さて、今回は心理模写回になります。
主にレミールの。
パーパルディア皇国外務局監査室所属の皇女レミールは、はっきり言って今の状況を面白く思っていない。ワナワナとこみ上げてくる負の感情を押さえつけながら、とある一人の女性を睨み付ける。
──なんなんだ!あいつは!!
レミールが睨み付けるその女性は、芸術の推を集めて作った宝石のようであった。いや、最早そんな表現など生温い。なんと表現するべきか、どうしたらこのような人物に対して不敬でないか探るのに時間がかかる。
それほどまでに、彼女の美しさは限度を超えているのだ。
そして、来賓館正面の荘厳な扉が開かれるとそこに人々の目線が集中する。音楽隊のファンファーレと共に出て来たのは栄えあるパーパルディア皇国の長である皇帝ルディアスであった。
化粧で顔を彩り、長い足をすらりと伸ばし、装飾が施された美しい衣装に身を包んだ若く美しい皇帝ルディアス。その姿を見れば、世の女性は目を奪われ、彼と添い遂げたいと考えるであろう。
しかし、今回は違った。皇帝ルディアスはそのままとある女性へと歩みを進めた。その女性もコツコツと上品なハイヒールの足音を鳴らしながらルディアスへと近づく。
皇帝ルディアスはその美しすぎる女性に近づくと、なんとそのまま跪いて手の甲にキスをした。パーパルディア皇国の文化圏で、相手の女性に対する最上級の敬意の表し方だった。
──なぜ陛下はこんな文明圏外の女に頭を下げる!!
それが、レミールにとっては我慢ならなかった。レヴァームは列強でもない新興国。そんな相手に自分がこの上なく尊敬するであろうルディアスが、あろうことか文明圏外の王族の小娘如きに頭を下げている。まるで、自分の愛する男性が何処の馬の骨かもわからない女に汚されたかのような、そんな屈辱がレミールを支配する。
──なぜ私じゃないのだ!!
レミールは嫉妬する。本来ならばこのようなパーティでルディアスが愛を誓ってくれるのはレミールの筈だ。自分は愛するルディアスのために尽くして来た。恐怖政治を助長し、アドバイスを提供してパーパルディアの発展に力を注いできた。ルディアスの功績を支えたのは、紛れもなく自分なのだ。
──何故あんな小娘に!!
レミールは嫉妬する。残念ながらレミールは彼女には美しさでも人間性でも敵わない。天地を貫くその美貌は、この世のどんな女性でも敵わないだろう。
だからこそ許せないのだ。自分がどれだけ努力しても手に入れられなかったルディアスの心を、外見一つで落としてしまったあの小娘のことを。
──そもそもなんなんだ!この面子は!!
レミールは歯軋りをする。彼女の不機嫌をさらに煽る事象が、目の前で繰り広げられている。
文明圏外のアルタラス王国の王女ルミエスと、同じく文明圏外のイルネティア王国の王子エイテスが、このパーティーに出席していた。彼らだけではない、さらに列強1位の神聖ミシリアル帝国の使節団や同じく列強ムーの視察団が、一堂に集まってルディアスを囲んでいた。全員、ルディアス皇帝が頭を下げて跪いているのを驚いたような表情で見ている。
列強の国々はしょうがない。そもそもこのパーティーはルディアス皇帝の鶴の一声で始まったもので、たまたま居合わせた彼らがこの歓迎パーティーに呼ばれるのも納得がいく。
しかし、文明圏外国は違うだろうに。高々文明圏外、アルタラスなんてパーパルディア皇国よりも格下、イルネティア王国なんて聞いたことないほどの辺境国家だ。そんな国の人間がルディアスが小娘に頭を下げているところを見ている。格下の国に栄えある皇国の皇帝が頭を下げているところを見られている。それが腹立たしくてしょうがない。
──何故私と皇国がこのような扱いを受けなければならない!!
レミールはワナワナと拳を震わせ、ハンカチを噛み締めて怒りをあらわにするしか無かった。彼女は愛するルディアスと皇国に、このような仕打ちを仕掛けた神聖レヴァーム皇国に対しての怒りが募っていくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
優雅な音楽と共に、きらびやかな装飾を施された迎賓館。この世の優美を全て集めた迎賓館の内部には様々な人物たちが、彩りある食事に手をつけていたり、世間話に花を咲かせたりしている。
その中に一人、一際周囲の目線を集めている人物が一人いた。従者と護衛に身を守られた、神聖レヴァーム皇国のトップ、ファナ・レヴァーム執政長官であった。
誰もが、彼女と親善を保とうと話しかけようとするが、その美貌の前に立ち尽くしてしまう。あまりの美しさに、開いた口が塞がらなくなり、その場で呆然としてしまうのだ。男性だけではない、女性までもが同じ反応を示し、ただ彼女を遠目で見るしかなくなる。
ファナはルディアス主催の神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上を招いた歓迎パーティーに呼ばれていた。悪名高かったはずのルディアスは、ファナを見るたびに態度を変えた。そして、ルディアスはそのまま使節団を招いてその日のうちにパーティーを開くと言ったのだ。
準備は熾烈を極めたらしく、たった1日でエスシラント中の著名な料理人、芸術家、音楽隊などを招いて執り行われた。パーパルディア皇国の皇族も呼ばれて、荘厳な雰囲気のもと豪華な式典が行われている。たった1日でここまで豪華絢爛なパーティーを開く事ができるのだから、パーパルディア皇国はやはり富にあふれた列強なのだ。
「あ、あの……ファナ皇女様でいらっしゃいますか?」
「?」
そんな思いにふけっていると、後ろから声をかけられた。従者たちが安全と判断した相手なのか、道が開けられてその人物の全容が見える。特徴的な赤い民族衣装を見に纏い、天ツ上人のような長い黒髪を携えた、凛とした佇まいの女性であった。
「失礼しました。私はアルタラス王国の王女ルミエスと申します。ファナ皇女様、お会いできて光栄です」
彼女はルミエス、アルタラス王国からレヴァームへ留学する予定のアルタラス王国の王女である。彼女はアルタラス王国から飛空艦に乗って艦隊に合流した後、寄り道をしたパーパルディア皇国にて、なんとこのパーティーに呼ばれていた。
ファナを見るなり態度を変えたルディアスはレヴァームと天ツ上の使節団を呼んだパーティーを開いたが、呼ばれた中には彼女も含まれていたのだ。
ルディアスが使節団の乗ってきた飛空艦艦隊たちにルミエスや各国使節団が乗っていることを知ると、そのまま招待したからだ。最初は各重役たちも反対していたそうだが、ルディアスの強い意向でそのまま開催となった経歴がある。
「ああ、あなたがルミエスさんでしたか。こちらこそよろしくお願いします」
「はい。今回は私のレヴァームへの留学を許可していただき、ありがとうございます」
彼女はそのままファナに対して礼をする。ぴっちりとした、それでいて優雅な頭の下げ方であった。彼女の黒髪が重力に逆らわずにそのまま下に下がり、礼の規律正しさを物語っている。
「いえいえ。わたくしも王女自らが留学してくださるとはありがたい限りです」
ファナはそう言ってルミエスに感謝の言葉を投げかける。彼女も王女だ、育ちはいいし今回留学することになったときはまさかと思ったが、国王であるターラ14世からの直々の推薦であることから全てを悟った。
ターラ14世は彼女をレヴァームへと逃がそうとしてるのだと。アルタラス王国はパーパルディア皇国と目と鼻の先の国、いつ侵略を受けるかわからない、そんな国だ。ファナはこの留学を通してルミエスをレヴァームへと逃がそうとしているのを感じたのだ。父親と離れて過ごさなければならないことに、ファナはルミエスに同情の気持ちが湧き出てくる。
「あ、あの……」
「?」
と、その時。話がひと段落した彼女らの後ろからもう一人の声が聞こえて来た。振り返る。するとそこには端正な顔立ちをし、白地に黄色の布が被された民族衣装を見に纏った一人の青年がいた。
ファナはわずかな間で記憶を探り出す。白地に黄色、この衣装はたしかイルネティア王国の民族衣装だ。たしか、彼もルミエスと同じ理由でこのパーティーに招待されていたはずだ。
「あなたは……?たしかイルネティア王国の……」
「は、はい。はじめまして、私はイルネティア王国の王子、エイテスと申します」
エイテスと、名乗った王子は礼儀正しく片手を腹に添えてお辞儀をする。たしか、これはイルネティア王国の文化圏で最上級の礼の仕方だったはずだ。
「あなたがエイテス王子殿でしたか。私はルミエス、アルタラス王国の王女です」
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」
辿々しく頭を下げて挨拶をするエイテス王子。その両頬はルミエスを見やるたびに赤く火照り染まり、何やらもじもじと恥ずかしげに体を縮こませている。何やら不思議なエイテス王子の行動だが、彼はルミエスと目を合わせようにも恥ずかしがって合わせられないでいる。
そこまで見て、ファナは彼の不思議なもじもじとした行動の理由を悟りはじめた。これは惚れた相手と恥ずかしがって目を合わせられない現象だ。年頃の男性によく見られる。思えばエイテスは17歳、ルミエスはより年下だが年頃は年頃。やはりルミエスのような美人を目の前にして思うところがあるのだろう。ファナはそんなウブなエイテスにクスリと笑みが溢れる。
「どうされたのですか?」
「い、いえ……ファナ皇女様がいらっしゃったので、挨拶をしておこうと。この度は私の留学を許可していただき、ありがとうございます」
「いえいえ」
「ありがとうございます……にしても、まさか第三文明圏にまで足を運んで、列強パーパルディア皇国の歓迎パーティーに出席することになるとは思っていませんでした。思いがけない体験ですよ」
エイテスが呟くようにそう言った。彼のいる国と文明圏外国、パーパルディア皇国のような列強の大国の催し物に出席することなどできない立場であったのだ。それが、遥々第三文明圏にまでやってきたら招待されたのだ。彼にとっては思いがけない体験でだ。
「私もです。まさかこのような形でパーパルディアを訪れることになるとは思っていませんでした。まさかあのルディアス皇帝が、このような催し物を開くとは……」
ルミエスも同じような反応だった。彼女自身、パーパルディアとは今の段階では可もなく不可もない友好関係を保っているものの、本来ならば最も警戒するべき相手であった。そんな国が自分を招待するなど、思っても見なかったのであろう。
「そこまでなのですか?」
「ええ、ルディアス皇帝は文明圏外や諸外国を見下すかのような感情を持っております。新興国はやれ、蛮族蛮族だの言って理不尽な要求を突きつけるものです」
「…………」
「なので、本来ならばこのような歓迎パーティーを執り行われるはずなどないのです。何か、彼に気変わりがあったのではないかと思っております」
「気変わりですか……」
心当たりがないわけではない。実際、ルディアスはファナの姿を見るなり事前情報の横暴さからは思えないくらい誠実な態度を取ってくれた。そして、この催しを開くにまで至ったのだ。気変わりがなければおかしい。
「おそらくですが、ルディアス皇帝はファナ皇女様に惚れたのだと思いますよ」
と、3人の後ろから声をかけられた。振り返れば、そこには数人の人物たちがぴっちりとしたスーツ姿でファナたちを見据えていた。
「あなた方は?」
「私は、神聖ミリシアル帝国外務省外交官のフィアームという。以後、よろしく頼みます」
「私は情報局情報官のライドルカです。ファナ皇女様、お会いできて光栄です」
彼らは神聖ミリシアル帝国からの使者の一部だった。彼らはレヴァームと天ツ上の飛空艦でこの第三文明圏に寄っていたが、列強国としてこの歓迎パーティーに招待されている。側には、ムー国の視察団の人間もいた。
「私は、ムー国より派遣されてまいりました、技術士官のマイラスです」
「同じく、戦術士官のラッサンです」
「ああ、あなた方が神聖ミリシアル帝国とムー国の使者でしたか。よろしくお願いします」
お互い丁寧なため、挨拶を交わす。その中で一人、フィアームはファナに近づくとかなり近くで話始めた。
「私はルディアスはファナ様に惚れたのだと思っております。何せ、ファナ様の美しさは天地を超えておりますから、惚れない男はいないでしょう」
そう言ってフィアームは薄ら笑いを浮かべてファナに語りかけた。たしかにルディアス皇帝はファナに惚れたのではないか、と言う推測は正しいかもしれない。ファナは決して奢るわけでないが、人より美しいと言う自覚がある。何せ、周りの人物が自分の姿を見るなり階段から転げ落ちたり失神したりするのだ。自分の夫であるカルロがそうであったように、自分に一目惚れする人間は多いのも証拠の一つだ。
正直言ってこれはラッキーだったと言えるだろう。パーパルディアとの交渉は難航すると予想されていた。このような形で円滑に進むのであれば、レヴァームと天ツ上にとってはありがたい。
「ここだけの話。まさかあのプライドの高いパーパルディアがこのような催しを執り行うとは思っていませんでした」
そう言って、フィアームはファナに近づいて耳打ちをする。同じ女性同士とはいえ、王族相手にここまで近づいて耳打ちをするというのは、とてもじゃないが少し品格を疑ってしまう。が、ファナは特に気にすることもなく彼女の話に耳を貸す。
「この国は……はっきり言って卑しい国です。役人や皇族は甘い汁を吸うために躍起になり、周辺国を恐怖政治で威圧し、国内外に多くの不満を抱えています。その歪みの権化が、あのルディアスなのです」
「お噂は聞いておりましたが、それほどとは……」
「はい。なので、この国と付き合うときは皇女様も気をつけた方がよろしいかと思います。まあ、ルディアスがファナ様に惚れてらっしゃるのなら、交渉は円滑に進みそうですが」
そう言って、彼女はパーパルディア皇国への偏見をあらわにした。たしかに、彼女の言っていることは一部正しい。パーパルディアが周辺国を恐怖政治で威圧しているのは事実であり、それによって不満による綻びがて初めているのも事実だ。
ファナはパーパルディア皇国の横暴さについては資料で知っていた。パーパルディア皇国は皇帝がルディアスに変わってからと言うもの、ここ10年で拡張政策に力を入れているのだ。周辺国を威圧し、理不尽な要求を突きつけるのだと言う。
特に、新興国は厳しい目にさらされる。列強でもない国はやれ蛮族だ蛮族だと罵られ、パーパルディアの国力にものを言わせて要求を突きつけてくるのだとか。
思えば、かのロウリア王国もその拡張政策の犠牲者だったのかもしれない。ロウリアに借金をさせることによって、進攻する口述を作り、ロデニウス大陸ごと攻め滅ぼすつもりだったのだろう。
あまりに非効率なやり方だとファナは思う。このような力でねじ伏せるやり方は短期的には利益を得られても、長期的に見れば不利益をもたらす。レヴァームに理不尽な要求を突きつけられて、臥薪嘗胆をスローガンに掲げて戦争にまで発展したレヴァームと天ツ上の例があるように。
おそらくルディアスはそのことに気付いていない。これが最善のやり方だと思っていて、長期的な反乱が起きることを考えていないのだ。
「ありがとうございます。ですが、卑しいと決めつけるのはどうかと思いますよ」
ファナは小さな声でフィアームに耳打ちを仕返す。フィアームのこの発言の根元にあるのは格下の国への偏見と見下す卑しい感情であることは、ファナには隠し通せなかった。
「あなた方ミリシアル人がそうであるように、この国の人間にもさまざまな人間がおります。気高いものや卑しいもの、善あるもの、悪しきもの、善悪の入り混じったもの。彼らを一括りに卑しいと決めつけるのは、とても列強一位の座を占める者の発言ではありませんよ」
「そ、それはそうですが……」
そこまで言われてフィアームは黙り込む。ファナにとっては、フィアームの言う「卑しい」と言う意味が決めつけを仕掛ける発言に聞こえた。このような輩は、そうでないことをしっかりと示せば、黙り込んでしまうのだ。これを機に、彼女が格下の国への偏見をなくしてくれるといいのだが、伝わっただろうか。
「ルディアス皇帝陛下のおな〜り〜!」
と、その時。パーティー会場となっている迎賓館の上の階の扉が開いた。迎賓館は二層構造になっていて、一階が巨大な吹き抜けとして作られ、二階とは巨大なレッドカーペットが敷かれた階段で繋がれている。
扉が開くと、中からパーパルディアで皇帝レベルしか着込むことのできない上質な衣装に身を包んだルディアス皇帝が姿を現した。上質な化粧に顔を包み、すらりとした足を伸ばして階段を降りる。
本来ならば、女性の誰もがルディアスに目を奪われ、添い遂げたいと思うであろう。しかし、今回は違った。ルディアス皇帝はそのまま階段を降りると、ファナに近づいて来た。そして、膝をついてひざまずくと、手の甲にキスをした。
「ファナ殿。パーパルディア皇国へようこそおいで下さった。我がパーパルディア皇国の長として、歓迎致す」
と、ルディアスがひざまずくとファナの周囲にいた人物たちが皆驚嘆の声を上げた。パーパルディア人だけではない、ルミエスやエイテス、フィアームやライドルカ、マイラスやラッサンまでもが口をあんぐりと開けて驚嘆した。
「ありがとうございます、皇帝陛下。頭をお上げください、参りましょう」
「ええ」
ファナはルディアスに立つように促した。ルディアスの豹変ぶりに、思わずファナはフィアームに「ほら、言ったでしょう」という笑みを浮かべた。彼女の顔は赤面した困り果てた顔になっていたのは、ファナの笑いを誘った。
「!?」
と、ファナに向かって負の感情が向けられている感覚を感じた。ふと周りを見れば、一人の女性がこちらを物凄い覇気でファナを睨みつけていた。あれはたしか、外務局監査室のレミールと言っただろうか。
「彼女は……?」
ファナはレミールの抱く感情がどんなものなのか知らずに、ルディアスに促されてダンスを踊り始めた。パーティー会場は一気にダンス会場に早変わりし、催しは深夜まで続いた。そんな中、レミールはファナへの怒りを募らせていった。その感情がパーパルディア皇国をゆらがずものだとファナは知らずに。
パーパルディア皇国にルミエスとエイテスが一同に会しました。こういう展開は召喚二次でもなかなかないと思います。
フィアームがファナに敬語を使っているのは、相手が皇女という立場であることを理解しているからです。それを差し置いてもファナに対しては敬語を使いたくなりますからね、美しさ的に。
それと、活動報告にて新しい艦名を募集しております。
よろしければ、是非。