申し訳ありません。
神聖レヴァーム皇国、皇都エスメラルダ。その宮殿の中に作られた会議室の中で、レヴァームと天ツ上の軍部高官が集まり、今後の作戦についての立案会議が行われていた。
その中にはファナの姿もある。今回はシオス王国やアルタラス王国、さらにはムーやミリシアルなど、多数の国家の協力を得ているため、陸軍海軍省だけでなく外務省も作戦立案に参加している。
巨大な黒板に、アルタラス島北部、パーパルディア皇国エスシラントを中心とした周辺の地図が貼られている。それには様々な色の駒が置かれ、線が引かれている。
「この位置に極めて大きな基地が存在します。パーパルディア皇国は幸いな事に、街から少し離れた場所に大規模な要塞や基地を作る性質があるようです。武力を集中させすぎるのは、皇国が近代戦を行った事が無いからだと思われます。このような極大サイズの基地は、パーパルディア皇国に3つあり、この部隊は、首都防衛の要となっているようです」
エストシラントを含め、パーパルディア皇国は国土の重要拠点が南側にある。そのため、この基地は元々北側からの陸上侵攻に備えたものだと理解できる。幹部話はそのまま続く。
「この基地には多数の航空戦力、ワイバーンも確認されています。また、エストシラントの南方の港には、数百隻の戦列艦が停泊しており、正に第三文明圏の覇者にふさわしく、大昔の西海の覇者『無敵艦隊』並みの戦力が存在します」
かつて西方大陸に存在していた大海原の覇者『無敵艦隊』は、サン・クリストバルから大瀑布までに至るすべての海上を支配していた戦列艦艦隊だ。その圧倒的な強さから、無敵の名がついている。
「そして、こちら側。ここはデュロと呼ばれる工業都市で、パーパルディアの造船や兵器製造などが行える大規模工業都市となっております。ここを潰さない限り、パーパルディアは戦争継続能力を有することになります。言い換えれば、この二つを短時間で攻略、無力化することが重要になります」
幹部が今度はエストシラントから見て北東側の場所を指す。元々はドーリア共同体と呼ばれる都市国家らしかったが、パーパルディアの侵略によって編入されている。
そこには昔から優秀な職人がいるらしく、パーパルディアに編入された後は職人たちはパーパルディアの言いなりとなって働かされているという。
「二つの目標を同時に攻略か……どうする?」
ナミッツ長官が、まず話を切り出した。二つの目標を同時に攻略するのは、かなり難しい作戦である。
「別段、同時じゃなくても良いのでは? 多少タイムラグがあってもいい気がします」
「いや、エストシラントかデュロにはどうせ上陸せねばならないし、戦力は潰しておいた方がいい」
「それに、その二つに主戦力が集中しているのだから、どちらかを野放しにして挟撃されることは避けたいですからね」
幹部たちが口々に自分の意見を言った。
「うむ、タイムラグは1日以内にしたい。問題は……投入戦力をどうするかだ」
ナミッツ長官が話を戦力の問題に振り出した。それもそのはず、レヴァームと天ツ上で利用できる空母や戦艦などの戦力は限られている。
もしもの時の本土防衛にも、戦力を残さなければならないのだ。特に、天ツ上の方では戦力の問題が厳しかった。なぜなら──
「天ツ上としては、今回の作戦で投入できる空母は4隻しかいません。残りの2隻は第二使節団艦隊に組み込まれ、現在航海中です」
現在、天ツ上にある新鶴型空母の数は7隻。そのうち2隻は第二使節団艦隊に組み込まれ、現在航海中である。1隻は防衛用に残しておく。そのため、天ツ上が今使える空母は4隻しかいない。
「なんとか呼び戻せないのですか? 今は戦争中ですのでなんとかなるでは?」
「それが……カルアミーク王国と呼ばれる国で何かしらのトラブルに巻き込まれたようで、しばらく帰れなくなったとの事です」
「そうですか……では無理に呼び戻す事ができないので、今の戦力でなんとかするしかありませんね」
レヴァーム側の幹部も、天ツ上の幹部の説明に納得したようで話を進めた。
「私としては敵に衝撃を与え、戦意を削ぐ為にも港の艦隊は艦隊決戦で殲滅したい」
「それは賛成です、早めにこの戦争を終わらせたいですから」
「となると……エストシラントの基地は空爆で攻撃するのが良さそうですね。その後に、飛び出してきた艦隊を艦隊決戦で撃滅すると……」
レヴァームと天ツ上の幹部たちがお互いに話し合い、だんだんと作戦が決まっていく。
「私もそれに賛成です。空爆の方はグラナダⅡにお任せしてもよろしくて?」
「レヴァームとしては問題ありません。天ツ上の爆撃機は搭載量が少ない上に、絨毯爆撃の戦術がありませんからね」
天ツ上にも陸上攻撃機や爆撃機などが存在する。しかし、それらは高速性や量産性を重視して作られており、絨毯爆撃には向いていない。そのため、爆撃はレヴァームのグラナダⅡに任せるのだ。
「エストシラントへの攻撃にはレヴァームのグラナダⅡと空母4隻を、デュロへの攻撃には天ツ上の空母4隻を投入いたします。その他戦艦などの打撃部隊の編成も考えましょう」
「そうだな、今の装備ではレヴァームと天ツ上が密接に連携することは案外難しいからな」
「この戦いが終わったら、さらなる連携装備の充実を図らなければなりませんね」
元々敵対していたこともあり、レヴァームと天ツ上の兵器の連携度は余り高くなかった。例えば、砲弾の口径が違っていたり、航空機の航続距離が全く違っていたりなどである。
「本土の防衛に関しては、大丈夫でしょうか?」
そこでファナがようやく口を出す。彼女なりに黙って聞いていたのだが、疑問があったので口に出した形だ。
「本土の防衛には空母艦隊が付きますし、井吹型巡空艦を含めた艦隊をレヴァーム近海で演習させます。有事の際にはすぐさま駆け付けられる次第です」
今回の作戦は特に、敵に反撃の隙を与えないことが前提となっている。守りを固めさせることで、群を外に出しづらくする。そうすれば、レヴァームと天ツ上の本土の守りが多少薄くても、目標は達成できるであろうという見込みだ。
「さて、問題はこの後だ。見事エストシラントの基地を壊滅させ、上陸したとして、本当に皇帝の救出なんてことができるのか?」
「皇帝の安否はスパイの情報で得ていますが、エストシラントに直接上陸したことで警戒されてしまう事が一番の懸念です」
レヴァームと天ツ上は、エストシラントにて幽閉されていると情報のあった元皇帝ルディアスの救出を考えていた。
「ルディアス皇帝の救出は、戦争を終わらせるためには必要不可欠な要素です。なんとかできないでしょうか?」
クーデター政権のため彼らは今の皇帝を国家元首と認めていない。そのため、ルディアスの救出がある事をするための鍵となるのだ。
「現在天ツ上では特殊部隊の編成が完了しておりますゆえ、電撃侵攻によって皇城を占拠できれば、ルディアスの救出もできます」
「なるほど、では救出作戦の立案はそちらに任せます。お願いいたします」
「分かりました」
そうして、レヴァーム側と天ツ上側の意見が一致した。
「では、作戦は以下の通りでよろしいですね?」
出来上がった作戦はこうだ。
・アルタラスのサン・ヴリエル飛空場と空母艦隊から戦爆連合を出撃させ、エストシラントの制空権を取りながら絨毯爆撃を敢行する。
・同時に、エストシラント沖で艦隊決戦を行い、パ皇艦隊を撃滅する。
・ほぼ同日にデュロ方面への攻撃も行い、生産能力を削ぐ。
・1日以内にエストシラントに上陸、皇帝ルディアスの救出を試みる。
彼らは目標達成のため、今から準備を始めるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
再独立を果たしたアルタラス王国への再侵攻が決定してからというもの、エストシラントの港では人が慌ただしく動き回り、大急ぎで準備が行われていた。
この港は皇都の南側に位置する、軍港を兼ねた第三文明圏最大の港である。数百隻もの戦列艦が停泊しており、兵器や魔石類、食糧などの物資を積み込む。
海軍提督バルスは、湾岸施設の屋上からその光景を眺めていた。バルスは遠くを眺める。レヴァームと天ツ上との戦争では、多くの兵が死ぬだろう。
飛空戦列艦やワイバーンオーバーロードをもってしても、ムーの支援を受けたレヴァームと天ツ上を相手にできるか分からない。兵を無為に死なせるのは、無能の証だ。
しかし、国がなくなってしまえば、兵は行き場を失う。どちらも守る立場にあるバルスは、苦しい選択を迫られていた。
先日、士官学校時代まで共に過ごした旧友と再会した。大出世だなんだともてはやされ、「戦死が怖くないのか」と問われた。
死ぬのは怖くない、と言えば嘘になるだろう。だが、自分の命よりも、優秀な部下や兵を死なせるのはもっと怖かった。「戦死は怖くない、戦死などあり得ない」などと見栄を張って言い放ったことは、少し後悔している。
──こんな人間が海将だと? 笑わせる。
勝たねばならない。虚勢を虚勢のままで終わらせるわけにはいかない。死にゆくものたちの犠牲を無駄にしないためにも。彼らの家族が、自身の竹馬の友が暮らすこの皇国を守るために。
かつてない窮地に立つ老将軍バルスは、まだ見ぬレヴァームと天ツ上に対し、静かに闘志を燃やした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アルタラスに新設されたサン・ヴリエル飛空場。もうすぐ大規模攻勢が始まる。それを感づかれないようにしなければならない。この基地で勤務することになったシャルルは、日に日に高まる緊張をひしひしと感じていた。
シャルルは滑走路脇の列線に並んだ海猫機へ歩み寄ると、機付整備員とともに点検に勤しんでいた。胴体や主翼、尾翼などに異常がないかを自分の目で確認する。
そして、操縦席で3舵の利き具合が最適になるよう、整備員と話し合いながら調節した。機体のことは整備員に任せっきりにする飛空士がほとんどだが、こうして細かいところまで自分の目で確認することで、空戦時に安心して機体性能をギリギリまで引き出すことができる。
飛空場では、レヴァームと天ツ上の飛空士達がチェスや将棋やらをしていたり、三文小説にケチをつけていたり。しかし、その平和なひと時は突如として打ち破られた。
『レーダーより連絡、エストシラント沖方面、方位195度、敵ワイバーンオーバーロード200、艦隊規模400隻以上がアルタラスに向け侵攻中。1325』
突如として鳴り響くサイレン音、いきなりの来襲だ。おそらくパーパルディアの艦隊がアルタラスの奪還に向けて動き出したのだろう。それに、400隻という数の多さも驚異的だ。
「敵襲! 敵襲!」
「走れ走れ!」
一気に飛空場が慌ただしくなり、のんびりとした空気が打ち払われた。元から自分の愛機を点検していたシャルルは、傍で同じく整備をしていたメリエルと共に水素電池スタックに火を灯した。
「シャルル教官」
と、傍で整備点検を行なっていたターナケインが口を開いた。
「俺は計器を取り外してしまったので、出撃できません。あとはお願いします」
「分かった」
どうやらターナケインは留守番らしい。シャルルはそう言うと、DCモーターを轟かせ、慣性軌道機にモーター軸を直結させる。すると、ぐわんぐわんという音とともにプロペラが回転し始める。列線から一番に抜け出して、まだ計器点検中の他機を尻目に滑走路に入る。
コンクリートで埋め立てられた灰色の滑走路と、真っ青な空。離陸滑走に入り、操縦桿を引くと滑走路が消え去る。右目の端に見えていた航空指揮所や兵舎や格納庫、レーダーも視界の下方へ消えて無くなる。
世界が青だけになる。
シャルルはこの瞬間が世界で一番好きだった。敵を落とすでもなく、空を飛ぶ瞬間だけを楽しめるからである。悲しく敵を落とすよりも、ただ空を飛ぶその時間がシャルルにとっては好きだった。
飛空場からも近いため電力残量を気にせずに済むし、万が一被弾しても基地が近いので助かりやすい。ここまでの好条件な空戦場はないだろう。
やがて、飛空場の周辺を飛びながら哨戒していた時──
「…………!」
その空に、幾つもの点が見えた。目を凝らす、レーダーの情報通りの場所と方向に、それがいた。高度3000メートルの下側を、速い速度で飛び続ける敵ワイバーン隊。それらの全てが通常のワイバーンよりも大きく力強かった。
ワイバーンオーバーロード、パーパルディアが飛行機械に対抗して作り上げたワイバーンの改良種らしい。生殖能力を完全に削ぎ、その代わりとして大型化して飛行能力と旋回性能を上げたワイバーンの限界ともいえる改良種である。
このワイバーンは、アルタラス沖での初めての空戦の時にもいたあの大きめのワイバーンだ。シャルルは3騎とも落としてしまったが、このアルタラスに先行配備されていた種類だったらしい。
「誘導する、我に続け」
シャルルはそう言って列機のメリエルとその他の味方たちに通信して、ついてくるように促した。各機体たちはそれぞれレーダーの情報を元に動いているため、シャルルの情報が正確だと知っている。だからこそ、信用してくれるのだ。
シャルルは近くにかなり大きめの雨雲を見つけ、その上に飛び上がる。ワイバーンオーバーロードよりもはるか高高度、8000メートル上空であるから、ワイバーンからは上空にいるアイレスVが見えないという寸法だ。
シャルルは耳を澄ます。自機のプロペラ音を無視し、ワイバーンオーバーロードの羽ばたく音と鳴き声を聞き分ける。虎の咆哮の中から雀の鳴き声を聞き分けるようなモノだが、シャルルには出来る。
そして、見事異なる音調を見つけると、シャルルはその瞬間操縦桿を押し込んでスロットルを開いた。
下降して分厚い雲へと再び突っ込み、雲の下へ出る。どんぴしゃり、ワイバーンオーバーロードの上に出ることができた。
──先手必勝!
理想的な空戦ができそうだ。敵はこちらに気づいていたが、あまりにも遅すぎる。激しい雨音がプロペラ音をかき消し、察知を遅らせたのだ。
『こいつら上から……!』
輝く太陽はないが、雨の中でシャルルは風防の照準器を覗いて狙いを定める。そして、容赦なく引き金を引いた。
20ミリ弾が竜騎士を頭から貫き、そして殺した。ワイバーンオーバーロードも体や翼に被弾して力なく降下していく。
──あぁ……。
シャルルはこの瞬間が最も悲しかった。空戦は人を殺すための戦場。それで人が死んでいくのは当たり前だが、それでもシャルルは少し悲しみを覚える。
ワイバーンオーバーロード隊は慌てて散開し、飛行機械から逃れようとする。そこへ、アイレスVと真電改が襲いかかり、乱戦になる。
こうなれば、目に映った敵を叩き落とすのが定石だ。シャルルは一人、戦いぶりが他機を圧倒していた。
メリエルとの編隊を解いたシャルルは、3騎、4騎と瞬く間に撃墜数が加算されていく。墜ちていくワイバーンには目もくれず、次の獲物へ食らいつき、20ミリ弾で叩き落とすのだ。
『なんなんだよあいつは!』
『くそっ! 後ろを取られた! 助け……』
『う、うわぁぁぁぁぁ!! 海猫だ!!来るなぁぁぁ!!』
空戦場は、竜騎士の絶望の色に染まった。改良種のワイバーンオーバーロードといえど、両国の最新鋭戦空機、それも最前線の腕利きが操る機体たちには勝つことができないでいる。
シャルルは疑問に思う、何故彼らはここまで劣勢になっても全く引かないのだろうかと。
すると、一騎のワイバーンオーバーロードが血飛沫を上げながら雨のざあざあ降る海原に向かって墜ちていく。竜騎士は無事なのか、そのまま落下傘を開いた。安心するがその直後、落下傘に向けて30ミリの弾が放たれた。
「なっ!?」
落下傘は撃ち抜かれ、穴だらけになって使い物にならなくなった。竜騎士は上空で何もできずに墜ちていき、海面に勢いよく叩きつけられる。
『うわぁぁぁぁぁぁ!!』
さらに周りを見ると、同じような事が何遍が起きていた。落下傘を撃ち抜かれた竜騎士は恐怖の表情で死んでいく。
なんて事をするんだ、と抗議の一言を30ミリを放った真電改の飛空士に言ってやりたかったが、途端に彼の心情を理解してしまった。
おそらく、パーパルディアに親族を虐殺された飛空士なのだろう。その恨みが、パーパルディアの竜騎士に向けられている。それを止めることは、シャルルにはできない。
「…………くそっ……」
と、そう無念に囚われていた時に、シャルルは後ろから気配を感じた。いくら凄腕でも、戦場で呑気な飛び方をしていたら誰だって後ろを取られる。
「…………くっ!」
機速を上げたが、敵はぴったりと後方へ食らいついて火炎弾を放ってくる。かなり根性があるらしく、せっかく取った好位置を捨てまいと必死に食らいついてくる。
『こいつめぇぇぇぇ! よくも仲間を!』
シャルルはその悲しい敵に哀れみを向け、上昇に転じた。やや斜め気味の宙返りだ。ワイバーンオーバーロードもしっかりとついてくる。
シャルルは宙返りの頂点付近で左フットバーを緩め、右フットバーを蹴った。機体が横滑りしたところで、操縦桿を微妙に倒して、右翼をわずかに下げる。
反転した機体が、失速寸前のところで不思議な浮遊状態となり、自動車のドリフトのように空中を横滑りする。
追尾してきたワイバーンオーバーロードが前へのめる。空中に静止するようにして、シャルルは前方へ押し出される敵の脇腹を見ている。
──イスマエル・ターン。
レヴァーム空軍、S級空戦技術。下手な者がやれば失速する、両翼にため込んだ揚力と推進力がギリギリ調和するところを見極めて繰り出す。
──空中に真空を発生させる。
その感覚が最も近い。敵騎は重力に囚われているが、こちらは重力から切り離されて空間の一点に静止してコマのように機首だけを回転させる。
シャルルは押し出された敵騎の脇腹へ、20ミリ弾を叩き込んだ。これが、最後の敵騎だった。