航海から二日後。補給艦と輸送艦を伴っているため、艦隊の足並みは遅い。途中で海上での充電を挟みながら、レヴァームと天ツ上から北東に3000キロ離れた場所にまでたどり着く。
ここには、標高1500メートルの輪状の山々で囲まれており、その内部に巨大な島がある事をレヴァームの潜水艦が発見していたのだ。
レヴァームのデル・ガラパゴス級潜水艦には元々大瀑布を超えて通商破壊を行うための揚力装置が付いているため、空からの偵察ができていた。
その情報をもとに、今回の使節団はその島に国がないかを調査する事も目的に入っている。しかし、このような特異な地形をした場所に使節団を送るのは、少し骨が折れた。
何しろ、辺りに滑走路はもちろんない。そのため航空機では行けない。もしかしたら水上機なら行けるかも知れないが。
もちろん、垂直離着陸が出来る飛空艦を使えば、このような特殊な地形の場所にも使節団を送ることができる。が、それでは威圧になってしまう。
おそらく彼らは外の世界を知らない人種であるため、いきなり飛空艦で行けば警戒されてしまうのだ。そのため、飛空艦は山脈と島の間の内海でしか使えない。そこで、編み出されたのが……
「綺麗な機体だな……」
飛空訓練生ムーラは、新鶴型飛空母艦『白鶴』の甲板上の上で、『サンタ・クルス』を見ながらそう言った。
かつてのロウリア戦役でワイバーンを操縦し、海猫に落とされたムーラ。彼はかなり優秀で、訓練課程をシードされていた。そのため、実地訓練の一環として今回の派遣に加えられている。
編み出されたのは、飛空艦を内海まで運び、その上空を水陸両用機で外交官を運ぶ方法だ。しかし、天ツ上海軍の偵察機『彩風』にはフロートは装備されておらず、代わりにレヴァームから『サンタ・クルス』を輸入したのだった。
「お主が今回操縦する飛空士だな?」
「あなたは……?」
端正な顔立ちをした女性のような人物が、ムーラの後ろに立っている。
「失礼した。我は、帝政天ツ上第一皇太子の聖天と申す」
「せ、聖天宮様!?」
そこにいたのは、帝政天ツ上の第一皇太子と名高い聖天であった。彼は、交渉を円滑に進めるために皇太子として今回の派遣に自ら加わったのだった。
「今回は、操縦をよろしく頼むぞ」
「は、はい!」
相手は皇族。いつも以上に気合を入れ直し、ムーラはサンタ・クルスの水素電池スタックに火を灯すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
1人娘、エネシーは親に内緒で、ある決意をしていた。
間もなく開催される建国記念祭、公爵家の娘として、ドレスを着るのだが、べノンの花は絶対に外せない。それを取りにいくために、王都を抜け出していた。
まず街の商人たちに声をかけたが、今年は不作であり、わずかな在庫もすでに買い取られているという。しかしエネシーは、小さいころ、山でべノンの花を多く見た事があった。それを取りに行くしかない。
「日があるうちなら、きっと大丈夫!」
彼女は親に黙って、勝手に王都を抜け出す準備をする。
『魔物が危険だから王都から出てはいけないよ』
父の言葉が脳裏をよぎるが、彼女はお構いなしに王都の外にある山に向かった。よく晴れた日で、空を見上げると雲は高い。青空が一面に広がる、風も心地よい。その背の高い木々の下をエネシーは歩いていた。
小川の音、鳥のさえずる声、風のささやか、とにかく気持ちがいい。たしか、近くの小さな丘を登ったところにベノンの花が咲き乱れていたと思う。彼女は慣れない手つきで丘を登る。丘の上に着くと、彼女の思っていたとおり、野生の花が咲いていた。
「わぁ……」
きれいな花、彼女はその中でも特に気に入っていた花を摘む。と、その時。ガサッとした音が聞こえてきた。びっくりして振り返ると、野生の二重まぶたイノシシがいる。二重まぶたイノシシは、気性がおとなしく、人懐っこいため、人間に害はないとされていた。
「もう! 驚かさないでよ……」
しかし次の瞬間、何か大きいものが眼前に飛び出してくる。影が飛び出し、イノシシを捕まえてぐちゃぐちゃに引き裂いた。
「な!!」
イノシシが悲鳴をあげる。
「あ……あ……」
エネシーの前には、全長が3メートルにも及び、足が6本、体の筋肉はむき出しになり、黒く、目の吊り上がった魔獣が1匹。頭からは角が12本生えている。
今まで読んだことのある本に記載されていた伝説の魔獣、12角獣の姿がそこにはあった。エネシーの眼前で、生で食べられるイノシシ。
「確か、12角獣の生態って……」
『人間に高い敵意を抱き、お腹がすいていなくても、人間に襲い掛かってくる』と書いてあったのをエネシーは思い出した。
「い……いやぁぁぁぁぁぁ!!! 魔物が!! 魔物が!!! いやぁぁぁぁぁ!!!!」
たまらず叫ぶエネシー。一目散に逃げ始め、生き残るために必死で足を進めた。頭をめぐる死の予感。
「いやだ!! 私はまだ若い、まだ……死にたくない!! 結婚だってしたいし、子供も産みたい! 死んでたまるか!!!」
エネシーは、12角獣に対し、逃げることしか出来ないと思い、本気で逃げ始める。
「シュギャァァァァァ!!!」
咆哮をあげ、魔物は迫ってくる。その運動能力は、エネシーが本で読んだ知識以上に高いものであった。速い、とてつも無く速く、エネシーの身体能力では到底及ばない。
「速い!!」
このままではあっさりと追いつかれてしまうだろう。
「助けて……助けて……誰か助けて……私の将来のナイト!! あんた未来の嫁が死にそうな時に何をやってんのよ!!!」
様々な思考が、エネシーの脳裏を駆け巡る。勿論片方の思考は、エネシーの勝手な妄想なのである。
「だめだ、もう追いつかれる!」
エネシーは死を覚悟した。しかしふと、影が太陽を遮る。「ブォォォン!!!」という体の芯から震えの来る咆哮。続けて風を切り裂く音。
「なっ!!」
見えたのは青灰色の体、青色の翼、美しいスラリとした姿。それがなんなのか分からなかったが、彼女は伝説の本でだけ見たことがあった生物を思い出す。
「まさか……竜!!」
今更ながらに気付く。その透明な膜の中に何やら人らしき人物が載っていることが判明したのだ。
「人が……人が乗っている!!!」
──神様が……私のためにナイトを遣わしてくれた!!!!
ここに、エネシーの壮大な勘違いが始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻、聖天宮殿下を乗せた『サンタ・クルス』と、護衛と外交官を乗せた島風型駆逐艦『五月雨』は、カルアミーク王国の王都から1つの山を隔てた西側約10キロ地点に降り立った。
王都からも山を隔てているため、視界が遮蔽され、北側にある主要道路と思われる山道からも、小さな丘を隔てて着陸しており、着陸の様子は誰にも見られてはいないだろう。
使節団の護衛が下されるのを上空で旋回しながら見てきたムーラは、今度はサンタ・クルス改の着陸地点を探す。その時だった。
「い……いやぁぁぁぁぁぁ!!! 魔物が!! 魔物が!!! いやぁぁぁぁぁ!!!!」
どこからか、プロペラの音を遮ってまで聞こえてくる大声が聞こえてきた。
「ど……何処だ!?何処から聞こえている?」
上空から聞こえてくるほどの大声ということは、それだけの緊急事態という事である。女性の悲鳴は、北側から聞こえてくる。その方向に目を向けると……
「あそこだ!!」
ムーラより先に、聖天の視力が確実に女性を捉えてていた。森の中で逃げ惑う女性、その後ろに巨大な生き物がついている。おそらくは魔物。
「ムーラ殿、助けられるか?」
「もちろんです、行きますよ!」
ムーラはその方向に機首を下げ、一気に降下し始めた。本来の『サンタ・クルス』には武装が無いのだが、ムーラたちが乗る『サンタ・クルス』の機首にはもっこりと出っ張りが出ていて、そこに追加の機首武装が付いているのは明らかだった。
その名も『サンタ・クルス改』、「彩風には前方機銃がついているのにサンタ・クルスにないのはおかしい」と言って追加された機首13ミリ機銃2門と弾薬900発は、魔獣を相手にするのには持ってこいだった。
「良かった、何とか間に合いそうだ」
女性の逃げている方向から機首を下げ、魔獣を狙う。魔獣はかなり速いが、『サンタ・クルス改』で狙えなくはない。
「人間を襲うなんて、お仕置きが必要だな」
そう言ってムーラは機銃の引き金を引いた。放たれた13ミリの機銃弾が、次々と魔獣に炸裂していき、その皮膚や内臓をズタズタに引き裂いていく。
そのまま機首を上げ、『サンタ・クルス改』の機動性で一気に駆け上る。『サンタ・クルス』は、アイレスⅢのモデルにもなったほどの旋回性能、上昇力を備えている。あっという間に高空まで飛び上がった。
「食ったらマズそうだな」
ムーラは率直な感想を漏らし、『サンタ・クルス改』が着陸できそうな場所を探す。すると、近くに真っ直ぐな川があるのを見つけ、そこへ向けて着水する。
格納されていたフロートを出し、ゆったりとフラップを出して着陸態勢に入る。水面まで降下すると、一瞬ガタンと揺れたと思ったらその後は水面を滑るように着水した。
「よし……人助けは出来たな」
「ええ、降りましょう」
ムーラと聖天は一息吐き、風防を開けて『サンタ・クルス改』の操縦席から出る。すると、河岸に様子を見にきた先程の女性がいた。
「お主無事か? ケガは無いな?」
聖天が先に声をかける。女性は少し固まっている。命が危なかったのだ、無理もない。女性はゆっくりと手を出す。
「あ……ありがとうございます」
彼女は手をとり、ゆっくりと立ち上がり、聖天を見る。何故か女性の頬はほのかに赤く、目が潤んでおり、やけに見つめられるが、気にしない事とする。
戦いが終わった後、護衛の天ツ上の陸戦隊たちが地をかけてやってくる。この走りにくそうな地面を、重い荷をもって走ってきたにも関わらず、ずいぶんと早い到着だ。聖天はその身体能力に関心する。
「大丈夫ですか?」
「ああ、この女性を襲っていた魔獣はムーラ殿が片付けた」
「すごいな……とても訓練生とは思えない……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
私が死を覚悟し、神に祈った時、神様は私に1人の騎士様を遣わしてくださった。普通の騎士様が現れても私は心を奪われたことだろう。
しかし、私の前に現れた騎士様は、伝説や物語でしか見たことのない鉄の竜に乗っていた。
「竜の騎士……ドラゴンナイト様」
竜の騎士様はドラゴンを操り、私を襲おうとした強い魔獣をたった1騎で、しかもわずかな時間で滅した。
その御力は人間の力を大きく超えている。騎士様は近くの川に降りてきた。私は気になって追いかけてみたら、竜からは二人の人間が出てきた。片方の、黒い服を着た竜騎士が私に声をかけてくれた。
「お主無事か? ケガは無いな?」
彼は女性のような顔立ちをしているが、声付きで男だと分かった。その声は高くもなく低くもなく、包み込まれるようであり、声をかけられただけでとろけてしまいそうだった。
竜の騎士様の差し伸べた手はすべすべとしていて女性のようだった。この際性別など関係ない、エネシーはすっかり彼に惚れ込んでいた。
──エネシーはもうあなたのとりこです!
エネシーはすっかり聖天に惚れ込み、他のことが見えなくなっていた。と、森の先から変な色の服を着た汚らしい格好をした男たちが数名やってきた。その格好は一言で言えば野蛮であり、エネシーは「森の蛮族」と命名した。
「大丈夫ですか?」
エネシーと騎士に声をかけてくる。
──ああ、なるほど、竜騎士様の配下の者か。
──しかし、竜騎士様はこんな野蛮な者たちでさえ、嫌がらずに食べさせるために養うなんて、なんと心の広い方なのでしょう!
と、エネシーは自分の都合の良い方向にしか考えられなくなった。やがて、鉄の竜からきっちりとした格好をした人物が降りてきた。
──何者? 随分ときっちりした格好……
──結構端正な顔立ちだけど、彼には及ばないわね。
──多分、彼の相棒ね! まあいいわ。
自分と竜騎士様を神様は引き合わせてくれた。この運命の出会いの場に、配下の下々の者たちは似つかわしくないと思う。しかしエネシーも馬鹿ではない。このような旅は一人ではできない事も承知している。
まずは、ウィスーク公爵家の娘として、きちんとお礼をしなければ。エネシーは聖天と、その仲間たちに話始める。
◇◆◇◆◇◆◇◆
女性は河岸で聖天を見つめ、話始めた。その目は何故か潤んでいて、聖天に対して上目遣いだった。
「あの……竜騎士様、助けていただいて、ありがとうございます」
「? 助けたのは私ではなくムーラ殿だ」
「いえいえ! それでも助けてくれたのは同じです!」
聖天は短い言葉でそう伝えたが、どうやら信じてもらえなかったようだ。その御姿は女性からはどう写っているのか分からなかったが、なんだか尊敬の眼差しで見られている。女性は遅れてきた陸戦隊や、外交官たちの方向を向く。
「竜騎士様の配下の方々、私は王国3大諸侯、ウィスーク公爵家の娘、エネシーと言います。竜騎士様に助けていただいた事を感謝し、是非お礼に家でご一緒にお食事をと思っています。配下の方々も良ければご一緒にどうぞ」
「は……配下の方? いえ、私たちは外交官です」
「外交官? なんのことでしょうか? まあいいです」
「…………」
飛空艦『五月雨』から降りてきた帝政天ツ上の外交官、北村は説明をしようとしたが、構わず女は続ける。
「ここの先を抜けると城門があります。何処の国の方かは存じませんが、あなた方は私の命の恩人です。是非いらして下さい」
北村は、良好なファーストコンタクトにほっとした。公爵家の娘の命を助けたとあれば、心象も良いだろう。今回の出来事が切り口となって、外交が良好に推移していく可能性も高い。
「竜騎士様、お名前をお聞かせください」
「我は聖天という」
「聖天様、素敵なお名前……」
エネシーは小さな声でつぶやく。
「私の将来の旦那様にふさわしいお名前」
つぶやきが聞こえた一同は沈黙する。
「? 好意をもってくれるのはうれしいが、助けたのは……」
「あばびぶばぶぶば!!!」
聖天の発言を北村が制止する。ムーラの口を塞ぎ、北村は小声で話しかける。
「聖天宮様!! 申し訳ありませんが、外交の糸口が見えた時にそれをつぶすような真似はやめて頂きたいです!!」
「いや、しかし助けたのはムーラ殿であろう? きちんと断っておかなければ彼女にも悪いぞ」
「外交にそのような事情は不要なのです!」
「我は外交官ではない」
「貴女がきたのは外交のためなので、実質外交官です! ここは貴方が助けたと言う事にしてください! それより、『配下の方』と言うのも修正してあげてください!」
と、屁理屈を捏ねて幕仕立て上げる北村。そこまで言われて聖天はしぶしぶ応じる。エネシーに対して「嬉しい」と一言答えると、エネシーは飛び上がった。
「やん! 好意を持ってくれるのがうれしいだなんて!!」
どうして良いのか解らないムーラをよそに、一行はカルアミーク王国の王都アルクールへ向かうのだった。
「それと……先程言った通り彼らは外交官とその護衛だ。我の配下ではない」
「? なんの事でしょうか? まあ、いいわ♪ 行きましょう聖天様!」
「…………」
聖天の修正も聞かないエネシーであった。