神聖レヴァーム皇国空軍艦艇達は、弾薬の欠乏と天候の悪化を理由にエストシラント沖から撤退した。海軍本部へと砲撃を敢行した後、彼らはアルタラスの前線軍港へと帰港していった。
しかし、彼らとすれ違うようにあかつき丸を含めた天ツ上艦隊とレヴァーム海兵隊の輸送艦がエストシラントに向かって海から侵攻していった。
荒れ狂う海と、音を立てて落ちる雷、エストシラント沖は大雨に見舞われていた。風はないが、その分大雨が降り注いで海を荒れさせている。
陸軍と海兵隊はこの悪天候の中でわざと上陸することで、敵を混乱させようとする狙いがあった。風は吹いていないため、飛空艦でも問題なく接岸できるのだ。
おまけに、レヴァーム海兵隊のLST-1級戦車揚陸艦は頑丈な設計で、あかつき丸よりも多くの戦車の揚陸する事を目的に作られている。この船が、エストシラントに向けて約300隻以上が進んでいた。
LST-1級戦車揚陸艦
スペック
基準排水量:1600トン
全長:100メートル
全幅:15メートル
機関:揚力装置2基
武装:
40ミリ連装機関砲2基
40ミリ単装機関砲4基
20ミリ単装機関砲12基
同型艦:2000隻
目的は二つ、エストシラントの無力化と元皇帝ルディアスの救出。しかしここで、ある問題が発生する。この上陸作戦、陸軍海兵隊が悪天候の中で強行してしまったのだ。
つまり、レヴァーム空軍は悪天候と弾薬の補給のために帰ってしまい、その間に陸軍海兵隊は悪天候の中で無理やり上陸を敢行。エストシラントでは飛空艦や飛空機による上陸支援が受けられないのだ。
それも、陸軍基地の壊滅と市街地への爆撃、そして上陸地点である海軍基地周辺への艦砲射撃によって上陸支援無しでも楽に上陸できると陸軍海兵隊は思っていた。
その勘違いが、泥沼の戦いの始まりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
神聖レヴァーム皇国陸軍、第6機甲師団第66機甲連隊に所属するレヴァーム軍戦車長ボブ・オックスマン軍曹は、ティグレ中戦車『フィーリー号』に乗って揚陸艦の中で待機していた。
揚陸艦は空に浮いているため、揺れることはない。風は少ないが、その代わりに雨がざあざあと横殴りに振り付けている。
「あれがエストシラント、富を吸い上げた末に出来た都市か……」
ボブ軍曹は、中央海戦争からの歴戦の戦車乗りだった。一度淡路島沖海戦で海水浴をする羽目になった事があるが、その時も乗員もろとも生きていた。そう、一人を除いては。
「クリフの分も頑張らねえとな」
淡島沖海戦、その最後の飛騨と摂津の殴り込みで副操縦士のクリフ一等兵は戦車から脱出できずに死んでしまった。
それで天ツ上を恨むことはない、元々天ツ人に対する差別感情がなかったボブ達『フィーリー号』の乗員達は、それを戦争だと割り切れていた。
「おい、新人! 肝は座ってるか!?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「そうかそうか、無理はすんなよ!」
新人の副操縦士、アリサ・サマーヘイズという女性二等兵へと声をかける。彼女は、クリフの補充要員として今回選ばれた戦車搭乗員だ。今回が彼女にとって初めての実戦、果たして戦場の空気に飲まれないか不安だった。
「おいお前、このフィーリーに来る前は何してたんだ?」
車内の操縦士、ブライアン・パーキンソン伍長が質問する。
「ま、前はタイピストを務めていました……手紙を写す作業です」
「へぇ、意外に器用な仕事していたんだなぁ……」
「ですが、この転移現象の混乱で仕事が無くなって……仕方なく軍隊に入りました」
どうやら、彼女は器用な仕事をしていたらしかったが、この転移現象のせいで仕事を失ったらしい。
「仕方ないからって、泣き言言わないでね」
砲手のナオミ・ボードウィン二等兵がそう言ってアリサを宥めた。同じ女性兵士だが、厳し目の口調でいう。
「す、すみません……」
可哀想だが、ここは戦場。この場の空気に慣れてもらうしかない。
「まあ、この人は少し厳し目だから気にしない方がいいッスよ。頑張ってッス」
「あ、ありがとうございます……」
装填手のユージン・フィリップスが、おちょくれた口調で彼女に話しかける。後輩みたいな口調だが、彼も歴戦の戦車要員だ。
「さあ、お前ら! 中央海戦争以来の実戦だ。全員気を引き締めてけよ!」
「「「応!!」」」
「は、はい!!」
全員が呼吸を合わせ、フィーリー号が団結する。まもなく上陸、その時が迫るとフィーリー号に緊張が走る。
LST-1級戦車揚陸艦はいよいよ、壊滅した海軍基地の跡地に接岸し、その扉を開いた。一気に兵士たちが雪崩れ込み、建物一つ一つをクリアリングしていく。
戦車達は地竜を警戒して投入されていた、歩兵の盾となるべく歩みを進める。そして、フィーリー号の番になると、ブライアン伍長がボブ軍曹の命令でアクセルを踏み込んだ。
「前進!!」
瞬間、フィーリー号の星形モーターが馬力を高め、キャタピラを動かした。無限軌道特有の、タイヤとも違う独特な音を耳に入れながら、5人中窓の見える4人は前方を眺めていた。
「こりゃひでえな……」
海軍基地だった場所は、もはや更地となっていた。建物はほとんど倒壊し、所々に遺体が散乱、脅威だった地竜は首が折れ曲がっていた。
フィーリー号は、事前情報にあった海軍本部の目の前に来る。建物は砲弾で半壊し、至るところから火の手が上がっている。それが上昇気流を作り出し、雨を強く降らせていた。
「軍曹、前から誰か来ます」
「なに?」
その建物に歩兵が歩兵が入ろうとした時、一人の女性が建物から出てきた。何も武器を持っておらず、とぼとぼと歩みを進めている。
「動くな!!」
レヴァームの海兵隊達がM1自動小銃をその女性に向けた。言葉はフィルアデス語で向けられているため、おそらく通じるはずだ。
「ひ、ひぃ……」
女性は服装からして軍人らしかったが、彼女は情けなく声を上げてその場にへたり込んだ。
「両手を上げて投降しろ」
「はい……」
「名前は?」
「ま、魔導通信士のパイです……」
どうやら彼女はこの海軍基地の通信士らしい。彼女はそのまま、レヴァーム海兵隊に捕まって手錠をかけられた。そのまま連行されていく。
「……行くぞ、街に向けて前進だ」
彼女の無事を見守り、フィーリー号は歩みを進める。ブライアン伍長の操縦はピカイチだ、前進程度でミスることはない。
港を出て街に出る。雨の中のエストシラントはシンと静まり返っており、妙に不気味だった。雨だけがざあざあと振りしきり、地面の舗装を濡らしている。
「ありゃなんだ……?」
「ワイバーン……でしょうか?」
ボブとアリサが疑問を投げかける。彼らの目線の先、建物の上には巨大なワイバーンの遺体が転がっていた。一つや二つではない、何騎もの雑多な種類のワイバーンが街中に転がっている。
「ここで空戦でもあったんだろうか?」
「そうみたいです、機銃で撃ち抜かれてます」
ワイバーンは皆機銃で撃ち抜かれており、力なく倒れている。
「確か、あかつき丸の飛空隊がスクランブル発進したのを覚えています。多分、ここで大規模な空戦が起きたんでしょう」
ブライアン伍長は、作戦前に一度見たあかつき丸の飛空隊の発艦の様子を語った。
「まあ、陸の俺たちにゃあ関係ないけどな。さて、ここからパラディス城まで電撃侵攻して……」
その時だった、不気味なまでに静かだったエストシラントの街並みの窓という窓が一斉に開いた。そこから住民が顔を出して、長い棒のようなものを突き立てる。
「!?」
ボブ軍曹と、周りの随伴歩兵達が一斉に目を見開き、それを理解して戦慄した。マスケット銃、住民達が構えているのは紛れもない武器だった。
「コンタクト!!」
ボブ軍曹は咄嗟にハッチを閉めて、フィーリー号の中に隠れた。ボブがさっきまでいた場所を、小さい粒のような弾丸が貫こうとしてハッチで弾かれた。
「くそっ! 敵だ! ブライアン! アリサ! 機関銃の用意を!」
「了解!」
「り、了解です!」
「ユージンは砲弾を装填! ナオミはいつでも撃てるようにしておけ!!」
「「了解!!」」
その間にも、周りの随伴歩兵たちが隠れていた市民兵をM1自動小銃で倒していく。その時だった、前方から多数の市民たちが一斉に突撃してくるのをボブ軍曹は確認した。
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
雨の中、武器を持って突撃してくる市民たち。その中には梱包されたナニカを持って突撃してくる子供までいた。
「嘘だろ……! 市民を便衣兵に使ってるのかよ!!」
ボブ軍曹はそう言ってパーパルディアのやり方に呆れる。すぐさまハッとして、ブライアン伍長とアリサ二等兵に指示を出そうとする。
「ブライアン! アリサ! 早く撃て! 歩兵たちが危ない!!」
「了解です!」
ブライアンはすぐさま了承し、ハンドルから手を離して目の前の機関銃を持った。しかし、アリサはまだ手が震えており、機関銃を撃てないでいる。
「アリサ! どうした!? 早く撃て!!」
「で、ですが相手は市民ですよ……」
「あいつらは武器を持ってる! 市民じゃなくて敵だ! 早く撃て!!」
「〜〜〜!!」
ブライアン伍長が機関銃を撃ち始めたにもかかわらず、アリサはまだ決意が出来ないでいた。新兵なのもあるが、それ以前に市民を撃つと言うことに躊躇いがあるのはボブも分かっていた。
「お、おい待て俺たちはお前たちを助け……」
「うぁぁぁぁぁ!!!」
「グァッ!!」
とある兵士が共通言語で市民に語りかけようとするが、それを無視して市民は槍で兵士を突き刺した。それを機に兵士は持っていたサンプソンサブマシンガンを片手で撃ちまくり、その市民を仕方なく射殺した。
その後も、同じような混乱が随伴歩兵の間で起こっていた。市民を撃つことに躊躇いのある者、そのまま突き刺される者、窓からマスケット銃で撃たれて怪我をする者。混乱はフィーリー号の周りを支配していった。
「アリサ! 早く撃て! ブライアンの機関銃だけじゃ足りないんだ!!」
その言葉を合図に、ハッとしたアリサも機関銃を撃ち始めた。人を貫く7.62ミリの弾丸が、大人や子供にまで炸裂していく。
「うぁぁぁぁぁ!!!」
その時、一人の少女が梱包された何かを持って隣の戦車に体当たりした。隣の戦車はまだ市民を撃つことに躊躇いがあるのか、機関銃を1発も撃っていない。
その隣の戦車に、梱包された何かがぶつけられると、カラフルな爆発が起きて戦車を傷つけた。幸いにも手榴弾程度の爆発だった為、キャタピラが損傷するだけで済んだようだ。
だが、ボブ軍曹はその状況に舌打ちした。これでは、躊躇った者からやられていってしまう。ボブは目の前にあった12.7ミリ重機関銃を手に取って、自身も撃ち始める。
「クソクソクソクソが!!」
罵倒をパーパルディアに向けながら、重機関銃の弾は炸裂していく。爆弾を持った子供、それを守る武器を持った大人、関係なく12.7ミリ弾は肉を裂いて血飛沫を上げる。
そして、数十分後──
その悲惨な惨状は終わりを告げた。道には市民たちの死体が転がり、子供は梱包爆弾の爆発で無残に死亡していた。
「くそっ……」
ボブ軍曹はこの惨状に罵倒を漏らす。
「あぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!!!」
その時、アリサ二等兵が声を上げて嗚咽を漏らした。
「いや! いや! 何で子供まで殺さなきゃいけないの!! なんで!? なんで!!?」
「…………文句ならパーパルディアに言え、こいつらは軍に洗脳されて武器を持たされたんだ」
その後、市民の遺体は邪魔にならないように歩兵によって道端に並べられた。その後、フィーリー号は進軍していく。
隣にいた戦車はキャタピラが壊れた為、その場で回収された。歩兵で死者はいなかったが、怪我をした者が多かった為衛生兵が来た。
「なんだこりゃ……」
「俺たちがやったわけじゃ無さそうですが……」
その後、進軍スピードを速めて進行しようとしたら、先ほど戦闘があった場所とは違う場所でも遺体があった。
所々の建物が、爆撃を受けたかのように瓦礫の山となり、遺体は皆身体が千切れていたり上半身と下半身が真っ二つに分かれていた。
「空軍の戦空機の仕業か……」
その惨状から、これが空軍の仕業だということを理解できた。ここで大規模な空戦があったことは知っていた。その途中で誰かが市民にまで手を出したのだろう。
「空軍の奴ら、ひでえ事しやがる……」
「うっ……うぅぅぅぅ……」
ブライアンはこの酷さに愚痴を嘆き、アリサは相変わらずこの現実を直視できないでいた。
「戦車隊、少しいいか?」
その時、一人の隊長格らしき兵士がボブに声をかけてきた。
「どうした?」
「15分だけ時間をくれ、部下が子供だけでも埋葬したいと」
「……分かった、待とう」
その間に、アリサの心の整理もつけなくちゃな、とボブ軍曹はこの惨状を嘆いて空を見上げた。相変わらず、空は大雨が降りしきっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『こちらレヴァーム軍65機甲連隊! 応援を寄越してくれ! 便衣兵が多すぎる!!』
『こちらレヴァーム海兵隊第2歩兵大隊! 装甲車を寄越してくれ! 地竜が爆弾を持って特攻してきた!!』
『こちら天ツ上陸軍第3歩兵大隊! 大隊規模で負傷者多数! 早く衛生兵を!!』
通信からは怒号が飛び交っている。レヴァーム海兵隊、天ツ上陸軍問わず混乱が広がっているようで、便衣兵の存在は彼らを地獄に叩き落としていた。
「今すぐ虐殺を止めさせろ」
帝政天ツ上第7師団長、大内田和樹中将は厳しい口調で部下にそう命令した。
「ですが……市民は武器を持って突撃をしてきます。これでは自衛もやむなしかと」
「このような武器を持った市民兵は、便衣兵と扱われます。射殺も正当性があります」
部下は師団長である大内田に進言する。彼らの言う通り、武器を持った市民兵はレヴァームと天ツ上の法律では便衣兵扱いだ。射殺も正当性がある。
「いいや、それでもだ。この世界の海外の人々この惨状を見たらどう思う? 俺たちはあっという間に悪者扱いだ」
大内田はそう言って、隣にいるマイラスとラッサン、メテオスとライドルガに目配せをする。彼ら観戦武官の反応が、大内田の懸念だった。
「大内田殿、残念ですが相手は便衣兵です。兵士たちの安全を守るためには、抵抗も仕方がないかと思います」
「パーパルディアが市民を武装させている事は、我々からも上に報告するよ。何かあっても、ムーとミリシアルはレヴァームと天ツ上の味方だ」
そう言ってラッサンとメテオスは大内田中将にそう進言した。彼らのレポートには戦車や装甲車の事だけでなく、パーパルディアの惨状まで書いている。その中には、便衣兵の存在も書かれていた。
「この世界では、戦争に関する取り決めはないのですか?」
「明確な取り決めはありません。ムーとミリシアルの間では、もし戦争が起こったら戦時協定が結ばれますが、パーパルディアはそれを拒否したのでしょう? であれば、こうなる事もやむなしかと」
ラッサンが詳しく解説する。この世界では戦争に関する取り決めなどは、先進国同士での戦争だけに限られていた。そのため、列強と文明圏外の戦争であるこの戦争は、戦時協定が結ばれる事はない。
と言うかそもそも、外務省が渡した戦時協定文書は、レミールによって破り捨てられたそうではないか。ならば、極力何をしても許されてしまう。
「…………これも戦争か……」
そう言って大内田中将は空を見上げた。