な機械音が響いた。機体に搭載している通信機の電子音だった。

 

 

『あーあー、こちら神聖レヴァーム皇国使節団艦隊所属サンタ・クルス二号機。ムー海軍飛行隊、聞こえたら応答願う』

「へ?」

 

 

メルマティアは呆気にとられた。その接触が、ムーの歴史を変えることになるとは尺も思わず。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

晴天。

 

雲はまばらに浮かんでいるだけで、視界は極めて良好である。ムーはまもなく秋になり、木枯らしが吹き始めていた。獣達は冬眠の時期に入り、人間達はそろそろ上着を重ね着し始める時期だ。

 

そんな寒空の下、技術士官のマイラスは、軍を通したムー外務省からの呼び出しを受けていた。寒空の下でスーツを身に纏い、白い暖かな息を吐きながら、機械文明ムーが発明した『自動車』と呼ばれる内燃機関搭載車両に乗り込む。

 

呼び出し先は、空軍基地が敷設されている民間空港、アイナンク空港だった。列強のムーには民間の航空会社が存在する。もちろん旅客機も存在しており、保有数こそ少ないが結構な規模を誇る。しかし、ミリシアルの民間飛行船舶会社には規模で負けており、飛行機はまだまだ富裕層のみが使用するものであった。

 

因みに、民間の航空会社はマイラスの知る限り神聖ミリシアル帝国とムーだけが成り立たせている。これはもはや、列強上位国の証のようなものだ。

 

車で揺られること数時間、空港の周りの市街地にはもうすでに秋の空模様が滲んでおり、紅葉が目立つ。そして、アイナンク空港の控え室に到着するとそこには軍服を着た人間種の男、マイラスの上司にあたる人物が外交官を伴って入ってきた。

 

 

「おお、来たかマイラス君……紹介します、彼が技術士官のマイラス君です」

「はじめまして、技術士官のマイラスと申します」

「我が軍一の技術士官で、この若さにして第一種総合技研の資格を持っています」

 

 

マイラスは慣れない笑顔を作って外交官に挨拶する。こういう愛想笑いは本当に慣れないものだ。普段は日陰者の諜報機関に所属している都合上、こうやって他の人間と挨拶することは少ない。改めて、情報通信部という不遇の部署を少し恨む。

 

 

「かけたまえ」

 

 

一同はそこそこ上質なソファに腰をかける。

 

 

「君を呼び出した理由だが、端的に言うと、とある国の技術水準を探って欲しいのだよ」

「……()()()ですね」

「そう、()()()だ」

 

 

そう言って、彼らは窓の外を全員で見た。そこには、巨影が晴天の空を覆い尽くしていた。晴天の青々とした空は巨大な影に塗りつぶされ、巨大な鉄の塊が悠々と空を支配している。空を総ていたのは、鋼鉄の飛行機械だ。

 

先日、ムーの東側の海上にて謎の艦隊が姿を現した。航空母艦と戦艦を1隻づつ伴う立派な大艦隊であった。その日、ムーは建国以来の大騒ぎとなった。接触した海軍機からの情報で空母には甲板上に航空機が多数配置されているのを確認しており、艦隊は完全武装をしていると見られたからだ。

 

更に、情報は熾烈を極めた。その空母艦隊は空を飛んでいたのだ。そう、文字通り空を総ていた。まるで飛空船のような偉容で空を悠々と泳いでいたのだ。

 

ムー軍司令部は更に混乱した。飛空船のような空母を伴っての艦隊行動、これは明らかな宣戦布告だとそう捉えた。そしてついには付近で演習をしていたムー海軍第二艦隊に全力攻撃命令を出そうとする寸前まで行った。

 

しかし、その命令は次の報告で取りやめられることになった。

 

 

「神聖レヴァーム皇国、帝政天ツ上と名乗る二つの国が国交開設を求めている」

 

 

それが、接触をしたメルマティア隊の報告だった。これにより熱が覚めた軍司令部はひとまず、第二艦隊にかの艦隊の臨検を命令するにとどめた。

 

そして、臨検してみれば更に混乱は広まってゆく。何と、その艦隊からは魔力探知機が一切反応しなかったのだ。飛空船といえば魔法文明で使われているもののみで、ムーには初めから浮かぶ設計で作られた()()()しかない。しかし、その艦隊は飛空船のように船そのものを浮かべている外見をしており、そしてどこからどう見ても鉄でできていると言う。

 

鋼鉄でできた飛空船が存在し、あまつさえ魔力探知機に反応しないとはどう言うことか?答えは一つしかない、かの船は機械動力で空を飛んでいると言う事だ。

 

更に混乱は続く。軍司令部からのパスを受けて外交対応をした外務省は、ムーの技術的優位を見せつけるために会談場所をここアイナンク空港に指定した。直接対応をした軍部と違って、外務省の面々は空飛ぶ飛空船の事は聞かされておらず、「ワイバーンのいない蛮族」と考えていたのだろう。技術的優位を立てるためにアイナンク空港を指定したのはそれが原因だ。

 

しかし、彼らはいくつかの質問をすると、何と空母のうちの一隻をそのまま回航させたのだ。空港の規模や設備から着陸できるだろうと思われていたために回航してきたらしい。しかし結局アイナンク空港に飛空船空母を駐機しておく場所がなく、仕方なく近くの敷地外に止まることにしたのだ。これには、外務省の面々は度肝を抜かされた。

 

そして、その空母は今もアイナンク空港に留まっている。その偉容は待合室にいるマイラスからもよく見える。

 

 

「マイラス君、君はあの巨大飛空船をどう見る?」

「そうですね……号外が出てから何日も考え込みましたが、どう考えても飛行力学を無視しています。どうやって飛んでいるのかはわかりません」

 

 

この出来事はムーの号外にデカデカと載っていた。はじめ、マイラスがこの記事を読んだときはあの時魔写されたエル・バステルという飛空船を思い出し、椅子からひっくり返った。しかも、接触してきた国の名前はレヴァームと天ツ上という。まさしく正真正銘自分達が調べていた国の名前だとわかり、今回の命令ではすぐさま飛んでいった。

 

その間もあの飛空船が科学のみでどうやって空を飛んでいるのかを考えていたが、答えは出なかった。どう考えても飛行力学を無視しているし、それができるのは魔法文明だけだ。もしかしたら、マギカライヒ共同体のように魔法と科学を併せ持った文明なのかもしれないが、それでもわずかな反応ですらないのは首を傾げる。

 

 

「うーむ、そうか。大使の説明では、レヴァームと天ツ上は第三文明圏フィルアデス大陸の更に東に位置するらしい。だとすると文明圏外だが、あの飛空船の技術はパーパルディア皇国を明らかに超えている。相手国との会談が行われるまで、彼らを観光に案内し、彼らの技術力を探って欲しいんだ」

「分かりました、やってみます」

 

 

正直言って胃が痛かった、科学文明のみであれほどの飛空船を作れる相手ともなれば、技術力はムーよりも高い可能性がある。そんな相手の技術力を探ってくれと言われても、あれをみればレベルはわかるはずだ。

 

だが、前向きに考えてみれば技術者魂がそそられる仕事である。ムーでもたどり着けなかった空飛ぶ船という境地に、彼らは踏み込んでいる。その技術力を間近で見れるとならば、技術者として意欲がそそられないわけがない。

 

空港に出ると、そこには昨日から人だかりができていた。整備班の技師、飛行機関開発主任、管制官など、基地の要員が全て集まっているように見える。

 

 

「本当に空を飛んでいるな……」

 

 

情報分析の時にも写真で見ていたが、実物を見るとやはり本物だと理解できる。甲板がやけに広く作られているあれは、おそらく空母なのだろう。話によれば、小型艦クラスや大型艦クラスの艦艇も空を飛んでいた事からかなりちゃんとした艦隊を組めるようだ。

 

よくみれば、飛空船の側面に垂直に立てられたプロペラのようなものが回転し続けている。まさかと思うが、あんなプロペラで空を飛ばせているのだろうか?だとしたらとてつもない出力のエンジンが必要になる。それを製造できるとなれば──

 

 

「何という技術力!!」

 

 

それだけ彼らは高い技術力を持っているということの証拠になる。マイラスは思わず冷や汗を流してその場に立ち尽くした。

 

 

「あの?どう致しましたか?」

 

 

と、傍から声をかけられた。振り返れば、そこには飛行服を着た1人の飛行士らしき人間がキョトンとした表情でそこに立っていた。どうやら自分の叫びを聞かれてしまったようだ。マイラスは少し赤面しながらその飛行士に向き直った。

 

 

「あなたは……」

「失礼しました。自分はムー海軍第二艦隊所属メルマティア飛行隊長メルマティアです」

 

 

メルマティアと名乗るその飛行士は、ビシッとした敬礼でマイラスに挨拶をした。研ぎ澄まされた、いかにも軍人らしい敬礼であった。

 

 

「ああ、あの艦隊と接触したという」

「はい、少しでも役立てたらと思い、情報を伝えに参りました」

 

 

彼は、直接使節団の艦隊と接触を果たし、艦隊を誘導してきたらしい。その飛行士から生の情報を得られるというのは、事前情報としては申し分ない。

 

 

「こちらが、あの空母を上空から写した写真になります」

「こ、これは……!」

 

 

その写真には、平べったい飛空船空母が映し出されていた。その甲板上にいくつもの飛行機械達がきれいに載せてある。その飛行機械達に、マイラスは見覚えがあった。諜報部からもたらされたレヴァームの写真にあったアイレスVとかいう戦闘機だ。

 

 

「やはりそうだったか……」

「?、何がです?」

 

 

と、また独り言を聞かれてしまったようだった。マイラスは少し恥ずかしく思いながらも訂正する。

 

 

「い、いえ……なんでもありません。それよりも、この飛行機械と戦うことになったら、あなた達は勝てますか?」

「…………」

 

 

と言うと、メルマティアは黙り込んでしまった。不安げに腕を組み、項垂れる。

 

 

「……わかりません。最初に接触した偵察機でさえマリンを凌駕する速さを持っていました。戦闘型となれば、どんな性能を秘めているのか分からないです。ですが、ムー海軍の意地をかけてあの飛行機械に()()()()()()()()()

「…………」

 

 

マイラスはその言葉に絶句した。「勝って見せる」と言うことは相手の性能が上すぎて、精神論に頼らなければならないと言うことに等しい。間近で見ていた飛行士ですらこうなのだ、マイラスは相手の技術力は計り知れないと感じた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空軍詰所の応接室へ向かうマイラス。しかし、彼の足取りは重く感じている。原因は言わずともがな、あの飛空船と甲板上の飛行機械達である。

 

あれだけの飛空船を機械動力だけで浮かす事は、ムーではエンジン出力の不足で作ることは不可能だ。少なくともエンジンの製造技術力は彼らの方が高い。それは、認めなければならない。

 

おそらく、最新鋭戦艦『ラ・カサミ』ですらレヴァームのあの写真に写っていた『エル・バステル』よりも劣るだろう。しかしムーにはまだ超高層ビルやマリン戦闘機、そして極めて優秀な飛行士達がいる。まだ勝算はある、自分のやれることはある。そう前向きに考えてマイラスは応接室の扉をノックした。

 

 

「どうぞ」

 

 

マイラスが扉をゆっくりと開けると、3人の人間種の男性がソファから立ち上がって挨拶をしてくれた。

 

 

「はじめまして。会議までの間、ムーをご紹介させていただきます、マイラスと申します」

「神聖レヴァーム皇国外務局、アメルと申します。ムー国をご紹介していただけるとのことで、大変嬉しく思います。こちらは、帝政天ツ上の……」

「帝政天ツ上外務省の御園です。こちらは補佐の佐伯です」

 

 

お互いに握手を交わす。文明圏外国といえば、なにかと傲慢な態度を示したり、相手を下に見るような言葉遣いが多く見られる。しかし、彼らは文明圏外とは思えないほどの丁寧で、落ち着いた態度だった。そのことについてマイラスは安堵する。

 

 

「それでは、我が国のご案内をさせていただきます」

 

 

マイラスは彼らを連れて空軍基地の格納庫に連れて行った。格納庫に入ると、そこには1機の飛行機械が佇んでいた。全体が白く、青のストライプが施され、細部まで磨かれてよく整備されている。今回の紹介にあたり、対抗心を燃やした整備士たちによって特別に整備したマリン戦闘機であった。

 

 

「こちらは、我が国で『飛行機』と呼んでいる飛行機械です。この飛行機は我が国最新鋭戦闘機の『マリン』と言います。最高時速はワイバーンロードよりも速い380キロ。前部に機銃……あー、火薬の爆発力で金属の弾を飛ばす武器ですね。これを二丁搭載し、1人で操縦可能なように設計されています。格闘性能もワイバーンロードよりも上です」

 

 

文明圏外国の人間にもわかりやすい、自信満々の説明であった。おそらく無駄な気遣いだろうが、これなら飛行機や機銃のことを分からなくても何となく「凄い」と理解することができる。

 

しかし、彼らは口をぽかんと開けると、「ほぉ〜」と感心したような言葉を発している。この反応は一体なんだろうか?

 

 

「ほほう、複葉機なのですか」

「御園さん、アメルさん、見てください。空冷の星形エンジンを搭載した飛空機ですよ!六十七式艦戦やアイレスⅡ以前の複葉戦空機を見れるなんて!このレトロな感じがいいですねぇ。きれいに整備されているなぁ〜」

 

 

感心したような言葉遣いのアメルと、興奮したような感情を表に出す佐伯。3人の反応はそれぞれ違っていた。

 

途中、飛行機のことを「飛空機」と呼んだり「戦空機」という聴き慣れない単語が出たが、どうやら方言の違いなのだろう。

 

それよりもマイラスには佐伯が言っていた「六十七式艦戦」や「アイレスⅡ」という単語に引っかかった。さらに、「以前」や「レトロ」という、まるでマリンのような最新鋭戦闘機がまるで旧式であるかのような物言いも気になる。

 

 

(なるほど、レヴァームと天ツ上では飛行機の事を飛空機と呼ぶんだな。しかしまるでマリンが古いかのような物言いだ。まさか、あの低翼機は本当に存在するのか?)

 

 

マイラスの脳裏に、あの蒼い低翼機が浮かんだ。気になったマイラスは思わず質問してみる。

 

 

「アイレスⅡとは一体なんでしょうか?レヴァームと天ツ上にも、戦闘機があるのですか?」

「はい、アイレスⅡは我が国の旧式戦空機になります。六十七式は天ツ上の旧式機ですね」

 

 

レヴァームの外交官のアメルが、その質問に対応した。

 

 

「なるほど……あの、失礼ですがあの空母の甲板上に乗っていた飛行機は……」

 

 

それを聞くと、アメル達3人が互いに目配せをして伺っている。

 

 

「……どうしましょう?」

「マリンの性能を開示していただいたので、こちらも開示するのが最善かと」

 

 

アメルは御園にそう促した。

 

 

「あれはアイレスVと言いまして、レヴァームの最新鋭戦空機になります。最高時速は720キロ、武装は20ミリ機銃を四丁ですね」

「え!?」

 

 

御園の口から、とんでもない性能が絞り出された。720キロ、というのはもはやプロペラ機が出せる限界速度に近い。それを飛ばすためにどれだけの高出力エンジンが必要なのだろうか?計り知れない。計算によっては二千馬力は必要なのではないだろうか?

 

 

(やはり高性能エンジンを所有しているのか!!)

 

 

驚いてばかりではいられない、これは探りを入れた甲斐があった。マイラスはさらに深く掘り下げることにする。

 

 

「ははは……どうやら貴国は相当な高性能エンジンを所有しているようですね……」

「はい、我が国には飛空機のDCモーターや飛空艦の揚力装置など、様々なエンジンを所有しています。国交開設の暁には、それらの技術の輸出も検討しておりますゆえ」

 

 

DCモーター?、今彼はモーターと言っただろうか?聞き間違いかも知れないのでマイラスはもう一度質問した。

 

 

「モ、モーターですか?それは……コイルの磁気で回転するあの……」

「はい、モーターです。レヴァームと天ツ上の戦空機は電気で空を飛びますので」

「で、電気ぃぃぃ!!??」

 

 

アメルの衝撃的な言葉に、マイラスは戦慄した。ムー国のマリンなどの飛行機械は、内燃式レシプロエンジンを使用している。これは、出力と重さの兼ね合いによるものだ。出力の高い蒸気機関は、あまりに重く構造が複雑、しかも燃料に水と石炭が必要でさらに重くなるなど、飛行機械を飛ばすのには向いていない。そこで、軽くて軽くてそれなりの出力を出せる内燃式レシプロエンジンが最適なのだ。

 

しかし飛行機械が、電気で空を飛ぶなんてあり得た話ではない。ムーのモーターはもっぱら小さなものを動かすためのもので、ムーのモーターでは自動車ですら動かせない。それなのに、飛行機械を動かすにまで至るとは、レヴァームと天ツ上の技術力は尋常ではない。

 

 

「で、電気で空を飛ぶということは、電池はどうなっているのですか……?」

「電池は水素電池というものを使用しています。これはエネルギーを消費することなく海水を酸素と水素に分解できる触媒を内蔵し、蓄電・発電の双方が可能で……まあ、簡単に言えば海水から燃料を無限に作り出すことができます」

「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」

 

 

思わず大声を出してしまうマイラス。あまりの大声に使節団の3人は耳を塞ぎ、驚いたような表情で目を見開いた。

 

 

「も、申し訳ありません……あまりに驚いてしまいつい……ですが、なんなんですかそれは!?海水から燃料を作り出すなんて、船に搭載すれば無限に航行できるじゃないですか!?兵站の概念が壊れますよ!!」

 

 

思わず敬語を忘れて技術者魂全開で質問をするマイラス。その表情は驚きどころの話ではない顔をしており、身体中から冷や汗が滴っている。

 

ムー国にも燃料兵站の概念がある。ムーの戦艦ラ・カサミは内燃機関を搭載しているので、燃料は石炭ではなく重油になる。それでも航行能力としては燃費が悪く、航続距離もそれ相応に短い。レシプロエンジンを搭載したマリンも、液体燃料を使用しており、燃料費や燃料の補給はかなり重要だ。

 

しかし、今話された水素電池はどうだろうか?タダ同然にそこらへんの海に散らばっている海水から燃料を作り出し、それで発電して飛行機や戦艦を動かせるのなら、もはや燃料屋はあっという間に要らなくなる。船は無限に航行できるようになり、補給の必要もなくなる。そこらへんの海から燃料が取れるから、石油を採掘する必要もなくなる、戦争時に残りの燃料の心配をしなくて済む。

 

 

「はい、錬金術師が発明したこの水素電池はレヴァームと天ツ上に革命をもたらしました。我々の飛空艦はそれを搭載しているので、数万キロ離れたこの第二文明圏にもたどり着けたのです。おそらく貴国でも、革命が起きると思いますよ」

「な、な……な」

 

 

もはや言葉が出ない。彼らはその水素電池の恩恵を用いて遠く離れた第二文明圏にまでやってきたのだという。たしかに、報告では艦隊に補給艦は存在しなかったことが明記されており、航続距離が足りるのか疑問に思っていた。その答えが、まさかこんなめちゃくちゃな発明によるものだとは思っても見なかった。

 

衝撃的な発言でフリーズした頭を直し、格納庫の外へと誘導していった。格納庫で視線を技師達に移すと、顔が真っ青に染まっているのを見てなんともいえない気持ちになった。

 

空港の外には、ムーが誇る『自動車』を待機させていた。馬を使わない車両で、ガソリンを使用する内燃機関を搭載した、列強ムーの技術力の結晶だった。

 

しかし、彼らは驚くことなく飄々と乗り込んだ。やはりと言うべきか、レヴァームと天ツ上にも自動車が存在するのだと言う。それも、ムーからしたら想像もできない数だった。車で道路がいっぱいになるのではと思ったが、レヴァームと天ツ上には信号機と呼ばれる交通システムが存在するらしく、交通整理が発達しているという。

 

一行はそのままムー国内の高級ホテルに彼らを連れると、次の日にムーの歴史と海軍の一部を案内することを約束として、3人を見送った。

 

 


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