とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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第49話〜復讐のドラゴン〜

 

警報音がけたたましく鳴り響く艦上で、水兵や魔術師達が慌ただしく動き回っていた。ある者は書類を片手に、またある者は地図と測量機を持って走り回る。

 

そんな異様な光景を見た竜騎士デニスは、同僚の竜騎士ジオに話しかける。彼とは同期で、よく一緒に話しかける仲であった。

 

 

「一体なんだ? この騒ぎは」

「さぁ?」

 

 

彼らは最新型竜母『ヴェロニア』の試験航行の最中でらアルタラス島西側240キロの地点の海の上にいた。この竜母は通常の竜母よりも甲板が長く作られており、滑走距離が長い。これには理由があった。

 

空の覇者とも言われたワイバーン、それを品種改良し、生殖機能を失ってまで空戦能力を高めた種、ワイバーンロード。

 

長く空の覇者として君臨し続けていたが、第2文明圏の列強ムーが飛行機と呼ばれる機械を作り始めた頃から、ワイバーンロードの優位性が失われつつあった。そして近年、ムーが開発した「マリン」と呼ばれる最新鋭戦闘機の登場により、ワイバーンロードの空戦能力は劣勢に立たされる。

 

この状況を打破するため、パーパルディア皇国はその高い魔導技術を使用し、ワイバーンのさらなる品種改良に成功したのだ。

 

その名もワイバーンオーバーロード、生殖機能と寿命を削ったことにより、ワイバーンロードに比べ、速度、旋回能力及び戦闘行動半径が向上した。副作用として離陸滑走距離が長くなるため、竜母を造った場合は、滑走路を長くとる必要がある。そのワイバーンオーバーロードを運用するための竜母として、ヴェロニアは建造されたのだ。

 

ワイバーンオーバーロードの最高速度は時速430キロにものぼり、列強ムーの最新鋭戦闘機『マリン』と比べても、優位性が確保できると予想されていた。しかし、速度が速すぎるので、竜騎士の鍛錬だけではとても風圧に耐える事が出来ない。そのため、パーパルディアは新たな腰掛の開発に苦労していた。

 

このワイバーンオーバーロードはアルタラスのハイペリオン基地にも3騎が試験導入され、本土の方では量産体制が整い始めている。飛空戦列艦に並ぶ、パーパルディア皇国の新兵器だ。

 

 

『竜騎士総員、最上甲板に集まれ!』

 

 

と、彼らが話していたときに艦内魔導放送で招集がかかった。デニスとジオはすでに最上甲板にいたので、残る仲間の集合を待つ。

 

ものの数分で竜騎士達15名が全員揃い、扇状に整列した。彼らの前に『ヴェロニア』の竜騎士長が立つ。その顔はとても険しい。

 

 

「先程、アルタラス島を出港したはずの艦隊とアルタラス島統治機構本部から連絡があった。艦隊は全滅、アルタラス島のハイペリオン基地は今攻撃を受けている。相手は──レヴァームと天ツ上だそうだ」

「「「──!!!」」」

 

 

竜騎士中隊全員に、一気に緊張が走った。

 

 

「敵の攻撃には飛行機械が使用されていたそうだ……この意味は分かるな?」

 

 

飛行機械を生産、運用しているのはムーくらいだ。いかにレヴァームと天ツ上が文明圏外とはいえ、ムーが飛行機械だけを与えているとは考えにくい。つまり、使い方も操縦の仕方も提供しているだろう。いや、むしろレヴァームと天ツ上の国旗を貼り付けただけの、ムー空軍が飛来してくる可能性すらある。

 

 

「そこで、近海にいた我々にも命令が下った……今日はワイバーンオーバーロード竜騎士団の初陣だ。現在アルタラス島ハイペリオン基地上空に展開中の敵飛行機械に対し、一撃を与える! 我が方のワイバーンオーバーロードの性能は、ムーの最新鋭戦闘機『マリン』をも凌駕している!! ムーを相手にすると思い、決して相手を侮ることなく、しかし自信を持って戦え!! では解散!!」

 

 

その言葉を合図に、竜騎士隊は格納庫へと降りてそれぞれの準備を始める。わずか10分で準備を終え、愛騎に搭乗する。

 

 

「出撃!!」

 

 

竜母の甲板の上を、一体のオーバーロードが走り始める。と同時に甲板に離陸補助術式の魔法陣が浮かび上がり、場の空気が変わった。舳先でも合成風が吹き始め、強力な上昇気流を作り出す。

 

走るのが苦手な竜が走る姿は少し無様であるが、風を掴んだ瞬間、その姿からは想像もできないほど軽やかに、優雅に舞い上がる。

 

 

パ皇軍竜母『ヴェロニア』所属の精鋭竜騎士隊が操るワイバーンオーバーロードは、濃い青色に染まる空に向けて力強く羽ばたいていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アルタラス島には王女ルミエスの暗号演説により、あらかじめ戦闘になったら民衆に蜂起を起こすように伝えられていた。レ天連合の攻撃が始まったのを見計らい、彼らは予定通りに蜂起を起こして統治機構本部を襲撃した。

 

ロクな装備のない統治機構軍を、天ツ上陸軍と共に攻撃した。彼らの仕事は、的と化した統治機構軍をひたすらに射殺する事であった。

 

そして──アルタラス占領から数時間後の12月5日の午後。

 

シャルル達はしばらくガナドールを離れて、ネクサス飛空隊に所属することになった。アルタラスに新設される基地に異動するためだ。

 

午後、シャルル達ネクサス飛空隊隊員を乗せた小型艇はガナドールを離れ、ハイペリオン基地の港に入っていった。自分の飛空機で移動しても良かったが、滑走路は工事中の為トラックでの移動になった。

 

港には船体が真っ二つになった戦列艦がマストを空に突き出していたり、焼け爛れた貨物船が転覆していた。

 

小型艇が桟橋に横付けして、シャルル達を下ろした。最前線の第一歩を踏みしめ、トラックの荷台に分乗し、飛空場へと向かう。十分後、草原を抜けた先のかなり開けた場所に、その飛空場は存在していた。

 

この飛空場は元々ムー国の空港で『ルバイル空港』という名前だったらしい。ムーは魔石の輸送のためにこの空港を建設していたが、その空港が爆撃機が発着可能なほど大きく、そして頑丈に作られていることが判明したのだ。

 

そのため、レヴァームと天ツ上はムー国に改造の許可を取った。さらには所有権のあるアルタラスにも許可を取り、占拠当日にブルドーザーで改造が始まった。

 

ここの基地の名前は『サン・ヴリエル飛空場』となる予定だ。そう、ロウリア王国に建設された1代目サン・ヴリエル飛行場の2代目にあたる飛空場だ。

 

基地司令はロウリアから異動してきたアントニオ大佐。基地機能も格納庫やレーダーがだんだんと設置され始めており、もうすぐで滑走路は使用可能だそうだ。相変わらずレヴァームの工兵の能力は計り知れない。

 

シャルルはサン・ヴリエル飛空場の仮設格納庫からその作業を見守っていた。自分の機体にもたれかかりながら、アルタラスの澄んだ空気を目一杯吸い込む。

 

 

「あ、シャルルさん」

 

 

と、傍から少女の声がかけられる。メリエルだ、彼女とはこの格納庫で待ち合わせをしていた。

 

 

「ああ、メリエル。それで何だい? ターナケインの様子がおかしいって……」

「実は…………」

 

 

メリエルはシャルルに耳打ちをして、こっそりと話し込んだ。

 

 

「何かの計画を練っている?」

「そうなんです。なんかこの世界の地図を広げて線を引いたり、ぶつぶつ何かを言っていたのをこっそり見たんです」

 

 

メリエルが言うには、彼の部屋の前に来た時にぶつぶつと何かを呟く独り言が聞こえたらしい。そのため、こっそり扉を開けて見てみたら、地図を広げて線を引いているターナケインの姿があったのだ。

 

 

「一体なんのために……?」

「多分ですけど……」

「?」

 

 

メリエルは一瞬下を俯き、自分の憶測を語った。

 

 

「きっと! 何かの恋心があるんですよ!!」

 

 

そう言って、メリエルは訳のわからないことを言ってきた。

 

 

「は?」

「ですから、地図を広げているのはその人に会いにいくためなんです! ぶつぶつ言っているのは、一生懸命に告白の文章を考えているんです! きっと、遠くの異国の地に好きな人ができていて……」

「待って待って! それはないと思うよ……だって、ターナケイン今まで外国に行ったことないらしいし……」

「あ……」

 

 

持論が論破され、メリエルは黙って固まってしまった。そしてそのまま後頭部を掻きながら、あはは〜、と誤魔化す。

 

それを微笑ましく思いながらも、シャルルは思考を広げてそのターナケインの行動の真意を考える。

 

地図を広げているのは、何かの計画に必要なのだろうか? ぶつぶつ言っているのは計画のことだとすると、一体なんの計画を練っているのか……

 

 

「教官」

 

 

と、傍から別の声がして、2人はびくりとしてその方向を向いた。

 

 

「た、ターナケインか……どうしたんだい?」

 

 

ターナケインだった、彼は燕尾色の飛空服に身を包み、格納庫までやってきていた。

 

 

「いえ、これからこの飛空場のテストを兼ねて飛ぼうかと思いまして」

「え? そうなのかい? それも訓練の一環?」

「はい、アントニオ大佐の許可は得ました。あとは、シャルル教官が付いてきてくれれば飛んで良いと」

 

 

彼が誘ってきたのは訓練飛行の一環であった。彼が言うには、訓練としてシャルルと共に飛びたいと言うことらしい。

 

 

「ああ……そうなのか。分かった、一緒に飛ぼう、メリエルも一緒に」

「は、はい。そ、それじゃあ三人で遊覧飛行と行きましょう!」

 

 

メリエルはこの微妙な空気をどうにかするため、なるべく明るくピクニックに誘うような口調で遊覧飛行を宣言した。そのまま三人はターナケインを先頭に自分のアイレスVに向かう。

 

 

「ねえ、本当にそんな事しているの?」

 

 

その最中、シャルルはメリエルにまた声をかけた。それも、メリエル以外には聞こえないようにひっそりと。

 

 

「わかりません……ですが、ターナケインは何か様子がおかしいのは事実なので」

「うーん、分かった」

 

 

これ以上は彼女に聞いても答えは出ないだろうと感じ、シャルルは諦めて自分のアイレスVに飛び乗る。そして、水素電池スタックに火を灯して整備士にプロペラを回してもらう。

 

そして、エプロンを出て滑走路に出ると、離陸許可をもらってから加速し始める。オーバーブーストで加速された3機は、ふわりと飛び上がり、そのままアルタラスの西側に向かって空を駆けた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昂りは、ない。

 

ターナケインの頭の中は非常に冴えていた。飛行し始めてから20分ほど後、3機はアルタラスの西側の空域を優雅に飛行していた。たまにアクロバットを繰り出したり、訓練を兼ねた編隊飛行でお互いの空戦技能を見せ合った。

 

そんな中で、ターナケインの意識はシャルルにだけ向けられていた。そう、己の復讐の相手、海猫だ。

 

今日まで淡々と計画を練ってきていた。大丈夫だ、差し違えてでもやってやる。復讐をやり遂げるんだと言い聞かせて、照準器のレティクルをシャルルの機体に合わせる。そして、引き金を引こうとした──その瞬間。

 

 

『左手に何か見える、ワイバーンだ』

 

 

意識が中断される、その方向に目を向けるとたしかにその方向にワイバーンが見えた。ターナケインの復讐のチャンスは、中断された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

それを見つけたのは飛び始めてから20分が過ぎた頃だった。ふと、周りの風景を見ていた時に何かの気配を察知した。

 

 

──誰かに狙われている……!

 

 

空の声、シャルルがそう形容する感覚的な鋭い勘だ。それがどこかからか放たれてくる。それが感じられた。そして、ふと左手を見るとそいつらはいた。

 

 

「左手に何か見える、ワイバーンだ」

 

 

羽ばたく翼とワイバーン特有の体色、それが見えた途端にメリエルが慌ただしくなる。

 

 

『パーパルディアのワイバーンですか!?』

「可能性はある、近くに捕捉し損ねていた竜母がいたのかも」

『ですが、飛空場からは何も連絡がありませんよ?』

「おそらくまだレーダーの設置が終わってないんだ。多分、まだ飛空場は気付いていない」

 

 

これはまずい、おそらく奴らの狙いはサン・ヴリエル飛空場かハイペリオン基地。そこにはレ天連合の戦力が多数集中しており、危険だ。

 

シャルルは素早く無線を飛空場に繋いで、今の報告を詳細に伝える。ワイバーンの数、方位、進路、を事細かに説明した最後に一言追加した。

 

 

「我、これより敵ワイバーンを要撃する」

 

 

幸いにも、最前線であった為に実弾と電力を満杯になるまで積んである。十分空戦して帰れる程の余裕がある。

 

 

『正気ですか!? 相手は15騎はいます! たった3機では数の違いが……』

「大丈夫、本当は僕だけで挑むから」

『余計ダメですって!!』

 

 

傍からメリエルのなだめる声が響き渡る。彼女もシャルルのことを心配しているのだろう、だからこうやって親身になって止めようとしている。

 

だが、ここで彼らを撃滅しなければ、飛空場からのスクランブルでは間に合わない。今この海上で要撃できるのは、自分だけなのだ。

 

 

「メリエル、ターナケインを頼む」

 

 

そう言ってシャルルは機体を翻してワイバーンの方向に機首を向けた。

 

 

『ちょっと! シャルルさん!』

 

 

傍からのメリエルの静止の声を無視して、シャルルは機速を上げた。相手のワイバーンがズンズンと大きくなっていく。相手は15騎士、それもすべて前回の空戦でも見かけた大きめのワイバーンだった。

 

 

『来たぞ! 飛行機械だ!』

『たった一機で、ワイバーンオーバーロードに挑むつもりか!? 舐めるな!!』

 

 

そう言っていられるのも今のうちだ。シャルルはヘッドオンの体制で機首を向け、ワイバーンと対峙する。そして、相手が火炎弾を放ってきたと同時に機体を大きくバレルロールさせて、射弾を回避する。

 

 

『グワァ!』

『グギィッ!!』

 

 

さらにそれと同時に発射レバーを引き、回転しながら続け様に2騎を撃墜した。乱れる血飛沫が、ワイバーンの命の儚さを物語っていた。すれ違うと同時の攻撃、ワイバーンの竜騎士は予測していなかった。

 

 

『な、何ぃ!!』

 

 

相手の驚きをよそに、シャルルは自機を左上に持ち上げて、相手の動きを見ながら後ろを取ろうとする。相手はすれ違ったタイミングから左に旋回しようとしているが、自動空戦フラップが取り付けられたアイレスVの敵ではなかった。

 

 

『う、後ろに!!』

 

 

そして、容赦なく射弾を叩き込む。そのまま次の獲物を求めてシャルルは機体を翻そうとするが、その前に左のフットバーを蹴り付けた。さっきまでいた場所を火炎弾が過ぎ去っていく。

 

 

『避けられただと!?』

 

 

相手の驚きを無視して、後ろを見やる。すると、残りの12騎のワイバーンが必死にこちらに食らいついていた。

 

 

「ついてくるか」

 

 

なかなか根性が座っているのか、離してくれない。数の不利は、やはり否めなかった。

 

 

「なら、これはどうだ?」

 

 

挑発的な言葉を放ち、シャルルは手頃な雲を見つけてそこに進路を取る。そして進路を変えた途端に、シャルルはスロットル把柄をぐんと押し込んだ。

 

オーバーブースト、DCモーターの全力運転。アイレスVの最高速度が叩き出されてぐんと機速が上がる。

 

 

『追いつけない!』

『そんな! 飛行機械にワイバーンオーバーロードが引き離されてるだと!!』

 

 

そのまま雲の中に入る。雲中飛行はシャルルの十八番、空間失調症になることはまずない。完全にワイバーンそっちのけで追尾を振り切り、雲から出る。その後数十秒遅れてワイバーン達も雲から出てきた。

 

 

『いない……どこだっ!』

「ここだよ」

 

 

シャルルは煌く太陽を背中に携え、そのまま高空から急降下して行った。それに対し、ワイバーン達はギリギリまで気付くことは無かった。たとえ気付いたとしても、もう遅すぎる。

 

 

「喰らえ」

 

 

照準器の中に入ったワイバーン達を、一気に殲滅する。1騎、2騎、3騎、4騎と次々とやられていくワイバーン、彼らを尻目にしながら空中ですり抜ける。

 

 

『な、なんなんだよこいつ!!』

『もう7騎もやられた! こいつは化け物だ!!』

『海猫……いやだ! 死にたくない!!』

 

 

口々に恐怖が伝染する竜騎士達。それもそうだ、たった一機でワイバーン達を15騎も相手にして半分も撃ち落としているのだから、化け物と感じるのも納得がいく。

 

 

『こ、こいつは司令部に伝えないと!!』

 

 

それを気にする事なく、シャルルは操縦桿とスロットル把柄を握りしめて、殲滅を開始した。その十分後──空を飛ぶワイバーンは全ていなくなっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その後──飛空場に戻ってきた海猫達3機は、基地要員の心配をよそに無傷で帰ってきていた。特に、たった1人でワイバーンを殲滅した海猫は基地要員に讃えられた。本人は、大したことではない、と言っていたがターナケインは更なる自分との実力の差を思い知らされることとなった。

 

 

「海猫」

 

 

アントニオ大佐から労いの言葉を受ける海猫を前に、ターナケインはつぶやいた。

 

 

「今回は失敗したが、次はない」

 

 

その胸にたしかな復讐の炎を携えて、ターナケインは海猫を睨みつけた。

 

 

 

 




次はいよいよ、レミール閣下です。
お楽しみに!!

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