とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

88 / 106
閑章第7話〜人類世界への侵攻〜

数時間前……

 

フィルアデス大陸の北東部、そこにトーパ王国は存在している。フィルアデス大陸からグラメウス大陸へ続くその島は、幅たったの100メートル、長さ40キロという細長く伸びた陸地によって繋がっている。

 

グラメウス大陸には人間や亜人などの国家は()()()()()確認されておらず、代わりに『魔物』と呼びれる生物が闊歩している。

 

このトーパ王国とグラメウス大陸の間には、城塞都市トルメスがある。古き時代、人類は魔物の闊歩するグラメウス大陸とトーパ王国の間の細長い陸地に『世界の扉』と呼ばれる城塞を築いたのだ。

 

その日はいつものように、穏やかな朝だった。世界の扉には、トーパ王国兵が交代で駐留している。その中には、非常勤で雇われた傭兵ガイも含まれていた。

 

 

「は────眠い……寝たいぜ全く……」

「こらこら、グラメウスの監視は人類の生存に関わる重要な任務だぞ」

 

 

ガイは窓の淵にもたれかかって、やる気のない声を出す。それを、共に勤務するエルフの騎士モアが、監視記録を書きながら注意する。

 

 

「そんなこと言ってもよぉ……この世界の扉は20メートルもある城壁だぞ。ここ十年で訪れたまもの魔物の群れっつったら、道に迷ったゴブリン10匹くらい。ゴブリンなら100匹が来たってビクともしねぇ、寝ても大丈夫だろ」

「ここ100年で見れば、オークやゴブリンロードだって来たことがある。オークは厄介だぞ」

 

 

ガイはオークやゴブリンとの戦闘を思い出し、一瞬沈黙する。

 

 

「……確かにオークは騎士10人でやっと倒せるかどうかってくらい強いが、ここ100年単位の話をされてもよう……やれやれ、エルフさんは真面目だな」

 

 

そこまで言われ、モアはため息をついている。何気ない世界の扉監視室の、何気ない日常だ。

 

監視室から外側を見る。城壁から北側はグラメウス大陸が目に届く。その範囲は真っ平らな平原地帯で、見通しはいい。付近には南からの海流が流れているため、緯度が高い割には温暖な気候だ。

 

しかし、今くらいの季節になると、大抵は雪が降り積もっている。今日は雪が降っておらず、澄み渡る青空が窓の向こうに見えているが、その下には見渡せる限り白銀に輝く雪原が広がっている。

 

 

「なんだアレは?」

 

 

と、何気ない勤務を終えると思っていた彼らに、おぞましい何かが聞こえてくる。ガイが異音に気づき、顔を窓の外に向ける。真っ白な大地が、少しずつ黒くなっていく。

 

 

「何だ!? 大地が……黒くなっていく!?」

 

 

ガイの驚嘆を聞き、モアが慌てて望遠鏡を覗き込んだ。

 

 

「あ……あれはゴブリン!!それだけじゃない、オークまで見えるぞ! 総数は1000を超えている!!」

 

 

モアを押し除けて、ガイが望遠鏡を覗き込んだ。倍率を上げ、さらに遠くを拡大する。大地を埋め尽くす程のゴブリンの大群、オークの中衛部隊、その先にオークよりも大きい魔物が見える。数は二体。

 

 

「あれは──まさか、魔獣レッドオーガとブルーオーガ!! 伝説の魔獣じゃねぇか!!!」

「通信兵ぇぇぇ────ッッ!!!」

 

 

モアがその名を口にした瞬間、監視室にいた防衛隊長は通信兵に命じ、世界の扉の南方にある城塞都市トルメスに至急通信を送らせた。

 

その間にも、大地を灰色に覆いながら、魔物の群れが世界の扉へ迫る。大地の揺れが次第に大きくなり、ドンという音と共に城壁全体が揺れた。

 

 

「モア!! お前は魔物に精通している! 今見たことを、トルメスに直接出向いて伝えるんだ!!」

 

 

防衛隊長がモアに命ずる。

 

 

「し……しかし、私もここで──」

「今は非常時だ! この情報を王都だけでなく全世界に伝える必要があるんだ! ガイも連れて行け!!」

 

 

ガイは立ち尽くすモアの首根っこを掴んで、引きずるように世界の扉を脱した。二人は馬に乗り、全速力で城塞都市トルメスへ向かって、今に至る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「と……言うわけで魔物の軍勢は世界の扉を突破、防衛隊は全滅し、現在は城塞都市トルメスに撤退しています……」

 

 

王への直接の報告に、他のトーパ側の官僚たちにもどよめきが走る。このタイミングで、しかも何の前触れもなく、魔物の軍勢が現れたとなれば動揺するのも当たり前だ。

 

 

「敵の軍勢は4万と言ったな……ミナイサ地区はどうなっている?」

「はっ、魔物の軍勢は世界の扉を突破した後、そのまま南方向に侵攻、ミナイサ地区で戦闘が起こっております」

「ううむ……」

 

 

項垂れる王を見て、聖天が話しかける。

 

 

「何かあったのだろうか?」

「ええ、我々が『世界の扉』と呼んでいるグラメウス大陸との城壁はご存知でしょうか?」

「ああ、噂程度には」

 

 

聖天もトーパ王国との接触にあたり、トーパ王国のことをある程度調べていた。その中で、『世界の扉』と言う大それた名前の城壁が、グラメウス大陸との要所に設けられていることも知っていた。

 

 

「その城壁が、今朝破られました。現在、ミナイサ地区で戦闘が起こっており、市民が逃げ遅れていることでしょう」

 

 

聖天はその報告に眉を曇らせ、八神司令に向き直った。そうして何度か会話をすると、二人ともうなずく。

 

 

「もしや……伝説の魔王が復活したのではあるまいな……?」

「いえ、世界の門で魔王は確認されてはいませんが……」

「失礼、少し良いか?」

 

 

軍人と王の間に入ってきたのは、聖天の一言であった。

 

 

「魔王とやらは伝説で聞いておる。その復活を危惧しているとのことだが、世界の門では魔王は確認できなかったのだな?」

 

 

聖天はトーパ王国のことだけでなく、神話についても聞いている。魔王と魔王軍が伝説上ではどんな奴らだったかも知っているのだ。

 

 

「ああ……そうだが……」

「だが、我々の国では指揮官は前線に出向かずに後方で指揮するのだ。もし魔王とやらが復活し、後方から指揮をとっているのだとしたら今回の魔物の大規模侵攻も納得できよう」

「!!」

 

 

その言葉に、王や軍人も納得したようで言葉を切った。

 

 

「し……しかし、魔王は神話の時代ではいつも前線に立っていた……魔王の侵攻ではなく、普通の魔物の侵攻では?」

「そうだとしても不自然すぎる。神話上のレッドオーガやブルーオーガとやらが現れているのなら、魔王が指揮していると言っても不自然ではない。何も、奴らは馬鹿ではないのだろう? 指揮官が復活していないのに、勝手に進攻をする馬鹿がいるわけがなかろう」

 

 

聖天の洞察力は、一重に皇族ならではの英才教育の賜物である。幼い頃から洞察力や考察を高めるための勉強を受けており、彼は人並みではない頭の良さを持っていた。

 

 

「今はフィルアデス大陸全体の非常時であろう? ならば、国は関係ない。先程、八神司令と相談して決めた事がある」

「な、なんと……?」

 

 

先ほどの相談とは、八神司令に向き直った時の事である。その時にお互いで決めた事があった。聖天は大きく息を吸い、言葉を下す。

 

 

「我々帝政天ツ上は、貴国の……人類全体の危機に対し、援軍を派遣することにした」

「な……なんと……!?」

「良いのですか!?」

 

 

聖天が言ったことは、先程八神司令と相談した時に、八神司令が「軍を世界の門に派遣できる」と答えたことに起因する。それを根拠に、聖天はこの決断をした。

 

 

「良いのだ。その代わりと言ってはなんだが、我々が軍を派遣して魔王軍を撃退した時、御主らには第三文明圏に対する蜂起の呼びかけに賛同してほしい」

「それが……条件ですか?」

「ああ、良い取引だとは思わんか?」

 

 

そこまで言われ、王は頭を悩ませて項垂れる。彼にも、彼らを信用して良いかの悩みがあった。それが、彼ら自身で証明してくれるかもしれない。それを感じでいた。

 

そして、王が下した決断は……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エスペラント王国の北側には背の高い山が聳え立っている。魔石はもちろん、各種金属や硫黄なども算出するエスペラント王国の発展に欠かせない地下資源の宝庫だった。

 

その名も『エナボレージョ山』、エスペラント王国の民の言葉で『ドワーフの仕事場』という意味である。

 

エナボレージョ山はグラメウス大陸西側に連なる連山の一つで、山脈は南北に続いている。その一角に、()()()()()から『バクラ山』と名付けられた山があった。

 

そんな火山の火口には、土でできた穴蔵のような人工物がいくつも建っている。出入りしているのはゴブリンやオーク、さらには魔獣など、ここは彼らの家なのだ。

 

その中心地に、一際大きな家が建っている。周りのゴブリンやオークの土家とは違い、木材や石をふんだんに使った、屋敷ともいうべき場所だ。

 

 

「くそっ……魔帝様の直系であるこの俺がなんでこんな目に……くそっ!」

 

 

その屋敷の中で、一人の男が苛立っていた。男の格好はかなり近代的で、ワインレッドのジャケットとスラックス姿である。

 

 

「ダクシルド様、お食事の用意が出来ました」

 

 

ノックも無しに開いたドアから声をかけられる。ダクシルドと呼ばれた男、ダクシルド・ブランマールは人類となんら変わりない素肌顔立ちであった。そんな彼に声をかけたのは、黒い鬼バハーラであった。

 

 

「くっ……なんだバハーラか、エスペラントの攻略はどうなっている?」

「はい、このまま順調に戦力強化出来れば、王国そのものを落とせるでしょう」

「そうか……ゼルスマリムから連絡は?」

「まだです」

「くそっ……いつもいつも連絡が遅いやつだ……! いつでも通信が届くように、通信機の前に常に誰かを置いておけ」

「御意に」

 

 

バハーラはそのまま下がっていく。

 

 

「……くそっ、本来ならば魔族制御装置で俺の配下になっていた筈なのに……」

 

 

本来なら、魔族制御装置で彼ら魔族をダクシルドが制御する筈だった。しかし、今は彼の手の物ではない。苛立ってもしょうがないので、ダクシルドも書斎を出て食堂へ向かう。

 

 

「お疲れ様です……ダクシルドさん」

「ああ……食事の用意ご苦労」

 

 

食堂にはレヴァーム風のアニュンリール皇国様式の食事が用意されている。他の席には、ダクシルドを支えるアニュンリール人のスタッフが座る。

 

 

「そろそろ、魔王の食料農園(エスペラント王国)は片付きそそうですか?」

「いや、まだだな。本国の軍が来ないのはやはり効率が悪い。なんで我々が魔王の下で指揮をしなければならんのだ……」

 

 

そう言って、アニュンリール皇国魔帝復活管理庁復活支援課支援係の現地派遣員ダクシルドは、そう苦言を呈した。

 

 

「仕方ありませんよ、そうでもしないと我々は殺されるのですから……」

「全く……制御装置が効いていれば……」

 

 

所属部署の名の通り、彼らは魔法帝国ことラヴァーナル帝国の復活を支援する為に活動している。

 

彼らがグラメウス大陸に来た理由は、ロストテクノロジーの解析で作り出した魔族制御装置の効果判定と、少ない予算から削り出した魔法帝国時空転移ビーコンの適正管理業務……の筈だった。

 

星が移動していると、何もない宇宙空間に出てしまうな可能性がある為、ビーコンが必要だ。ラヴァーナル帝国が別惑星から転移してくる際、時空間に歪みを発生させる。

 

ビーコンはその歪みを探知して、惑星の位置座標、時間座標、そして空間座標などなどの情報を発信する。それを頼りに、ラヴァーナル帝国は元の位置へと『着地』できるのだ。

 

そして、そのビーコンの一つが、何の因縁かエスペラント王国の王城付近に埋まっていたのだ。そのため、そのビーコンの万全を期す為、ダクシルドたちスタッフが派遣されたのだ。

 

 

「せめて、マラストラスにつけた制御装置が作動していたらな……」

「まさか、魔王の制御魔法に上書きされるとは思っていませんでした……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

遡ること一年前。グラメウス大陸にたどり着いたダクシルドたちは、まずは魔王城を拠点にその周辺の平野グーラドロア平野を支配していた魔王の側近、マラストラスに接触を図った。ダクシルドはマラストラスを騙して、ノスグーラの封印解除の条件として了承させたのだった。

 

そして、魔王城ダレルグーラの広間にて、アニュンリール人たちは色付きガラスのような何かに包まれたノスグーラの封印を解いた。

 

アニュンリール皇国人の有翼人は腐っても光翼人の末裔、魔力も魔導技術もミリシアルよりも進んでいる。だからこそ、このように物の数日で解除できた。

 

 

「復活したか……ノスグーラ」

 

 

粉々に破壊したガラスのようなそれは、砕け散ると同時に光となって消え、代わりに魔王自身から溢れ出した煙と黒い光が巻き上がる。

 

 

「これは……奴らはどこへ?」

 

 

その間に、ノスグーラに制御装置を起動させる。

 

 

「貴様が封印の結界に閉じ込められてから、すでに1万年以上が経ったのだ。勇者は貴様を封印する為に命を落としている。案ずるな」

「忌々しい勇者どもめ、我をつまらん魔法で封印しおって……ところで貴様は何者だ?」

 

 

ノスグーラに問われ、ダクシルドは演技で大振りな名乗りを上げる。

 

 

「我が名はダクシルド、魔王ノスグーラよ、貴様は我が復活させた。我はお前の創造神、古の魔法帝国……光翼人の末裔ぞ。我に忠誠を誓え」

 

 

ノスグーラの資料には、人に近い自我を持っているとの事。ならば多少演技をかけて上からマウントを取れば、優位性を保てて魔族制御装置の効きも良くなるだろうと考えていた。

 

 

「フフフ……ハハハハ!! 下手な芝居はやめる事だな」

「!?」

「貴様が魔帝様……光翼人の末裔だと? その程度の魔力で威張らない方が良いぞ、我の目は誤魔化せん。確かに下等種族よりも多少マシな魔力は有しているようだが、光翼人に比べればまだまだだな」

「ぐっ……」

「制御、出来ていないみたいです」

 

 

部下が歯軋りしながら報告を上げる。

 

 

「やれやれ、こんな紛いもので我を操ろうとは……随分と早くみくびられた物だな」

 

 

魔石をはめ込んだサークレットのような魔族制御装置の受信部分を、ノスグーラは自分の頭から取り外して粉々に握りつぶした。

 

 

「まあ良い、我を復活させた功績として命だけは免じてやる。だが、その代わりとして……マラストラス」

「はい、ここに」

「!?」

 

 

と、いつの間にか自分たちの後ろにマラストラスが立っていた。マラストラスは広間の入り口に置いてきた筈、しかし、彼はそこにいた。

 

 

「いつの間に……!」

「マラストラス、こいつらを利用しようと思う。見張っておけ」

「ははっ、なんなりとお任せください」

 

 

マラストラスはノスグーラの命令に忠実だった。魔族制御装置の魔石は粉々に割れている。そこで悟った、マラストラスの制御装置はノスグーラの制御魔法の前に上書きされ、自分たちの命令が効かないのだと。

 

 

「貴様……我々をどうするつもりだ!?」

「フン、せいぜい我の手先として働いてもらう。無論、魔帝様のためだ」

「我々は魔帝様の末裔だぞ!!」

「フン、混血で魔力が弱まっている奴に言われとうない」

「ぐっ……」

 

 

そうして、ダクシルド達は制御が離れたマラストラスの下で、魔王の手下としてこき使われているのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「くそっ……俺たちをなんだと思ってる……俺は魔帝様の直系の末裔だぞ……!」

 

 

ノスグーラからのちに聞かされたが、ノスグーラは魔族制御装置という物を握り潰しながら、えらく気に入ったようでダクシルドを利用しようとしたのだ。

 

魔族制御装置を使えば、ノスグーラは軍の指揮をしなくても済む、その分をノスグーラ自身の戦闘力に費やせるのだ。それをもってしてノスグーラは魔王城に立て篭もって指揮をとっている。

 

 

「とにかく、今は食料を確保しつつエスペラント王国を攻略しなければ、我々の身が危ないです。ここは、とにかく機を待ちましょう」

「ああ……」

 

 

彼らは状況を楽観視していられず、とにかく機を待って反撃の機会を待つのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。