よろしいですね?
今回の使節団の派遣で、接触が後回しにされた国がいくつかある。
まず一つ目は『第八帝国』、この国は列強レイフォルを滅ぼして植民地として支配している国家である。レヴァームと天ツ上はこの国に関する調査を行なっているが、いかんせん質の良い情報は入ってこなかった。
何せ彼らが猛威を振るう第二文明圏は、レヴァームと天ツ上の転移位置から何万キロも離れた場所にある。そのため、情報は第三文明圏にまでは入ってきにくい。
だが、それでもレヴァームと天ツ上の情報部の涙ぐましい努力によっていくつかの情報は入ってきた。その一つに「巨大戦艦」の目撃情報があった。
「巨大な戦艦がレイフォルの首都レイフォリアを砲撃した」
この情報が入って来たのは、実は第二文明圏ではなく第一文明圏のカルトアルパスであった。レヴァームからクワ・トイネへ、クワ・トイネからロウリアへ、そこから第三文明圏を経由して神聖ミリシアル帝国にまで商人のふりをして向かった諜報員が仕入れた情報だ。
カルトアルパスの町の酒場では、商人達がこぞって集まり情報を交換する場ができていた。諜報員はたまたまその場所に居合わせていたため、第八帝国の情報を手に入れることができたのだ。
諜報員はその日のうちに報告をレヴァームに送信した。そして、レヴァームと天ツ上はこの情報に戦慄したのであった。もともとクワ・トイネ経由で情報のあった第八帝国だが、その第八帝国がまさか巨大戦艦を持っていることはレヴァームと天ツ上の情報部にとってはまさに寝耳に水であった。
「第八帝国はレヴァーム、天ツ上と同レベルの国力を有している」
それがわずかな時間の間で情報部で出された結論であった。奇しくもその情報が入ったのは、使節団艦隊がアルタラス王国方面に向かって出発した日であったため、レヴァームと天ツ上は自分たちと同レベルの技術力を持った第八帝国を「要注意対象」として捉えて、接触を見送る様に艦隊に通達した。
そして、ムーと接触したときに技師のマイラスがレヴァームと天ツ上の技術力に熱中しているため、ムー政府の許可を取ってとある裏取引をしたところ、その戦艦の具体的な情報を教えてもらえた。その戦艦は名を『グレート・アトラスター』と言い、単艦でレイフォルを滅ぼすにまで至った第八帝国の超戦艦なのだという。そして、技師のマイラスからは具体的な予想スペックも手に入った。
それによると全長は260メートル以上、主砲は40センチ以上の口径を三連装3基という超弩級戦艦であった。このスペックは中央海戦争後のレヴァームと天ツ上の間で最大級の戦艦である「エル・バステル級戦艦」に匹敵するスペックだった。
いよいよこの国は危ない、何せこの国は第二文明圏全体に対して宣戦布告しているのだ。レヴァームと天ツ上とほぼ同じ技術力を持った国が、覇権国家の様なことをしている。レヴァームと天ツ上の両政府に危機感を抱かせるには十分すぎた。そして、レヴァームと天ツ上は第八帝国を「要注意対象」から「危険対象」にランクを上げた。
これを持って、レヴァームは使節団艦隊のマルコス長官に第八帝国との接触を禁じる命令を出したのだ。
そして、天ツ上の方ではグレート・アトラスターの性能に対抗するために、中央海戦争時に戦艦から空母に改装しようとして放置していた、幻の飛騨型飛空戦艦三番艦の建造再開に踏み切ったのであった。
そして、二つ目に接触が後回しにされた国はパーパルディア皇国だ。
この国の情報が出てきたのはロウリア戦後で、ロウリアがパーパルディアから軍事支援を受けていた事が判明したところから名前が出てきた。クワ・トイネからの情報では、この国は第三文明圏の中で73か国の国を属国として従え、恐怖政治で押さえつけているらしい。
しかも、新興国や文明圏外国に対しては徹底的にしたに見下し、高圧的な態度を平気でする様な国であることを教えてもらえた。まさに自分中心、自分ファーストな国であるという分析も出でいた。
そこで、レヴァームと天ツ上はパーパルディア皇国との接触は後回しにして慎重な接触をするべきだという意見が出てきた。
しかしそれでは、レヴァームと天ツ上の外交官が派遣されてもぞんざいに扱われて終わるだけである。使節団艦隊の様に、砲艦外交で自分たちの力を見せつけてから交渉のテーブルにつかせるべきだという意見も一理あったのだ。
会議は紛糾した。慎重派と砲艦外交派の意見はどちらとも一理ある意見であるため、どちらがおかしいとも言えなかったため、意思決定に時間がかかり、パーパルディアとの接触は後回しになっていったのだ。しかし、その両者の意見を束ねる凛とした声が会議室に轟いたのだ。
「では、わたくしが直接パーパルディアに出向きましょう」
そう言ったのは、なんとレヴァームのトップであるファナ・レヴァーム執政長官であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
照りつける朝日を背に、東から西へ悠々と艦隊が進む。その偉容は神々しい神の軍勢にも見える。帝政天ツ上の飛空艦艦隊総勢22隻が威風堂々、パーパルディア皇国の領海を目指して高度200メートルを40ノットで飛空していた。
戦艦1、空母2、軽重巡空艦7、駆逐艦12、稀に見る大艦隊である。中央に空母を、先頭に戦艦と駆逐艦を並べて上を巡空艦で挟み込む、飛空艦特有の立体陣形だ。全ての艦で巨大な輪陣形を作り出し、全周囲を警戒している。その偉容はこの世界の人々を恐怖に陥れることだろう。
彼らはある任務の前哨任務としてパーパルディア公国に派遣されることになった。それは、使節団としての任務であった。
本来、この艦隊はフェン王国へと向かうことになっていたが、その前に砲艦外交の一環としてパーパルディア皇国へと砲艦外交に向かうことにしたのだ。
天ツ上でも使節団艦隊の計画は練られており、第三文明圏とグラメウス大陸を回るルートが構築されている。ならばその足でまずパーパルディア皇国へと出向くのが最善と結論づけられたのだ。
名付けられた名は第二使節団艦隊。艦隊司令官の八神中将を中心とした、第二の使節団艦隊であった。
そして、今回の作戦でこの上なく栄えある任務を与えられた船がいた。艦隊の先頭をゆき、巨大な砲門を携えてハリネズミの様な対空砲を張り巡らせた、巨大な戦艦だ。
薩摩型飛空戦艦『敷島』
この戦艦は薩摩型戦艦の二番艦として有名な艦である。薩摩型戦艦は天ツ上がレヴァームの40センチ砲搭載艦に対抗するために作り上げた世界初の46センチ砲搭載艦だ。
薩摩型飛空戦艦『敷島』
基準排水量:3万3800トン
全長:215メートル
全幅:28メートル
機関:揚力装置4基
武装:
46センチ連装砲4基8門
12.7センチ単装砲18基18門
12.7センチ連装高角砲8基16門
25ミリ連装機銃30基
本来ならばこの任務は一番艦の「薩摩」に任せるべきなのだが、中央海戦争で連合艦隊総旗艦だった飛騨型を失った天ツ上は「薩摩」を天ツ上連合艦隊の総旗艦として徴用したのだ。
そのため、薩摩は旗艦としての任務に忙しい。そこで、代りにこの敷島が本任務の旗艦を担当することになったのだ。
そして、その敷島の最も高い位置である寵楼艦橋にて、艦隊司令官八神武親中将率いる艦橋の面々は緊張に包まれていた。理由は、艦橋にいる一人の女性によるものだった。
「…………」
凛とした佇まいを醸し出し、清楚な制服を着込み、艦橋に備え付けられた椅子に座っているのは、神聖レヴァーム皇国のトップであるファナ・レヴァーム執政長官であった。彼女は座席に座りながら膝に乗せた薄い紙の資料の束を繰っている。
そのせいか、飛空戦艦敷島の艦長瀬戸衛は額に汗を流しながら、極度の緊張に苛まれていた。何せ、この敷島に艦隊司令官である八神中将だけでなく、レヴァームのトップであるファナ執政長官までもが臨席しているのだ。この船を任された軍人として、緊張をしないわけがない。
やはり存在感があるのはファナ執政長官の方であろう。彼女は今回の派遣でパーパルディアに直接交渉をすることになったのだ。これは、彼女の大きな意向があったらしいが、天ツ上人の自分には分からない。
彼女の美貌は後ろを振り向かずとも伝わってくる。艦橋全体が、まるで美の女神に背後を取られたかのような緊張感で溢れているのだ。だがそれでも、瀬戸艦長はなるべく平然を保つように自分に言い聞かせて業務を執行する。
「にしても壮観だな」
艦左舷、少し遠くの空、そこにはほぼ同高度に布陣する飛空機械達が空を悠々と泳いでいた。神聖レヴァーム皇国主催の、第一使節団艦隊であった。両艦隊は、ちょうどこのタイミングで合流し、そのまま一路パーパルディア皇国にまで直接向かう手筈であった。
パーパルディア皇国はそう簡単には交渉のテーブルにはつかない。そう考えた両政府は、砲艦外交の効力を高めるために第一使節団艦隊と第二使節団艦隊を合流させてパーパルディアまで向かうという方針をとった。それにより、パーパルディア皇国には全47隻もの艦艇が一同に介することになる。
もはや砲艦外交というレベルを超えている、完全なる威圧外交だが、周辺国からの評価が軒並み悪名高いパーパルディアに対してはこれしか方法はないであろう。
戦艦3隻と甲板上に飛空機械を並べまくった空母が4隻。これでパーパルディア皇国がこちらを侮るのならば、かの国はロクな戦力分析もできないその程度の国ということになる。
「司令、パーパルディア皇国の海軍との接触に成功。現在距離10キロの地点に海軍艦艇がいます」
通信兵の報告に、八神司令は「うむ」と頷くと、このまま前進することを航海士と瀬戸艦長に伝えて艦隊の進路を変更した。瀬戸艦長は外交の成功は間違いないと見て、そのまま業務に戻る。両艦隊はそのまま一路パーパルディア皇国の領海がある北方向へとずんずんと進んでいった。
その一方で、その様子を見守る様に艦橋に備え付けられた椅子に座るファナの思考は、パーパルディア皇国についてで占められていた。
彼女が膝の上で読んでいるのは、レヴァームと天ツ上がクワ・トイネやロウリアを経由して手に入れたパーパルディア皇国の資料である。
少しでも相手の情報を知る必要がある。レヴァームと天ツ上、そしてパーパルディア皇国もお互いのことを知らなさすぎるのだ。ならば少しでも自分たちを優位にするために事前情報を仕入れる必要がある。
これから彼女は交渉の場に着く。それも、悪名高いパーパルディア皇国の本土でである。交渉は難航する可能性がある、ならば少しでも円滑にするためにレヴァームのトップであるファナ自身が赴くことになったのだ。
ファナも一応は皇族である。そのため、皇帝を従えているパーパルディア皇国も、礼儀上皇族が直接対応するしかなくなるであろう。その様な目論見のもと、今回ファナが直接パーパルディア皇国に出向くことになったのだ。
悪名高いパーパルディア皇国へ国のトップが向かう、それをファナは自ら進んで打診した。これに対してナミッツやマクセルは顔を真っ青にして猛反対していたが、ファナは「相手に私共の事を知ってもらうには、こちらから出向くのが最善です」と答えるだけであった。
「司令、パーパルディア皇国の海軍が本艦隊に対して臨検を要求しています」
「拒否しろ。こちらにはお客様が乗っておられると伝えてくれ」
艦長の瀬戸衛と八神司令のやり取りを見据えながら、ファナは完全に内容を記憶した資料の束を閉じ、椅子から立ち上がった。
「よろしいのですか?相手はただでさえプライドの高い国です、臨検を拒否すれば後でなんと言われるかどうか」
「いえ、皇女様が乗られている船を臨検させるわけにはいきません。対等な立場で話し合いをする以上、こちらにも権利というものがありますゆえ」
「お気遣いありがとうございます」
八神司令の気遣いに感謝しながら、ファナは歩みを進める艦隊を見据えている。その行く先にはパーパルディア皇国があった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
栄えあるパーパルディア皇国の首都エスシラント。豪勢な作りをした建築物が立ち並び、これでもかというほど栄えた、パーパルディア皇国の発展の象徴ともいえる都市。
この都市に訪れた商人や他国人たちは思うだろう。なんと凄まじい規模の都市なのだと、なんと豊かなのかと、なんと美しい街なのだろうと。
その中心地にあるパラディス城にて、緊急の御前会議が行われようとしていた。若く、美しき皇帝、ルディアスを含めた国の重役達が全て立ち並んで集まっていた。
会議に参加するのは皇帝ルディアスを含め、皇帝の相談役ルパーサ、第一外務局局長エルト、第二外務局局長リウス、パーパルディア皇国海軍最高司令官バルス、及び各機関幹部職員複数など。さらに、参考人として皇女レミールが参加している。国の重役たちが全て集まった、荘厳な会議である。
「皇帝陛下、入室!」
荘厳な衣装を身に纏った、パーパルディア皇国の皇帝ルディアスが入室してきた。彼は、若干27歳ながらもパーパルディア皇国をこの10年間で73か国もの属国を従えるまでの一大国家に成長させた若き立役者である。彼に対して、周りの重役たちは揃って頭を下げて敬意を表す。
「よい、皆の者席につけ」
皇帝ルディアスの促しによって、誰もが席についた。そして、国の行末を決める会議が始まろうとしていた。
「これより、帝前会議を始めます」
司会進行役のエルトがこの会議を取り仕切る。彼が促すと、そのまま帝前会議が始まった。
彼らが帝前会議を開いたのには、訳があった。会議の内容は「神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上について」である。始まりは、とある一人の竜母竜騎士の情報であった。
「空を飛ぶ飛空船が南の方向からやってきた」
最初は、どこかの国の飛空船なのだろうと会軍司令部は思っており、下手な確認はしなかった。しかしその時点で確認を取れば良かったものを、そもそも今日パーパルディア皇国の南側からは飛空船がやって来る予定はなかったのだ。
「巨大な飛空船が50隻以上、艦隊を組んでやって来ている!!」
それが、竜騎士からの第二の報告であった。それを聞き及んだ海軍司令部は、パニックに陥った。何せ、飛空船が50隻以上も艦隊を組んでやってきたのだ。これはパーパルディア皇国に対する宣戦布告かも知れないと。そして、混乱する海軍司令部にとどめを刺すかの様な報告が轟いた。
「飛空船艦隊は神聖レヴァーム皇国、帝政天ツ上と名乗り、パーパルディア皇国に国交開設を求めている」
これにより、レヴァームと天ツ上の存在を知った海軍司令部はそのまま近くにいた竜母艦隊に臨検を命ずるにとど止めたが、さらなる報告がパーパルディア皇国の度肝を抜いた。
「臨検は拒否された」
なんでも王族が乗っているらしく、臨検は拒否された。そのまま唖然とする艦隊を通り過ぎて、直接エストシラント沖にその艦隊達が着水し、エストシラントの街全体が見たことも無い飛空船に大騒ぎになったのだ。
騒ぎを聞きつけた皇帝陛下たちが飛空船を見たのはすでに着水した後だったが、それでもその異様は皇城からも見据えることができた。
「臨検を拒否するとは……何という非礼だ!!」
そう声を荒げたのはパーパルディア皇国海軍最高司令官、バルスである。海軍軍人としてのプライドがある彼にとって、臨検を拒否されたというのは腹立たしい。
例え王族が乗っていようとパーパルディア皇国に入る以上は臨検を受けなければならない。それがパーパルディア皇国の外交であるのにもかかわらず、案の定拒否されてしまった。あまりに皇国を舐めきった態度、バルスにとっては許せないことである。
「まあ待て」
そう声をあげたのは、皇帝ルディアスであった。
「臨検を拒否するとは蛮族の王と見る。ならばこの私が直々に叱り付けてやろうではないか」
◇◆◇◆◇◆◇◆
栄華を極めたパーパルディア皇国の首都エストシラントの中心地に、皇帝の居城パラディス城は存在する。至る所に装飾が施され、柱の一つにまで匠の技と高価な装飾が集められている。この世の天国を思わせる、鮮やかで優美な庭。宮殿の内装は金銀財宝をふんだんに使用しており、まさに豪華絢爛の一言である。
この城を訪れた大使や国王は驚愕のあまりに言葉を失う。なんと凄まじい国力なのだろうか、と。そして、パーパルディア皇国の国力を知り、その国はパーパルディアにひれ伏すのである──
──そのはずであった。
「なんとも派手な城ですね、ファナ様」
「はい、皇都エスメラルダの宮殿に匹敵します」
荘厳な衣装に身を包んだ、玉の様な女性が歩みを進めていた。その顔は、驚くほど優美で整いすぎていた。最早なんと表現していいかわからない、この世の天美の推を集めて作られた、優雅な女性であった。
誘導をする第三外務局のカイオスですら、その美貌を直視すれば倒れてしまいそうな程である。さらに、彼女が身に纏ったドレスには煌びやかな宝石を飾り付けられ、上品なハイヒールを履いてその身の美しさを天井知らずのものにしている。
彼女の美貌の前では、まともに顔を直視することができない。周りを固める近衛兵たちも彼女の顔を見るなり失神し、階段を歩いていたものとすれ違えばその人物は階段から転げ落ちてしまった。
栄華を極めたパラディス城でも、この女性の目の前では霞んでしまう。パーパルディア皇国の富の推を集めたこの城ですら、彼女の美貌に負けてしまうのである。
皇帝陛下のいる玉座の間まで案内をするカイオスの足取りは重い。何せ、蛮族の王族と侮っていた相手が、まさかのこれである。皇帝陛下の目も彼女に釘付けになることは間違いない。
だからこそ、足取りが重いのだ。おそらく帝前会議の場では、レヴァームと天ツ上の使者のことを蛮族と侮っているだろう。自分もさっきまでそうだと思っていた。
──しかし、あれはどうだ。あの空を飛ぶ鋼鉄の飛空船の姿は……!!
パーパルディア皇国でも飛空船は珍しくもあるが、認知の存在であった。しかし、飛空船はあくまで『船』の領域であり、性能は『船』という単位に縛られる。離着陸は水の上のみで、垂直に降下すると言った芸当は出来ないのである。大きさも150メートルほどと水上船から見れば大きいが、それほどである。
レヴァームと天ツ上は話によると飛空船に乗ってやっていたらしく、海軍の臨検は「レヴァームの王族が乗っているから」と言われて拒否されてしまった。
「わざわざ王族を従えてくるとは、愚かな奴らだ」
臨検を拒否した話を聞いて、そう思っていたカイオスは、おそらく皇帝陛下に直々に叱咤を受けて恐れ慄くだろうと思っていた。プライドの高いルディアス皇帝陛下は、この様な舐め腐った相手には容赦はしないからだ。
少なくともカイオスはそう思っていた。が、彼らが乗ってきた飛空船とやらを見た瞬間、考えが変わった。
皇都エストシラントの軍港に直接たどり着いた飛空船は、もはや飛空船の概念を超えていた。全長は小さいものでも100メートル以上、そして大きいものでは何と260メートル以上の大きさを持っていたのだ。それらの外観は鋼鉄でできており、上部に魔導砲を並べて攻撃力を威圧していた。
極め付けは、それらの船が50隻近くも存在していたのだ。カイオスの「文明圏外の小国」という認知は、それによって一気に崩れ去っていった。
今の皇国では、あの船には勝てない。そもそも論、空を飛ぶ物体を攻撃する手段はパーパルディア皇国海軍にはない。命中率の悪い戦列艦の魔導砲を、空に向けて撃って当てるなど夢のまた夢であったからだ。
そして、アメルという外交官とともにやってきた女性は天地の美を貫いていると来た。これにより、カイオスは自らの考え方を変えるしかなかった。
──あんな相手を怒らせては、皇国の運命が危ない!
カイオスは皇国の未来を案じる。パラディス城は軍港から離れているため、情報は皇帝陛下に伝わっているとは限らない。皇帝陛下は彼女らを呼んで、そのまま叱咤するであろう。そうなれば、どんな報復が来るかは分からなかった。
そう感じてはいたものの、皇帝陛下からの命令には逆らえないため、カイオスは皇帝陛下のいる玉座の間へと案内するしかなかった。
「陛下、参ります」
カイオスは外交官のアメルに扉を開けさせる様に促した。相手国の大使にドアを開けさせるなど、もってのほかだがこれがパーパルディア皇国の外交だ。
「?」
「も、申し訳ありません……自分で開けてもらえますか……?」
「…………分かりました」
もうすでに頭にきているのではないか、というくらいの間がアメルとカイオスの間に流れた。特に臆する事なくアメルは、隣にいたアサダとかいう外交官と一緒に扉を開けると、中に入っていった。
荘厳な玉座が目に入る。見るものを圧倒する美しい皇帝が、その玉座を支配していた。歓迎のファンファーレが鳴り響くわけでもない、静かで殺風景な歓迎。皇国の行く末を案じているかの様であった。
「お初にお目にかかります。わたくしは神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームと申します。本日はこの荘厳で素晴らしい城に案内していただき、誠に光栄です」
天地を貫く美しい声根が、パラディス城の玉座の間に響き渡った。玉座の間にいた誰もが、その美しさに驚嘆の声を上げた。あるものは固まり、またある者は口をあんぐりと開けてその場に立ち尽くした。
男性だけではない、女性であるエルトやレミールですら同じ反応を示している。カイオスの大方予想どうりであった。
「美しい……………………」
と、沈黙の広がる玉座の間を貫いたのは、皇帝ルディアスの呟きであった。次の瞬間、ルディアスは思いがけない行動に出る。
「度重なる無礼、本当に申し訳ない。私の名はルディアス、栄えあるパーパルディア皇国の皇帝である。以後、お見知り置きを」
玉座から立ち上がり、ファナに向かってぴっちりとした礼をするルディアス皇帝陛下。その姿はとても文明圏外の国を見下すいつものルディアスではなかった。
「「え?」」
カイオスとその声が重なったのは、あろうことか皇女のレミールであった。思わずチラリと見据えるとレミールは口をあんぐりと開けてルディアスを見ていた。
「ありがとうございます、皇帝陛下。我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は、貴国と親善を持ちたいと考えております」
「ぜ、是非とも!我がパーパルディア皇国の長として、貴国を歓迎いたすぞ!」
国の重役たちが口を開いたのは、今度はルディアスの方であった。
「まさか惚れたのか?」
カイオスの予想は、大方的中していた。ふとレミールを見やれば、ワナワナと震えながら拳を握りしめていた。ルディアスのファナへの好意が、パーパルディア皇国の行く末を変えるものだとは知らずに、カイオスはレミールの行動を不思議に思うのだった。