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第二文明圏、列強ムーのさらに東にある大帝国、グラ・バルカス帝国。
レヴァームと天ツ上同様、突如としてこの世界に現れ、瞬く間に周辺国を併呑している。ついには第二文明圏のパガンダ王国、さらに列強レイフォルを軍艦たった一隻で制圧するという伝説級の大戦果を遂げた。
この世界の人々にとっては恐怖の象徴となり、一部では神聖ミリシアル帝国よりも強いと噂されている。
そんな世界の注目を集めるグラ・バルカス帝国の帝都ラグナの中心地、帝王府で、国の繁栄を自室で眺めながら考えにふける男が一人。
「この世界は──我々に何を求める?」
帝王グラ・ルークスは、まるで自問自答するように呟いた。窓から見える景色は曇に曇っており、先がぼやけている。これは、雲でもなんでもなく、排気ガスによるものだ。
帝都ラグナには工場が立ち並び、自動車が多数走っている。それらが排気ガスを作っていることは帝都の人々にも理解できていた。しかし、これは繁栄の象徴、機械文明の技術の高さの象徴である。
国ごと転移などという、バカげたことが現実となったのは、記憶に新しい。前世界『ユクド』と呼ばれた星で、最大の勢力を誇ったグラ・バルカス帝国。前世界では、エーシル神を祀りし『ケイン神王国』と世界を二分し、戦争を行なっていた。
生産力、資源力、そして軍事力。そのどれを比べてもグラ・バルカス帝国が勝利することは、誰の目でも明らかだった。
しかし、ケイン神王国は決死の攻勢に出て属領、植民地を次々と解放していった。海上でも熾烈な航空攻撃に晒された軍艦も多い。
空では、ケイン神王国のエース飛行士によって翻弄されていた。ケイン神王国のエース飛行士の事は皇帝グラ・ルークスの耳にも入っており、彼の活躍に期待を寄せていたほどだ。奴の活躍を見れないのだと知ると、少しだけ寂しくなる。
「奴は今頃どうしているか」
そして、あまりに突然起こった国家転移と呼ばれる現象により、グラ・バルカス帝国は属領、植民地を除く帝国本土のみがこの世界へと来てしまった。
広大な土地を失ったが、本格侵攻、上陸作戦の準備のため、ほぼ全ての大部隊を本土に一時的に帰国させていたことが幸いし、戦力のほとんどは失われなかった。
変な星に転移し、国内も行政府も一時は混乱した。だが、東を向けば、眼前には広大な土地と貧弱な武装の現地人達。優位性は明らかで、皆歓喜した。
転移当初、グラ・バルカス帝国は周辺国と敵対する理由は政府にはなく、慎重論が多かった。そのため、話し合いによる国交成立という講和政策が模索された。
その後、手探りの外交が始まったが、行く国行く国全てが、グラ・バルカス帝国よりも程度が低いにもかかわらず、「文明圏外」と侮られて遅々として進まないでいた。
痺れを切らした講和政策立案者の皇族が、わざわざ足を運んだところ、「礼を知らない文明圏外の蛮族」と罵られ、これに反論しただけで不敬罪として処刑されてしまった。
「愚かなことよ」
この一件がグラ・バルカス帝国の怒りを買い、この世界で緩和政策を推進しようとする者はいなくなった。
まず、皇族を処刑したパガンダ王国を、報復として艦隊で海路を遮断して三日三晩に渡る航空攻撃を仕掛けて完全に攻め滅ぼした。
続いて第二文明圏の各国にも戦線布告し、世界で五本の指に入るという列強国レイフォルも、たった一隻の戦艦で降伏させた。この世界では、文明圏外国家も列強国も、帝国の前では等しく弱小国に過ぎない。
「だが、奴らは違う」
しかし、二つだけグラ・バルカスに匹敵するような国があるという。東の果てに、戦艦を空に浮かべたという国、レヴァームと天ツ上。帝国ほどではないだろうが、それでもこの世界を楽しませてくれるかもしれない。
グラ・ルークスはいずれ世界を統治する存在だ、グラ・バルカス帝国の覇は止まらないだろう。しかし、グラ・ルークスはそんな中でも自分を楽しませてくれる存在を探していた。
「海猫」
その中でも、海猫の存在が気になる。ユクド世界で三人しか成功させていない「コメット・ターン」を成功させた飛行士。
「奴は、私を楽しませてくれるか?」
この世界での、新たなエース。空戦場に由縁があったグラ・ルークスにとって、今すぐにでも活躍を聞きたかった。
「まったく……滑稽な世界よ」
グラルークスは世界を統治する夢を見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
通信室が立ち並んだ部屋の隣にある、高級な調度品が並んだ格式が高そうな部屋。この情報局の長の部屋に、ノックの音が響き渡る。
「……入れ」
「閣下! レヴァームと天ツ上に関する総合分析報告書ができました! 報告と決裁をお願いいたします!」
閣下と呼ばれ男、情報局局長バミダルは部下のナグアノから報告書を受け取る。分厚い封筒に入れられた報告書を開け、その中身を見る。
「やはりあの飛行戦艦は陸上を通って活動していました。やはり、彼らは戦争慣れしている近代国家です!」
「ふむ……やはりそうか。戦艦が空を飛んでいる仕組みについては、何か分かったか?」
「いえ、技術者も連れて考察してみましたが、どう考えても飛行力学を無視して飛んでいます。やはり、飛行船の類かと思われます」
「うむ……だとすると装甲や武装は弱いのかも知れんな」
バミダルはレヴァームと天ツ上の飛行戦艦についての考察を深める。
「海猫に関する新たな情報は?」
「はい、奴は400騎のワイバーンと一騎討ちで対峙し、それをたった一人で殲滅させました」
ナグアノはそう言って、感動とも関心とも取れないような声を上げる。海猫に関する調査は、グラ・バルカス帝国の方で行われていた。しかし、あまりに遠すぎることと海猫が中々表舞台に出なかったせいで淡々として進まなかったのだ。
「な、なんと……! トカゲ相手とはいえ400対1で勝てるとは……やはり奴は我が国の『一角獣』並みの化け物だな」
「はい、奴に勝つにはやはり『一角獣』を投入するしかないでしょう。我が国の覇の邪魔になります、早急に抹殺するのが吉かと」
「『一角獣』に良い土産話ができた、奴は好戦的らしいからな」
「それから、閣下。エストシラントに居た諜報員からこんな写真が上がっています」
「? これは……」
ナグアノが提示したのは、いくつかの白黒写真。それも、どれも残酷な死体を写した写真であった。
「レヴァームと天ツ上はエストシラントに上陸後、市民を虐殺しています。これは外交交渉に使えるやもしれません」
「なるほど……中々酷いことをするもんだ。これは外務省に渡しておく、今から追加の現像を取っておけ」
「はっ!」
彼らは様々な準備を始める、全ては世界の覇権を握る為に。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ロデニウス大陸の旧ロウリア王国にたどり着いた。軍人の付き添いで両親に挨拶をし、護送車に揺られてとある場所にまで揺られるという。
護送車に揺られるターナケインは、自分がどこへ行くかだいたい分かっていた。自分は英雄シャルルを殺そうとした大罪人、レヴァームと天ツ上がそのままにしておくわけがない。自分はこれから、どこかの収容施設へと入れられるだろう。
「いいさ、自分でやったことだ。覚悟はできている」
ターナケインはそう考えていた。自分の中で、自分のやってしまった罪と向き合った結果である。もう、心残りは無い。
「着いたぞ」
対面する看守の人間がそう言うと、護送車が止まった。
「それでは、手錠を外します」
「え?」
ターナケインはその看守の言葉に、思わず疑問を持った。言われるがまま手錠を差し出して、外してもらう。晴れて自由の身になったターナケインは、そのまま看守についていく。護送車を出ると、そこには見慣れた光景が映っていた。
「ここは……!」
ダイダル飛空学校、かつてターナケインがシャルルと切磋琢磨して来た飛行学校、そのものだった。
「ターナケイン」
自分を呼ぶ声がする。振り返ると、そこにはかつて自分が憎んでいたシャルルの姿があった。
「シャルルさん……これは一体……」
「僕の計らいだよ、行こう」
計らい、と言う言葉にターナケインは疑問を感じたが、すぐさま気を取り直してシャルルについていく。シャルルの隣では、メリエルがターナケインにウィンクをしていた。そのまま飛空学校の一角、格納庫の一つにシャルルとターナケインはたどり着いた。
「ターナケイン、これから君の表彰式を行うんだ」
「ひ、表彰式?」
訳がわからず、ターナケインは疑問を投げ返した。自分は英雄シャルルを殺そうとした大罪人、それなのに手錠を外されて表彰とはどう言う事だろうか?
「シャルルさん、これは一体……?」
「実は……僕が根回しをして軍部を説得したんだ。ターナケインを許してもらうように、って」
「!?」
ターナケインはそれに驚く。
「シャルルさん、頑張ったんですよ。上の人に『ターナケインを処罰するなら、自分は飛空士を辞める!』って脅して、説得したの」
「ちょ、メリエル……」
「それから、『ターナケインを裁くくらいなら、自分の上司としての責任を裁け!』って」
「うぅ……恥ずかしいから……」
「シャルルさん……」
「それから、ここだけの話。シャルルさんは目撃者の人たちを買収したり、ネクサス飛空隊のメンバーに頭を下げたりして口裏合わせもしてもらってたんです。そのおかげで、ターナケインの処分は保留になったの」
「…………」
ターナケインは悟った。シャルルが自分のためにあちこちを回って、ターナケインを処罰しないように説得を続けていたことを。それを思うと、どれだけ恥ずかしいことか。自分がやった行いのために、それだけ尽力してくれた事が、申し訳なくなる。
「シャルルさん」
「ん?」
「ありがとうございました、私のためにここまで尽力してくれて」
ターナケインは思わず頭を下げてお礼をする。これだけじゃ足りないくらいの事を、シャルルはしてくれた。感謝しても仕切れない。
「良いって、大したことはしてないし……」
「あなたを殺そうとしていたのに、俺は……なんとお礼をしていいのやら……」
「……じゃあ、ひとつだけお願いがあるんだけど」
シャルルはそう言って、ターナケインに向き直った。
「僕の列機として、これからも一緒に飛ぼう。それを約束してくれないかな?」
「は、はい! もちろんです!」
「私も私も!!」
ターナケインはそう言って、彼と約束をした。メリエルもそれに加わり、一緒に誓いを立てる。後にこの世界を変えることとなるとある飛空士三人の誓約が、今結ばれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
春の日差しが降り注ぐ暖かな陽気。レヴァームのとある収容施設の一角で、一人の人間の人生が終わらせられようとしていた。銀髪の長い髪を携えた、一人の女性。彼女はパーパルディアを滅亡に追いやった女性、レミールその本人であった。
彼女は十字の柱に縛られて括り付けられる。作業は五分とかからない。そして、自動小銃を持った集団が銃を掲げていた。
「何か言い残すことは?」
「ない」
「そうか……遺体は焼却して近くの墓に埋める。墓荒らしは寄せつけないから安心してくれ」
「分かった」
レミールは俯いた顔で小さく頷いた。
「構え!」
自動小銃を持っていた集団が、レミールにその銃口を向ける。その時、レミールはその口を開いた。
「撃てぇっ!!」
トリガーを引く乾いた音と、銃声の冷たい音が、その春の場に響き渡った。ここに、パーパルディア皇国を滅亡に追いやった狂犬、レミールは処刑された。
のちの歴史書には、レミールの存在は「史上最凶の悪女」として名が連なっている。しかし、彼女の墓にはこう書かれている。
『のちの歴史書を見た人々にこれを見てほしい。彼女は決して全てが悪いわけではない。彼女だって人間だ、すれ違いや行き違い、間違いがある。それが、例え国のトップの女性が相手でも。どうか、彼女が安らかに眠れるように願って欲しい』
誰が書いたかは分からない、処刑を命じた裁判官か、墓を作った人間か、それとも看守か。今となっては闇に葬られている。