とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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久しぶりに9000文字いきました……


閑章第4話〜井の中の蛙〜

洋上で待機する第二使節団艦隊。その艦隊の旗艦である『敷島』の艦橋にて、二人の中年の男が会話をしている。片方は八神中将、もう片方は艦隊の副司令笠井中将である。

 

 

「パーパルディアとの戦争が始まったらしいな?」

「ええ、アルタラスにてレヴァーム人と天ツ人約50名が殺害されたようです。それで、報復措置としてレヴァームと天ツ上はパーパルディアとの戦争状態に入りました」

 

 

とんでもない事態である、本来ならばこの使節団艦隊もパーパルディアとの戦争に駆り出すべきである。

 

 

「本国からは?」

「それが、『このまま調査を続行するように』と通達が来ています」

「調査を続行だと?」

 

 

しかし、第二使節団艦隊の出資者である天ツ上本国からは『調査の続行』が優先された。戦争状態でも、これだけの戦力を遊ばせておくのは異例だ。しかし、本国からの命令なら仕方ない。

 

 

「どうやら上は『パーパルディア程度なら現時点の戦力でも余裕である』と思っているらしいですな」

 

 

参謀長の田中少将が口を挟む。その憶測は当たりで、レヴァームと天ツ上の上層部はパーパルディアの技術力的には、今の戦力でも圧勝すると踏んでいた。

 

 

「油断しすぎて痛い目に遭わなければ良いがな……」

 

 

八神中将はそう言って苦言を通した。その最悪の予想は後に見事に的中し、エスシラント上陸戦ではパーパルディアのゲリラ戦でレヴァーム天ツ上連合は大きな損害を被ることとなった。

 

 

「八神司令、航空隊及び飛空駆逐艦、巡空艦の出撃準備が整いました」

 

 

と、傍の通信兵が艦隊からの通信を読み上げた。

 

 

「よし、マイクを貸せ」

「はっ」

 

 

通信兵が回路を弄り、準備が整ったマイクを八神中将に渡す。

 

 

「総員傾注」

 

 

旗艦である『敷島』から艦隊の全艦に通信回路が通じる。

 

 

「現在、カルミナーク王国に向かった使節団が、現在『命の危険』に晒されている。王国でどうやらクーデターが起き、王国軍は劣勢下にあるようだ」

 

 

どれも、使節団からの情報だった。

 

 

「使節団の中には、我が国帝政天ツ上の皇太子、聖天宮殿下もいらっしゃる。彼ら使節団の命が危険だ、クーデターの首謀者であるマウリ・ハンマンはあのような狭い世界に居ながらも、外の世界に国があることを知っている。そして、その外の世界にまで宣戦布告し、その勢力を伸ばそうと計画しているそうだ」

 

 

その言葉に、通信越しからさまざまな笑い声が聞こえる。それは、あまりにも夢物語である事を笑った嘲笑であった。

 

 

「皆の者、この状況に覚えがあるだろう? そうだ、まさに『井の中の蛙』だ。外の世界の広さや強さを知らず、狭い世界だけで暮らしてきた奴らは思いあがっている! 我々は、今からその天狗の鼻をへし折るのだ!」

 

 

八神中将は大きく息を吸い、そして命令する。

 

 

「これより我々は、使節団艦隊の独自行動権を発動する! 目標、カルミナーク王国反乱軍、マウリ・ハンマン軍! 井の中の蛙に大海の広さを思い知らせてやれ! 全機出撃!!!」

 

 

いよいよ、艦隊に全機出撃の厳命が下された。艦隊の空母『白鷹』と『翔鷹』が離水し始め、風上に向かって全速力で航行し始める。

 

 

『制空隊! 発艦始め!』

 

 

まず制空隊の真電改が一気に発艦、硬い鋼鉄製の装甲飛行甲板の上を滑走し、そのまま駆け上がる。

 

そして、護衛の駆逐艦と軽巡空艦にも動きがあった。まず、島風型高速駆逐艦の『初明』『豊栄』『細雪』『淡雪』が離水し始め、戦隊を組んだ。

 

島風型高速駆逐艦は、天ツ上海軍における駆逐艦のハイ・ローミックス構想における「ハイ」の部分を担当する高性能船だ。高い対空能力を誇り、全体的なスペックもアギーレ級をさらに越している。

 

『島風型高速駆逐艦』

スペック

基準排水量:2500トン

全長:129メートル

全幅:11メートル

機関:揚力装置3基

武装:

主砲12.7センチ連装両用砲8基16門

五連装酸素空雷発射管3基15門

25ミリ連装機関砲8基16門

25ミリ単装機関砲8基

対空レーダー

ソナー

KMX磁気探知機

曳航ソナー

同型艦:25隻

 

それをまとめるのは、筑後型軽巡空艦の『吉野』。中央海戦争時に天ツ上機動艦隊の護衛を担っていた、高速の巡空艦だ。その速力は飛空機に追いつけるほど。主に機動艦隊の護衛や空雷戦隊の旗艦を務めている。

 

スペック

基準排水量:6600トン

全長:174メートル

全幅:15メートル

機関:揚力装置4基

武装:

15.5センチ三連装砲5基15門(上部3基、下部2基)

12.7センチ連装高角砲12基24門

四連装酸素空雷発射管2基8門

25ミリ三連装機銃8基24門

同型艦:8隻

 

彼らは高速の空雷戦隊を組み上げて、真電改や攻撃隊の後についていく。その速力は船とは思えないほど高く、そして速い。

 

 

「頼んだぞ……」

 

 

攻撃力、制空力、打撃力を備えた混合編隊が高らかに速力を上げ、そのまま進行していく。吸い上げられた水が雨を作り出し、幻想的な風景を作り出していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「フハハハハ!! あの『世界で最も高い防御力』とうたわれた王都アルクールが燃えておるわ!! そうだこれが……この圧倒的な戦力が! 我々……私の力だ!!」

 

 

圧倒的な戦力、そして蹂躙される敵軍の数々。燃える王都その光景を見てマウリは酔いしれる。

 

 

「オルドよ!」

「ははっ!!」

 

 

彼は傍の大魔導師オルドへ向き直る。

 

 

「カルアミーク王国を掌握したら、次は世界を征服し、その後は世界の外へ軍を進めるぞ!!」

「ははっ!!マウリ様の圧倒的軍事力をもってすれば、この世界の征服はもちろん征服されることでしょう。そして、世界の外の国々も瞬く間に制圧して、マウリ様にひれ伏す事になります!」

 

 

上空には有翼騎士団が乱舞し、地上では戦車が敵の攻撃をはじき返す。あまりに圧倒的な実力、これならば外の世界だろうと太刀打ちできるだろう。さらに魔獣は荒れ狂い、敵は我が軍に対してなす術が無いようにも見える。

 

 

「オルドよ!」

「ははっ!!」

「有翼騎士団に、王城を攻撃させよ。ああ……ついでに、ウィスーク公爵家にも2騎くらい差し向けよ」

「はい、承知いたしました」

 

 

命令は的確に伝達された。しかし彼らは知らない、この世には『井の中の蛙』と言う言葉がある事を。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ウィスーク公爵邸

 

上空には火喰い鳥が乱舞し、街からは炎と煙、そして悲鳴が上がる。時々爆発まで起こっている、城門からだ。空からの連続した火炎攻撃に、王国は軍を立て直す事が出来ずにいる。

 

王国軍は元々戦力の三分の一が残っていたが、上空からの攻撃にはなす術が無く、その数をかなり減らしていた。絶え間なく聞こえつづける悲鳴と怒号はこの公爵邸にまで聞こえ、そこにいる者たちは平静を保つ事ができなかった。

 

 

「お……お嬢様、すぐに地下に避難してください!!!」

 

 

騒然とする空気の中、召使が興奮してエネシーに語りかける。

 

 

「解りました。さあ、聖天様もご一緒に!!」

 

 

エネシーは、隣に立つ聖天も連れて行こうとするが、彼は動かない。それどころかムーラと一緒に正面の窓を見据えて、立っていた。

 

 

「聖天様早く!!早く避難いたしましょう」

 

 

エネシーの声かけに、彼はゆっくりと話始める。

 

 

「先に行ってくれ……我らにはやらなければいけないことがある」

 

 

信じられない言葉が彼女の耳に飛び込む、唖然とするエネシー。

 

 

「な……何を言っているのですか? いくら聖天様がお強いとはいえ、あのような統率された化け物相手では! 単騎では、どうしようもないでしょう!」

「一人ではない、ムーラ殿もおる」

「ええ、私も行きましょう」

 

 

その言葉に、ムーラもうなずいた。

 

 

「そう言う問題では……」

 

 

聖天はエネシーに微笑みかけると、ムーラに向き直った。

 

 

「ムーラ殿、瑞風改が置いてあるところまでは反対側だったな?」

「ええ、敵は西側から来ていますが、我々は南側からやってきました。主戦場は迂回できるはずです」

「ならばそれで行こう、行くぞ!」

「はい!」

「待ってくださいまし!」

 

 

そこまで言おうとした聖天とムーラを、またもエネシーが止めた。

 

 

「何故……何故そこまでしてくださるのです? あなた方から見れば、この国の事などどうでも良いのでは……」

「……我らは許せぬのだ」

 

 

聖天は続ける。

 

 

「今、空の敵と戦う力があるのは我らだけだ。無垢な市民を大量に……一方的に虐殺するという行為など、我らが許す訳がない!」

 

 

そう言って聖天とムーラの二人は一気に駆け出し、部屋を出て行った。扉を開けて一気に駆け出す。エネシーが追いかけて庭に出て見れば、二人は馬に乗って駆け出していた。

 

 

「ああ……聖天様……」

 

 

止めることができなかった、彼はそのまま戦いに行ってしまった。しかし、それでもエネシーはそんな彼がかっこいいと思ってしまった。

 

と、不意に、周囲に大きな風が巻き起こり、付近の草花を揺らす。不気味に羽ばたき音と共に、火喰い鳥に乗った者2騎がエネシーの前に空から現れ、着地する。

 

 

「ひ……火喰い鳥!!!」

 

 

人の攻撃など寄せ付けぬ、空の脅威が突如として彼女の前に現れた。空の騎士たちは、興味がなさそうにつぶやいた。

 

 

「ウィスークの娘か……運が無いな。とりあえず燃えておけ」

 

 

2騎の火喰い鳥たちは、彼女たちに逃げる間を与える事無く口から獄炎放とうとした。エネシーは逃げようとするが、火喰い鳥は無防備な貴族の娘に向かって放射する。

 

 

「ああっ!!」

 

 

火喰い鳥2騎の放った火炎がエネシーに向かおうとしたその時。

 

 

「目標! 前方の大型鳥類!」

 

 

後ろ側から何者かの声が聞こえてくる。呪文か何かを唱えているのか、早々と指示を出す。

 

 

「あの女には当てんなよ! ……撃てぇ!!」

 

 

ドカンと言う音。遠くから突然の攻撃、火喰い鳥に迫る光弾。その光の弾はあまりにも大きく、そして速かった。

 

エネシーは火炎がくると目を閉じる。走馬灯が駆け巡る暇もなく、ただ目を閉じることしか出来ない。一瞬が経過し、数秒がたつ。いつまでたっても火炎は襲ってこない。

 

 

「あれ?」

 

 

目を開ければそこには、グロテスクに頭をもぎ取られた火喰い鳥がバタリと横たわった。

 

 

「な、なんだとぉ!?」

 

 

火喰い鳥の騎士が叫ぶ。刃物を通さず、さらには弓も通さない火喰い鳥が最もあっさりと倒されてしまった。騎士は二人揃って火喰い鳥の下敷きになる。

 

 

「目標殲滅! 逃すな!」

 

 

エネシーは召使によって下がらせられ、前に出た変な色の服を着た蛮族たちが、その火喰い鳥に向かってさらに光弾が放つ。その1発1発が命をもぎ取り、騎士を殺した。

 

 

「な、なんなの……これ……?」

 

 

エネシーは今の状況が飲み込めず、思わずそんな声を上げた。ウィスーク公爵家に向かった火喰い鳥とその騎士2名は、天ツ上の陸戦隊の九式自動小銃によって射殺された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方の聖天とムーラは、森に置いてきたサンタ・クルス改は向かうため、馬を走らせていた。乗馬ができるのは聖天の方であるため、聖天が前で馬を操り、後ろでムーラが小銃を片手に辺りを見回す。

 

 

「あった、瑞風改だ!」

 

 

やがて森を抜け、小高い丘の近くにある河岸に止められたサンタ・クルス改を見つけた。傷も何もない、どうやら見つかっていないようだった。

 

シートを剥がし、風防を開けて操縦席にムーラ、後部座席に聖天が座る。そこまで来て、聖天はある事に気が付いてムーラに声をかける。

 

 

「ムーラ殿、勢いで付いてきてしまったが、我は邪魔ではないか?」

「いえ、二人乗りでも十分やれます。それに、後部座席に誰かいた方が良いですから」

「そうか、我も一応こいつの使い方は知っておる。もしもの時は我を頼れ」

 

 

そう言って聖天は眼前の13ミリ重機関銃を指した。しかし、ムーラはそれに苦笑いで答える。

 

 

「聖天宮殿下の手は汚させません、私に任せてください!」

「そうか、期待しておるぞ」

 

 

そこまで言われ、ムーラはまずサンタ・クルスの水素電池スタックに火を灯した。点火した火が灯り、満タンにまで溜まった電池が反応する。

 

そのまま手動でエナーシャを回し、絶妙なタイミングでプロペラと同調させる。そして、プロペラを回して一気に滑走し始めた。サンタ・クルス改はそのまま飛び上がり、青い空に飛び上がっていった。

 

 

「いた!」

 

 

ムーラは叫ぶ。高度500メートルほどのところまで上がったところで、王都を取り囲むような火喰い鳥の姿が見えている。

 

 

「こいつめ! 喰らえ!!」

 

 

ギリギリまで近づいたところで、ムーラは引き金を引いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

王都攻略はすべてが順調に進んでいた。空からの攻撃により城門内側の兵を焼き払う。そして戦車で門を焼き砕く。その後、開いた門に向かって魔獣を一斉に突入させる。

 

強い敵が出現した場合は、12角獣を向かわせ、それでも苦戦する場合は戦車を使用する。そうする事で、こちらの軍は何も失う事なく敵軍を撃破していっていた。

 

王軍に対しても上空からの攻撃により、隊列を組ませる事なくバラバラにし、個々の騎士は魔獣により各個撃破する。

 

どうやら、我が軍は強くなりすぎてしまったようだ。あの王国軍が、最強の城塞都市と言われた王都アルクールがあまりにもあっけなく燃える。

 

このままだと、世界征服やその後、世界の外に打って出た場合もスムーズに行きそうだ。マウリと大魔導師オルドは邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「ブォォォォォォォン!!!!」

 

 

と、その時聞いたことのない魔獣の咆哮が聞こえる。振り返ると、王国の南側の方から何かが一騎向かってきた。単騎で有翼騎士団に突っ込んできたそれは、火球を味方にたたきつけ、地面に叩き落とした。

 

 

「な、なんだあれは!! 空を飛んでいるだと!!」

 

 

マウリが声を荒げる。それは翼を羽ばたかせずに空を飛び、前の方に何かの風車のようなものを高速で回転させて空を飛んでいた。

 

そして、鼻先から光弾のような物を放つとそれに突き刺さった火喰い鳥がゴミのように落ちていった。

 

 

「なんという長射程攻撃!!そして速い!!!」

 

 

味方の隊列が乱れ始める。

 

 

「オルド! あいつを叩き落とせ!」

「はっ!……よく解らない敵だが、たったの1騎、数10騎が連携をとり、処理にあたれば何とかなるはずだ!!」

 

 

大魔導師オルドは指揮を出す。しかし、いつまで経っても敵の飛行物は倒せず、一撃離脱を繰り返していった。そのうちに味方の有翼騎士団は半分にまで数が減らされていた。

 

 

「くぅぅぅう!! なんなんだあれは!! 化物め!!」

 

 

相手は疲れる様子など全くなく、限りなく高速に近い速度で一撃離脱している。

 

 

「おのれぇっ!!! ここまでかき回されるとは……敵はたったの1騎ぞ!!」

 

 

敵には空で戦える戦力など、無いと思っていた。例えあったとしても数の力で押しつぶせると思っていた。しかし、今はどうか? たったの1騎の飛行物が、戦場をかき回しているではないか。

 

 

「ええい!!何をやっておる!!!」

 

 

マウリ・ハンマンは吠える。戦場は、こうも思いどおりにはいかないものかと。魔導師オルドも焦りが見えてきている。

 

と、その時だった。いきなり劣勢だった有翼騎士団に向かって上空から光弾が降り下ろされ、沢山の火喰い鳥が叩き落とされた。

 

 

「いったい何が起こった!?」

「!? あれは!!」

 

 

王国の南側の方から、何騎もの飛行物が飛んできた。それらは黒く塗られており、胴体の後ろ側に風車がついている。

 

 

「な、仲間がいたのか!? しかもあんなに沢山!!」

 

 

マウリ・ハンマンと、大魔導師オルドは、眼前で起こっている事態が理解出来ずに混乱した。あれがたったの1機でも驚異的なのに、それが見たところ100を超えている。

 

それによって、有翼騎士団は一気に全滅の一途を辿った。絶望的なまでの速度差、そして旋回性能の前に有翼騎士団は太刀打ちできずにあっという間にやられてしまった。

 

しかも、それだけではない。

 

 

「!? な、なんだあれは!!」

「船が空を飛んでいる!?」

 

 

その遠くに、船がそのまま浮かんだかのような飛行物体が空を飛んでいた。それは王都の城壁を軽々飛び越え、そのままマウリ軍に向かって来ている。

 

あまりにも一方的な暴力に、彼は恐怖を覚え、今まで苦労に苦労を重ねて築き上げてきたものが瞬時に壊され、怒りがこみ上げる。

 

 

「お……おのれ!戦車に空の敵を撃破するように伝えろ!!」

 

 

マウリ・ハンマンは怒りに燃える、その見上げる空は鋼鉄の飛空機械で埋め尽くされていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『こちらは帝政天ツ上海軍航空隊の福井中佐だ。敵、全騎撃墜、損失はゼロ。保護対象者、聖天宮殿下と訓練飛空生ムーラを確認、制空権の確保に成功しました』

「感謝します、福井殿」

 

 

サンタ・クルス改の風防の中で、ムーラと聖天は空からその様子を見据えていた。サンタ・クルス改の隣に福井中佐の真電改が付けられ、搭乗しているムーラと聖天の無事を確認している。

 

 

「ん!?」

 

 

と、その時。地上から火炎弾が連続して上空に向かって飛んでくる。それらは軽巡空艦『吉野』に向かって放たれるが、装甲の前に弾かれてしまっている。発射元は20箇所近くあり、それら全てが地上から放たれている。

 

 

「敵戦車を発見、数々は20。軽巡空艦に向かって攻撃しています」

『了解、〈吉野〉の砲撃で片付ける。爆風に注意されたし』

 

 

ムーラの報告に、吉野が反応した。『吉野』の下部15.5センチ砲や島風型高速駆逐艦の12.7センチ下部主砲たちが一斉に戦車の方角を向き、そして……

 

 

『うちーかたーはじめー』

 

 

空に爆音が鳴り響いた。こうして、天ツ上海軍の空雷戦隊によってマウリ軍の戦車隊や魔獣たちは駆逐され、殲滅された。マウリ本人は頃合いを見て突撃してきたカルミナーク王国軍によって拿捕された。

 

ここに、カルミナーク王国のクーデターは終焉に終わった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

今回の戦争で被害が唯一無かった迎賓館で、戦勝祝賀会が開かれていた。帝政天ツ上外務省の北村、そして聖天宮殿下、神聖レヴァーム皇国飛空訓練生のムーラたちが招かれていた。すでに挨拶は終わり、各々が食事をしながら交流する。

 

 

「聖天様、ムーラさん、あなた方の敵有翼騎士団に対する単騎突入は、正直痺れました。物語ではなく、実戦であんな事をする人がいるとは……しかも、我が国では架空の生物だった竜に乗っている。まるで神話に出てくる戦いが、眼前でくり広げられているようで、何度も目を疑いました」

「ありがたい、感謝する。そなたは?」

「あ、失礼、私は近衛騎士団長のラーベルといいます」

 

 

交流は進む。聖天はこのようなパーティーの場は慣れているが、ムーラはあまり慣れていないのかタジタジであった。

 

 

「緊張しておるのか? ムーラ殿」

「ええ……このような場には慣れていないので……」

「気を張らずとも良いぞ、そのままで良い」

「え、ええ……」

 

 

聖天からアドバイスをされ、ムーラは気を引き締める。

 

 

「聖天殿、聖天殿!!」

 

 

今度はウィスーク公爵が話しかけて来た。その顔はすっかり酔っ払っている、はっきり言って酒臭い。

 

 

「私は……大事な1人娘、エネシーを貴殿の嫁にしてくれないか?」

「え!?」

 

 

と、ウィスーク公爵にとんでもない事をいきなり言われた。

 

 

「いや、我は……」

「エネシーもそれを望んでいるしな。君にとっても悪い話ではなかろう。」

「いや、しかしだな……」

「遠慮しなくていいのだよ。エネシーは美人だろ?」

「まあ、美人ではあるが、我には……」

「よし!なら決まりだな」

 

 

ウィスーク公爵は勝手に話を進める。それを見て、北村もいよいよ顔が冷ややかになり始めた。

 

 

「待つが良い!! それはお主の都合であろう? 我は一度としてそのようなお話をしたことはないし、そのつもりもない!婚姻のお話は聞かなかったことにして差し上げる。ご息女にはご自身で嘘偽りなくお伝えになって欲しい」

 

 

キッパリと断る聖天。

 

 

「もしご息女と我がただならぬ間柄にあるという根も葉もない噂が流れるようなことがあれば、天ツ上は相応の対応をさせていただくことになるであろう。そうはなりたくないであろう? これは貴殿らのためだ」

「わ、分かりました……申し訳ない……」

 

 

そこまで言われて、ウィスーク公爵は納得したらしい。それを見届けた聖天は、そのままジュースを持ちながらバルコニーに出る。

 

 

「あいつは……元気だろうか……」

 

 

外から夜空を眺め、遠くの天ツ上を思った。その空は暗く染まっていて、月も出ていた。その月と同じ月を、彼女は見ているか、気になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

1週間ほど前。

 

まだ第二使節団艦隊が旅立つ前の頃、東都のとある公園の中で、二人の男女が歩いていた。

 

 

「紅葉もすっかり錆びてしまったな」

「ええ、だんだんと冬に近づいておりますね」

 

 

片方はレヴァームから輸入された、防寒具のマフラーを羽織った私服の聖天。もう片方は、和洋折衷な着物を羽織ったロングの少女である。お互いの歳は近い、二人はまるで恋人のように距離が近く、聖天は少し照れている。

 

 

「しのぶ殿」

 

 

名前を呼ばれた少女、宮野しのぶは聖天に振り向く。

 

 

「我はあと少ししたら公務に出向かなければならぬ」

「…………」

「忙しくて伝えるのが遅れたが、しばらくは会えないかもしれない……」

 

 

最後の言葉は、少し途切れ途切れであった。

 

 

「大丈夫にございます、私はいつまでも待っております」

「…………そうか、ありがたい」

 

 

彼女はそう言うが、どうしても聖天は自信がなかった。どうにも彼女と会話する時だけはどうしても不器用な男になってしまう。やはり、聖天は女性関係は苦手であった。

 

 

「必ず、帰ってくるからな」

「ええ」

 

 

そう言って、その日は彼女と別れた。聖天は今日も切ない思いを抱えながら、手紙を見る。

 

恋文だった、聖天からしのぶに向けての。

 

しかし、しのぶは聖天とは学校での幼なじみであるだけ。家柄はそこそこあるが、それでも一般の臣民であることは変わりない。そんな女性に恋心を抱くとは、聖天は切なくて仕方がなかった。

 

小さい頃、井の中の蛙で大海を知らずに育った自分は、かなりの高飛車だった。しかし、それを叱ってくれたのは、彼女だった。

 

それ以来、自分はしのぶに惚れ込んでいた。身分の差に関係なく自分を叱ってくれて、正々堂々対等関係を築いてくれている。しかし、自分はその思いを伝えられない。

 

 

「我は不器用な蛙だな」

 

 

そう思い、空を見上げる。1週間前の月が、そこに浮かんでいた。片思いほど、切ないものはない。元「井の中の蛙」は今日も思いを伝えれなかった。

 


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