とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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エスシラント沖大空中戦は三回に分けます。


第57話〜エスシラント沖大空戦その2〜

シャルルはエストシラントの上空で、ワイバーンを見据えていた。シャルルに、不思議な力が宿ってくる。

 

 

「来い!!」

 

 

シャルルは再びスロットルを開く。わざとワイバーンを後ろに着かせて、降り注ぐ敵騎の火炎弾を、海面を這いながら全て躱す。海面すれすれを這うことで、いかなる多勢であろうが上方からしか攻撃できない。

 

 

「レヴァームの飛空士の実力を見せてやる!」

 

 

そして、そのまま機体を持ち上げる。高度を獲得していく。シャルルは、自分を取り囲むワイバーンの群れへと斬り込んでいく。

 

 

「どうした? その程度?」

 

 

高度を上げながら、20ミリの弾丸を放った。その一撃で次々とワイバーンが叩き落とされ、海面へハエのように墜ちていく。

 

ワイバーン400騎を相手に、シャルルはたった1機で奮戦していた。相手はワイバーンオーバーロードやロード、そして普通のワイバーンを含めた連合竜騎士。

 

おそらく、この地域の軍や民間の冒険者とやらの、ありとあらゆるワイバーンを扱う職種が集まって来ているのだろう。

 

おそらく、パーパルディアは自分を落とすのに躍起になっている。それを実感して、シャルルは更に戦意を高める。

 

 

──上等だ。

──全員叩き落としてやる!

 

 

シャルルの操縦桿を握る手が冴えてくる。体はまだ何も傷ついていないから、感覚も冴えてくる。

 

 

「どうした、下手くそ」

 

 

不敵な笑みで上空を見上げる。シャルルを落とすために、勇敢な竜騎士が次々と襲いかかってくる。その射弾を、ひらりひらりと躱して海に着弾させる。そして、お返しとばかりに20ミリを撃ってきたワイバーン全員に叩き込む。

 

 

「ネクサス飛空隊の凄みを思い知れ!」

 

 

これだけワイバーンが囲んでいながら、シャルルを落とせる気配が全くない。どんなに群れてもワイバーンが龍に勝てないように、ワイバーンがどんなにシャルルに群れようと勝てはしない。

 

 

「目に映ったが最後だ!」

 

 

シャルルは目に映る、敵の破れ目へこちらから斬りかかる。大軍の破れ目へ、槍が放たれる。たった1機のアイレスVが錐の先端となって、400のワイバーンの大群を突き刺していく。

 

次々とワイバーンが落ちていく。異世界に来る前、中央海戦争でエースとして活躍したシャルルの腕前が、このエストシラントのワイバーンにも猛威を振るった。

 

 

『ちくしょう! なんなんだよこいつ!!』

 

 

シャルルの実力を思い知ったパーパルディアの竜騎士達が、間をとって引き離す。それを、シャルルは容赦なく追いかけて20ミリの弾丸を叩き込んだ。

 

弾丸はワイバーンに炸裂し、体を貫いて竜騎士と一緒に命を削り、海へと叩き落とす。竜騎士の驚愕した表情が、シャルルの目に映るが、シャルルは表情を変えない。

 

 

「まだまだ!」

 

 

シャルルの牙が、ワイバーン達に炸裂しては、彼らを切り裂いていく。シャルルを囲んでいるワイバーンは内側から次々と撃ち落とされていく。

 

 

「どうした! どうした!」

 

 

敵に罵倒を送り、次々とワイバーンを落としていく。機体の電力残量が刻一刻と減っていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

凱旋式を終えた女王ルミエスは、親善訪問としてレヴァームを訪れていた。今まで散々恩をもらってきたレヴァームに、感謝の意を示すこの儀式は、レヴァーム国民の声援とともに迎えられた。

 

 

「どうぞお座りください」

「はい……」

 

 

女王ルミエスは複雑な心境を抱えていた。今回の一件で、レヴァームと天ツ上の実力は知る事ができた。けれど、彼らに悪魔の国の戦争を任せてしまって良いのだろうか?また、彼女のお願いを聞いてしまって良いのだろうかと、ルミエスは思っていた。

 

 

「やはり……あのお願いは聞いてもらえないでしょうか?」

「……今回の一件で、レヴァームと天ツ上の力を知る事ができました。ですが……本当に私なんかで良いのでしょうか?」

 

 

ルミエスはファナから『属領に向けて一斉蜂起を呼びかけてほしい』と頼まれていた。しかし、ルミエスはまだ自信がなかった。自分のような若い人間に、そんな歴史を変えるような偉業が成し遂げられるのかと。

 

 

「大丈夫です、レヴァームも天ツ上も最善を尽くします」

「そうではないのです……私の一言が、沢山の人を不幸にしないか、とても不安なのです……」

 

 

ルミエスはまだ不安であった。属領に蜂起を呼び掛ければ、戦争は激しくなる。その責任を、自分は負えるのだろうかと。その時、部屋の扉をノックする音とともに、一人の軍人が入ってきた。

 

 

「会合中、失礼いたします」

「如何されましたか?」

「はい、エストシラント空爆は成功に終わりました。レヴァーム側の損害は無しです……ただ……」

「ただ、なんでしょうか?」

「はい。帰還の途中でワイバーンの大軍と接敵、とある飛空士が一人部隊を逃すために戦場に取り残されております」

「「──!!」」

 

 

その言葉に、ファナとルミエスは戦慄した。

 

 

「やっぱり……やっぱりダメです……こんな風に様々な人が犠牲になっていってしまう……私にはとても……」

 

 

その報告が、ルミエスの自信を更に削った。彼女にとっては、これ以上犠牲者が増えることは望めないのだろう。

 

 

「……その飛空士の名は、なんと言うのでしょうか?」

「はっ、狩乃シャルルという飛空大尉です」

「──っ!!」

 

 

その言葉に、再び反応したのはファナの方だった。そして、安心したように席に戻る。

 

 

「安心してください、ルミエス女王。かの飛空士ならきっと、生きて帰ってきます」

「で、ですが……」

「私は、その飛空士の名を知っています。彼とは、少し前にお世話になったのです。私は彼を信頼しています」

「え? どういうことですか?」

 

 

そう言って、ファナは不敵にクスリと笑って見せた。そして、話を始める。

 

 

「貴女にも教えましょう、彼の軌跡を。彼の成し遂げた偉業を──聞いてください。これは、とある飛空士への追憶です」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

静けさが、ターナケインの頬を伝った。ターナケインは誰の邪魔にもならない艦の側面で、一人佇んでいた。一度にたくさんのことが起きて、事態を整理して理解するのに時間がかかりそうだ。

 

自分は、幼い頃に竜騎士に憧れた。だが、自分は何もわかっていなかった。竜騎士とは人を殺して殺める、決して明るくない職業であることを。

 

自分は、戦場にそぐわない未熟な精神のまま戦場に出てしまった。そしてそのまま、海猫に落とされた。それを自分は逆恨みし、戦争だと割り切れなかった。

 

思考を巡らせれば、ターナケインは今までの自分が、どれだけ情けないか理解することができた。風に吹かれながら、そらその事が痛みとして蘇る。

 

 

──相棒。

──海猫を討ち取ったら、どう思う?

──俺を褒めてくれるのか?

 

 

ターナケインは今は亡き天国の相棒に声をかける。そんな時、思い出したのは母の言葉だった。

 

 

『あなたが許せば、きっと光が見えてくるわ』

 

 

ターナケインの思考の中を、母親の言葉が駆け巡る。当時の自分には、理解ができなかった言葉だ。

 

 

『だからこれからは、どんなことがあってもその人を許してあげて』

 

 

あたかも、未来に起こる何かを予見していたかのような母の言葉。今でも忘れられない。

 

 

──許す。

 

 

その意味を、ターナケインは考えた。憎悪を捨て去り、相手を受け入れること……だろう。口で言うだけなら簡単だが、実際にやろうとするととても難しい。

 

 

──無理だ……

──今の俺には、許すことはできない……

 

 

海猫を許したら、相棒は奪われたままだ。ターナケインにはそれだけが、心に引っかかっていた。

 

 

──けど……

──出来ることならもう一度……

──もう一度あの人と一緒に飛びたい……!

 

 

ナイフで刺されてもなお、自分を恨まなかった心優しい青年と、もう一度一緒に空を飛びたい。ターナケインは次第に、そんなことを考えるようになっていった。

 

 

『飛空士達が帰還! 艦上整備士は持ち場に配置せよ! 緊急事態発生のため、すぐさま補給を行え!!』

 

 

艦長の司令に、辺りにいた整備士に広まり一気に騒がしくなる。

 

 

「飛空士達が帰ってきたぞー!!」

「急げ急げ! 補給準備だ!!」

 

 

ターナケインはとぼとぼと甲板上に上がる。そこでは、着艦要員達が忙しく動き回ってアイレスVを受け入れていた。飛空長が位の高い飛空士に駆け寄り、状況を聞き出す。

 

 

「状況は!?」

「はっ! エストシラント空爆は成功……しかし、各機の残弾電力がなくなった段階でワイバーンがエストシラントに殺到、それで……」

「どうした? 早く言え!」

「は、はっ! シャルル隊長が一機でエストシラントに残り、我々の殿軍となりました! 現在も空戦中です!」

「──っ!!」

 

 

位の高い飛空士からの証言で、ターナケインはハッとした。そして、状況を噛み込む。あの海猫が、たった一人で残って今も戦っている。そのことに、ターナケインはいても経っても居られなくなりそうだった。

 

 

「なんだと!? なぜ弾薬と電力を使い果たしてきた!?」

「か、各機がエストシラントの市民に向かって攻撃を敢行……そのまま無我夢中で……」

「市街地への攻撃は! 控えるように言った筈だぞ!!」

「申し訳ありません! 誰も止めるものがおらず……」

 

 

ターナケインはその飛空士の言葉に、更に危機的状況を飲み込み始めた。海猫がたった一人でエストシラントに残り、敵を引きつけている。

 

海猫が、危ない。

 

ターナケインはそう直感した。もはや、その心に海猫への憎しみなどもうなかった。ただあったのは、大切な恩師が殺されるかもしれない危機感だ。

 

ターナケインは何かできないかと周りを見渡す。すると、1機のアイレスVが甲板上に佇んでいるのを見つけた。おそらく電池は満タン、弾薬も十分にある機体だろう。

 

ターナケインは決心する。走ってそのアイレスVへと飛び乗り、水素電池スタックに火を灯した。静止する整備士を睨みつけ、怯んだ整備士にプロペラを回してもらう。

 

 

「お、おい!!」

 

 

それを見た飛空長がターナケインを静止しようとするが……

 

 

「止めろ」

 

 

その飛空長を止めるものが現れた。

 

 

「く、クラウディオ艦長……」

「行かせてやれ、彼の為だ」

 

 

飛空母艦ガナドール艦長、クラウディオ大佐だった。彼の静止に逆らうことはできず、飛空長はターナケインのアイレスⅤを見据える。

 

そして、ターナケインのアイレスVは空母ガナドールの甲板上に入り、離陸滑走に入った。翼が揚力を掴んで飛び上がる。その舳先は、エストシラントに向けられていた。

 


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