とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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第30話〜イルネティア〜

 

重巡空艦ボル・デーモン艦長レオナルドの航海日誌

 

我々第二分隊はムー大陸の第二文明圏の国々を回りながら国交開設の協議を重ねている。ボル・デーモンはムー大陸の外れ、イルネティア王国という国を訪問した。

 

残念ながら第二文明圏の列強、レイフォルという国はすでに滅んでいるので、国交開設はできなかった。支配をしている『第八帝国』と呼ばれる国家をレヴァームと天ツ上は警戒しており、接触は後回しにするように通達されているからだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

イルネティア王国。第二文明圏、ムー大陸から西側におよそ500キロ離れた位置にイルネティア島と呼ばれる島がある。総面積は天ツ上領土の淡島ほどの大きさで、自然にあふれている。

 

かのパンガダ王国と同様に、古くから西方国家群と第二文明圏をつなぐ要所として栄えている。しかし、パンガダのようなレイフォルの保護国ではなく独立した国家であることが大きな違いだ。

 

千年もの長い歴史を誇り、国民は比較的穏やかで穏和。王都キルクルスは交易品が行き交い、経済状況も豊かで街は活気にはあふれている。

 

 

「これより、王前会議を始めます」

 

 

その中心地、ランパール城の大会議室において、国の行末を決める会議が行われようとしていた。

 

 

「すでに資料には目を通していただいていると思いますが、記載の通り、我々の把握している西方国家群の半数以上がグラ・バルカス帝国の支配下にあります。パガンダ王国やレイフォルですら敗れ、さらに彼らは第二文明圏全体に対して宣戦布告をしています」

 

 

それを聞いて、何人かの重役達からため息が出る。このグラ・バルカス帝国の存在は各所で問題になっている。イルネティアは文明圏外だが、第二文明圏全体に宣戦布告をしているとなれば、その横暴さから言ってイルネティアにも戦火が及ばないとは考えられない。彼らが文明圏という枠組みを守るかどうかわからないからだ。

 

このグラ・バルカスの暴走の原因を作ったのはパガンダだ。グラ・バルカスは第二文明圏の国々と国交を締結しようとしたが、全て「レイフォルに行け」と門前払いを受けた。そしてレイフォルに行けば、「まずはパガンダに行け」と門前払いを受け、そして最後にパガンダに行けばなんと多額の賄賂を要求されたのだ。

 

これを拒否したところ、パンガダは帝国の皇族を含む数人を処刑した。それで堪忍袋の尾が切れた帝国はパガンダ王国を電撃的侵攻で占領、占領後帝国はパガンダ国民を軍民問わず虐殺をして周り、民族浄化をして回っている。余計なことをした自業自得だと、誰もが恨み節だった。

 

 

「グラ・バルカス帝国の使者が接触してくるのは時間の問題でしょう。レイフォルを落とすほどの実力を備えた国です。我が国はどのような対策をとるべきか、意思決定を行いたいと思います」

 

 

司会進行役の前説が終わると、イルティス13世が口を開いた。

 

 

「まずは西部方面軍に問いたい」

 

 

名指しされた西部方面軍ニズエルは、イルティスに顔を向ける。

 

 

「猛将と呼ばれた貴君に、私は信頼を置いているり貴君から見て、グラ・バルカス帝国が仮に侵攻してきた場合、どの程度戦える?遠慮なく頼む」

「はい、まず海軍に関しては……正直勝てると思わぬ方がいいでしょう。あのレイフォルですら敗れた国です、グラ・バルカス帝国に関しては我々は無知で、情報も少なく、正直言って作戦の立てようがありません」

「うーむ……そうか……」

「しかし、陸なら別です。陸上戦力は『地の利』と『数』が戦局を大きく左右します。地の利を得られれば、列強との兵器性能差もカバーできるでしょう。簡単に負けるつもりはありません」

 

 

彼の言っていること、それはつまり本土決戦である。上陸されることを前提に作戦を練り、本土にて戦う。そんな作戦だ、ただし大きな犠牲は避けられない。

 

 

「国が存続できる道はあるのか……?」

「…………」

 

 

王は重役達に疑問を投げかける。猛将ニズエルが厳しいというのであれば、正直言って勝てると思えない。防衛もできないかもしれない。不安に押しつぶされ、重役達は口をつぐむ。

 

 

「陛下、よろしいですか?」

「ビーリー卿?何か案があるのか?」

 

 

外交担当貴族であるビーリーが手をあげた。彼は貴族達の中でも有能な人材で、先見性に溢れている。外交官として国外にも顔が利き、一族代々イルネティア王家に仕え、王国が交易の要点として発展するように尽力してきた。その手腕を疑う者はいない。

 

 

「はい、我が国だけでグラ・バルカス帝国の侵攻を阻止することは、ニズエル将軍の話からしても至難の技なのでしょう。そこで、一国で無理ならばら他国を巻き込むのです」

「と言うと?具体的にどうやって巻き込むと言うのだ?」

「二つ案があります、一つは基地の提供。基地を提供した場合、その国は初期対応を早くできると言うメリットがあります。二つ目は軍事同盟の締結。もし第二文明圏や第一文明圏の国々を攻略する場合、グラ・バルカス帝国はまず我が国を攻めるでしょう。そこで我が国がわざと盾になって凌ぐことによって第一、第二文明圏の防波堤になるのです」

 

 

会議場に感化の声が響いた。今現在のところ、思いつく最善の策をビーリー卿が出してくれた、王国が救われる道がある、と誰もが希望を持ち始めた。

 

 

「して、どの国を巻き込むのだ?」

「それはですね……」

 

 

と、その時。会議室内の魔法照明がチカチカと点滅し始めた。それはまるでモールス信号のように一定のリズムを刻み、部屋を明るくしたり暗くしたりしている。

 

 

「ん?魔力切れか……?」

「違います!これはッ!!」

 

 

ニズエルが鋭く叫んだ。これは、緊急時に点灯する点滅信号だった。それが会議室内で点滅していると言うことは、場内全域で点滅しているはずだ。室内が騒然とする中、一人の兵士が駆け込んできた。

 

 

「何事か!!」

「報告します!王国北の沖合130キロにて巨大な飛空船が現れました!」

「ひ、飛空船!?」

 

 

会議室が一瞬で静まり返る。突然のイルネティアへの飛空船来訪。しかも、情報によればそれは鋼鉄でできていて空を飛んでいると言う。

 

 

「ま、まさか……グラ・バルカス帝国がもう攻めてきたのでは……!」

「まずいぞ!ニズエル将軍!我が軍で追い払って見せようぞ!!」

 

 

血気盛んな若手達が憤慨する。それも無理はない、何せグラ・バルカス帝国の兵器は未知数。空を飛ぶ兵器を所有していてもおかしくない。しかし、ニズエルは兵士からの報告の続きを聞いた。

 

 

「それで、どうなった?」

「はっ!海軍が臨検したところ、彼らは『神聖レヴァーム皇国』と『帝政天ツ上』の使者を名乗り、我が国と国交を開設したいと申しております」

 

 

それを聞いて、将軍達はシンと静まり返った。どうやら懸念していたグラ・バルカス帝国とは違うらしい。

 

 

「レヴァーム?天ツ上?」

「どこの国だ?聞いたことないぞ……?」

「こんな時に新興国家か……」

 

 

落胆、唖然。国の行く末を決めるかもしれない重要会議の途中で、面倒くさい相手が来てしまった。これで時間を取られれば、グラ・バルカス帝国対策は遅れてしまう。

 

 

「なるほど、新興国家か……会談を受け入れるように伝えよ」

 

 

しかし、彼らを追い返すわけにはいかない。イルティス13世はひとまずレヴァームと天ツ上の使者を受け入れることにした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

イルネティア王国、王都キルクルス。その郊外にて一人の娘が果実を運んでいた。ふんわりとした林檎の香りが、箱いっぱいに詰め込まれて鼻腔を突く。

 

運んでいる少女ライカはまだ14歳の年頃の娘だ。粗末で質素な格好、しかしそれでいて動きやすい服装を見に纏い、比較的短めに切りそろえられた髪形。全体的にはつらつとした印象を受ける。14という若さにしては、凛とした気高さを湛えていた。

 

 

「♪〜」

 

 

軽く鼻歌を歌いながら、果実を満載した箱を抱えて運び続ける。この箱は意外と重いのだが、こうして楽しそうに歌を歌えば気にならない。不思議なことである。

 

細身であるが、案外鍛えられた彼女の腕は白くふわりとしていて、すらりとした印象を受ける。年頃の少年がいれば真っ先に惚れるであろうその美貌だが、残念ながら彼女にその縁はない。

 

ライカが向かう先は王都郊外にある、とある竜舎だ。ライカにとってそこにいるとある竜の世話をするのが彼女の日課になっている。それほどまでに、彼女にとっては大切な存在なのだ。

 

 

「イクルス?ご飯を持ってきたわよ」

『あ、ライカ!わぁい〜ご飯だ〜!」

 

 

時刻は昼頃、生き物は食事の時間である。果物を持ってきて嬉しがるようにライカに語りかける風竜「イルクス」は頬をライカにすりかける。白くふわりとした羽毛に、巨大で立派な翼を持った生き物だった。

 

ライカはイルクスの世話をする人間であると同時に、イルクスの親友でもあった。イルクスが幼竜であった頃に彼女に助けてもらい、それ以来一緒に暮らしている。

 

幼竜はイルクスと名付けられ、成長してゆくにつれてなんと人間の言葉を覚えるに至った。今こうして念話でライカとイルクスは会話をすることができている。

 

 

「たくさん食べてね」

 

 

ライカは嬉しがるイルクスに果実の入った箱を与えると、イルクスは待ってましたとばかりに果実に食らいつく。雑食の風竜は果実であろうと何でも喜んで食べる。ライカはイルクスの食事バランスに気を使い、肉だけでなくこのような果実も与えている。

 

 

「?」

 

 

と、ライカの耳にイルクスが果実を頬張るシャキシャキとした音と共に、何やら聴き慣れない重低音が聞こえてきた気がした。ぐわんぐわん、まるで空を震わせるかのような大きな音であった。

 

 

「何かしら?」

 

 

ライカはたまらなくなって、外に出てみた。外の空は陽が照り付けて秋にしては暖かく、さらさらとした風が吹き付けている。しかし、その風の音が急に強くなったような気がした。まるで、空が何かに怯えて逃げ出したかのような。

 

 

「あれは……」

 

 

その時、空が影に満ちる。

 

太陽が遮られ、陽が指さなくなる。あたかも空全体が恐怖に震えるかのように強張り、風が吹き付ける。地上が震え、小動物たちが怯えて巣穴に隠れる。巣穴の中で空を震わせる謎の轟に見を震わせ、小さな穴からそれを見つめていた。

 

ライカも空を見上げる、空の影を見据える。そこにいたのは巨大な鉄の塊、高空を統べるのは鋼鉄の塊であった。それは、船の形をしている。鋼鉄でできた巨大な空を飛ぶ船だった。

 

 

「なに……あれ……」

 

 

王都上空を通過する鋼鉄の塊、風車を回転させて進む姿は悪魔の巡航を思わせる。突然現れた悪魔たち、王国の王都キルクルスに向かって真っ直ぐ進撃してゆく。何を目的としているかは彼女には分からなかった。

 

その瞬間思った。

 

何か、王国にとって良くないことが起こるのではないか?

 

ライカはそう思い、不安げに空を見つめるしかなかった。しかし、彼女はまだ子供。一人の少女に国の行く末を左右することはできない。彼女はただ不安げに空を見上げるしかなかった。

 

 

『ライカ?』

「イクルス、出てきちゃダメ、隠れてて……」

 

 

イルクスが竜舎から出てきた。どうやら聴き慣れない重低音が気になって出てきてしまったらしい。しかし、彼らがなにをするかわかったものではない。彼女は親友同然のイルクスを竜舎に戻そうと促す。

 

 

『ライカ……大丈夫だよ、あの人たちは僕たちをひどい目に合わせようとしていないよ』

「どうしてわかるの?」

『あの人たちの雰囲気を見ればわかるさ。なんだか穏和な雰囲気を感じるよ』

 

 

イルクスはそう言ってライカたちを優しく安心させた。イルクスは優しい性格だ、それでいて知能が高い。噂では予知能力があるのかもしれないと噂されているほどだ。そんな彼の勘が、友好を感じ取ったらしい。

 

 

「王国は……どうなるんだろう……」

 

 

少女ライカはイルネティア王国の行く末を案じて空を見上げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんなんだあれは!?」

「もはや飛空船の領域なのか!?」

「空飛ぶ戦艦ではないか!!」

 

 

国の重役達が一斉に驚愕の声をあげた。誰もが空を見上げ、その異形が浮かぶ空を見据えている。

 

王都キルクルスについたレヴァームと天ツ上の船は、海軍の検閲が終わるとワイバーンの先導の下まっすぐ南下してきた。陸地を無視しての大飛行、王国の北側に住うすべての人々がその姿を目に焼き付けたことだろう。

 

王都にたどり着いた飛空船は、なんとそのまま垂直に降下し始めて、ワイバーン基地の上に着地した。飛空船には到底できない芸当、はじめはイルネティアに魔導港がないことが懸念されたがそれも杞憂だったようだ。まるで「こんなこともできるぞ」と見せびらかされたように。

 

 

「なんと言うことだ……また新たな脅威国が増えてしまったではないか……」

 

 

イルティス13世は懸念を抱えたままであった。いきなり現れた巨大飛空船を所有する国家の登場、もしかしたらイルネティアに対して牙を向くかもしれない。

 

 

「しかし、王。これはチャンスではありませんか?」

「チャンス?」

「はい、あれほどの飛空船を作り出す国です。もしかしたら、グラ・バルカス帝国の侵攻にも互角に戦えるやもしれません」

 

 

ビーリーには考えがあった。先ほど話した「他国を戦果に巻き込む」と言うもの、あの機械動力飛空船は列強上位国のムーでも作れない。ならば、かの国はムーよりもよほど強いかもしれない。そんな国を味方につけられれば、グラ・バルカス帝国対策も考えがつく。

 

 

「確かにな……ではビーリー卿、なんとか味方に引き込めるチャンスを逃さぬよう、頼むぞ」

「はい、お任せください」

 

 

そう言ってビーリー卿を含む外交担当達は会議室に向かって行った。いまだに驚きの声を上げている将軍達を尻目に。

 

数時間後、レヴァームと天ツ上の使者との会談準備が整った。上質な扉がノックされ、ガチャりと扉が開かれる。その外から3人の人間種の人物が現れた。

 

 

「はじめまして、イルネティア王国王都キルクルスへようこそ。私は外交担当の長であるビーリーと言います」

「お初にお目にかかります。私は神聖レヴァーム皇国外務局、アメルと申します。こちらは帝政天ツ上の……」

 

 

お互いに自己紹介をし、座席についた。その後、数時間の会合ののち彼らは無事国交を成立させることができた。ビーリー卿の手腕もあり、彼らが比較的温和なことから会議は順調に進んでいったのだ。

 

そして、イルネティア王国とレヴァーム、天ツ上は通商条約を締結した。これが、この国の未来を変えることになるとは梅雨知らず。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

次の日の昼、王都キルクルスのランパール城にて、華やかなパーティーが開かれた。壁や天井に煌びやかな装飾が施され、豪勢な料理が並べられている。

 

この日は国王イルティス13世主催でレヴァームと天ツ上の使節団の歓迎式典を行なっていた。ボル・デーモンからも、人員を交代交代で地上におろして式典を満喫している。ボル・デーモン艦長レオナルドもその歓迎式典の夕食会に招かれていた。

 

 

(流石に胃に堪えるな……)

 

 

レオナルドは少し辛そうに胃を抑える。豪勢な料理たちはどれも脂っこく、胃がもたれかねない。こういう時はもっぱらフルーツを食するのが一番良いと、レオナルドはデザートたちに手をつけながらなんとか凌いでいた。

 

 

「ほほう、レオナルド殿はドラゴンやワイバーンがお好きなのですね」

「はい、この世界で初めてワイバーンを見た時から惚れました。やはり戦う生き物というのはロマンがあります」

 

 

目の前で会話をしているのは王都防衛隊長レネリアだ。軍部に詳しい彼との会話はレオナルドにとっては新鮮だった。レオナルドのドラゴン好きは、この世界の人々とも話が弾む。

 

 

「あのような立派な飛空船を操る立場でも、やはり憧れがあるのでしょうか?」

「はい、無機質でなにも言わない飛空艦より、生で生きているドラゴンやワイバーンの方が私は好きですね」

 

 

それがレオナルドがワイバーンが好きな理由であった。飛空機も飛空艦も全て機械だ。鋼鉄の機械は意思を持たないし、会話をすることはできない。触れ合うことすらもできない、触れてもあるのは冷たい鋼鉄の塊だけ。そんなものよりも戦う生き物の方がかっこいいと思っている。

 

彼が空軍軍人として皇軍に入ったのは単に空に憧れたからだ。空を飛ぶドラゴンのように優雅に空を満喫したい。そんな感情が彼の中にあり、空軍へ後押ししたのだ。

 

 

「でしたら、特別に我が国一の竜騎士とお会いしてみてはいかがでしょうか?」

「良いのですか?」

「はい、既に手配は済んでおります。我が国唯一の()()使いです、きっと満足していただけるでしょう」

「ありがとうございます。是非とも」

 

 

そう言って彼らはパーティー会場から席を少し外す。副艦長をついでに連れてきて、護衛と共にキルクルスの郊外へゆく馬車に乗る。

 

馬の引くゆったりとした馬車に数十分揺られると、郊外にイルネティアの国家予算で建てられた立派な竜舎が聳え立っていた。

 

 

「おお、ここに……」

 

 

滑走路の芝生はよく手入れされ、竜舎も真新しい木造でできている。獣くささは全くなく、新鮮な緑の空気が辺りを漂っている。と、レオナルドが周りを見渡していると、一人の少女と目が合った。どうやら果実を運んでいたようで、竜舎に向かっていた。

 

少女は驚いたかのような表情をすると、箱を置いて竜舎の中に駆け寄った。疑問に思って目で追っていると、竜舎の中から一人の老婆を伴って少女が出てきた。

 

 

「ようこそおいでくださいました、私はこの竜舎を管理しているものです」

「神聖レヴァーム皇国空軍ボル・デーモン艦長レオナルドです。今回は急な訪問を歓迎してくださって、誠にありがとうございます」

「おお、あなた方が噂のレヴァームの方ですか……お噂は王都中に広まっておりますよ」

 

 

お互いに社交辞令を交わし、お互いの間を狭める。文明圏外の国とは思えない礼儀正しい姿勢は、穏和な雰囲気を感じ取らせる。隣にいるライカにもそれは伝わっていた。

 

 

「?、貴方は?」

「はじめまして、私はイルネティア第一級竜騎士のライカと申します」

「おお、貴方がこの国一の竜騎士でしたか……」

 

 

レオナルドはそう言ってライカに感心したような感情を向けた。竜騎士、と聞いてレオナルドは屈強な騎士を思い浮かべたが、ライカはそれなりに鍛えられていても14歳と若かった。別段、レヴァームと天ツ上では女性兵士は珍しくない。数は少ないものの、性別だけでは兵士や飛空士になることの支障にはならない。そのため、驚いたのはその若さだったのだ。

 

二人はそのまま竜舎の中に案内されていく、ストレスのないように広く作られた竜舎の内部は秋でも暖かく、獣臭さは感じられない。そしてその竜舎には、ふさふさの羽毛と立派な翼を携えた一匹の竜が、威風堂々居座っていた。

 

 

「やあ、君がイルクス君だね?」

『うん、そうだよ。貴方が今日来る予定のお客さん?』

「!?」

 

 

レオナルドは念話でイルクスが語りかけたことに驚愕する。それもそのはず、レオナルドはイルクスが喋れないことを前提に語りかけたのだ。人間が犬を可愛がる時に名前を呼ぶ感覚に近い感じで語りかけたら、案の定返事をしてきたとなれば驚くのは無理もない。

 

 

「しゃ、喋れるのか……?」

『うん、僕は頭がいいから!』

 

 

えっへん!と言わんばかりに目を瞑って自慢顔を見せるイルクス。イルクスはまるで「当然のことだ」と言っているようで呆気にとられる。

 

 

「念話と言って、相手の頭に直接語りかけるんですよ」

「そ、そうなのか……」

 

 

なんでも、念話を初めて聞いた人間の反応というのは軒並みこうだという。念話は普通の会話と違い、相手の脳に直接波動を送って喋りかける。その感覚は普通の会話と全く違うので驚くのも無理はない。

 

 

「はじめまして、イルクス君。私はレオナルド、飛空船の船長を務めている」

『へぇ、船長か……じゃあ、あの時空を飛んでいた船に乗っていたのはレオナルドさんだったんだね!』

「そうだとも、お騒がせして悪かったね」

『ううん!それよりもよろしくね、レオナルドさん!」

 

 

そう言ってイルクスは自身の前足を差し出し、レオナルドの前に置いた。どうやら握手を求めているらしい。レオナルドは右手を差し出すと、ふさふさとした感触のレオナルドの手より大きな前足がそっと優しく握り返す。知能が高いだけでなく、性格も優しいようだ。

 

 

「すごいですねレオナルドさん、イルクスとこんなに仲良くなれるなんて」

「いやいや、私は昔から動物に好かれやすい体質でね」

 

 

少し冗談を交わすと、ライカはクスリと笑った。年頃の少女らしい、陽だまりのような笑顔である。どうやらお互いに警戒心はないようだ。一行はそのまま写真撮影をするため、一列に並ぶ。

 

 

「よかったね、イルクス。いい人そうで」

『うん、新しい友達ができて嬉しいよ!』

 

 

そう囁きながらライカはそっとイクルスの額を撫でる。そこには、風龍にはないはずの紋章が現れていた。シャッターが切られる、カメラのレンズが情景を映し出す。だが、写真には紋章は写っていなかった。

 


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