とある飛空士への召喚録   作:篠乃丸@綾香

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いよいよ、戦後処理でございます。


第68話〜会議は踊る、されど進まず〜

飛空戦艦『エル・バステル』の営倉エリア。そこに、スーツ姿の人間が四人歩いていた。かつての皇国との関係修繕に尽力したアメル、朝田、篠原。そして、ぴっちりとした外交用の白いスーツに身を包んだ、ファナ・レヴァーム執政長官の姿であった。

 

エル・バステルの内部で最も暗く、灯りをつけなければ何も見えない。エリアには窓は何一つなく、営倉には家具が一つもない。

 

床はひんやりと冷たく、この中で一夜を過ごすのはレヴァーム人や天ツ人でも耐えきれない。静寂が支配する世界では、わざと穴を開けられたパイプから水が滴り、眠りを妨げる。

 

そんな営倉の中に、女が座っていた。質素な服装で、手錠がかけられており、床に触れていた部分が青く痣になっている。痛ましい姿になっても、まだファナ達を睨みつけている。

 

 

「お久しぶりですね、開戦前以来でしょうか? レミールさん」

 

 

今にも飛びかかってきそうな程の睨みを効かせるレミールに、アメルは臆することなく口を開く。

 

 

「……無様ですね」

 

 

無様、あまりにも無様。傍のアメルがそう言うと、その言葉がレミールのプライドに火をつける。

 

 

「こんなことが許されると思っているのか。列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど……こんなことが……」

 

 

自分が圧倒的不利な状況にあるとは、レミール自身も理解している。皇族の権威など、もはや虚飾。だがそれでも、レミールの長年蓄積してきたプライドが認められない。諦めきれない。何も残っていない彼女は、精一杯の虚勢を張るほかないのだ。

 

 

「許される? 一体誰に向かって言っているのです? あなたが捕らえられることを許さない人間は、最早いませんよ」

「ぐっ……私は皇族だ!! 私が死刑を命じたのは……死んだのは平民だろうが!!」

「それがどうした!?」

 

 

朝田が地下牢の隅まで響き渡るほどの怒号を上げた。

 

 

「相手が平民だから、文明圏外だからと、殺しても許されると思っているのか!? 他国の平民は心がない、『物』だとでも思っているのか!?」

 

 

隣にいるアメルも、誰も止めない。

 

 

「どんな人にだって家族がいるんだぞ! 友人がいるんだぞ! お前の一言で泣いた人が、人生を狂わされた人が、どれだけいると思っているんだ!!」

 

 

立場上、平民を数でしか判断していなかったレミールは、朝田の言葉に胸を抉られる。

 

 

「人間はな! 愛情がなけりゃ育たないんだよ!!」

 

 

レミールはようやく思い知る、自分がどれだけ残酷なことをしたのかを。

 

 

「お前には大切な人がいないのか!? それとも、皇族以外はみんな人間じゃないとでも思っているのか!? ふざけるな!!

お前がこれまでに消してきた命は、親やいろんな人たちの愛情を受けて育ってきた、大切な命なんだよ!! それを簡単に殺しやがって……反省するならまだしも開き直るとはな、つくづく呆れる!!」

 

 

レミールは押し黙り、何も言えなくなった。

 

 

「……レミールさん。貴方と出会った時、私と貴方は良きお友達になれると思っておりました。同じ女性、ほぼ同じ年齢、私たちはよく似ています。ですが、貴方は間違いを犯した。なので、こう言った形になってしまって非常に残念です」

 

 

ファナが口を開く。彼女もこの戦争の原因が分かっているだけに、思うところがあるのだろう。

 

 

「もし時がやり直せるのなら、私は過去の自分を叱ってやりたいです。私が直接この国に出向いたばかりに、このような事態になってしまったことを」

 

 

ファナが一番思っていたのは、その事であった。元はと言えば、ファナがパーパルディアに出向いてルディアスの心を奪ったのが原因だと、ファナは考えていた。

 

 

「貴方はこれから、レヴァームと天ツ上の法で裁かれます。結果がどのような風になるかは分かりませんが、貴方に幸があらんことを願います」

 

 

レミールは敗北感を感じた。ここまで残酷なことをしても未だ反省しない自分と、戦勝国であるのにも関わらず謝罪を述べるファナ。その差は歴然としていた。

 

 

「う……ううっ……うううっ……」

 

 

レミールは押し黙り、やがて大粒の涙を流した。

 

一体どこで間違ったのだろうか。

 

一体どこで道を踏み間違えたのだろうか。

 

レミールはずっとそのことを考えていた。自分はルディアス様の妃として、この世界を統べる母となるはずだった。世界を統一したルディアス様の下で、彼を生涯支えるはずだった。

 

しかし、あの女が来てから全てが変わった。ルディアスはファナとか言う女に惚れ込み、私に見向きもしなくなった。私は、それを「ルディアス様を奪われた」と勝手に思い込んでしまった。

 

それからが、すべての終わりの始まりだった。パーパルディアを乗っ取り、レヴァームと天ツ上を滅ぼしてファナを処刑する予定だったのが、今では逆に滅ぼされた。

 

ルディアス様は「自由パールネウス共和国」と言う新しい国を作り、私に責任を全て押し付けた。

 

ルディアス様に見捨てられ、ファナには人間力で負け、レミールには何も残されていなかった。

 

レミールを乗せた飛空戦艦『エル・バステル』はそのままエストシラントの港に辿り着いた。そこでレミールは下ろされる。

 

 

「これは……」

 

 

エストシラントの有り様は酷い物だった。所々が焼け野原になり、建物が崩れている。そして、市民は皆生気が無くなり、辺りに座っている。何かをぶつぶつと呟く者もいる。

 

 

「これがエストシラントの有り様です。貴方が命令した徹底抗戦のせいで、大勢の市民が武器を持ってしまって死にました」

 

 

エストシラントを進むバスの中で、レミールはまたしても罪悪感に囚われた。わざとエストシラントで下され、被害に遭った街を歩かされたレミールは、さらに失意と後悔に蝕まれるのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。そこでは、宮殿に設けられた巨大な三階建ての会議室があった。この世界に転移してから、大規模な国際会議が行われることを想定して作られた、巨大議事堂だ。中央が吹き抜けになっていて、それを取り囲むように三階建ての席にそれぞれの国の外交官が座る。

 

この議事堂では、この戦争に関する講和会議が行われていた。神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上、72か国連合に加えて、アルタラス王国、シオス王国、フェン王国、ガハラ神国。ちなみに、パンドーラ大魔法公国はパーパルディアに潰されているため、こちら側に属している。

 

そして、敗戦国となる自由パールネウス共和国と元リーム王国の代表が名を連ねる。パールネウスの代表はカイオスとエルトだ。

 

 

「それではこれより、パールネウス講和会議を始めたいと思います。お集まりの皆様には、遠路遥々お越しくださいまして、ありがとうございます」

 

 

司会進行役であり、戦勝国代表であるファナ・レヴァームが一言声を上げる。それを皮切りに、この会議が始まった。

 

のちの歴史書に、「会議は踊る、されど進まず」と記載された「エスメラルダ会議」の幕上げだった。まず、クーズ王国の代表となったハキが挙手した。彼はファナの了承を得て発言権を得る。

 

 

「まず、我々72か国連合の殆どは旧パーパルディア皇国に領土を奪われています。我々は自由パールネウス共和国に対し、全属領の完全なる独立を要求いたします」

 

 

それに対して、他の代表たちも首を縦に振るって頷く。どうやらそれが、72ヵ国連合の共通の要求だったようだ。

 

 

「トーパ王国です、発言よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「我々としては、属領の独立に合わせて我々から連れてこられた奴隷の解放、返還も併せて要求いたします」

 

 

どうやら、こちらの世界にも奴隷という制度はあったようだ。かつてのレヴァームのある西方大陸にも、奴隷という立場が存在した。それがこの世界でも解放の考えに至っていることは素晴らしい。それに合わせて、マクセルも発言権を得る。

 

 

「私としても、奴隷解放に賛成でございます。旧パーパルディア皇国はこれまで、人的資源と称して属領から『人間』を吸い上げてきました。これは、人道的観点からして許されざることであり、自由パールネウス共和国にはこれに対して謝罪と賠償を持って対応することを望みます」

「失礼します、質問があるのですが」

「どうぞ」

 

 

カース王国の代表が、発言権をファナの了承で得た。

 

 

「『人道的』という言葉を、我々は初めて聞いたのですが、それはどう言った意味でしょうか?」

「ありがとうございます。『人道的』という言葉の意味は、『友人や家族と接するように扱う』という意味合いです。旧パーパルディア皇国が行なっていたことは、それに反している、という意味です」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

 

 

納得したようなのか、カース王国の代表は引き下がった。

 

 

「それでは、自由パールネウス共和国には、旧属領と属国の支配体制の解放、そして奴隷の解放を要求するものとします。よろしいですね?」

 

 

代表から反対意見は上がらない、ファナはそれを合図に万年筆で要求事項を書き留めて行く。

 

 

「次に賠償金についてです。支払いは旧パーパルディア皇国通貨の『パソ』にて支払いを行うものとします」

 

 

パソとは、パーパルディア皇国のみならずフィルアデス大陸全体で使われている通貨だ。8年前にフィルアデス大陸統一を目論んだパーパルディアが、経済制裁のために他国に押し付けたのだ。それが、今では押し付けられる側になっている。

 

 

「額についてですが、ここで我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は戦勝国の権利を発動し、アルタラス事件における遺族に対し一人10万パソ、我々連合国に対して計10億パソを要求いたします」

 

 

パソの交換レートはレヴァームでは1パソ=1ペセタ、天ツ上では1パソ=100円となっている。その要求を提示すると、カイオスとエルトの顔が少し項垂れる。彼らもしょうがないものとして割り切っているものの、あまりに大きい額に汗が出ている。

 

 

「では、分け前についてですが……」

 

 

ファナがそう言うと、73ヵ国連合の代表全ての目がギラリと光った。鋭い閃光がファナに向けられ、ファナは来たかと覚悟を決める。

 

 

「これについては、今会議で決めたいと思います。皆さま、ご遠慮なく仰って下さい」

 

 

すると、何人かの代表が一斉に手を上げ発言権を得ようとする。ファナはその内からアルタラス王国の代表を最初に選んだ。

 

 

「アルタラス王国です、我が国としては戦乱の復興にいち早く努めたいと存じ、賠償金をわずかに増やしていただきたいと存じます」

 

 

アルタラス王国の代表の意見はもっともだ、今回の戦争で基地を提供し、レヴァームと天ツ上の勝利に貢献したのは彼らなのだから。

 

 

「待ってください! 戦乱の舞台となったのは、あなた方だけではありません! 我々も同じように被害に遭っています!!」

「そうだ! 抜け駆けはずるいぞ!!」

 

 

各国の代表たちが一斉に怒号を上げた。

 

 

「で、では……彼らも同じように増やして貰えれば良いかと」

 

 

アルタラス王国の代表は、たじろいでその要求を変更した。

 

 

「待ってください! 直接戦火に巻き込まれずとも、今回の戦争で出兵をした国もあるのです! その場合はどうすれば良いのですか!?」

「知らん! 兵を出したのは全員同じだぞ!!」

「そうだそうだ!!」

 

 

会議が一気に熱を帯び、静けさが無くなる。彼らも、この会議でお互いの利権を押し付け合って解決しようとしている国々なのだ。それがぶつかり合うのは、ファナにとっても予想済みだった。

 

 

「静粛にお願いいたします!」

 

 

しかしファナの一言で、それも鎮まった。しかし、その後も何度か会議が行われても進行せず、賠償金の分け前については揉めに揉めた。

 

 

「……では、今案件は今後の会議に回します」

 

 

やがて半日後、お互いの唾を投げつけ合った後にファナはこの案件を保留にすることにした。

 

 

「では、次に領土についてですが……」

 

 

ファナがそう言った瞬間、各国の代表の目がまたもギラリと光った。どうやら、彼らもそのことを狙っていたらしい。

 

 

「旧パーパルディア皇国によって属領にされていた73ヵ国の方につきましては、基本的には『旧領土の回復』でよろしいでしょうか?」

 

 

ファナがそう言うと、またも各国の代表が一斉に口を開いた。

 

 

「それだけじゃ満足出来ん!!」

「旧領土の回復は当たり前だ! それに加えて、我々への謝罪の意味を込めて領土を割譲しろ!!」

「出兵したのだから、領土の見返りは当たり前だ!」

「そうだそうだ!!」

 

 

またも、会議室が怒号に包まれた。ファナはそれを頭を抱えながら、頭の中で彼らの利権を裏に隠さないその姿勢に若干呆れていた。

 

 

──これはかなりの長丁場になる……

 

 

ファナはこの会議の重要性と、これから起こるであろう難航に頭を抱えた。

 

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