カルアミーク王国 王都アルクール ウィスーク公爵家
「いったい何なんだ?」
王都3大諸侯の1人、ウィスーク公爵は娘の説明を聞き、頭を抱える。内容はこうだ。
○本日娘エネシーは、王国の建国祭りの飾として花を王都城壁の外側に勝手に取りに行った。
とんでもない大問題だ、もう護衛をつける以外に外出は認めないようにしなければ。
○そこで、この付近では活動が確認されていない12角獣と出会う。
○しかしそこに、颯爽と竜に乗った騎士が現れ、12角獣をあっさりと滅し、エネシーを助けた。
あまりにもで出来すぎた物語だと思った。そして、目の前にいる変な色の服を着た汚らしい者たち──いわば蛮族──竜騎士の配下の者らしき人々がいる。
今、眼前でまともな格好をしているのは3人、娘が自信満々に説明した聖天という竜騎士と、北村という名の外交官? と同じ竜に乗っていたというムーラという人物だ。話によると、竜は森の川に置いてきたという。
「娘を助けて下さって、ありがとうございます。お話は中で、食事でもしながらお話しましょう」
竜騎士と外交官を屋敷内に通す。
「エネシー……何だか、変なのを連れてきたな」
ウィスーク公爵は、呆れ顔でボソリとつぶやくのだった。その後、屋敷に入れられた一行は食事を挟みながら会話をする。その主役はエネシーだった。
「……と、いう訳で、その時の聖天様は強く、素敵でとてもかっこよかったのですわ、お父様!」
「はいはい」
娘の話を聞き流す。何をしたのかは知らないが、竜なぞ、本でしか知らない。まして、人が乗れるなど、聞いたことが無い。胡散臭い、と正直ウィスーク公爵は思っていた。
「お父様、聞いてるのですか!?」
「ああ、何だったかな?」
「聖天様に、庭のお花畑を見せて差し上げたいのですが、席をはずしてよろしいですか?」
「ああ……良いぞ」
「待つが良い」
と、聖天がその会話に割って入ってきた。
「花見は後でもよかろう、まずはお互いの自己紹介をしたいのだ。エネシー殿、良いか?」
「ええ、聖天様の御命令ならばエネシーは待ちます!」
と、先に聖天という人物が席に座る。そうして話し合いが始まった。まずウィスーク公爵は、彼らが娘に近づいた意図を探るべく、この者たちに色々と尋ねる事を決める。今までの経験上、褒美という言葉をちらつかせて尋ねる事が、効果的である。話を褒美の話から切り出す。
「まずは、娘を助けてくださって、ありがとうございます。さて、お礼をしたいと思うのですが、何かほしい物はありますか?」
「物か……物は特にいらぬ」
「ほう……無欲な。しかし、知ってのとおり、私はこう見えても、王国3大諸侯の1人です。娘の命を助けていただいた恩人に何もしなかったでは、ご先祖様に顔向け出来ません。そういえば、見慣れない服ですが、どちらの地区のご出身でしょうか?」
「ウィスーク公爵殿」
と、聖天は席を立ち上がって話を進める。
「あらためて、自己紹介させていただく。我は帝政天ツ上第一皇太子が君、聖天と申す」
「こ、皇太子!?」
ウィスーク公爵は聖天の自己紹介に、目を見開く。
「そうである。帝政天ツ上は、この国から南西方向にある国家で、その近くには神聖レヴァーム皇国という国もある。北村殿」
「はい、我々は国交を開設する事を目的として、その事前の接触、ファーストコンタクトをとるために、やって参りました。もしよろしければ、この国の外交担当部署にご紹介いただければ幸いです」
ウィスーク公爵は目を見開く。
「……外交担当に取り次ぐ事はできましょう。しかし……」
ウィスークは話始めた。国交がそれで結ばれるかの保証はいたしかねる、との事だ。これは、カルアミークが他国を排除しているという意味ではなく、国交開設のためレヴァームと天ツ上の出す条件や、どんな国かを理解しないと無理だろうという意味であるとの事。
また、海の先から使節団が来た事例が無いため、本当に言われる国から来たのかの審査もあるらしい。
レヴァームと天ツ上がどんな国なのか知らず、そしてどんな条件を出てくるのか不明の状況下にあって、それはごく自然の発言だった。不平等条約を押し付けられたのでは、たまったものではない。
「はい、承知しております」
「しかし……海の先から使者が来るのは、本当に驚きですな……」
そう言ってウィスーク公爵を話を続ける。この世界は海へ降りるためには崖をくだらなければならないらしい。過去に、何とか小舟を作り、崖を降ろして海に調査団が出た事があったが、かなりの距離を走った後、不毛の地で構成された大山脈が現れ、なんとか山を超えてもそのさらに先には海が広がるばかりだった。
海の先に人が住む土地があるかもしれないという指摘はされた。が、人が外部から来たという公式記録は一度も無く、まして軍を送る事なぞ不可能だった。そのため彼らが「世界」と言えば、この島の事を指すらしい。
「そうですか……我々と国交を結ぶ事が出来れば、その自然の壁を簡単に突破する事が可能になります。公爵閣下にも、レヴァームと天ツ上の事を知っていただきたいと思います」
北村は、持ってきたいくつかの写真を取り出し、ウィスーク公爵の前に置く。ウィスーク公爵はその写真に魅入るのだった。
その日のウィスーク公爵の日記より。
この日、私の世界観が変わった。
何という事だろうか。今日、私の元に、世界の外から来たと言う人々が訪れた。しかも、彼らは娘の命を救ってくれた。
彼らの国の自己紹介として書物や魔写を見せられたが、その国はあまりにも発展していた。摩天楼が天を貫き、巨大な飛行機械の塊りが空を飛んでいた。
もしも見せられた魔写が真実ならば、王国が100年、1000年たっても追いつけないかもしれない。レヴァームと天ツ上との外交は、王国が発展するという一点においては、とんでもないチャンスだ。
しかし、レヴァームと天ツ上の出方によっては、王国は存亡の危機にさらされるだろう。明日、外交局に話を通すつもりだが、私はこれから国に起こるであろう変化を考えると、あまりにも刺激的であった。その反面、面白く、そして怖いと感じている。
この国はいったい何処に向かうのだろうか。
翌日。
ウィスーク公爵家で1泊させてもらったレヴァームと天ツ上の外交に関する先遣隊は、カルアミーク王国の外交担当部署、外交局に招かれていた。王国3大諸侯の一人が同行したため、最速で手続きを経て書類は上に上がる。
手続き中、王への事前報告、いわゆる根回しのためウィスーク公爵は席を外す。担当からは丁重な扱いを受ける。
「決裁処理に数日かかります。その後、上の者との面談となりますが、日程が決まり次第ご連絡いたします」
とのことで、それまでの間、レヴァームと天ツ上の使節団は、ウィスーク公爵の強い希望により、同家で寝泊まりする事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんと……あっさりと、あのラーガを倒してしまった!」
カルアミーク王国、霊峰ルード東側約50キロのとある遺跡。その遺跡の周辺には、簡易的に作られた人口の集落があった。
森の中に忽然と現れる集落、行きかう人々は皆黒いローブを羽織っている。その中に、似つかわしくないほどの派手な装飾を施した服を着る男が1人、傍らの魔導師と話をしていた。
「フ……フハハハハ!!!よくやったぞ!!」
「ハッ!お褒めにあずかり、光栄にございます。この世にあの戦車に勝てる者はございません。今の鉱石量なら、20台までは作れるでしょう」
集落の中心に作られた中央闘技場にて、カルアミーク王国最強の男と言っても過言ではない、魔法剣士ラーガとの決闘が行われていた。
ラーガは、先祖が過去に遺跡から持ち帰った伝説の剣と鎧を使いこなし、その強さは国民の憧れである。彼が1人いれば、200人の騎士団がいても勝てないと言われる伝説級の強さを持つ。
しかし、そんな彼でも『魔装炎戦車』と呼ばれる兵器には勝てなかった。この王国の遺跡を解析して作られたこの戦車は、一つ動かすのに魔導師4人が必要であったが、鋼鉄でできていてラーガの剣でも太刀打ちできなかった。
おまけに、砲塔から吐き出される火炎弾がラーガを直撃し、ラーガをあっという間に倒してしまったのだ。
「ほう、あんな化け物が20台も我が手に入るのか! 十分だ! 20台の数が整いしだい、行動に移るぞ。そうだな……まずはイワン候領の街、ワイザーを落とすぞ!! あそこはたんまりと魔鉱石をため込んでいるようだしな。王国を我が手に!!!」
カルアミーク王国三大諸侯の一人、マウリ・ハンマンは手を高らかに挙げる。その野望は、この世界の征服と外の世界への侵攻であった。
「マウリ様、ラーガの家族はいかがいたしましょう」
「ああ、どうせ作成した魔獣のエサにするつもりだったのだろう? 好きにいたせ」
「ははっ!!」
カルアミーク王国の3大諸侯、マウリ・ハンマンは王国転覆の計画を着々と進めるのだった。そうして、その次の日には無謀を起こすことに成功した。
『世界の外はある!!広大な世界がな。西方向へ行けば、多くの国がある事も解っている。どんな国かは知らんが、私の軍の圧倒的強さをもってすれば、いかなる国、いかなる軍でも負けぬだろう。カルアミーク王国は、我が力の傘の下で、今までに無いほどの発展を遂げるだろう』
この日、カルアミーク王国の地方都市ワイザーは王国3大諸侯、マウリ・ハンマンの手の者により焼かれ、灰となった。
この情報は、激震をもって、王都に伝えられ、事態を極めて重く見た国王は、全土に非常事態宣言を引く事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「号外~号外!!」
叫ぶ情報屋、騒ぐ市民たち。王都アルクール全体が早朝にも関わらずざわついている。北村はその声に起こされて、眠い頭を左右にふりながら、起床した。聞き耳を立てなくても聞こえてくる情報屋の声。
「なんとなんと!!! あの王国3大諸侯マウリ・ハンマン公爵が謀反を起こしたよ!!! マウリ・ハンマンは優秀な魔導師を集めていたが、どうやったか知らないが、恐ろしい伝説級の魔獣をうじゃうじゃ引き連れて、イワン公爵領の街、ワイザーに攻め入り、なんと街の民を皆殺しにしてしまったよ!!!」
とんでもない情報が耳に飛び込んでくる、北村と隣に来た聖天は聞き耳をたてる。
「国王ブランデ様は、各騎士団に王都防衛を下命!!! マウリ・ハンマンが攻めてくるぞ!!! 戦争だ戦争だぁー!! 詳しくは、今日の新聞、モルーツ新聞を買ってくれ!! さあ大変だ大変だぁ!!」
何というタイミングだろうか、このままでは内戦に巻き込まれてしまう。
「まいったな……」
「ああ、これでは国交成立どころではない」
北村と聖天は一時使節団艦隊への帰還も視野に入れる。まだこの国とパイプすら出来ていないこの状態で、内戦が起きたとすると、自分たちの身が危ない。
艦隊を内戦に巻き込む訳にもいかず、彼は同行してきた陸戦隊に通信を頼み、本国に指示を仰ぐのだった。北村が通信機器をいじっている時に、ウィスーク公爵が入ってきた。彼はしばらくの間王都からの出入りができなくなったことを伝えた。
「……と、いう訳でしばらくの間、外交交渉は不可能に近い状態となり、さらにあなた方も王都からの出入りがしばらくの間は不可能になってしまいました。申し訳ない……」
ウィスーク公爵から北村に事の顛末が伝えられる。
「そんな……では、我々は一時洋上の艦隊に避難し、事が落ち着いてから再度交渉に参りたいと思います。王都からの離脱だけでも許可していただきたい」
ウィスーク公爵の表情が曇る。
「王命で、スパイ防止のため、何人たりとも出入りが出来ません。すでに国交のある外交官の方でしたら別でしょうが、あなた方はまだ国として認知すらされていないため、難しいでしょう。一週間もすれば、事は変わって来るでしょう。我が家に滞在していただいて、何ら差し支えありませんので、王都から動くのは控えていただきたい」
「では、お庭を少しだけ貸していただいて、王都に飛空艦を入れ、空から去る事は可能でしょうか?」
「いや、マウリ・ハンマンは魔獣を使役しています。写真で見た『飛空艦』と呼ばれる飛行機械が飛んで来たならば、今の王都の者たちは、マウリの手の者としか思わないでしょう。厳戒令が出ているさなか、そのような方法に出れば、再度の交渉は絶望的になる可能性があります」
「うーむ……」
北村は一時避難をしぶしぶあきらめる。
「ご心配なさるな、北村殿。一諸侯と王国の軍、戦力差は隔絶しており、この王都も見てのとおり鉄壁の城塞都市です。マウリの軍ごときにやられはせぬ」
レヴァームと天ツ上の使節団は、王都で足止めをくらうのだった。
「どうする? 艦隊に支援を頼むか?」
「……検討する、まずは通信を入れよう」
とにかく、今は艦隊との通信を入れて本国の指示を仰ぐしかない。艦隊は武装しているが、その武器の使用には本国の指示が必要なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「厄介なことになったな」
第二使節団艦隊旗艦『敷島』の艦橋にて、八神武親中将はそう言ってこの状況の面倒くささを嘆いた。
「飛空艦すら使えないとなれば、救出することは難しいですな」
「全く、こちらには皇太子がいるのだから安全を確保しなければならないのに……」
「彼らとの国交成立を諦める、と言うことも考えられますが?」
田中参謀は、あくまで一つの可能性としてそう言った。
「いや、それは今後の関係上宜しくないだろう。一応、飛空機戦隊にはいつでも出撃できるようにしておけ」
「はっ!」
そこまで言うと、八神中将は司令席にどかっと腰掛け、深いため息を吐いた。彼の身体には疲れがすっかり溜まっている。
「はぁ……珈琲でも飲むか」
そう言って、八神中将は自室に休憩に行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しかしその後、王都に衝撃が走った。カルアミーク王国軍主力の敗走、敗走兵から語られる敵の強さは常識では考えられないほどだった。
強力な魔獣の群れも脅威だが、何よりも脅威なのが、最強の空の覇者、火喰い鳥を50騎以上という尋常ではない数を敵が操っていたという事実があった。
火喰い鳥、時速100から110キロで飛び、人くらいの重さなら、余裕で運ぶ鳥の魔物だ。空から地上に向かって吹き付ける火炎はその射程距離が20メートルにも及ぶ。羽は固く、性格はプライドが極めて高く、人間を乗せるなど今まで考えられなかった。
統率のとれた火喰い鳥が襲ってくると、こちらからは攻撃出来ないため、一方的に撃破されている。敗走兵の証言が事実なら、王都の強力な防御力に致命的な穴が開きかねない。王国の城では沢山の人間が頭を悩ませていた。
「情報が簡単に手に入らない世界は、こうももどかしいものか……」
外務省の北村は、あまりにも情報の少ない現状をなげく。周りの状況、兵たちの血走った目と、ピリピリとした緊張感から、マウリ討伐が失敗に終わったのではないかという事が推測できていた。
ウィスーク公爵に尋ねても国に関する保秘事項であるようで、口が堅かった。本国には事情を話したが、到着までどれだけかかるか、そもそも許可が下りるか分からなかった。
「聖天様、このお花をご覧ください。とっても綺麗ですね」
「ああ、綺麗であるな」
「このお茶と菓子、お味はいかがですか?」
「ああ……美味だ」
「うれしいっ!!私、昨日から寝ずに、聖天様を想い、作りましたの。」
「ありがとう」
「そのしぐさ、キュンと来ますわ」
一方の庭では、そんなことなど関係なしの雰囲気が漂っていた。北村はため息を吐く。
「まったく、のんきなものだ」
自分達だけが悩んでいる。情報が入ってこなければ、悩んでも悩まなくても行動は同じであり、結果も変わらない。眼前のお花畑な光景を見て、少しだけ彼は悩む事をやめる。
「北村さん、情報が入りました」
と、北村にムーラが声をかけてくる。彼には王都に情報収集に出てもらったのだが、何やら仕入れてきたようだ。
「はい、反乱軍討伐が失敗に終わったのは間違いないようです」
「そうか……原因は?」
「酒場で話を聞きましたが、どうやら反乱軍は『火喰い鳥』と呼ばれる、ワイバーンの下位互換の魔獣を前線に投入してきたようです。また、火炎弾や火炎放射器を撃つ戦車に似た乗り物も投入してきたようです」
「それなら負けるのも当然だな……どうする? 瑞風(サンタ・クルスの天ツ上での名称)で聖天宮殿下だけでも避難させるか?」
「いえ、瑞風まではいけなくはないですが、今飛び立てば警戒されるでしょう。とにかく今は、このことを本国に伝えるべきだと」
「分かった、伝えておく」
彼らは先ず、艦隊に連絡をすることから始めた。