とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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エスシラント沖大海戦、最後です。


第60話〜エスシラント沖大海戦その2〜

空にひしめく大艦隊。そこには、パ皇軍主力艦隊のほぼ全てである約1000隻にも上る砲艦が展開していた。2列のジグザグに並ぶ砲艦各艦の距離は1キロ、両幅500キロという、とてつもない範囲の「面」に構える。並列単横陣T字戦を想定した陣形だ。

 

元々遠洋に出ていた三分の1の艦隊と、その後に来た主力艦隊達が合流し、離水時間を短縮するためにあらかじめ空を飛んでの布陣だ。

 

基本的に回避行動をとって敵の接近を待ち、射程内に敵が入ってきたら複数の艦が攻撃に参加する、各個撃破の戦術だ。

 

敵の兵器が同質同数であれば、逆に各個撃破される布陣であり、通常なら決して採用しない作戦である。しかし、あのレヴァームの飛空船は長距離砲を持っている可能性がある。それを前提とし、しかし数で確実に反撃を与えうる、いわば捨て身の戦い方。

 

第三文明圏において他国を凌駕し続けた列強パーパルディア皇国にとって、この布陣の採用は屈辱的だった。しかし、敵は強い。決して侮ってはならない。

 

連合艦隊提督アルカオンは、皇国に三隻しか存在しない150門級戦列艦『ディオス』に乗船し、前方を睨んだ。敵はおそらく、皇都を攻撃した後、航空戦力を無力化した上で海上戦力を削りにくるはずだ。パ皇軍なら、そういう王道の作戦を立てる。

 

 

「報告します!」

 

 

船尾楼の奥で、通信兵が叫んだ。あまりの慌てように、アルカオンだけでなく他の幹部も何が起こったのかと一斉に視線を向ける。

 

 

「どうした?」

「竜母から発艦したワイバーンオーバーロード隊との通信が途絶えました……おそらく、全滅したと思われます……」

「な……なんと!!」

 

 

パーパルディアでは、去年からオーバーロード搭載可能な竜母ヴェロニア級の量産が始まっており、もうすでに海軍の竜母はヴェロニア級で埋まっていた。

 

オーバーロードの空戦能力なら、レヴァームと天ツ上がどんな飛行機械を使おうと優位に立てると考えられていたが、案の定全滅である。

 

 

「例の『海猫』か……!」

「その可能性はあります、あの飛行士によって、皇都のワイバーンは全滅しているそうです」

 

 

考えられるのは、例の懸賞金が掛けられた『海猫』と呼ばれる飛行士の存在だ。彼は皇都上空での空戦にてワイバーン400騎と対峙してその全てを撃墜したと先ほど報告を受けていた。

 

その海猫が、敵艦隊の上空にまだいた。考えられるのはそれだけだ。しかし、通信をかける間もなく全滅したのは不可解である、おそらく海猫以外にも大量の飛行機械がいたのだろうか?

 

 

「戦列艦『アディス』から報告!! 『アディス』前方約40キロ地点に艦影を確認! 艦数不明!!」

「ほう、見つけたか!!」

 

 

アルカオンは手を突き出し、勇敢に宣言する。

 

 

「全艦、第一種戦闘配置! 目標、敵艦隊! 進路修正、右5度!」

「右5度修正了解!」

「艦隊左翼、足並みを揃えよ! 隊列揃い次第、最大船速!!」

「「「はっ!!」」」

 

 

命令は正確に伝達され、各艦が緩やかに向きを変えて一斉に加速する。

 

 

「……1000隻を超える大艦隊による総攻撃、歴史上で今回のような大規模攻撃を受けた者はいない。しかも戦場は空。レヴァームよ、貴様らは耐えられるか?」

 

 

アルカオンは眼光鋭く、水平線の彼方を睨みつけた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国空軍の機動艦隊の護衛艦達は、先程のワイバーンによる攻撃の後にレーダーで飛行する敵艦を捕捉した。皇軍は戦艦を前列に向けて、単縦陣を組んで対峙している。

 

すでに各艦は戦闘態勢。空母を艦隊から離脱させ、護衛のエルクレス級戦艦『エルクレス』と艦隊旗艦の『エスペランサ』を最前列に、ボル・デーモン級重巡空艦『ボル・デーモン』『サブライム・パレンティア』を敵砲艦と対峙するように配置。

 

アドミラシオン級軽巡空艦『アドミラシオン』『ピエダー』『サン・タフェ』『サン・アンドレス』は中程の列と最後尾を務める。

 

アギーレ級駆逐艦は有事に備えて空母に付けている。彼女らの対空能力なら問題はないはずだ、空母艦隊は最大船速で限界域を離脱している。空母では砲戦に加われないからだ。

 

さらに側面にはこの緊急事態の応援として、サン・タンデール級飛空戦艦『サン・タンデール』と『ラスティマ』を中心とした打撃艦隊が側面から進撃している。まもなく射程内に入るだろう。

 

 

「すごい布陣と量だな。これほどの近代艦の大艦隊を相手にした海戦は、レヴァームの歴史史上初めてだ」

 

 

艦隊司令官マルコス中将は、関心とも呆れともつかない呟きを漏らした。

 

 

「各艦は砲の射程に入り次第、順次攻撃を開始せよ」

「はっ! 総員対空上戦闘用意!!」

「進路変更、右5度! ヨーソロー!!」

 

 

先頭を行く『エルクレス』『エスペランサ』の18インチ主砲塔が、進路変更とともにずんずんと回転していく。新世界の環境に合わせ、計算数値を変更した各艦の砲手が、計算をして砲の方角と仰角、そして弾の時限信管を寸分違わず合わせた。

 

 

『主砲、発射準備完了!』

「よし、撃ち方始め!!(オープン・ザ・ファイアリング!!)

「ファイヤ!!」

 

 

『エルクレス』『エスペランサ』の18インチ砲弾は、パ皇軍主力艦隊の戦列艦『アディス』に向かって飛翔する。世界にレヴァームと天ツ上の実力を知らしめた、『エストシラント沖大海戦』の始まりであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

18インチ砲弾は照準過たず『アディス』周辺に炸裂し、その威力を解放した。空中を飛んで回避行動を取ろうとしていた『アディス』は、自ら爆煙の散布界に入り込み、粉々になった。

 

『アディス』はバラバラの破片となり、空から海上へ墜落していった。搭乗員には、落下傘を着ける暇もなかった。

 

 

「戦列艦『アディス』轟沈!!て……敵の攻撃は砲弾によるものと判明!!」

 

 

旗艦『ディオス』で指揮を取るアルカオンは、通信兵からの報告を聞いて目を剥いた。幹部の顔も見る見るうちに震え始めている。

 

 

「な……なななな……なんだとぉ!? 30キロ! 30キロの距離から砲が届くのか!!?」

「我らの魔導砲の15倍以上……だと……」

「しかもなんだあの威力は!? 爆音がここまで届いたぞ!!」

 

 

流石のアルカオンも口元を引きつらせ、冷や汗を浮かべる。

 

 

「一撃であれだけの威力! 単純な火力についても、認識以上の開きがあるのかもしれません!!」

 

 

皇国海軍軍人達は、大空の上で絶望した。議論を交わしている間にも、7隻の戦列艦が轟沈した。

 

 

「戦列艦『マルタス』『レジール』『カミオ』轟沈……『ターラス』に敵砲弾着弾……轟沈……」

 

 

『ディオス』艦尾楼甲板で、弱々しい通信兵の声だけが木霊する。歴戦の獅子、提督アルカオンでさえ険しい表情で俯き、沈黙する。

 

マタールの考えた作戦も、ムー相手なら効果があっただろう。しかし、30キロを超える射程、一撃で夾叉して爆炎で轟沈していくほどの威力、常識的に考えて反則ではないか。

 

これでは差し違える事すらできず、全艦轟沈して終わりだ。

 

ここから皇国の魔導砲の射程距離まで近づくには、最大船速で40分以上かかってしまう。飛空船で空を飛んでいるとはいえ、速度は15ノットほどしか出ないのだ。

 

あんな化け物が、報告では大小8隻もいるという。40分以上も避け続けるのは不可能。

 

だが、それでも皇国の主力艦隊がエストシラントと目と鼻の先で戦力を残して降伏や撤退をするなどあり得ない。やってはならない。許されるはずがない。選択肢は初めからなかった。

 

 

「艦隊全艦、レヴァーム軍に向けて突撃せよ!! 皇国海軍の意地を見せてやれ!!」

 

 

幹部が甲板上で皇国式の敬礼をする。戦列艦各艦の魔石『風神の涙』が輝いて、艦の前方で上昇気流を発生させる。

 

上昇気流は小規模な風を起こし、出力が高まる。自然の風の方向が変わり、最適な推力を得る。この風をいっぱいに受け、最大船速で敵の大型船に向けて加速を行う。

 

味方艦は撃沈され続けている。

 

面のように上空に薄く展開していたパ皇軍主力艦隊だったが、その面に棒を突き刺すかのようにレヴァーム軍は2箇所から攻撃を始めた。

 

 

「レヴァーム艦隊! 艦隊側面から接近中!!」

 

 

別働隊だ、それを理解してもアルカオンは引かなかった。

 

 

「提督! 挟み撃ちにされています! 艦の転進を!」

「ならん!」

「旗艦を失えば指揮能力はズタズタになります! どうか転進を!!」

「ならんと言っている! このまま前進だ!!」

「し、しかし!!」

「敵艦の主砲、我が艦に向きます!!」

「提督!!」

 

 

その時、見張員が絶叫した。

 

 

「敵艦発砲!!!」

 

 

全員に緊張が走る。

 

 

「──取舵いっぱい!! 高度を上げろ!! 砲弾がくるぞ!!総員衝撃に備えよ!!」

 

 

艦長がアルカオンを無視し、操舵員と乗員に指示をする。艦がもどかしいほどゆっくりと、舳先と高度を変えて散布界から逃げようとする。

 

衝撃。

 

爆発音。

 

艦が激しく軋み、全体が悲鳴を上げる。砲弾は『ディオス』のほんの僅か近くで炸裂し、破片と衝撃が竜骨を下から粉砕した。アルカオンは激しい揺れで転倒し、額を床にぶつけて鮮血が流れる。

 

 

「艦底部に被弾! 火災発生!! 飛行回路損傷! 高度下がります!!」

 

 

『ディオス』は船体が傾き始め、そのまま真っ逆さまに墜落していく。その時、魔術媒体の袋が転がって弾薬に引火した。その炎は船内を駆け抜け、天井や壁を貫いて、最上甲板をはじき飛ばして、大きな火柱を上げる。

 

旗艦150門級戦列艦『ディオス』は、上空に巨大な火柱を作って爆散した。生き残ったものは、居なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そして、約2時間後──

 

 

「最後の敵艦を撃沈」

 

 

淡々とした通信兵からの報告が艦橋に木霊する。旗艦『エスペランサ』の艦橋にて、マルコス中将は敵に哀れみを向けた表情をした。

 

 

「あれほどの不利にありながら、一歩もひかないとは……」

 

 

彼らは勇敢だった、指揮系統をズタズタにしても、航行可能な艦が空を飛空してこの艦に向けて突撃を仕掛けてきたのだ。何度やられても、何百人が死のうと進軍をやめない。まさに皇国の守護者、それにふさわしい最後だった。

 

 

「司令、レーダーで巨大な雨雲を探知。嵐級です、まもなくエストシラントを包み込むかと思われます」

「これ以上空に留まるのは危険か……」

「はい、パ皇軍海軍基地に砲撃を仕掛けた後、すぐさま撤退しましょう。砲弾も使いすぎましたから」

 

 

副司令はそう言って報告してくれた。現代の飛空艦は基本的に空を飛んでいるため、嵐の中でも大丈夫である。しかしここは異世界、嵐がどのくらいのモノだかは未知数なのだ。

 

それに、先程の海戦で砲弾を使いすぎた。各艦の砲身命数も気になる。これ以上留まるっても陸軍の支援ができないのだ。

 

 

「司令、海軍基地が各艦の射程内に入りました」

「よし、艦隊の側面を向けよ!」

「はっ!」

 

 

エスペランサとエルクレスが面舵を取り、ゆっくりとその側面を向けた。さらにボル・デーモン級とアドミラシオン級が続く。海軍基地との距離は20キロほど、全ての艦の射程距離内である。

 

 

撃ち方始め!!(オープン・ザ・ファイアリング!!)

 

 

一度動けば、七つの軍を滅ぼす。そう謳われたパーパルディア皇国海軍に、最期の時が迫っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

──暗い……全身が痛む……

 

 

海軍通信士官パイは、目蓋の上からも闇が漂う中、辛うじて意識を取り戻す。目が開かず、全身の痛みに混乱するが、次第に冷静になって記憶の糸を辿る。

 

海軍基地に勤めていたパイは、エストシラント沖の海上の遥か遠くに空飛ぶ敵艦を見つけた。それを合図に、海軍基地全体に避難指示が出されたが、遅かった。

 

彼女を含む沢山の人間が、吹き飛ばされて死んでいった。さらには雨霰のような光弾が降り注ぎ、爆風で彼女の目の前に人が飛んできて気絶した。

 

あの衝撃は、おそらくレヴァーム軍の砲弾なのだろう。通信室のある司令部棟にまで運悪くあたり、炸裂したのだろう。

 

彼女が通信士官になってから、これまでにも危ない場面はいくつかあったが、ここまで死の淵に直面したのは初めてのことだった。彼女は運良く生きていたに過ぎない。

 

 

「う……くっ……」

 

 

全身が鞭打ち状態の中、どうにか力を入れて瓦礫を除ける。痛みが脳に響く、しかし幸いなことになんとか動けそうだ。骨が折れている箇所も感じられない。

 

 

「……よし」

 

 

うつ伏せ状態から四つん這いのまま、体を持ち上げる。すると腰のあたりに感じていた冷たい体温がずるりと落ちた。

 

それこそが、爆発時にパイの身体へとあたり、結果的に倒壊から守ってくれた上司の遺体だった。さそれに彼女が気付くのはもう少し先だ。

 

空間の中で必死に体を入れ替えて、上の瓦礫を持ち上げられる体勢を作る。腰が床に落ち着いたので、背中を伸ばして全身で上向きに渾身の力を込めた。

 

差し込む光が徐々に増え、その度に外や内側ならガラガラと音がする。足が挟まらないように再び体勢を変え、今度は下半身を含めて一気に力を振り絞る。

 

内側に落ちる瓦礫が多くなったところで、上向きの抵抗が不意に緩くなる。頭上を覆っていた石が全て、周りに崩れたのだ。膝下が埋まらないように必死で逃げながらようやく脱出に成功する。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ…………」

 

 

彼女はようやく自由になり、周りを見渡す。あたりには建物の残骸、人の遺体、首が曲がった地竜、墜落したワイバーンが散乱していた。どれも生きていない、人も馬も地竜もワイバーンも居なかった。

 

 

「だ、誰か……!」

 

 

その時、ずるりと音がしたかと思った為、その方向に目を向ける。すると焼けただれたほのうの壁の向こうに、人の死体が焼かれていた。思わず吐き気がする臭いに鼻をつまみ、とぼとぼと歩き出す。

 

 

「バルス将軍……マタール参謀……」

 

 

パイはひとまず、上司である彼らを探す為に海軍基地を散策した。覚えている場所なのに、ほとんど残骸になっているせいで何処がどこだか分からない。

 

それでも辛うじて、『海軍本部』と書かれたプレートを発見する。皮肉にも、そこは始めパイが倒れていた場所だった。

 

 

「そうか……忘れちゃってたな……」

 

 

パイが務めていた場所も、海軍本部だったのだ。彼女は半分ほどボロボロになった海軍本部の階段を上り、二階に上がる。作戦司令部への扉は、内部から粉砕されていた。

 

 

「うっ……」

 

 

その中に入ると、死臭が漂って鼻を摘む。焼けただれたれるようなその臭いが、人間の遺体だということに気づくのは容易かった。パイは炎に塗れた部屋を探索する。まだ生きている人があるかもしれない。

 

 

「バルス将軍……!」

 

 

その遺体の中を探ると、海軍の勲章を付けた軍人の身体が仰向けで転がっていた。まだ生きているかもしれない、彼女は炎に包まれる前に彼を助け出そうと両腕を引っ張った。

 

 

「よいしょっ……!?」

 

 

だが、瓦礫に埋まっていると思ったバルスの身体は、拍子抜けくらい簡単に引き出せた。その理由は、彼の身体の状態にあった。

 

 

「うっ……」

 

 

バルスの身体は、腰から真っ二つに引き裂かれていた。おそらく、瓦礫に当たって身体が二つに裂かれたのだろう。それを理解すると、パイは吐き気がこみ上げてきた。

 

 

「うっ……おぇぇぇぇぇ……………」

 

 

思わず胃の中のものを吐き出し、今日の昼に食べた食事が床に出される。そして、傍に目を向ければ参謀の勲章を付けた人間の遺体が炎に包まれていた。おそらくマタール参謀だ。

 

 

「こんな……こんな事って……」

 

 

列強たるパーパルディア皇国、その最後は通信士官であるパイも主力艦隊の最後を見届けていた。空でも負け、海でも負け、そして海軍基地はズタズタに破壊された。

 

これほどの破壊をもたらす存在を、彼女は知らない。通信士官パイは、その情景を佇んで呆然と眺めていた。

 

 




次回はいよいよエスシラントへの上陸!
もちろん、ディロ攻撃も忘れていませんよ!

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