とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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第5話〜接触前夜〜

 

「これで、わたくしどもは対等な立場になれましたね」

「はい!ありがとうございます」

 

 

レヴァームと天ツ上は歩み寄った。講和条約は無事結ばれ、両国は和解した。もうお互いを差別しあい、罵り合って戦争にまで発展することはないだろう。

 

朝田とファナは熱い握手を重ねる。それはレヴァームと天ツ上が新たに築いた絆を表しているかのようであった。くだらない戦争は終わり、両国は同盟関係に至った。天ツ上政府も喜ぶことであろう。

 

しかし、問題はこれからだった。

 

突然起きた別の惑星に転移するという謎の現象。これを解決するには、両国がともに困難を乗り越えて行く必要がある。二人三脚で進むその先のゴールまで。

 

会談が終わり、しばらく経った後にその一報は訪れた。訥々に、突然開かれた扉とともに、朝田の補佐である篠原がやってきた。篠原は天ツ上に交渉が成立したことを伝えに行ったはずだが、篠原はそのまま朝田に耳打ちをすると朝田はその内容に戦慄する。

 

 

「どういたしましたか?」

「……それが、天ツ上海軍の駆逐艦から報告があったのです。それも、とても不可解な案件です」

「天ツ上から?」

 

 

その知らせにファナだけでなく、マクセルやナミッツも疑問符を浮かべる。

 

 

「はい。シエラ・カディス群島付近、南方960キロ地点にて、哨戒中だった駆逐艦梅が謎のガレー船を発見したとの報告がありました」

「!?」

 

 

その報告に、会場の皆が戦慄する。それもそのはず、ガレー船の航続距離から考えてそんな遠く離れた場所にガレー船ごときがたどり着けるはずがないからだ。

 

 

「なぜ、そんな場所に船が出現したのだ?」

「不明です、現在は天ツ上政府からの続報を待つしか……」

 

 

不明船の出現、なんとも不気味な案件である。今まで南側には人の住む土地などなかったはずだ。世界は西方大陸と東方大陸の二つしかなく、人類はそこにしか住んでいないはずだった。ならば、考えられるのはひとつだけ。

 

 

「南側に……人の住む土地がある……」

 

 

ファナは確信したかのように呟いた。その一言に交渉室の全員がくるりと振り返る。

 

 

「ガレー船の出現場所からして、考えられるとすればそれしかありません。別の惑星に転移したということは、新たな新興国家があってもおかしくはないはずです」

 

 

ファナは落ち着いた表情で淡々と推測を語る。学者でもないのにこの推察力はずば抜けている。さすがはレヴァーム政府の執政長官を任されるだけはある。

 

 

「ナミッツ提督、聖泉方面探索隊は出発することができますか?」

「え?ええ出来ますが、一体どうするおつもりですか?」

 

 

ファナ・レヴァームは一呼吸置いて、大きく息を吸って指示を出した。それは今後のレヴァームと天ツ上の命運を握ることになる重大な命令だった。

 

 

「聖泉方面探索隊に外交官を乗せて、今すぐに南側への調査に向かわせてください。あわよくば、その新生勢力との国交成立も視野に入れてください。これは、レヴァーム皇妃の第一級命令です」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

あの現象から丸3日が経過した。

 

その日、レヴァーム政府から皇国民に対してある報告が行われた。まず第一報はあの謎の現象についてだった。ラジオにて、レヴァーム政府は正式に別惑星に転移したことを認めてそれを国民に報告した。

 

そして、この未曾有の危機を乗り越えるために天ツ上と急遽同盟を結び、ともにこの星で歩んで行くことを決意したことを表明したのだ。

 

この報告は、天ツ上でも同様に行われており国民は固唾を飲んで放送を見守ったそうだ。幸いにも暴動は起こらなかった、情報統制により国民がパニックにならないように伝えられており、両国民も原因がわかり納得した。

 

そして。

 

おんおんと揚力装置の高鳴りが空に響く。その度に、飛空艦たちはずんずんと空の歩みを進める。その度に空は揺れ、空気が振動する。民衆は彼らを不安そうな目で見上げていた。応援の声を上げて彼らの士気を保とうとする者もいる。

 

聖泉方面探索隊は、皇都エスメラルダ上空を通過してゆく。本来あった聖泉あろう場所ではなくそのまま南側へと。それは新たな親交を結ぶためであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

二つの大陸の南側に人の住む土地がある。その報告を聞いて、執政長官ファナ・レヴァームはエスメラルダに集まっていた聖泉方面探索隊に調査と国交成立を命じた。

 

聖泉方面探索隊として編成されていた艦隊は『特別使節団』と名前を変えて道なる大陸の探索に向かうこととなった。編成は探索隊の時と同じ、戦艦『エル・バステル』と正規空母『ガナドール』を含めた護衛艦6隻の艦隊だ。

 

聖泉方面への探索隊としては未曾有の規模だったが、使節団としても大規模だ。特別使節団はまず南側に大陸がある事を確かめるためにシエラ・カディス群島へと向かって行った。動員した人員、飛空士は一万名以上。トレバス環礁からやって来たシャルルもその中にいた。

 

 

「まさか、こんな形で出発する事になるなんてね……」

 

 

狩乃シャルルはそのようにポツリと呟く。艦隊はエル・バステルとガナドールを中心とした輪陣形を組み、ずんずんと歩みを進める。

 

もともとシャルルも聖泉方面探索隊に志願していた。もう平和になったレヴァームと天ツ上の間ではなく、もっと広い空を飛んでみたい、そう思ったから志願した。しかし、その探索もこの転移現象によって無に帰った。それは悲しいが、艦隊はまた新たな任務を帯びて新しいスタートを切っている。

 

 

「この群島は懐かしいな……」

 

 

シャルルはエル・バステルの甲板からシエラ・カディス群島の全容を見渡す。ヤシの木が生え、暖かな気候に覆われた群島はシャルルにとっては懐かしい場所だった。

 

あの作戦で、ファナと一緒に2日の楽しげな日々を過ごした名残惜しい島々だった。艦隊はシエラ・カディス群島に着くと、空で揚力装置を止めて空中に静止していた。上空から見れば、地平線が遙か遠くに見えている。青い海の向こう側が不気味に沈み込んでおり、空と奇妙な境界線を作っている。

 

 

「あ、シャルルさん!」

 

 

後ろからメリエルの明るめな声が聞こえた。彼女とは階級が一緒のため、わざわざ敬語を使うことはない。

 

 

「艦隊司令官がお呼びです!私たちと一緒に来るようにと」

「マルコス中将が?」

 

 

シャルルは彼女の声に従ってガナドールの司令室に赴く。「失礼します」の一言とともに、司令室の木造の扉をゆっくりと開いた。

 

 

「来たか、シャルル大尉」

 

 

マルコス・ゲレロ中将は後ろに手を組んだまま窓の外を眺めていた。そのままシャルルとメリエルに向き直ると、自分の司令官席に座り込む。

 

マルコス・ゲレロ中将。彼は前機動艦隊司令官ヴィルヘルム・バルドーがいなくなったために、艦隊司令官に任命された逸材だった。かつてはこのエル・バステルの艦長も務めており、というか今も艦長兼艦隊司令官を任されている。

 

 

「君たちには、新大陸のあるであろう場所で偵察を行って欲しいのだ」

「偵察……ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 

中将は言葉を続ける。

 

 

「この世界の新興勢力との接触を果たすため、まずは本当にその勢力が存在するのかどうか?どんな文明レベルを築いているのかなどを詳細に調べて欲しい」

 

 

艦隊の任務はこの世界の新しい新興勢力との国交を開く事だ。そのためにレヴァームと天ツ上両方の使節団を乗せており、交渉の準備は万端だ。

 

しかし、新興勢力との接触の前に、その勢力が本当にいるかどうかを確かめる必要があったという事だ。

 

 

「偵察機はシエラ・カディス群島の南側に集中投入する、不明ガレー船が現れた場所だな。ガナドールからもそうだが、このエル・バステルの水偵も使う事になった」

「なるほど……」

「いくつかのルートに分けて、千キロほど行ったら戻ってくる。それが飛行ルートになる。詳しくは航空参謀長から聞いてくれ」

「あの?その場合、領空侵犯になる可能性があるのでは……?」

 

 

思わずメリエルが質問する。

 

 

「構わない、と命令が来ている。今回は多少の領空侵犯をしてでも情報を持ち帰る事に重点を置いて欲しい」

 

 

領空侵犯しても構わない、普通の偵察行動なら戦争中でもない限り発せられない命令だ。どうやら、レヴァーム政府は相当に焦っているようだ。

 

 

「わかりました。それでは、我々は出発いたします」

「頼んだ、ちなみにペアはもうすでに決まっている」

「はっ!失礼します」

 

 

こうして特別使節団艦隊は、新しい新大陸の真偽を確かめるためにあの不明ガレー船の出現した南側へと偵察機を出す事にした。

 

シャルルたちはそのまま扉をあけて執務室の外へと出る。おそらく、ペアはメリエルと決まっているのだろう。彼女は元水偵乗り、その腕前はシャルルとの相性もいい。

 

航空参謀長の元で詳しい飛行ルートを聞かされると、シャルルはそのままエル・バステルの格納庫まで向かう。エル・バステルは戦艦だが、直掩用に30機ほどの機体を格納することができる航空戦艦だ。

 

もちろん、水上偵察機も積んである。飛空服を羽織って格納庫に行ったシャルルが目にしたのはピカピカに磨かれた一機の青い機体が後部甲板のカタパルトに取り付けられていた。

 

水上偵察機サンタ・クルス。

 

普段は戦空機乗りをしているシャルルであったが、今回は任務のために水偵であるサンタ・クルスに乗り換えていた。シャルルにとっては馴染みの深い機体であった。

 

 

「懐かしいな……」

「?、シャルルさんはサンタ・クルスに乗ったことがあるんですか?」

「え?う、うん……訓練で水偵に乗ったことがあるから……」

 

 

ちょっとした嘘で誤魔化すシャルル。気づかていないが、ボロが出てしまうのは気をつけなければならない。

 

かつてこの機体で大空を駆け、一万二千キロの一大作戦を実行した事はメリエルには知られていない事実だった。彼女はシャルルが海猫であることは知っていても、海猫作戦のことまでは知らない。

 

おそらく、知られてはいけないだろう。公家のメンツもあるが、シャルル個人的には偉業であるもののの、あまり自慢したくはない。そもそも、中央海戦争でもこれのせいで経歴を隠されていたくらいなのだから。

 

シャルルたちはそのままサンタ・クルスの扉をあけて操縦席と後部座席に着く。シャルルは飛空眼鏡を下ろし、開けっ放しの風防から片手を突き出して地上員へ合図を送った。

 

 

「スタック始動っ!!」

 

 

電池スタックが水素タンクからの水素と空気中の酸素を取り込んで発電を開始する。そこで発生した電力がDCモーターを稼働させる。

 

蒸気カタパルトが水圧を上げてずんずんと圧力を上げる。そして、ついに限界になった時圧力が解放された。

 

 

「っ!!」

 

 

心地よいGと共に、サンタ・クルスが勢いよく打ち出される。サンタ・クルスはそのままエル・バステルを離れ、青く染まった空に溶け込むように飛び上がっていった。

 

 

「……行こうか。異界の空へ」

 

 

シャルル達はサンタ・クルスを翻して飛び上がる。いくつかの方向に分けて、ガナドールから発艦した水上偵察機たち。美しい海猫たちが南側へ向かってずんずんと飛んで行く。

 

その中で、新大陸を発見したのはあのシャルルとメリエルのペアの機体であった。


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