とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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第2話〜消失の大瀑布〜

彼らがなぜクワ・トイネの空へやってきたのか、話は3日ほど前に遡る。

 

夜空。

 

真っ黒な夜空。空を見上げれば星々がきらめき、手を伸ばせば吸い込まれてしまいそうな漆黒の黒。

 

水面は静かに揺れ、海面は透明度が高く泳ぐ魚群が目に映る。トレバス環礁からサイオン島に掛けてのヴィクトリア海は透明度が高く、このように空から魚群を見下ろすことができる。

 

そのまっさらな夜空の最中に蒼の飛翔物が海の上を悠然と飛んでいた。回るプロペラ、DCモーターの電動の心地よい音、蒼穹の蒼に染まってしまいそうな優しい色のジェラルミンの翼。

 

それだけで、かの飛翔物が飛空機械であることがすぐにわかる。青い塗装、優しく回る4軸のプロペラ、ジェラルミンの翼に光を受けて飛んでいる。小さく、しかしそれでいて力強い雰囲気を出す単座戦空機『アイレスV』。

 

神聖レヴァーム皇国の最新鋭戦空機として、今も現役のその機体は青い海を駆け抜けて飛ぶ。透明で仕切りが少ない涙滴型風防に身を包み、優雅な飛行を楽しむ飛空士がそこにはいた。

 

 

「大瀑布にかけての飛行経路は異常なし、今日も良い夜空です」

 

 

トレバス環礁の基地に定時連絡を入れ、通信機を置く若い飛空士。レヴァーム人にしては珍しい黒髪を携えた若者の名は狩乃シャルル。シャルルの今回の任務は大瀑布空域の偵察任務だった。大瀑布を越えた先にある帝政天ツ上、その軍の動向を探るための早期警戒任務だ。

 

シャルルにとっては平時のいつもの任務。もう天ツ上とはすぐに戦争が起こるわけでは無い、安心した気持ちで空を飛んでいる。まもなく大瀑布を超え、天ツ上の領空へと顔を出す。シャルルはこの海域を懐かしむように見ていた。

 

 

「よし、これが出発前の最期の飛行だ。気分良く行こう」

 

 

そう、シャルルにとってはこれが終わればしばらくはトレバス環礁には帰ってこない。かつての敵とも仲良くなり、暇を持て余したレヴァーム軍は新しい計画を立てていた。

 

聖泉方面の探索である。

 

聖アルディスタ教における創造神話、その記述にある世界の中心である『聖泉』。そこが本当にあるのか確かめるべく、レヴァーム主導で大規模な探査計画が立案された。

 

暇を持て余していた軍はこれに飛びつき、聖泉方面探索艦隊が編成されて大規模な探索が行われる予定だった。出発は明後日。シャルルもその計画に参加することが決められており、正規空母『ガナドール』に乗って果てへ向かって旅立つ。今回の偵察はその前日における最後の飛行だった。

 

そんな考えにふけっていると、シャルルの目に世界の境界線が見え始めた。この二つの国を隔てて分ける神秘の滝が、シャルルの眼に映る。

 

──大瀑布。

 

この世界を隔て切り裂く巨大な滝。トレバス環礁の大瀑布はレヴァーム側に抉れており、近い距離にある。長く、高く、果てのない滝は海を裂くように割れている。海水の流れ落ちる重い音がアイレスVの風防からでもわかる。

 

世界を隔てる大瀑布。

 

シャルルにとって何も見るのは初めてではない。しかし、世界を二分するかのように隔てられたこの滝を見るたびに、世界の神秘を確信する。その大瀑布を超えた海域、その少し先に何やらピカリと光る光源がシャルルの眼に映った。

 

魚かと見間違える魚影が一つ、大瀑布の先の空に鎮座していた。アイレスVよりも大きく、小さめの主砲などの上下の構造物をもつ空飛ぶ船のような出で立ち。

 

 

「天ツ上の駆逐艦だ」

 

 

燦雲型高速駆逐艦。

 

かつての戦争で神出鬼没として恐れられていた天ツ上機動艦隊の中核をなしていた駆逐艦だった。かの戦争で多くの戦没艦を出してしまっていたが、戦後は大瀑布の警備に使われている。

 

天ツ上もレヴァームと同じく、停戦条約が結ばれた後も大瀑布近辺の警備を行なっている。昔は帰還不可能と言われた単座戦空機による夜間飛行も、こうして各所にピケット艦を配置することによって帰られるようになった。

 

予定では、この駆逐艦を頂点にこのままトレバス環礁まで戻る事になっている。これ以上は天ツ上の領空。事前に単機の飛空機械が大瀑布を超える許可は出ていたため、任務を終えたら速やかに反転して飛空場まで戻る予定だ。

 

 

「挨拶をしておこう」

 

 

シャルルはそんな気さくなことを思いつく。あの船には戦争の時に散々お世話になっていたからこその、ちょっとした遊び心である。スロットルを調節し、大瀑布に対して平行に進んでいた駆逐艦の真上を通り過ぎる。途端、天ツ上の飛空駆逐艦の乗組員たちが飛び出して手を振ってきた。シャルルの飛び方を讃えるかのように帽子を振るっている。

 

そして半ロールを打って機体を反転、飛空駆逐艦の右側面に着く。飛空駆逐艦は素早いため、飛空機械とも並走できるのが売りだ。駆逐艦の艦橋の乗組員たちが敬礼する。シャルルも風防の中でレヴァーム式の敬礼をして挨拶をする。

 

 

『こちら天ツ上海軍所属、飛空駆逐艦『竜巻』。本日の天気はほぼ晴天、トレバス環礁までの雲量は七。時刻は00:00を過ぎている、時刻通りだね』

 

 

飛空駆逐艦の艦長がシャルルに挨拶をかける。シャルルも機内の無線機を手に取り、話を返す。

 

 

「ありがとうございます艦長殿」

 

 

シャルルは緩やかに操縦桿を引いて再び上昇。高い高度から大瀑布付近の空を見据える。高空の空は真っ黒に染まり、満天の星空が夜空を支配している。そんな空に、シャルルは少し綺麗だと感じた。

 

異変はその時起こった。

 

 

「?」

 

 

一瞬、空のダークブルーが濃くなったように感じた。何かの見間違いかと思い、アイレスVの操縦に戻ろうとした時であった。瞬転──夜空が光に満ちた。

 

 

「な!?」

 

 

シャルルの目が見開かれる。夜空の真っ黒は消え去り、一瞬で昼間のように明るくなった。

 

 

「あれは!?」

 

 

それは一瞬の出来事だった。たったの数秒、それだけでかの夜空は昼間のように晴れ渡り、そして元に戻った。

 

 

「…………」

 

 

シャルルの口が開いたまま塞がらない。一瞬でハッと戻り、アイレスVの計器類に目を通す。高度計、電力計、平行器、全て異常はない。

 

シャルルは周りを見渡す。場所はさっきと変わっておらず、相変わらずの海の上を通っている。よく見れば、闇に染まったと思っていたのよりも少しだけ明るく、空を見れば月と数多の星が眼に映る。

 

横にはさっきの駆逐艦が月夜に染まって黒く光り輝いていた。場所が変わったわけではなさそうだ。ならば、この現象は一体なんなのか?夜空が一瞬昼間のように明るくなるなんて聞いたこともないし、あってはならない。一体全体何が起きているのかシャルルには分からなかった。

 

 

『こちら飛空駆逐艦竜巻!今の現象は一体なんなんだ!?夜空が光で昼みたいに照らされたぞ!!』

 

 

どうやら今の現象は竜巻の方でも起こっていたようだ。艦長が慌てた様子でシャルルに説明を求める。

 

 

「わかりません!とにかく今はレヴァームと天ツ上に連絡を取ってください!」

 

 

シャルルにも不可解すぎる現象だ。原因はわからない、とにかく本国に問い合わせて真偽を問うしかない。しばらくすると、すぐに艦長から連絡が入った。

 

 

『飛空士殿、たった今天ツ上とレヴァーム両方との連絡がついた』

「本当ですか!?」

『ああ、本国でも同じ現象が起きていて大パニック状態らしい。とにかく、今は現時点での航路を維持せよと指令が来ている』

「わかりました、本国との連絡がついたなら安心です。ありがとうございます」

 

 

考えられていた最悪の結果は避けられたようだ。本国との連絡がついたということは、駆逐艦の通信機器の間にレヴァームと天ツ上が存在するということだ。よもや、自分たちだけが知らない場所に転移させられたということではないようだ。

 

 

「?」

 

 

少し安心して、周りの状況を確認し始めたシャルルに異常が聞こえ始める。そこにはアイレスVのモータ音と駆逐艦の揚力装置の音だけで、大瀑布の滝の音が一切聞こえなかった。シャルルの天性の勘が、異常な空を空から見据えるようにあらわにする。

 

 

「まさか……」

 

 

シャルルはまさかと思い、アイレスVを翻す。高度二千メートルから大瀑布方向に向かって一直線に進む。しかし、いつまでたっても滝が現れない。水面は滝など鼻っから存在しなかったかのように悠々と照らされている。

 

高度二千メートル。大瀑布を超えたならば高度計は一気に七百メートルに切り替わる筈だ。しかし、いつまでたっても大瀑布を超えた証拠が現れない。

 

 

「大変だぞ……これは……」

『どうした!?いきなり高度を下げたら大瀑布に突っ込むぞ!』

 

 

そのシャルルの不可解な機動に危機感を感じた米秋艦長が怒号を散らさせる。シャルルは異変の真偽を確かめるべく、竜巻に連絡をつける。

 

 

「艦長殿、大変です!大瀑布が見つかりません!!」

『何!?どういう事だ!?』

「わかりませんが、サーチライトを大瀑布に向けてください!暗闇でよく見えないだけかもしれません!」

 

 

一瞬光が照りつけたため、目が慣れていない。シャルルの勘違いという可能性も考慮し、竜巻にサーチライトで大瀑布を探ってもらうしかない。

 

竜巻の乗務員たちが探知灯に取り付き、自慢の大電力から繋げられた大口径のサーチライトを向ける。約数キロ先まで照らすことができるそれは強力な光を持ってして大瀑布を照らそうとする。しかし、何も映らない。ただっ広く何もない平野のような海が、はるか先まで続いているだけだった。巨大な果てのない滝は見る影もない。

 

 

『大瀑布が無いぞ!?』

『どこにも見当たりません!』

『そんな馬鹿な……』

 

 

竜巻の乗務員も、これには唖然を通り越してちょっとしたパニック状態だった。空で見据えるシャルルにも、その動揺が伝わってくる。

 

 

「これは一大事だぞ……」

 

 

シャルルはそれだけしかつぶやくことしかできなかった。大瀑布は、どこにも存在していなかった。その衝撃が、シャルルの脳裏に混乱を生む。

 

まるであの滝が初めからなかったかのようにまっさらに消えていたのだ。




『大瀑布の消失』
今作では、これが原因でレヴァームも天ツ上が転移した事を知ります。

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