よければ是非、ご観覧ください。
レミールは自分の屋敷で固まってブルブルと震えていた。
あの悪夢を見て目覚めてしまった目を擦り、バルコニーに出てみればもう朝が少し過ぎていた。
その南の空から、大型と小型の飛行機械の群れがやってきた。小型の機体は皇国が誇るワイバーンオーバーロードをあっという間に駆逐し、大型の機体は目を覆いたくなるほどの爆弾を市街地や陸軍基地に落としていった。
恐怖を掻き立てるレヴァーム軍の飛行機械の唸り声、そして市街地から上がる悲鳴と爆炎。あんな攻撃に耐えられるわけがない。皇都への本格的な攻撃が開始されたら、間違い無くこの国は滅びる。
レミールの腕は脱力し、両膝を抱えた。震えが止まらない。自分は最早国を左右する立場、皇帝だ。今すぐにでもパラディス城に出向かなければならない。
しかし、レヴァーム軍による皇国へ向けられた圧倒的な暴力。あれはレヴァームの怒りだ。大変な存在を敵に回してしまった。その原因を作り出したのは、紛れもなく自分。
──レヴァームは……怒り狂っている!
──血眼になって私を探している!!
そう思うと、恐怖で動けない。指先は冷たくなり、心臓の鼓動が大きく感じる。喉が乾いて仕方がなかった。街は騒然とした雰囲気に包まれ、あちこちから悲鳴が聞こえる。
「レミール様! レミール様!」
自室の向こう側から、拳を強かに打ち付ける音が響く。レミールはその音にさえも身を竦ませ、返事をするのも恐ろしくなった。
「レミール様!! ご起床ください!!」
こんな姿を従者に見せるわけにはいかない。上に立つものの矜恃だけが、レミールを支える。
「しばし待て!!」
恐怖を払うように、レミールは怒鳴り返した。
「何だ!?」
扉越しに尋ねると、従者は泣きそうな声で応じた。
「レミール様、皇都が攻撃を受けました。まもなく奴らはこのエストシラントに上陸してくるかと思います。なので、軍から早急に飛空船に乗って脱出するように指示を受け、伝えに参りました……」
「分かった、湯と着替えを用意せよ。事態は緊急だ、装飾はいらん。すぐに向かう!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
皇都防衛の要ともいえるエストシラント南方の海軍基地、同基地には戦列艦がひしめき、皇国海軍主力といっても差し支えない。
基地の中には列強パーパルディア皇国の海軍本部も設置され、多数の戦列艦の並ぶその姿は圧倒的の一言であり、見る者にある種の感動を与える。
海将バルスは、海軍本部の自室から外を眺める。
陸軍が攻撃を受けたとの報により、基地の海軍に全力出撃を命じた。有事即応体制にあった戦列艦たちは、迅速に準備をしている。
すでに主力の3分の1は警戒のために布陣を整えており、万全の体制で敵を迎え撃つ。個艦同士の展開範囲を広くとり、かつ莫大な量をもって戦うことにより、長射程砲対策を行う。本作戦に、海将バルスと皇国の頭脳マータルは、自信を見せる。
続々と港を出港する戦列艦。その一隻一隻がこの世界の平均的な戦船に比べ、圧倒的に強く、圧倒的に大きく、そして圧倒的に速い。
第3文明圏最強の海軍、列強パーパルディア皇国主力艦隊は、おそらく来るであろうレヴァーム海軍の攻撃に備え、彼らを滅するために最後の出港を行うのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
飛空母艦ガナドール艦長、クラウディオ大佐はガナドールの寵楼艦橋にたたずみ、海猫の帰りを待っていた。両目を閉じて瞑想をし、神経を研ぎ覚ます。
「観測員より連絡! 南方に海猫機を視認!」
艦長はカッと目を見開き、その方角を双眼鏡で見据える。その方角には、アイレスVが3機と百機程の真電改が空を飛んでいた。そのうち、アイレスVの3機が翼を振って高度を下げている。
「全艦、着艦受け入れ体制に入れ! 艦を着水、風上に向けて最大船速!!」
「はっ! 取舵いっぱい!! 着水用意!!」
「とーりかーじ! ヨーソロー!」
掛け声と共に、海猫達を生還させるべく船全体が一丸となる。ガナドールの巨大な艦体が着水し、安全な受け入れ体制を取る。これなら、例え着艦に失敗しても着水できるのだ。
海猫達3機が高度を下げて近づく、真電改は長い航続距離にものを言わせてあかつき丸まで戻っていく。
まず海猫ではない2機が、高度を落としてパスに乗った。安全な距離を保って、まず車輪を出す。着陸装置に問題はないらしい、彼らが常日頃から自分の目で点検している成果が出ている。
スロットルが開かれ、フラップが降りて機体が減速する。そして、ふわりとした着艦で2機は着艦フックに機体を引っ掛けた。
次は海猫の番だ、向かい風を受けて機体が減速し、ふわりと機体は一瞬空中に静止するように浮かんで──ガナドールの搭乗員達が固唾を飲んで見守る中、海猫は見事に着艦して見せた。
一気にどっと歓声が上がる、湧き立つ空気が艦橋からも伝わってきていた。クラウディオ艦長は細い閉じたような目をしながら、それを見守った。表情は変えていないが、彼の中に安心が宿る。
艦橋の者に一言言うと、彼はそのまま甲板上に出てきた。称えられる海猫と、メリエル中尉、そしてロウリア人の青年ターナケインの3人が持て囃されている。
「ターナケイン君」
クラウディオ艦長はターナケインに声をかける。彼は、驚いた表情で敬礼をした。
「はっ、クラウディオ艦長殿」
「まだ訓練生なんだから、改まらなくてもいいよ。それより、海猫を助け出してくれてありがとう、ガナドール一同から感謝を込めるよ」
その言葉に、他の飛空士達も歓喜の声を上げた。ターナケインを称えている、称賛の声だ。
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。シャルル大尉、ターナケインのことはどう思う?」
「はい、もうあの事は許します。彼にもいろいろ思い悩んでいたところがあるでしょうから」
彼が言う「あの事」とは十中八九、ターナケインによるシャルル殺害未遂事件のことだ。それはガナドール全体にも伝わっていたが、今回の件でターナケインはむしろ称賛されている。
「うむ、だが……君が許しても軍が許すかどうかは分からない。ターナケインの処分は、私からも軽くするように伝えておくが、まだ不透明なんだ。申し訳ないね、ターナケイン君」
「いえ、そこまでしていただいて本当に嬉しい限りです。私のやったことは、許される事ではないでしょうから……」
そう言って、ターナケインは俯いて小さくそう言った。彼もどうやらあの事件は反省をしているらしい、どうやらターナケインは何か心変わりに至る事があったのだろう。
「そうか……それより3人とも、早く艦内に入るといい」
「? どうしたのですか? これからまた出撃では?」
ターナケインはそう言って疑問を口にした。
「いや、君たちを助けるためにエストシラントに近づき過ぎてな、今は敵と目と鼻の先なんだ」
「!? そういえば……空を飛んでいる時に見えたあの大艦隊は……」
メリエルが最初に、今何が起こっているかの状況判断がついた。彼らは高高度を飛んで飛距離を稼いでいたため、竜母のワイバーンに襲われることはなかったが、艦隊を目撃していたのだ。
「まもなく砲戦が始まる、本艦は離水後、すぐさま最大船速で現海域を離脱する!!」
「はっ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ガナドール艦長、クラウディオ大佐より連絡! 『ワレ、海猫ト雛鳥ヲ収容セリ!』」
機動艦隊旗艦エクレウス級飛空戦艦『エスペランサ』の艦橋にて、マルコス・ゲレロ中将はその報告に安心した。これで、いちばんの懸念だった海猫達の帰還が果たされた。
エクレウス級戦艦、これは天ツ上の巡空戦艦に対抗するための高速戦艦として建造された船で、その高速性から機動艦隊の護衛も務めている。『エスペランサ』はその二番艦だ。
『エクレウス級飛空戦艦』
スペック
基準排水量:4万8000トン
全長:270メートル
全幅:32メートル
機関:揚力装置4基
武装:
18インチ三連装砲3基9門
5インチ連装両用砲10基20門
40ミリ四連装機関砲15基60門
20ミリ単装機関砲60基
同型艦:4隻
『エスペランサ』率いるレヴァーム機動艦隊は、海猫と雛鳥2人を救出するためにかなり北まで北上してしまっていた。そのせいで、今北側からやってきたパ皇軍の艦隊に捕捉されている。
できれば早めに航空戦で方を付けたかったが、飛空隊は補給中だ。この際仕方がない、砲戦で方を付けるしかない。この距離からではおそらくワイバーンもやってくるだろう。
「レーダーに反応! ワイバーンオーバーロード約200! 竜母からの攻撃隊かと思われます!」
「うむ、全艦対空戦闘用意! アドミラシオン級は防衛陣形を整え、対空戦闘を行え!!」
その号令一下、艦隊が陣形を変える。高度200メートルほどまで高度を下げ、戦艦を中心にアドミラシオン級軽巡空艦『アドミラシオン』『ピエダー』『サン・タフェ』『サン・アンドレス』が取り囲み、そのさらに外側をアギーレ級駆逐艦が固める。
アドミラシオン級軽巡空艦、この船は発達する飛空機械の脅威から機動艦隊を守るために作られた。大量の両用砲と軽い15.5センチ砲を備えた防空艦といっても差し支えない船であった。
『アドミラシオン級軽巡空艦』
スペック
基準排水量:1万2000トン
全長:185メートル
全幅:20メートル
機関:揚力装置4基
武装:
6インチ三連装砲8基24門
5インチ連装両用砲8基16門
40ミリ四連装機関砲8基32門
40ミリ連装機関砲8基16門
同型艦:42隻
この船には、近接信管がついた砲弾が満載してある。その船にワイバーンが近づけばどうなるのか、答えは明白だった。
「敵ワイバーン、急降下!」
「
エクレウス級戦艦、アドミラシオン級軽巡空艦、アギーレ級駆逐艦の5インチ両用砲たちが一斉に火を吹いた。炎の投げ縄が放たれ、それが一つ一つが全てワイバーンに襲いかかっていく。
『うわっ!?』
『何だ!? 何か爆発したぞ!!』
投げ縄がワイバーンの近くを通り過ぎると、それだけで爆発と轟音が間近で起こる。投げ縄達は破裂し、確実に竜騎士の命を奪い取る。
『散開しろぉぉぉぉ!!』
破裂の密度は濃く、艦隊の十字の火山から爆発し、確実に命を削らんと連鎖していく。閃光がワイバーンを貫き、爆発が爆発を呼ぶ。翼が引きちぎられ、胴体だけになって墜ちていく。
雨は止まない、連鎖は続いていく。ワイバーンが火に塗れ、炎と血の塊となって墜ちていく。次々と、墜ちていく。悲しいまでのその空の中でも、ワイバーンは進行をやめない。
『何なんだこれは!?』
『助けて! 助けてくれ!!』
『空が……空が炎で包まれて……!』
竜騎士からの悲痛な叫び声が聞こえてくる。彼らの生命は、近接信管一つで失われていく。
「…………っ」
その悲痛な空に、マルコス中将は哀れみを向ける。何故ここまで不利となっても彼らは逃げないのだろうか、何故この恐怖に臆することがないのか、この空に問うても答えは出てこなかった。
やがて、ワイバーンは全て全滅した。中には勇敢にも火炎弾を放ってきたものもいたが、鋼鉄製の飛空艦には通用せず、機銃の前に叩き落とされた。彼らは一切、レヴァーム機動艦隊の護衛艦達に有効なダメージを与えられなかった。