とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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この後のパ皇戦ほんと悩んでる……
レミールの嫉妬をうまく活かさなければ。


第38話〜軍祭の動乱その1〜

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上と接触を果たしたパーパルディア皇国では、緊急の帝前会議が執り行われていた。内容はレヴァームと天ツ上に対して、これからどう付き合っていくかについての緊急会議だ。

 

 

「あんなものは所詮ハリボテ!大した力などないわッ!」

「そもそも文明圏外の蛮族が作ったものなど、我が皇国からすれば鎧袖一触!あんなデカブツ戦列艦のいい的だわッ!!」

「ではなぜその蛮族が作ったものを我々が真似できない!!あの飛空船は我が国で作れるか!?」

「そもそも戦列艦が空の目標に当てれるか!?出来ぬだろうに!!」

「なんだと!?貴様奴らの肩を持つのか!?」

「お前こそあいつらの船を見て実力が分からぬとは!!相当な馬鹿なんだな!!」

「なんだと!!!」

 

 

その会議はこれでもかというくらい荒れに荒れていた。ここでは第一外務局から第三外務局まで、さらには軍部の人間までもが集まって会議が行なわれていた。

 

なぜ彼らの会議がここまで荒れているのか?それはパーパルディアのプライドが原因である。

 

新たに接触してきた神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上。彼らは東の果ての海の上に存在するらしく、それは彼の国が文明圏外に属することを意味する。文明圏外と文明圏の間には「越えられない壁」と呼ぶべき圧倒的な差が存在し、さらには列強国とでは足元にも及ばない。

 

だから、パーパルディア皇国の面々も新たな文明圏外国をどう料理するか。どんな要求を突きつけて搾取しようかとそれだけしか考えていなかった。

 

しかし、彼らの船が姿を現した時に全てが変わった。彼らの船はあろうことか、()()()()()()()()()()()()

 

空を飛ぶ船、それはパーパルディアでは真っ先には飛空船を思い浮かべる。飛空船とはパーパルディアが属国化しているパンドーラ大魔法公国などで運用されている空飛ぶ木造船だ。

 

だが、それはあくまで空を飛ぶものであって、その実用性は船としての能力に限られる。飛行する時は滑走が必要だし、常に飛行しなければならない。そして何より水上にしか着水できないものだ。当初期待されていた「敵陣の後ろに兵を下ろす」と言った運用はできないものだった。

 

しかし、彼らは違った。不安がる市民を他所に皇都エストシラントに到着したレヴァームと天ツ上の飛空船は、なんとそのまま()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これにはパーパルディアの面々は面食らった。もちろん、彼らの船に魔導砲が数個しか配置されていないことから「大したことない」と考える人間がいた。列強パーパルディア皇国のプライドが彼らの力を認めさせようとしていないのだ。

 

 

「静粛にしてください!皇帝陛下の前ですぞ!!」

 

 

司会進行役のエルトが波乱に満ちた会議室を制した。今回の会議にはルディアス皇帝陛下も参加している。仮にも皇帝陛下の目の前で無様に口論をするのはあってはならないことだ。

 

 

「…………ここは皇帝陛下に御意見を聞いてみましょう。皇帝陛下」

 

 

そう言ってエルトは皇帝ルディアスに意見を聞いた。皇帝陛下の意思はパーパルディアの意思だ、会議が進まないのなら彼から意見を聞くのが一番手っ取り早い。

 

しかし、当の皇帝ルディアスはというと椅子に腕を組んで座っており、何やら俯きながらぶつぶつと言っている。どうやら耳に入っていないようだった。

 

 

ファナ殿下……ファナ殿下……

「皇帝陛下?」

「ん?ああ、すまない。少し考え事をしていた……」

「そ、そうでしたか。ところで、皇帝陛下はこの案件どう思われますか?」

「え?」

「え?」

 

 

と、間の抜けた疑問の声が重なった。一回目がルディアス、二回目がエルトである。

 

 

「え、えっと……レヴァーム、天ツ上と今後どう付き合っていくかどうかについてです」

「あ、ああ。そうだな……」

 

 

と、皇帝ルディアスは気を取り直して全員に向き直った。

 

 

「余は、レヴァームと天ツ上とは良い関係を築いていきたいと思っている」

「「「「え?」」」」

 

 

会議室にいた面々全員が面食らった。いや、何かの聞き間違いじゃないかとエルトはルディアスに恐る恐る聞き直す。

 

 

「そ、それは皇帝陛下のご意志でしょうか?」

「ああ、そうだ。()()レヴァームとは今後とも対等な関係を築いていこうと思っている」

「……………」

 

 

唖然茫然、会議室にいた全員がそう感じて口をまぬけに開けた。いつものルディアスの考えなら、おそらくいつも文明圏外国にやっているように徹底的に見下し、理不尽な要求を突きつけるだろう。だが、ここ数日のルディアスは様子が変だった。

 

そう、ちょうどあのファナとかいうレヴァームの皇族がやってきときからルディアスはまるっきり変わってしまった。まるで取り憑かれたかのように彼女のことを思い出し、仕事に熱が入らず、いつものキレが無くなってしまった。

 

例えば、こんな事もあった。レヴァームと天ツ上の使者と会談した時、レヴァーム側から「ロウリア王国の借金について」の言及があった。パーパルディア側は何のことやら分からなかったが、すぐに国家戦略局に徹底的な調べが入った。

 

そこで明らかになったのは、国家戦略局が国家予算の数パーセントを着服してロウリア王国に()()()支援を行っていたという事案だった。

 

これがバレ、今までレヴァームと天ツ上について黙って隠蔽していたイノスとパルソは皇帝陛下の真前に呼び出され、周りから徹底的な追及を受けて「どうか自分の首だけはお許しください」の意味を込めた()()()()()()()()

 

しかし、当のルディアスはあまり怒らずに、そのまま聞き流してしまった。そしてあろうことか、国家予算を着服した彼らを許してしまったのだ。もちろん、イノスとパルソが着服分を帳消しにするため自身の給料や資産を突き込んでいたこともあり、許す余地はあったのだが、ルディアスのそれは「慈悲」ではなく「適当」に近かったのだ。

 

ルディアスはファナと出会ってから何か様子がおかしい。それがパーパルディア皇国の重役達の感想であった。

 

 

「結局帝前会議は喧嘩別れで終わり、皇帝陛下は上の空。全く話にならんな……」

 

 

数時間にわたる会議が終わった後、文明圏外を扱う第三外務局所属の局長カイオスは自身の執務室でそう呟いた。結局、あの会議は何の決め事もなく強制終了した。

 

パーパルディア皇国第三外務局。皇宮から離れた施設の外側に位置するこの部署は、レヴァームと天ツ上でいう外務省である。

 

パーパルディア皇国では外務局は三つある。第一外務局は皇宮の内部に存在し、文明圏の五大列強国のみを相手にした外交を執り行う。外務局の中でもエリート中のエリートが集まる部署だ。

 

第二外務局は皇宮の外側に位置し、列強国以外の文明圏に属する国家を相手にする。国力を後ろ盾にし、国益をいかに引き出すかが求められる部署だ。

 

そして、第三外務局は文明圏外の国、いわゆる蛮国相手の仕事である。いかに高圧的に出て、相手から搾り取れるかを競う部署だ。蛮国は数が多いため、外務局人員の6割がここに所属している。

 

 

「まあ、ルディアス陛下があの皇女にお熱なら、戦争が起きるとは思えないが」

 

 

カイオスはルディアスがあのレヴァームの皇女に惚れていることを見抜いていた。そのせいで仕事が手につかない事も、同時に分かる。どんなに威厳と権力があろうと、ルディアスも所詮一人の男。あの美貌を見せられて惚れないわけがない。

 

それは良いのだ、カイオスが懸念していたレヴァームと天ツ上を怒らせるかもしれない案件は、ルディアスがお熱な限り起こらないだろう。なぜならルディアスはファナにぞっこんで、何とかして気に入ってもらおうとするからだ。そのため、レヴァームと天ツ上の怒りを買うようなことはしない筈である。

 

 

「ここは、軍祭への攻撃も訂正する必要があるな。そもそもを中止するべきか、それとも攻撃対象をガハラのように限定するべきか」

 

 

カイオスはそう言って報告書を見る。そこには天ツ上の艦隊がフェン王国での軍祭に招かれたことを示すスパイからの情報があった。

 

フェン王国はパーパルディアの東側にある魔法のない国だ。縦150キロ、厚さ60キロの勾玉のような形をした島国で、カイオスはフェン王国に対し国土拡張政策の一環として、首都アノマキ近くの地帯の献上を求めていたのだ。

 

その場所は森林地帯であり、フェン王国としては使用していない土地を差し出してパーパルディアに忠誠を誓い、準文明圏として認められて技術の提供を受けることができる。これ以上ない好条件だった。

 

しかし、フェン王国は拒否。ならばと第二案として同場所を498年間、つまりは約500年間の間だけ租借する案を出したが、これも拒否された。

 

皇国の顔を潰された。そう判断した第三外務局は指揮下にある監察軍艦隊を派遣してフェンへと懲罰を与える事を計画していた。その日はわざと軍際の日に決められており、各国の武官が集まる中徴罰を加える事で、皇国に逆らった国がどうなるのか見せしめにする予定だった。

 

しかし、天ツ上が参加するなら話は別だ。情報によると天ツ上はレヴァームの同盟国、万が一彼らに攻撃を加えれば、レヴァーム側の機嫌を損ねることは間違いない。そうなれば、攻撃をした自分は首を切られる可能性もある。自身の保身のためにも、攻撃を加えることはやめた方がいいだろうか?

 

と、カイオスがそこまで考えていたところで、突然ノックもなしに執務室の扉が開けられ、職員が飛び出してきた。

 

 

「カイオス様、緊急事態です!」

「何事だ?」

 

 

失礼します、の一言も忘れているのを見る限り、彼は相当焦っているようだった。カイオスはノックもなしに入ってきたことはひとまず置いといて、彼に話を聞いた。

 

 

「先程、皇女レミール様が東洋艦隊に対し『フェンの軍祭へ参加している天ツ上艦隊へ攻撃せよ』と命令したとの報告が!」

「なんだと!?」

 

 

カイオスは冷や汗をかきながら、その言葉に驚愕した。その命令にどんな意図が隠されているかを知らずに、カイオスは執務室を出て行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

天ツ上の艦隊がフェン王国にいた理由は、少し話を遡らなければならない。日時はかの第一使節団艦隊がレヴァームを出航した9月1日、第一使節団艦隊は実は一番最初にレヴァームに一番近いフェン王国を訪れていたのだ。

 

同時に分隊がガハラ神国との接触も果たしており、彼らとの国交も開設できていた。一方、フェン王国の首都アマノキ。そこは古い様式の天ツ上風の建築物が立ち並び、立派な城と天守閣も存在する。その場所で今からレヴァーム、天ツ上の使者と剣王シハンとの会談が行われようとしていた。

 

 

「身が引き締まりますね、この国は」

「ええ、まるでかつての天ツ上のようです」

 

 

国中が厳格な雰囲気に包まれていて、身が引き締まる。それが外交担当として第一使節団艦隊で派遣されたアメルと島田はそんな感想を抱いていた。文化が天ツ上に似ており、所々似ている部分があるほど親和性がある。

 

サムライの治める国、それがフェン王国の第一印象だ。天ツ上が近代化でいつの間にか忘れてしまいそうになっていた、かつてのサムライの生き様。それが感じられる。もちろん、彼らの使っている武器が西洋剣であったり、国民全員が兵士だったりと差異はある。だが国交を開けば、天ツ上人にとっても良い場所になることだろう。

 

 

「剣王陛下の御成り!!」

 

 

側近が襖を開けると、中から1人の壮年の男性が出てきた。アメルと島田は立ち上がって礼をする。どちらもレヴァーム式と天ツ上式に分かれているものの、伝わっているようだ。

 

アメルは数秒の礼を終えると、そのまま剣王に向き直った。飾らない王、それが剣王シハンに対する最初の印象である。着流しの天ツ上風の服に身を包み、壮年らしい白髪と短い白髭を蓄えた古き良き天ツ上人と言った印象だ。

 

 

「そなた達が、レヴァームと天ツ上の使者か」

 

 

迫力のある、ハキハキとした声が轟く。アメル達は1発で彼の技量を読み取った。声は低いが、よく通る声でどこか懐の大きさを感じさせられる。肉体は壮年ながらもよく鍛えられ、この場で斬られようものなら死は避けられないだろうと思う。

 

 

「はい。我々は貴国と国交を締結したく、参りました。ご挨拶として、両国の品々をご覧下さい」

 

 

剣王と側近達の前に、外務省職員達が持ってきた様々な「品」が並べられる。レヴァーム製の小型電化製品だったり、天ツ上で取れた真珠のネックレス、両国の伝統製品、そして西洋剣と東洋刀だ。

 

剣王シハンは真っ先に刀剣に興味を持った。やはり、この国が「剣に生き、剣に死ぬ」国であるからだろうか。剣王シハンは着飾られたレヴァーム製の西洋剣ではなく天ツ上製の東洋刀を手に取った。機能美に溢れた、美しい刀身が鞘から飛び出す。

 

 

「ほう……これは良い剣だ。貴国にも優秀な刀鍛冶がおられるようですな」

 

 

刀身を眺め、惚れ惚れとした表情をするシハン。その傍らで、側近達も思い思いに品物を検分する。

 

 

「着物も見事なものです」

「これは……おお、光がついたぞ!」

 

 

剣王とその側近達はレヴァームと天ツ上の品々を見て感じていた、この国は最近できた新興国家ではないことを。剣王達にはレヴァームと天ツ上の言うレベルの国家であることが信じられないでいた。やれ人口2億1000万だの、建国3000年だの大ホラ吹きもいいところだと思っていた。が、彼らの品々を見てその考えを改めざるを得なかった。

 

 

「失礼ながら、私はあなた方の国をよく知らない」

 

 

島田とアメルはシハンの口調に疑問を感じたものの、黙って耳を傾ける。

 

 

「レヴァームと天ツ上、あなた方の言うことが本当ならば凄まじい国力と対等な関係が築けるし、夢としか思えない技術も手に入る。我が国としては申し分ない」

「それでは──」

 

 

シハンはアメル達の明るい顔を遮るかのように話を続けた。

 

 

「しかし、国ごとの転移などとても信じられた話ではない」

「たしかにそう思われても仕方がないでしょう。ですが、貴国が使者を我々に送ってくだされば分かるかと」

「いや、我が目で確かめたい」

「と申されますと?」

 

 

アメルの問に、シハンは窓の外が見える位置に移動した。窓から見える外は青々とした海が広がり、その海に一隻の船がいた。神聖レヴァーム皇国のボル・デーモンである。

 

 

「貴国ではあのような鋼鉄の飛空船が多数配備されていると聞いた。それらは水軍のように編成されていると聞く」

「はい、我々はあの規模の飛空艦を多数保持しております。飛空艦隊もレヴァームと天ツ上では多数編成されておりますので」

「ふむ、ではそのうちの一つでも親善訪問として我が国に派遣してくれぬか?」

「良いのですか?」

「良い。実は近々我が国で『軍祭』と呼ばれる催し物が執り行われるのだ。そこで貴国の力を見せつけて欲しい」

 

 

アメル達はシハンの言っていることに面食らった。たしかに、レヴァームと天ツ上は砲艦外交の一環としてこの国へとやってきたが、それは力を見せるためではなく舐められないためだ。

 

他国で自分の力を見せるなど、やっていいことではない。何かあれば大問題に発展しかねないし、国同士の仲が険悪になることは間違いない。だが、彼はむしろ自ら「力を見せろ」と言ってきた。

 

それはやはりこの国が剣に生き、剣に死ぬ国であるからだろうか。武人の国では力が全て、力ある人が敬われ、力なきものは権力があっても馬鹿にされる。フェン王国はそんな国だという、その生き様が「力を見せろ」という答えに結び付いたのだろう。

 

レヴァームと天ツ上はその報告を聞いて、近々派遣しようとしていた第二使節団艦隊をパーパルディアに派遣した後にフェン王国に向かわせるとし、軍際の日に間に合うように仕向けた。こうして、天ツ上の艦隊がフェン王国に集まることになったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年9月25日

 

 

『眩しいな』

 

 

ガハラ神国風竜隊隊長スサノウは、隣国フェン王国の首都上空を飛行していた。フェン王国が五年に一度開催している『軍祭』、今年の軍祭はかつてない盛り上がりを見せていた。

 

スサノウ達は親善として風竜3騎で編隊飛行を披露していた。彼のように、この軍祭では各国の武官が多く参加し、自慢の武具を見せ合っている。各国の軍事力の高さを見せつけることによって、他国を牽制する役割もある。

 

だが、文明圏の国は「蛮国の祭りに興味はない」とし、参加していない。「力を見せるまでもない」というのも本音だろう。

 

スサノウは今回から初めて参加した『天ツ上』という新興国家の船をみやる。常軌を逸脱したかのような巨大船が、空に浮いていた。バタバタと両舷にある風車を回し、空中にピタリと停止している。何隻もの大小様々な大きさの船が空に立ち並び、その中には風竜が着陸できそうなくらい大きい船もある。

 

 

「そうだな、確かに今日は快晴だ」

 

 

相棒の風竜の呟きに、スサノウは反応した。風竜は知能が高く、人の言葉を理解しており、念話による会話も可能だ。

 

 

『いや、太陽ではない。あの巨大な船達全てから、線状の様々な光が高速で照射されているのだ』

「船から光?何も見えないが?」

 

 

そう言ってスサノウは船を見やった。かの船には、マストらしき巨大な構造物の上にくるくると回る物体がついている。

 

 

「フッ……人間には見えまい。我々が遠く離れた同胞との会話に使用する光、人間にとっては不可視の光だ。何が飛んでいるかも確認できる、その光に似ている」

「風竜だからわかるのか?どれくらい遠くまで?」

「個体差がある。ワシは120キロくらいまで見ることができる。あの船が出している光はワシのより少し強い」

「……まさかあの船は遠くの船と魔力通信以外の方法で通信できたり、見えない場所で飛んでいる竜を見つけることができるのか?」

『あそこにいる船の全てがそのようだな』

「天ツ上……何だかすごい国じゃないか」

 

 

スサノウは天ツ上の船を見遣りながら、そう感心した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「まさか、他国の領海内で訓練を行うとは思わなかったな」

「ええ、本当です」

 

 

第二使節団艦隊旗艦、飛空戦艦敷島。その艦橋内で艦隊司令官の八神武親中将と敷島の艦長の瀬戸衛は、外の景色を眺めながらそう言った。

 

前にパーパルディア皇国を訪問した第一使節団艦隊はそのままレヴァーム本土に帰国した。代わりに第二使節団艦隊がこのフェン王国への軍祭に派遣されている。

 

 

「にしても……いつ見ても過剰なほどの大艦隊だな」

 

 

そう言って八神司令は近くの護衛艦たちを見据える。そこには天ツ上最新鋭の重巡空艦龍王型や高蔵型が悠々と空を泳いでいた。

 

高蔵型重巡空艦と龍王型重巡空艦は帝政天ツ上海軍の誇る最新鋭重巡空艦である。高蔵型は神出鬼没をモットーとする天ツ上機動艦隊の中核を握り、艦隊の護衛に担う艦である。そして、龍王型はその後継艦である。

 

重巡空艦『高蔵』

基準排水量:1万3000トン

全長:203メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置4基

武装

15.5センチ連装砲

上部4基8門(前部2基、後部2基)

下部5基10門(前部3基、後部2基)

12.7センチ連装高角砲計8基16門

三連装酸素空雷発射管2基6門

25ミリ連装機銃14基(上部4基、下部10基)

 

 

重巡空艦『龍王』

基準排水量:1万5000トン

全長:200メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置4基

武装

20.3センチ連装砲8基16門(上部5基、下部3基)

12.7センチ連装高角砲8基

25ミリ連装機関砲8基

13ミリ連装機銃12基

三連装空雷発射管4基(両舷に装備)

 

彼らは使節団艦隊と言っているが、その実は調査団に近い。艦隊には有事の際に合わせた空母や戦艦が配備されている。さらには、フェン王国での軍祭が終わったら天ツ上本土でさらに増援が加わる予定だ。

 

これには訳がある。第二使節団艦隊がこれから向かうのは、レヴァームと天ツ上が転移してきた星の東側とグラメウス大陸。つまりは未開拓の地域である。国交締結よりも、そこに国家が存在するのかどうかを確かめるのが本来の目的だ。

 

そのため、何が起こっても良いようにこの規模の艦隊編成となっている。その任務の一環として、このフェン王国にて軍祭にやって来たのだ。

 

 

「それほどこの国は我々の力を見たいのだろうか?」

「おそらくそうでしょう、この国は剣に生き剣に死ぬ国だと言います。その実力主義の観点では、弱い国は相手にできない。だからこそ、我が国の力が見たいと言ってきたのでしょうね」

 

 

瀬戸艦長はそう言って自身の憶測を語った。確かに、この国は実力主義の国だ。魔法がない代わりに国民全員が男女問わず剣を学び、実力のないものは馬鹿にされる。そんな国である。外交も同じように実力のある国が慕われ、実力のない国は馬鹿にする。そんな文化がこの艦隊の派遣を推進したのだろう。

 

 

「…………いや、本当にそうかね?」

「何がです?」

「この国は先日、パーパルディア皇国からの提案を断り、目をつけられていると聞いた」

「そうだったのですか?初耳です」

「ああ、その中でのこの軍祭、おかしくはないか?」

「まさか……フェン王国が我が国を戦争に巻き込むためにこの軍祭に招き込んだと?」

 

 

そう言われた八神中将は、自身の憶測に頷いた。

 

 

「……だとしたらあのシハンという男は相当なキツネですよ」

「あくまで可能性の話だ。確証はないがな……」

 

 

確かに、おかしかった。フェン王国と接触したのはパーパルディア皇国との提案を断ったその日であった。ますます怪しくなってくる。

 

 

「信じられんな……」

「しかし、間違いありません」

 

 

と、彼らの会話が一区切りしたところで電探の観測員が驚嘆の声を上げていた。

 

 

「どうした?」

「ああ、艦長。逆探知機を見ていたのですが、上空の風竜からレーダー波に似た電波が照射されているんです」

「何だって?」

 

 

そう言って瀬戸艦長と八神中将は二人揃って電探の逆探知装置を覗いた。これは神聖レヴァーム皇国から輸入したPPIスコープで、今までの電探の電波の表示画面のような波線ではなく、丸い画面に点を移すものだ。その丸い画面上に点が三つほど写っている。確かに電波が照射されているのは間違いなさそうだ。

 

 

「本当だな……」

「まさか、生物から電波が出ているとは思いませんでした」

「つまりは機上電探のような物か……」

「これは早急に対策が必要だな」

 

 

機上電探。その名の通り飛空機械の上に搭載する電探のことで、レヴァームと天ツ上では陸上攻撃機や爆撃機などの一部の大型の機体にしか搭載されていない。しかし、この世界の生物がそれに似たようなものを持っているとしたら、こちらも対策が必要だ。早急に上に機上電探の配備を具申しておかなければならない。

 

 

「艦長、そろそろ時間です」

「そうか、よし!全艦戦闘配置につけ!!」

 

 

瀬戸艦長の号令一下、敷島の乗組員たちが一斉に艦内を駆け回った。ある者は砲塔につき、またある者は対空機銃についた。僅か三分ほどで全員が戦闘配置につくと、彼らはそのまま艦長の号令を待つ。

 

 

『さあ、これから帝政天ツ上の軍船の力をお見せしましょう!!』

 

 

地上にいる天ツ人の軍人が通信機越しにそう掛け声を上げた。どうやら気合が入っているらしく、いつになく声のトーンが高い。

 

 

「まったく騒ぎおって……艦長、フェン王国に一つデッカイものを見せてやれ」

「はっ!全艦主砲砲撃戦用意!!砲門開け!!目標、右前方の標的艦!!!」

 

 

彼の号令の下、敷島の誇る46センチ連装砲塔が電圧でゆっくりと回転し始める。重さ1000トン近い主砲塔が回転する様はそれだけで見るものを圧倒する。

 

 

『全砲門照準完了!!』

「よし……撃ち方始めっ!!」

 

 

途端、耳を塞ぐような轟音が空気を震わせた。爆裂する雷のような音が、環境にいる人間の耳すら揺らし、頭を揺さぶった。その音は対岸にいたフェン王国の人々の耳を貫き、その轟音は天守閣にいたシハン達にも聞こえていた。

 

撃ち出された46センチ砲弾はそのまま寸分の狂いもなく水平にから撃ち下ろされ、廃棄された標的艦の目の前に着弾すると、信管が反応して爆発。頭を揺さぶるような轟音が、海全体を轟かせた。

 

 

『目標消滅!!』

 

 

目標の軍船はものの見事に消滅していた。爆裂が凄まじすぎて、燃える暇もなく吹き飛んでいたのだ。

 

 

「よし、デモンストレーションは終わった。あとは……」

「艦長」

 

 

と、瀬戸の命令を遮るように通信員が声を上げた。

 

 

「どうした?」

「ピケット艦から報告。ここから西の方角から近づく飛行物体を発見しました。速力350キロにて接近中です」

「…………ここから西といえばパーパルディア皇国でしたね?」

「ああ、悪い予感が当たったようだな」

「どうしますか司令?相手はワイバーンより速い350キロは出ています。おそらく改良種かと思われます」

「改良種であろうとそうでなかろうと、攻撃を加えてきたら正当防衛だ」

 

 

そう言って八神司令は右手を上げて号令を上げた。

 

 

「全艦に通達!対空戦闘用意!上空直掩機、援護に入れ!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊所属のワイバーンロード部隊20騎が、フェン王国に懲罰を加えるために首都アマノキ上空に来ていた。竜騎士レクマイアは気分を高揚させながら上がる士気に心躍らせていた。

 

軍祭にいる各国の武官に、フェン王国のような皇国に逆らった愚かな国の末路がどうなるのかを知らしめるため、あえてそこの祭りに合わせて攻撃の日が決定されている。

 

しかし、今回の命令には外務局監察室所属のレミール皇女から、直々に新たな命令が下された。

 

 

『軍祭にいる天ツ上の飛空船艦隊を攻撃せよ』

 

 

レヴァーム、天ツ上という国の情報はレクマイアも聞いてはいた。生意気にも目立つ飛空船で国交開設にやってきた愚かな国なのだという。この軍祭にその艦隊がいる、ならばその艦隊を攻撃せよというのがレミール様のお考えなのだろう。この命令には報酬がたんまりとついてくる、兵士達の士気も高い。

 

 

『ガハラの民には構うな!天ツ上の艦隊を……!?』

 

 

と、飛来してきたワイバーン隊の隊長格が何かを発見した。

 

 

『な、何だあれは……!?』

『飛空船?にしても大きすぎる!!』

『馬鹿な!飛空船が空中に停止しているだと!?』

 

 

目の前に映る光景に、驚嘆の声を上げる竜騎士たち。レクマイアを含めた全員が、その偉容に目を見開く。その飛空船は遠くから見てもわかるくらいとてつもなく巨大だった。そして、船体は黒光しており、まるで鉄でできているかのような偉容である。

 

 

『うろたえるな!栄えある皇国竜騎士団はあんなデカブツには屈しない!!続けぇ!!』

 

 

上空まで到達すると、彼らは一気に降下をし始めた。口に火球を携え、艦隊の一番中央にいる船に向かって全騎が降下してゆく。

 

 

『撃てぇ!!』

 

 

ワイバーンロードの強化された火炎弾が、そのまま巨大飛空船へと殺到していった。あたりが熱に震え、朦々と煙が立ち昇る。

 

 

「やったぞ!!」

 

 

してやったりの表情を浮かべ、レクマイアは喜びの声を上げた。敵の飛空船は炎上、おそらく船体の殆どが砕け散って燃え盛っていることだろう。しかし──

 

 

「!?、そんな馬鹿な!!」

 

 

相手の飛空船はまったくびくともしていなかった。所々炎上しているだけで、まだ悠々と空を飛んでいる。信じられない、空を統べる覇者であるワイバーンロードの火球が効かないなんて。

 

 

「!?、何だあれは!?」

 

 

突然、誰かが太陽を指差してそう言った。レクマイアは快晴の空模様の中を見据える。すると、何やら黒点のようなものがこちらに向かってきているように見えた。目のゴミか?と思ったが、辺りに「オオオオオン」という謎の音が聞こえてきた。それが奴の発する音だと気づかずに一騎のワイバーンが爆ぜた。

 

 

「え?」

 

 

さらに一騎、また一騎と次々にワイバーンロードが光弾に貫かれた。

 

 

「な!?」

 

 

まるで光のシャワーだ。その光のシャワーは狙ったようにワイバーンロードに炸裂し、竜騎士ごとワイバーンロードを貫いていく。

 

 

『さ、散開しろ!!』

 

 

隊長騎からの号令一下、レクマイアは騎体を操って急旋回した。ワイバーンロードの時速は350キロ。それだけの速度が出れば、十分振り切れるだろうと、そう思っていた。

 

 

「なに!?」

 

 

後ろにぴったりと、その黒の異形が付いてきた。黒の異形は後ろに風車を持ち、胴体が蚊のように尖っており、翼は折れたわけでも無いのに折れ曲がっていた。なんだあれは、列強のワイバーンロードに追いつけるなんて、一体なに奴だ!?

 

と、レクマイアのワイバーンロードに光弾が炸裂した。血飛沫を上げ、ワイバーンロードは力尽きてしまい、そのままヘタリと翼の揚力を失って行った。レクマイアはそのままゆっくりと、海へと落ちて行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「敵ワイバーン!全騎撃墜!!」

 

 

瀬戸艦長と八神司令はその報告にひとまず安堵した。ワイバーンに狙われたのは艦隊の中央にいたこの敷島であったが、艦長の気転で事前に甲板作業員を中に収容していたため、負傷者は出なかった。

 

そして、正当防衛として上空で編隊飛行をしていた真電改隊に、ワイバーンの撃滅を指示したら、あっという間に片付けられた。改良種なのでどれくらいの実力があるか分からなかったが、真電改で倒せるのであれば問題はない。

 

 

「なんとか凌ぎましたね」

「ああ、これはフェン王国にはきっちりと説明してもらわねばな」

 

 

瀬戸艦長と八神司令はそう言ってフェン王城を睨みつけた。この攻撃にどんな意味があるかを知らずに、二人はレヴァームと天ツ上の行く末を密かに心配した。

 




『竜騎士レクマイア』
この後も登場します。というか、この人もアレになってもらおうかな〜とね。

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