ハッピーホリデー!
私はぼっちでした……
パーパルディア皇国の皇都エストシラント。栄華を極めたこの皇都は栄えあるパーパルディア皇国の象徴だ。至る所が美しく発展して、全てが他の文明圏外国の首都とは大違いである。
しかし、その発展模様はどこか歪だ。都市計画のかけらもなく、ただ単に栄華だけをかき集めて作られたかのような印象を得られる。そう、ここはパーパルディアの属国から吸い上げた富によって作られた歪な都市なのだ。
「これより、帝前会議を開始します」
パーパルディア皇国の中心地、パラディス城にて国の行く末を決めるであろう帝前会議が行われようとしていた。この会議にはパーパルディア皇国の重役達が全て集まっている。レヴァームと天ツ上が初めて接触してきた時の帝前会議とは違い、また新たに第3外務局局長のカイオスとパーパルディア皇国軍最高司令官アルデが新たに加わっている。
カイオスは前々回の時にはレヴァームと天ツ上の使者に対して対応していたため、今回新たに加わった。まあ、その前回の対レヴァーム、天ツ上対策会議の時はいたのだが。
「今回の議題は先日発生した『フェン沖海戦』についてです」
司会進行役のエルトが声を張って議題について説明する。
「去る中央暦1639年9月25日、第三外務局直轄の監察軍、その東洋艦隊がフェン王国に対する懲罰のため強襲いたしました。
本来ならば、この攻撃は条約を拒否したフェン王国に対する懲罰であり、それ以外の国には攻撃を加えない予定でした。ですが、東洋艦隊を率いるポクトアール提督は何故か同軍祭にいた帝政天ツ上艦隊を優先的に攻撃、彼らに損害を与えるに至りました。天ツ上の損害については情報がないので不明です」
そう言ったところで、会議室の何人かからため息が出始めた。監察軍に対する呆れ、罵倒、様々な意味を込めたため息が出始める。
「その後、カイオス局長は東洋艦隊へ作戦の真偽について説明を求めたところ、ポクトアール提督にはぐらかされてそのまま通信を切りました。そして『帝政天ツ上海軍から攻撃を受けている!』との通信を最後に東洋艦隊との連絡はついていません。おそらく、天ツ上海軍により報復攻撃を受けたと思われます。それから約24時間が経ちましたが、母港であるデュロから艦隊が帰還した報告がないことを見るに、東洋艦隊は全滅したと思われます」
今度はその報告に会議室の面々が驚きの表情を見せた。
「全滅ですかぁ……蛮族相手に全滅、監察軍は皇国の恥ですなぁ」
そう言ってカイオスを睨んで発言したのは、パーパルディア皇国軍最高司令官アルデであった。彼にとっては、旧式の装備と中型竜母で構成された東洋艦隊とはいえ、蛮族である天ツ上相手に敗北したことは恥と言えるだろう。
ちなみに、アルデはレヴァームと天ツ上が接触してきた時はパールネウスに視察に出て行っていたため、レヴァームと天ツ上のことをよく知らない。資料をろくに読んでいないところを見ると、相変わらずのようだ。
「何故だ……」
「?」
「何故天ツ上に攻撃を加えた!?」
そう言って声を張って覇気をあらわにしたのは、皇帝であるルディアスであった。彼の額には眉間にシワがより、脳の血管がはち切れそうなほど怒りがあらわになっている。
「本当ならフェン王国に攻撃を加える予定だったのだろう?なぜよりにもよって天ツ上に攻撃を加えたのだ!?」
ルディアスの怒気を孕んだ声が会議室全体を包み込んだ。
「…………本来ならばこの作戦は説明にあった通り、フェン王国にのみ攻撃をする内容でした。しかし、作戦当日になり
「おのれ無能めぇぇぇ!!これでは、これではレヴァームとの関係も悪くなってしまうではないか……!!」
そう言って周りの目を気にすることなく本音を漏らすルディアス。カリカリと爪を噛みながら子供のように地団駄を踏む。カイオスにはすでに見抜けていたが、ルディアスはファナに気に入ってもらうため、あの手この手でレヴァームと良い関係を築こうとしている。そのため、そのレヴァームの同盟国である天ツ上を攻撃した事に怒りを感じていたのだ。
「…………カイオス殿、『本来の指揮系統から逸脱した不当な命令』とは誰が出したものなのです?不当な命令ということは、カイオス殿が出したわけではないのでしょう?」
第二外務局局長のリウスがカイオスに質問する。カイオスはその質問に対して、一呼吸だけ深く息を吸うとそのまま回答をし始める。
「…………レミール皇女様です」
「!?」
全員がその言葉に目を見開き、狼狽し始める。中にはレミールの方に目線を集めるものもいた。とにかく、会議室にいる全員がその人物名に衝撃を受けたのは言うまでもない。
「何故だレミール?何故天ツ上へ攻撃を命令したのだ!?」
「…………」
「答えろレミール!!」
レミールはルディアスの怒気を孕んだ質問に答えることはない。が、しばらくすると思い口をそっと開いた。
「ルディアス陛下、あなたは変わってしまった」
「!?」
「あなたはあの女と出会ってから、前のルディアス様では無くなってしまった!!」
「な、何を言って……?」
いきなり訳のわからないことを言い始めるレミール、彼女の目からは光が消え、笑みも引きつっていた。何やら企んでいるかのような笑みを、レミールは浮かべている。
その時だった。いきなり会議室の扉がバタンと開けられ、外からサーベルを帯剣をした何人もの兵士達が会議室に入ってきた。中にはマスケット銃を所持しているものもいる。
「動くな!!」
その銃口は皇帝ルディアスにまで向けられており、重役たちは何事かと口をパクパクさせていた。その兵士たちの銃口は、何故かレミールとアルデには向けられていない。
「レミール!?これはどう言うことだ!?」
「そのままの意味です陛下。あなたは変わってしまった、あの女狐と出会ってからあなたは惑わされてしまっている!!」
「は?」
思わずルディアスは間の抜けた声で聞き返す。
「外を見てください皇帝陛下……民衆の声を」
レミールにそう促され、皇城から窓の外を見渡すルディアス。皇城の広い庭越しでもよく聞こえる、民衆たちの怒号が聞こえてきた。
『弱腰ルディアスは今すぐやめろ!!』
『我が国は列強だ!!新興国家ごときになど屈しない!!』
民衆たちの怒号は、全てルディアスに向けられていた。デモはたった今始まったらしく、今まで声が聞こえてこなかったのも納得がいく。まさか──
「レミール……!貴様計りおったな!!」
クーデター、それがルディアスの出した結論であった。兵と民衆を動かし、クーデターで革命を起こして実権を剥奪する。それがレミールの計画なのだと。
「ええそうです、ルディアス陛下。アルデ殿に一枚噛んでもらいました」
「アルデ!貴様もグルか!!」
ルディアスがそう言うと、アルデはフッと不敵に笑うと窓の外を見やった。民衆たちのルディアスに対する罵声はさらにヒートアップしている。
「民衆たちを見てください陛下。新興国家のレヴァームと天ツ上ごときにヘコヘコ頭を下げるあなたに、民衆は怒りを感じております」
「新興国家でもレヴァームと天ツ上は違う!彼らは転移国家なのだぞ!!」
レヴァームと天ツ上が転移国家である事は彼らと会談したときに教えてもらっていたが、ルディアスだけが信じていた。アルデやレミールたちは信じておらず、レミールに至ってはそれどころではない。
「彼らと戦争でもするつもりか貴様ら!?そうなればパーパルディアは滅ぶぞ!!」
「…………陛下、あなたはやはり惑わされている」
「何がだ!?」
「あの女狐に、ルディアス様は騙されているのです!!」
突然、意味不明なことを言い出すレミール。ルディアスは怒りに任せて振り向き様に怒鳴ったが、レミールの態度は変わらなかった。
「約束します、あなたをこのように変えてしまったあの
◇◆◇◆◇◆◇◆
神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。きっちりとした都市計画に基づいて作られ、美しい街並みが広がる旧市街と新市街の融合。歪さなどかけらもなく、新旧の発展と歴史が感じられる美しい首都である。
そのエスメラルダの旧市街地の中心地にレヴァームの中枢であり、政治の中心地であるエスメラルダ宮殿がある。その会議室は若干パニックになっていた。
「パーパルディアの状況はどうなっておりますか?」
「はい。去る今日午後15時頃、パーパルディア皇国の中枢であるエストシラントにて大規模なクーデターが発生しました。首謀者は皇女レミールという人物で、皇帝ルディアスを含む首脳陣の一部が実権を剥奪され、暫定政府が誕生しております」
マクセルの報告を聞きながら、ファナ執政長官は頭を抱える。パーパルディア皇国でクーデターが発生したことは、現地の諜報員から情報が入っていた。それによると首謀者はレミールとかいう皇女で、参加人員にはパーパルディア皇国の軍最高司令官も含まれているという。大規模なクーデターであったそうだ。
「現在、抵抗のない重役はそのまま実権を持っていますが、抵抗を見せた人物はそのまま拘束されているという状況です。パーパルディアからの発表では首謀者のレミールが新皇帝として実権を握っているそうです」
その言葉に会議室の全員がため息をついた。クーデターで新政権が誕生したということは、今まで築き上げてきたレヴァームとパーパルディアの関係はまた一から振り出しに戻ってしまう。
今までパーパルディア皇国とは特にトラブルもなく、比較的仲良くやっていけそうであった。しかし、その外交努力もこのクーデターにより全てがお釈迦である。
「前回の軍祭といい……一体何が起こっているのやら……」
9月25日の軍祭の日に同盟国である天ツ上艦隊が攻撃を受けたことはレヴァームにも伝わっていた。その時も会議は開かれたが、結局は何故パーパルディアが天ツ上を攻撃をしたのかは不明のままであった。
「マクセル大臣!!何故パーパルディアのクーデターをあらかじめ察知できなかったのです!!これは外交失策にあたりますぞ!!」
思わずナミッツ司令がマクセルに噛み付いた。彼にもこの頭痛の種であるパーパルディア皇国と仲良くなれそうな時に、このような事態に陥ったこたは外交失策とも言えた。マクセルは議会の大臣達を束ねる立場であるため、彼にも責任があるのだ。
「…………普通ならば察知できたでしょう。ですが、今回のクーデターは時期が早すぎた。まだパーパルディアとは接触してから間もないし、情報を察知するにはまだ地盤が固まっていない状況でした」
それがマクセルの言い分であった。彼の言う通り、パーパルディアとはまだ接触してから日にちが経っておらず、外交も進んでいない。その状態でのこのクーデターは、あまりに早すぎて対処のしようがないと言うのがマクセルの意見である。
「それでも彼らが何らかの準備を行っていることは察知できたはずでは?」
「相手の準備が早すぎたのです。国交開設前にパーパルディアへ出向いた調査員によると、そのような兆候は全くみられなかったそうです。そのため、我々もパーパルディアと接触するに至りました。その直後から準備が始まったのだとすれば、あまりにも準備が早すぎます」
そう、彼の言う通りパーパルディアではクーデターの兆候は全くみられなかった。その状況下でのこのクーデター、前もって計画していたならまだしもあまりにも準備が早過ぎる。察知できないのはうなずける。
「しかしですね!」
「ナミッツ司令」
と、またも食ってかかろうとしたナミッツをファナが制した。
「今ここで責任について言い争っても仕方がありません。今後我々はどうするべきかを考えましょう」
ファナの言っていることはもっともだと皆が納得し、ヒートアップしていたナミッツも引き始めた。
「今後としては、わたくしはパーパルディアとは今まで通りの関係を続けていきたいと考えております。しかし、クーデターが起こった以上は外交関係は一からやり直しです」
会議室の面々も、これには項垂れるものが多くなった。誰も良い案が浮かばないのか、頭を抱えている。
「とにかく、今まで通りの関係を続けるには温和な態度が一番望ましいでしょう」
「新体制のパーパルディアがそれに応じるかどうかは別ですがね」
マクセルの意見を、またもナミッツが遮った。その後も何回か改善案が出てきたが、どれもはっきりと良いとは言えずに会議が詰まる。結局、レヴァームも天ツ上も何もできないまま二ヶ月が過ぎてしまうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、神聖ミリシアル帝国ではレヴァーム、天ツ上に向かわせていた視察団が帰国し、その報告が済んでいた。視察団が見た彼らの卓越した技術力は、神聖ミリシアル帝国を震撼させていた。
「そうか……パーパルディアでクーデターが」
「はい、なんでもパーパルディア皇国内で強硬派が皇帝ルディアスの実権を剥奪、暫定政府が誕生している模様です」
神聖ミリシアル帝国の「眠らない魔都」である帝都ルーンポリス。その中心地のアルビオン城にて、ミリシアル8世を交えた帝前会議が行われていた。今回の内容は『パーパルディアでのクーデターについて』である。
列強第一位の神聖ミリシアル帝国が他国のクーデターについて会議を開くのは癪であるが、パーパルディア如きでも列強は列強。その地位は国際関係にまで直結するため、その動向は油断ならないのは事実なのだ。
事実、神聖ミリシアル帝国は東側に魔導艦隊を多数配備しており、パーパルディアに睨みをきかせている。列強同士の睨み合いがあるほど、彼らの列強という立場は強い意味を持つのだ。
「なるほど。して、クーデターの原因はなんなのだ?」
「はい、最近の皇帝ルディアスの弱腰体制に対して反発した民衆と軍部によるクーデターであり『我が国は列強だから新興国のレヴァームと天ツ上ごときに頭を下げるべきではない』という理由だと考えられます」
ミリシアル8世の問いに、アグラが自身の分析を唱えた。
「愚かだな」
「ええ、馬鹿にも程があります」
「相手を見くびり過ぎだ」
そう言って重役のほとんどは口を揃えてパーパルディアを罵倒した。彼らの手には、レヴァームと天ツ上に向かわせた視察団からの報告書が握られている。
「今回ばかりはその通りだな。にしても東の果てにこのような国家が急に出現するとは、不思議なこともあるな」
ミリシアル8世の手元にもその報告書が握られている。彼も、今回のレヴァームと天ツ上の報告には目を通していた。
「ミスリル級と同レベルの軍艦が空を飛んでいるだけでなく、それを多数保持しているだなんて……」
「レヴァームと天ツ上の総艦艇保有数を合わせたら、我が国とムーが合わさっても勝ち目はないのかもしれんな……」
彼らの資料には、レヴァームと天ツ上の飛空戦艦が大量に量産されて配備されている事が記載されていた。
「ふむ、彼らが転移国家であることは疑いようがないな。そんな彼らに戦争を仕掛けるつもりなのだろうか?」
「あの国は属領を従える程の力を蓄えたあまりに、自分たちの強さの限界が見えなくなっています。井の中の蛙です。十分あり得るでしょうね」
そう言ってアグラはミリシアル8世に自身の憶測を語った。
「ふむ、では事前に決めておきたいが、パーパルディアとレヴァーム、天ツ上が戦争になった時我らはどうするべきだ?」
今から戦争について語るのはなんともおかしいが、彼らの分析ではパーパルディアがレヴァームと天ツ上に戦争を吹きかけるのは目に見えていたのだ。
「我々としては観戦武官をレヴァームと天ツ上に派遣するべきだと思っております。なにぶん、パーパルディアではあの国に勝つことは不可能ですから」
それに対して、うんうんと頷くミリシアルの重役たちであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「パーパルディアでクーデター?」
「左様にございます。現在政府では対策会議が行われておりますが、中々良い案が浮かばないようです」
お風呂場の湯の湯気、眺める星空、チョロチョロとした水音。皇城内の露天風呂に浸かる美しい肢体をさらりと晒すのは、天ツ上の皇太子である聖天殿下であった。夕方の湯呑の時間、彼は側近からの報告に頭を痛めた。
「はぁ……せっかくレヴァームと天ツ上はパーパルディアと良い関係になっていたのに……これでは振り出しに戻ってしまうではないか」
そう言って聖天は深いため息をついた。彼とて政治の権限がないわけではない、若いながらも勉強の一環として外交に関する権限を一部与えられているのだ。その彼の仕事が増えてしまうのは、頭が痛いとしか言いようがない。
聖天はため息をつきながら、露天風呂を出ようとする。腰にタオルを巻きながら、従者に連れられて体を拭かれる。
「いえ、聖天殿下はおそらくパーパルディアとの交渉にはつかないかと思われますよ」
「?、そうなのか?」
「はい、第二使節団艦隊が明後日帰国する予定でおりますゆえ」
「ああ、そういえば僕は親善大使として乗り合わせるんだったね。ありがとう爺や」
「ご準備の方をよろしくお願いいたします」
そう言って「爺や」と呼ばれた側近はそのまま風呂場をそっと出て行った。
「世界が……変わるかもしれないね」
聖天はそのまま、風呂場から見渡せる満点の星空を見ながら、この世の行く末を案じていた。