「これは一体どういう事ですか!!??」
神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。その宮殿の会議室にて、執政長官ファナ・レヴァームの怒号が飛んできた。彼女の手には、ナミッツから上がってきた報告書が握られていた。
「……長官、それは事実です。空母から発艦した護衛機や爆撃機の飛空士達が命令違反をし、勝手にエスシラントの市民を虐殺していたのです」
「まさかこんな事があるなんて……虐殺をしていたことが知られたら、各国からどう思われると思って……その飛空士達は特定できているのですか?」
「はい、海猫機以外のほとんどの機体がこの虐殺に関与していた事を、指揮官機が報告に上げています。監査局が手を出せば、すぐさま割れるでしょう」
ファナはそこまで言われて、納得したようにストンと席に座った。久しぶりに怒号を上げたせいで、頭が痛い。いや、これはおそらく怒号を放った事だけが原因ではないのだろう。
「……わかりました、その飛空士達に関しては相応の処置を取って下さい」
「分かりました、お任せください」
ファナは頭を抱える。今夜は頭痛が耐えなさそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
軍事パレード、それは戦勝国によるプロパガンダのようなものである。勝った国として軍事力をアピールし、国民を勇気付ける。軍事パレードというのはそういうものだ。
ただし、今回のパレードは敗戦国であるパールネウス共和国の首都エスシラントで行われた。
戦車が街道の大通りを歩み、歩兵が規律正しく整列して行進する。その姿は、レヴァームと天ツ上の軍事力を誇示していた。彼らは、これから第三文明圏の覇者となる。それを見ていたエスシラントの市民達は、恐怖に震えた。
「はぁ……」
パレードが終わり、それぞれの軍人達が散り散りになって行った時。フィーリー号の副操縦士アリサ・サマーヘイズは大きくため息を吐きながら、薄暗いエスシラントの街を歩いていた。
「おい、大丈夫か?」
その傍ら、付き添いのボブ・オックスマン軍曹は新人のアリサを心配する。
「今日もフィーリー号の中で蹲っていたじゃねえか。何が怖いのかなんとなく分かるけどよ。気にすんなって。しょうがなかったんだからさ」
「はい……そのつもりです……」
アリサは戦争後、PTSDを発症していた。エスシラント戦でのショックがあまりにも大きかったせいで、彼女の心は蝕まれていた。
「あと、最近寝ていないんだから無理すんなよ?」
「はい……」
今でも、市民が突撃してくる様子が夢の中に映っている。彼女はその悪夢のせいで眠れなくなり、ここのところ不眠症になっていた。
「おい、テメェ。金目のものはないのかよ?」
「や、やめて下さい……」
「?」
と、夕方の薄暗い街を港に向かって歩いていた時に、突如裏路地からそんな声が聞こえた。誰かが言い争うような声。それを聞き、アリサとボブはその裏路地の壁に背をつけて、その様子を探った。
「チッ! さっき店で何か盗んでただろ! それをよこせ!!」
「で、ですからありませんって……」
そこには、三人の少年がいた。いや、二人の少年に集られている小さい子供は、声的には男の子なのだろうが、見た目は少女の様だった。長くボサボサに伸びた髪に、ボロボロの服。黄色の髪色と目、そして少女の様な顔つき。
一方の不良と思しき少年たちは、その彼の胸ぐらを掴んで脅している。少女のような少年の方は、明らかな被害者であると推測できる。おそらく、何かの恫喝だろう。
「ッ!!」
アリサが駆け寄って止めようとする。駆け出して行こうとした時、ボブ軍曹が肩に手を当てて止めた。
「軍曹! なんで止めるんですか!?」
「アリサ、この世をうまく生きたいなら面倒事にはあまり関わるな。身が滅ぶだけだ」
「でも!!」
そう言っている間にも、事態は急転していく。不良少年が、少女の様な少年を押し倒して乱暴をしようとしていた。
「仕方ねぇ、何もないならここでヤッてやるよ! お前女顔だしなぁ!」
「へっ、違いねえ」
「や、やめて!! いや! いやぁ!!」
その様子を見て、アリサはいつの間にか駆け出していた。ボブ軍曹の静止を振り切って駆け出す。
「お、おいアリサ!!」
「ハァァァァァァ!!!」
助走を付けたアリサの右ストレートが、不良の少年の顔面に突き刺さった。
「グァッ!!」
不良少年の一人は、そのまま吹き飛ばされて裏路地の地面を転がる。煤が少年の体に付き、すすり傷と顔にあざができる。
「痛ってぇ……なんなんだテメェ!!」
「それはこっちの台詞よ! こんな小さな子に乱暴するなんて、許さないから!!」
「こいつ……!」
「お、おいアリサ!」
後から駆けつけて来たボブ軍曹も加わり、2対2となって睨み合う。あちらは不良だが、こちらは現役の軍人。アリサ達に分があるのは明らかだが、少年たちはそれに気付いていないのか、一切引かない。
「上等だ! どうせこのエスシラントには警察がいなくなったんだ! テメェらから殺してやる!!」
不良少年は一気に距離を詰めてくるが、アリサは戦闘ポーズを構えて不良少年の右ストレートを避け、カウンター気味に腹に一発お見舞いしてやった。
「グッ……」
少年はそれで吹き飛ばされるが、そのまま立ち上がる。が、不利と悟っているのかそのまま後ずさりする。
隣では、ボブ軍曹が不良少年の顎に右掌手を叩きこむ腕を引き寄せて、右肘を鳩尾に叩き込み、掴んだ手を捻りながら地面に叩きつけ、右足で首元を押さえて拘束している。
「テメェら……誰かと思えばレヴァーム人か!?」
「ええそうよ! 何か文句でも?」
「テメェらのせいで俺たちは家族全員を失ったんだ! 絶対許さねぇ!」
流石にこんなことをやる人間に、同情は湧かない。アリサはまたしても構えを取る。一方、不良少年は懐からナイフを取り出してアリサに突撃して来た。アリサは一瞬たじろいだが、臆することなく対応する。
上体を逸らし、急所を守って少年のナイフを持った腕を掴む。少年の持ったナイフがポロリと落ちたところを、右手で掴み取る。
「!?」
その時だった。不意にアリサの目の前が眩み、視界がぼやける。不眠症の症状だった、彼女を蝕んでいた不眠症はこの戦闘の最中にも猛威を振るった。
「うわっ!!」
そのまま、ナイフを逆手に持った状態で少年の足を引っ掛けてしまい、転ばせる。そしてアリサは少年を押し倒す形で前に倒れ込んだ。
──グサリ……
何かが、突き刺さる音が聞こえた。冷たい地面の感覚と、肉を貫く様な感覚がアリサの手元に伝わって来た。
「え?」
思わず拍子抜けた声を上げる。手元に血が滴り、ナイフが押しつけられる。
「グァッ……ァァ……」
呻き声を上げる不良少年。その胸元にはぐっさりとナイフが突き刺さっていた。それを見た途端、アリサの目の前が血で滲むような感覚に陥る。
「あぁ……ぁぁ……」
アリサの記憶がフラッシュバックする。『この世の地獄』と呼ばれたエスシラント上陸戦、その中でアリサはフィーリー号の乗員を務めていた。車載機関銃で武器を持った市民を撃たざるをえない、あの状況。市民の泣き声、武器を持って走ってくる子供。
「ッ!!」
ナイフが突き刺さった不良少年を見て、それを思い出してしまった。アリサは思わず、押し倒した姿勢から立ち上がり、裏路地から逃げ出した。
「お、おいアリサ!!」
ボブの止める声が聞こえる。しかし、アリサは走るのをやめなかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ある程度走ったところで、別の裏路地の中に入る。そこにあった木箱の上に腰掛け、気持ちの整理をつける。
「なんで……こんな……」
アリサはPTSDが完全に治っていなかった。今回のように血を見てしまうと、あのエスシラントの記憶がフラッシュバックしてしまうのだ。
「お姉ちゃん……?」
と、思い悩んでいたその時。アリサの近くで自分を呼ぶ声らしい声が聞こえた。思わず振り返る。ボブ軍曹かと思ったが、本当は一見見たことのない少女であった。
しかし、アリサはその子が先ほどの少年だと知った。ボロボロの服、黄色の髪色と目、長くボサボサに伸びた髪、そして少女の様な顔つき。先ほど被害に遭っていた少年であった。
「!?」
しかし、それを理解してもアリサはかつての記憶がフラッシュバックした。この少年に似た女性を、自分は機関銃で殺していたからだ。
「嫌! 来ないで!!」
思わず拒絶する、彼を見ていたら自分がどうにかなってしまいそうだった。耳を手で塞ぎ、目を瞑って現実を見ないようにする。
「お姉ちゃん……」
「来ないで! 私は貴方達を殺したの! 殺人者なのよ!! だから……だから……!」
と、そこまで言おうとしたその刹那、温かい感触がアリサを包んだ。拍子抜けて、目をゆっくりと開ける。少年がアリサを包み込んで優しく撫でていた。
「お姉ちゃん、辛かったね。僕もお父さんやお母さん、お姉ちゃん達が戦争で居なくなっちゃってさ。辛い気持ちは分かるよ……」
「でも……でも……私は……!」
「お姉ちゃんだって悪くないよ、レヴァームの軍人さんなんでしょ? 軍人さんならしょうがないよ……」
「うぅ……うぅぅ……」
アリサは彼からの励ましを受け、思わず泣いてしまった。年下の少年の前で泣くのは、カッコ悪いとしか言いようがないが、今のアリサには関係なかった。ただ彼のほのかな優しさと温もりに、心を打たれたのだ。
「アリサ……」
声がして振り返ると、泣いていたところをボブ軍曹に見られてしまったようだった。彼は苦笑いでこちらに微笑みかける。
「ごめんなさい軍曹……少し励ましてもらってました……」
アリサは目から溢れ出た涙を拭いながら、ボブにそう答えた。
「少年、ありがとな。うちの隊員を励ましてくれてよ」
「うんん、お姉ちゃんが寂しそうだったから」
ボブは少年と同じ目線にまでしゃがみ、そう語りかける。
「そうかそうか、お前俺より早く来ていたがどこから来たんだ?」
「裏路地を通って来たの。ここ全部繋がっているから」
「そっか、よく知っているんだな」
思わず感心する、彼はおそらくこの裏路地に住んでいる少年だ。家族が戦争で皆死んでしまったせいで、いく当てがないのだろう。それで仕方がなく、物を取って生きている。アリサはそれが悲しくなった。
「ねぇ、君……家はどこ?」
「お家は戦争で焼けちゃった……だから、ここで暮らしているの」
「…………ねぇ君、私と一緒に暮らさない?」
「え?」
アリサは突然、そんなことを言い始めた。
「ごめんね、なんか君を放って置けなくて……こんな子が家族も亡くなっちゃって、一人で生きているなんて悲しくてさ……」
「…………」
「だからさ、君がよければでいいんだけど、私と一緒にレヴァームで暮らさない?」
「……いいの?」
「うん、私が稼いで養ってあげる」
アリサは木箱に座りながら、優しく語り掛けた。
「うん、行くよ。お姉ちゃんと一緒に暮らしたい!」
「ありがとう! お姉ちゃん嬉しいよ!」
アリサは思わず、少年を抱きしめて頭を撫でる。アリサの目には、再び涙が滲んでいた。
「私はアリサ、君の名前は?」
「ユイリ、ユイリって言うの!」
少年──ユイリは笑顔でそう答えた。声は少年のそれだが、長い髪と少女のような可憐な容姿が女性を思わせた。
「なあ、ユイリ。これをつけてみたらどうだ?」
見かねたボブが差し出したのは、髪飾りと思われる綺麗な花の髪飾りだった。
「あの戦争で死んじまった女性のものなんだが、勿体なくてな。今まで預かっていたんだ」
「!? これってお姉ちゃんのと同じの……」
「……そうか、縁があるんだな」
それを聞いて、アリサとボブは少し申し訳なくなった。ユイリはその髪飾りを取ると、右側の髪の毛に付けて、こちらに見せびらかす。
「どう?」
「……うん、似合ってるよ。本当に女の子みたい」
「えへへ、ありがとう!」
ユイリは思わず笑みを溢す。その笑みが、アリサの傷ついた心を癒して行った。
「……決めました軍曹。私、この子を精一杯育てます。それが、罪滅ぼしになるのなら……」
「ああ、その方がこの子の為になる」
笑顔で微笑みかけるユイリを見て、アリサとボブの二人はそう決心した。その後、なんとか一命を取り留めたあの不良少年からイチャモンをつけられたが、それを見ていた証人のボブ軍曹の発言によりレヴァーム当局は『自衛』と認められた。
そして、ユイリはアリサに養子として引き取られ、レヴァームのアリサの家族の家で暮らすこととなった。
ほのかな優しさが、アリサを救った瞬間だった。