とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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今更気づいた事。
とある飛空士シリーズって「恋と空戦」がテーマじゃないですか?
この作品に「恋」ってあったっけ……?
まあ、私は恋愛模写って苦手なんですけどね……
 


第37話〜竜騎士から飛空士へ〜

ターナケインがルアキューレに襲われ、助け出された夜。助け出してくれた竜騎士のことをかっこいいと思いながらも、ターナケインは自分を恐怖に陥れたルアキューレのことを許せないでいた。

 

それに、あいつは今まで他の動物や人間を襲ってきたはずだ。それを思うと、あいつを退治したくなってくる。竜騎士に憧れたターナケインは母親に自分が竜騎士になることを言った。なんで?と理由を聞かれたらターナケインはこう答えた。

 

 

『竜騎士になって悪い魔物を殺してやりたい』

 

 

そう答えると、母親は怪訝な顔をしてターナケインを叱りつけた。初めはターナケインが竜騎士になることを叱られたのだと思っていたが、母親は生き物を殺すために竜騎士になろうとしたターナケインに怒っていたのだと理由を話してくれた。そして母親はこう言った。

 

 

『あなたが許せば、きっと光が見えてくるわ。だからこれからは、どんなことがあってもその人を許してあげて』

 

 

ターナケインには意味がわからなかった。酷いことをしてきた相手を、自分が許せるはずがない。その日、ターナケインは生まれて初めて葛藤した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空。

 

真っ青に染まった美しい空。ちぢれた雲があたり一面に広がり、すっかり秋の空に染まっている。季節は9月の終わり、まもなく10月に入る秋晴れの空であった。

 

ここはクワ・トイネ公国のラ・ヴリエル飛空場上空、空には数多くの雲が一面に広がっている。その青い空に、いくつかのオレンジ色の翼が翻った。

 

 

『ライアン!後ろに着かれているぞ!!』

『くそっ!振り切れねぇ!!』

 

 

いくつものオレンジに塗られた翼を翻していたのは、神聖レヴァーム皇国の単座戦空機である『アイレスⅡ』であった。すっかり旧式化し、練習機として払い下げられていたこの機体は、オレンジ色に塗られて若年の訓練兵にとっての愛機となっている。

 

敵役の1機のアイレスⅡが練習生のうちの1機の背後を取り、食らいついて逃さない。練習生の機体はどこに敵がいるのか分からずにあたふたと周りを見渡すが、相手はどこにも見えない。未熟な訓練生らしいミスであった。

 

そして、敵役はとどめを刺すべくアイレスⅡの操縦桿の引き金を引いた。いくつものペイント弾が訓練生の機体をかすめ、何発も着弾して色とりどりの無様な模様を作り出す。

 

 

『ライアン機、撃墜判定です』

『くそっ!やられた!!』

 

 

ライアンと呼ばれた機体が戦線を離脱する。訓練生らしいおぼつかないフラフラとした操縦で戦線を離れると、彼はそのまま遠くの空に消えていった。

 

 

「くそっ!本当に同じ機体なのかよ!?」

 

 

アイレスⅡのうちの1機に乗った訓練生、ターナケインはそう毒づいた。眼下でライアン機を叩き落とした青い機体が、猛スピードでターナケイン機とすれ違った。すかさず目で追いかける。相手を見失わないように追いかける、空戦をするときの基本である。それを教えてもらったのは──

 

 

「海猫……!」

 

 

一機だけ、青く塗られたアイレスⅡを目に焼き付ける。機体はターナケイン機とすれ違うと、そのままパンクしながら反転し、戻って来ようとする。

 

 

「くっ!!」

 

 

ターナケインは捕らえられまいと、少し遅れてバンクして反転機動に入る。海猫とは逆方向、急旋回による旋回戦だ。体にのしかかるGに耐え、機動を維持し続けたものが勝つ単純明快な空戦であった。しかし

 

 

「!?」

 

 

あろうことか、海猫の方がどんどん旋回の内側を辿っていっている。旋回半径が短いのだ、同じ機体、同じ急旋回で戦っていたはずなのに海猫の方が早く旋回している。

 

 

「くそっ!!」

 

 

毒づいて、ターナケインは旋回戦を早々に諦めた。そのまま機体を翻して逆方向に翼を翻すと、海猫が後ろにぴったりと付いてくる。

 

射撃音がすれば、すぐさまフットバーを蹴り付けて右に回避した。こうなれば、愚直にこの同じ回避機動をこなすしかない。下手に別の機動を取れば、それが隙となって今の間際の手向になってしまうからだ。

 

あっという間に後ろを取られた悔しさと、海猫に対する敵対心がターナケインを諦めさせない。最後の最後まで飛び続けると誓い、回避行動を続ける。

 

こうなれば、なんとかして後ろを取ろうとするしかない。ターナケインは後ろを取るためスロットルを引いて速度を落とし、操縦桿を左に引いて右ラダーを踏みつけた。機体がゆっくりと急横転して視界が回転する。

 

ゆったりとした機動を乗り越え、目が回りそうな機動を耐え抜く。そうすれば、急横転が終わる頃には海猫の後ろをとれるはずだ。しかし──

 

 

「なっ!?」

 

 

勝利の女神はターナケインに微笑むことはなかった。視界にいるはずの海猫が見る影もなかった。辺りに広がるのは、まっさらな雲だけだ。

 

 

「後ろか!?」

 

 

ターナケインは即座に海猫の位置を悟った。背後を見れば、海猫が上方からこちらにかけて真っ直ぐ突っ込んで来るではないか。あれは確かハイ・ヨーヨー、相手より自分の方が速度が高い時にオーバーシュートをさせないための機動だったはずだ。それをこの短時間で咄嗟に行うだなんて。

 

 

「海猫!!」

 

 

射弾が機体の横をかすめる。とっさにフットバーを蹴り付けていなかったら撃墜判定をくらっていたところだった。

 

 

「くっ!!」

 

 

なんとしてでも追尾してくる海猫を引き剥がさなければならない。こうなればもうアレしかない、海猫に勝つには奥の手を使うしかない!

 

ターナケインは勇気を振り絞った。スロットルを叩き、失われた機速を回復させる。ターナケインは機体を持ち上げ、宙返りの体制に入った。海猫はぴったりと追尾してきた。こちらの機体のやや斜め気味の宙返りの航跡をしっかりと辿りながら、なんの疑いもなく宙返りの頂点までそのまま付いてきた。

 

 

──かかった!!

 

 

さんざん打ちのめされたが、今度は自分の番だ。ここで主導権を握り返す。ターナケインは左フットバーを緩め、代わりに右フットバーを軽く蹴飛ばした。これで、海猫の後ろをとれる──が──

 

 

「!?」

 

 

突然、ガクンと機首が下がった。機体がガタガタと軋み、翼がたわむ。途端、機体の高度がぐんぐん下がっていき、高度3000メートルから一気に急降下し始めた。

 

 

「しまった!!」

 

 

これは失速(ストール)だ。焦ってターナケインはスロットルを叩く。スイッチを入れながら最大にまで押し込み、オーバーブーストを点火する。すると失われた機速が回復し、機体の揚力がもとに戻った。高度500まで降下したところで機体を水平に戻す。

 

 

──途端、機体にいくつものペイント弾が飛び散った。

 

 

「!?」

 

 

ふと見れば、こちらが失速から回復したのを見計らって、海猫がペイント弾を撃ち込んでいた。してやったりの表情をしながら、海猫は容赦なく撃墜判定をくらわせた。

 

 

『ターナケイン、撃墜判定。訓練生組全滅、訓練終了です』

 

 

淡々とした声が通信機越しに風防の中に響いた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

ターナケインは悔しさのあまり、風防の強化ガラスを叩いた。それくらいで割れはしないが、代わりにターナケインの手がジンジンと響いた。

 

無様なペイント弾に塗られた訓練生を含めたアイレスⅡの編隊は、そのままサン・ヴリエル飛空場に戻る。その道中、ターナケインの機体だけ妙に減った電力残量がターナケインの心を揺さぶった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ったくあの教官強すぎだろ……」

「本当だぜ……なんだよあの急旋回、人間のできる機動じゃねえよ……」

「俺も見失ったと思ったら急にやられたからな……」

 

 

訓練が終わり、飛空服を着替えるロッカールームにて口々に愚痴を言う訓練生たち。ターナケインは飛空した疲れを癒すために水筒に入れられた水を飲み干すと、そのまま上質なふわふわとした布で身体を拭く。ガッチリとした体型のターナケインにかぶった汗が、タオルで一滴づつ拭き取られていく。

 

 

「にしてもここの訓練過密すぎないか?午後からまた座学だろ?」

「なんでもロウリアとクワ・トイネが飛空士が今すぐ欲しいって言っているみたいなんだ。だから、カリキュラムすっ飛ばして訓練してすぐにでも実践部隊に配備されるそうだぞ」

 

 

と、訓練生の集団のエルフがそう言った。確かに、このサン・ヴリエル飛空場に隣接されたこの飛空学校のカリキュラムは過剰に見えた。この半年で結構な訓練をしてきたが、入って三ヶ月目でいきなり模擬空戦をやれと言われたときは耳を疑った。この学校の訓練は九ヶ月だと聞いていたのだから。

 

 

「本当か?それって大丈夫なのかよ?」

「いや、全部の生徒がカリキュラムをすっ飛ばす訳じゃないらしい。なんでも、特に成績と飲み込みの良い生徒が半年で訓練させられるらしいんだ」

「へぇ、ってことは俺たちは優秀ってことか?」

 

 

と、ロッカールームに陽気な笑い声が響いた。ターナケインはそれを無視しながら、服を着替える。ターナケインにとっては訓練が早くなるのはとんでもない幸運だったと言えるだろう。何せ、自分の腕前を短時間で上げられるからだ。そして、それはいずれ海猫を超えて──

 

 

「あ、ターナケインじゃないか。どこへ行くんだ?」

 

 

ターナケインの思考を中断させるかのように、エルフの青年に声をかけられた。自分はいつの間にか着替え終わり、そのままロッカールームを立ち去ろうとしていた。

 

 

「ああ、このあと座学の授業があるから部屋で勉強しようと思ってな」

「そうか、相変わらず勉強熱心だな」

 

 

ターナケインがそう言って飄々と答えると、エルフの青年は感心したような受け答えをする。

 

 

「ターナケインは今日も最後まで生き残ってたからな」

「ああ、だけどやっぱり『あれ』は無理だったみたいだけどな……」

「『あれ』は教官しかできない超次元の技だよ。俺たちじゃ絶対無理、必ず失速する。あんなの人間業じゃないぜ……」

 

 

そう言って愚痴を楽しむ訓練生を尻目に、ターナケインはそそくさとロッカールームを出ていった。この飛空学校は旧ロウリアとクワ・トイネ、クイラから志願者もしくは元竜騎士を募り、ひとまず戦空機に乗れるようになることを目指して作られた学校だ。

 

その場所はエジェイの近くにあるサン・ヴリエル飛空場に隣接されており、訓練生は現役の飛空士から厳しくも有意義な訓練を受けることができる。

 

校舎は基地の東側に作られ、帝軍、皇軍の基地を拡張した専用のエプロンが設けられている。これにより、軍属の飛空士たちの出撃を邪魔することなく訓練生は飛び立てるのだ。

 

その校舎の一角で、ターナケインは休憩室へと足を運んだ。その中には、レヴァームと天ツ上ではまだ高価な電気冷蔵庫が設置されている。中にはキンキンに冷えた黒い色の炭酸飲料が入っている。そのうちの一つを拝借すると、近くの共用栓抜きで蓋を開けた。

 

炭酸が抜ける心地よい音と共に、シュワシュワとした泡が溢れ出す。ターナケインは瓶を持って口につけると、そのまま半分ほどを飲み干した。

 

 

「お、ターナケインじゃないか」

 

 

ふと、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには端正な顔立ちをした、1人の飛空士がいた。

 

 

「ああ、ムーラさん。こんにちは」

 

 

彼はロウリア王国の元竜騎士、ムーラであった。ギムの戦いで撃ち落とされたあと、ムーラはレヴァームと天ツ上の兵士に拾われたらしく、その後レヴァームからの誘いを受けてこの飛空学校に入学したのだという。

 

 

「今日も艦爆の訓練ですか?」

「ああ、前回空母への着艦訓練をしたから、今回は爆撃の訓練だった」

 

 

彼は艦爆や艦攻、つまりは艦上攻撃機の飛空士になることを目指している。そのためまずは本物の飛空空母での着艦訓練をしながら、平地で爆撃の訓練もしている。多忙な訓練生活なのだという。

 

 

「やっぱり難しいですか?着艦は」

「ああ、難しいさ。何せ着艦しようとしたときに飛び跳ねてしまうんだ」

 

 

と話すムーラ。やはり、着艦は発艦の100倍難しいと言う話は本当のようだ。自分も将来は空母への着艦の訓練をするかもしれない、そのため彼から話をいろいろ聞いておきたかった。

 

 

「俺たちがやっているのは洋上に停泊している空母への着艦でな、飛空空母はそれなりに対気速度が出るが、まずは洋上の空母に着艦しなければ話にならないからまずそれを先にやっている」

「なるほど」

 

 

飛空空母は洋上の空母に比べて空を飛んでいるため、速度が速い。風上に向かって最大船速の60ノットで突き進めば、それなりの滑走距離を稼げるのだ。だが戦場は常に変化していく、常に飛空空母が空中にいるとは限らないのだ。時には洋上に停泊している空母に着艦しなければならないこともある。そうなった場合は、ほぼ停止しているのと同然の滑走路260メートルほどの空母に着艦しなければならない。

 

その難易度は熾烈を極める。座学で習ったことだが、空母への着艦は着艦フックを使って着艦するらしいが、それに引っ掛けるのがものすごく大変らしい。未熟な飛空士ではすぐにタイヤが跳ねてしまい、思うように着艦できないのだ。フックに引っ掛けるのも大変になる。

 

 

「爆撃の方はどうでしたか?」

「ああ、それなら聞いてくれ。今回の爆撃は高度400で成功させたんだ」

「それはすごいじゃないですか!」

 

 

ターナケインはそう言ってムーラの技量に感化する。艦爆の急降下爆撃は高い高度から一気に角度をつけてダイブし、爆弾の標準を定めるやり方だ。洋上の敵が相手だと、海面に激突する可能性を考慮して未熟な兵士は高度800程度で爆弾を落とすことが多い。

 

が、ムーラは熟練兵のやる高度400で爆弾を落として成功して見せたという。訓練してから数ヶ月の現段階でそれを成功させるのは物凄い偉業であった。

 

 

「さすがは『艦爆のシード勢』と言われるだけはありますよ」

「よしてくれ、君だって戦空機のシード勢じゃないか」

 

 

シード勢、それはさっきのロッカールームの話でも出てきた極めて優秀な生徒たちのことである。ターナケインを含めた一部の優秀な生徒は、その飲み込みの速さを買われて訓練の内容を前倒しにしてすぐにでも実戦配備できるように仕向けているのだ。

 

なんでもロデニウス戦役が終わり、レヴァームと天ツ上の主導の元軍の近代化をしているクワ・トイネとクイラ、ロウリアが、今すぐにでも使える飛空士を欲しがっているからだそうだ。

 

 

「ところで、やっぱりシード勢とはいえ訓練が過密すぎませんか?」

「ああ、俺もそう思うよ。毎日過密すぎて疲れる……」

「知ってます?仕事が増えたのは俺たちだけじゃない見たいです。レヴァームと天ツ上があたらに国交を開いた国に武器を売るらしくって、軍需産業の作業員たちは大忙しだそうです」

 

 

こうした軍の近代化はロデニウス大陸だけでなく、最近レヴァームと天ツ上が新たに国交を開いたシオスやアルタラス、イルネティアという国でも行われているそうだ。旧式の装備やレンドリース、さらにはモンキーモデルまで多岐にわたる装備を輸出しているそうだ。

 

しかもただ輸出するだけでなく、パーツだけを輸出して現地で組み立てる方式をとることで、技術力を高める試みもあるそうだ。現在は在庫処分を兼ねた旧式品だけだが、いずれは他の装備や海軍艦艇まで輸出されるというらしい。新たな顧客が増えて、レヴァームと天ツ上の死の商人たちはウッキウキだろう。

 

 

「なるほどな、これから俺たちは忙しくなりそうだな……」

「ええ、頑張らなくては」

「あ、ターナケイン君にムーラさんじゃないですか」

 

 

ふと、2人の会話に入ってきた凛とした声が休憩室に轟いた。声のした方向を見れば、栗色の髪をポニーテールに束ねた1人の女性がコーラを片手に立っていた。

 

 

「あ、メリエル教官、こんにちは」

「2人ともこんにちは、お昼休憩中?」

「は、はい、今お互いの訓練内容について語ってました」

 

 

いきなり目の前に女性が現れたことに少しおどおどしながら、ターナケインは返事をした。我ながらあどけなさが残るのが少し情けなく思う。自分は学生時代、竜騎士になる勉強ばかりしていて青春を謳歌したことがなかったからだろう。

 

 

「どうしたの?ターナケイン君?」

「い、いえ……なんでもありませんよ」

「ん?そう?にしても今日もシャルルさんは容赦なかったよね……訓練生相手なんだから少しは手加減を覚えて!ってくらい」

「そんなにキツかったのか?」

 

 

ムーラがターナケインに質問してきた。たしかに、今日の訓練もそうだが海猫の訓練は手加減がない。ターナケインが失速をした時だって、立て直したと思ったらすぐに撃墜判定をもらった。

 

 

「…………たしかに手加減はありませんね。ですが、その方が自分の糧になるのでちょうどいいです」

 

 

そう、それだけ相手が強ければ自分も強くなれるはずだ。そしていずれは海猫を超えて──

 

 

「みんな揃って何やっているんだい?」

 

 

と、飄々とした気の抜けた声が休憩室に轟いた。ふと振り返ると、そこには雑多な書類を抱えた1人の黒髪の青年が立っていた。ロデニウスでは珍しい薄桃色の肌の人間種、ターナケインより少し高い背丈、彫りの深い顔立ち、透き通った水色の目。彼は──

 

 

「シャルルさん!どうしてここに?」

 

 

彼は海猫こと、狩乃シャルルであった。ターナケインは彼の存在を見るなり少し怪訝そうな顔を見せる。

 

 

「今日の訓練の報告書をまとめてアントニオ大佐に提出するところだったんだ。うちの生徒は曲者ばかりだからね」

「…………」

 

 

ターナケインはそう言って淡々と語るシャルルをこっそりと睨んだ。そんなことなど梅雨知らず、シャルルはムーラに向き直る。

 

 

「それよりムーラ、報告書を見たよ!今日高度400で爆弾を落としたそうじゃないか、危ないからやめてくれって艦爆の教官が言っていたよ」

「え!?ですが教官、急降下爆撃で爆弾を落とすのは高度400が一番最適だって」

「それは熟練兵の話。まだ訓練生の君にそんな危ない事させるわけにはいかないから従って。せめて高度600にしてくれないか?」

 

 

そう言ってシャルル教官はムーラに注意を促した。

 

 

「それからターナケイン!君また()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よね?」

「…………」

「あれは君にはまだできないって何度言ったら分かるんだい?とにかく、次やったらシード勢から外すように通達するからね?」

 

 

うるさい。俺がどんな空戦技術を使おうが勝手じゃないか、とターナケインは不貞腐れた。たしかに出来ないような空戦技能を使ったのは悪いかもしれないが、いずれはあの機動を真似して見たいのだ。そう、あの時相棒を殺した、空に浮かぶようなあの機動を──

 

 

「分かりました……」

「よし、2人とも以後気をつけるように」

 

 

だが、今はその時じゃない。奴を殺すのは俺が立派な飛空士になってから、奴が油断し切っている時である。まだ、その時じゃない。

 

 

「それからターナケイン?」

 

 

まだ何かあるのか?と、ターナケインは振り返る。

 

 

「あの時、なぜ同じ機体なのに僕の方が君より早く旋回できたか分かるかい?」

「え?」

 

 

と、自分がさっきの模擬空戦で一番疑問に思っていたことを質問された。ムーラとの話で若干忘れそうになっていたが、どうやら答えを教えてくれるらしい。

 

 

「分かりません……」

「あれは旋回すると同時に同じ方向のラダーを入れていたんだ。そうすると、少しだけ旋回速度が早くなるんだ」

 

 

そうだったのか、とターナケインは納得した。ラダーは今まで横滑りして射弾を回避する時にしか使っていなかったが、どうやらそれ以外の使い方もあるらしい。ターナケインは憎き仇からまた一つ情報を聞き出した。

 

 

「ありがとうございます、今度やってみます」

「うん、ターナケインは飲み込みが早いからね。期待しているよ?」

 

 

と、シャルルはこちらの気持ちなど意図もせず、そうエールを送った。どうやらシャルルはターナケインが恨みを持っていることについて気づいていないらしい。まだこちらのことを部下や生徒だと思っているのだろう。なら──

 

 

「その油断し切った背中にナイフを突き刺してやる……」

 

 

ターナケインは誰にも聞こえない声で、そう呟いた。それが、2人の運命を変えるものになるとは梅雨知らず。

 


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