──怖い……怖い……誰か、助けて……
魔王軍の侵攻で生き残った者達は、地下のシェルターにて助けを待っていた。もう何日も日の光を浴びていない。食料もいつまでもつかわからない。
不安がミナイサ地区で飯屋を営んでいたエルフのエレイをも恐怖に震わせた。
いつになったら救出は来るのだろうか? いつになったらこの生き地獄から抜け出せるのだろうか? エレイを含め、ここにいるすべての人がそう思っていた。
──神様! 神様! どうか皆を、私たちをお助け下さい! どうか魔物を打ち倒す力を……再び聖アルディスタ様が使者を遣わしてくださるよう……お願いします!
そう祈るが、何も起こらない。やはり神森でなければ意味がないのだろうか、と思った次の瞬間──
「!?」
突然、大地が震えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帝政天ツ上派遣部隊は、ミナイサ地区へ城門から足を踏み入れた。城門から一直線に大通りが走っており、1.5キロ先にレッドオーガが見張っている。その足元に向けて、八式中戦車の主砲が轟いた。
「グワァァァァァァァ!!」
レッドオーガが突然の足元の震えに身をかがめ、ゆっくりと犬神率いる戦車部隊の方を向いた。かなり離れた場所だが、戦車砲にとっては至近距離。しかし、それでも外してしまったことを毒づいた。
「すみません、外しました!」
「構わん、一時待避だ!!」
大通りはいくら広くとも、天ツ上基準では戦車二台分しか通ることができない。そのため、道を塞がないように一台だけでゆっくりと後退する。
「グゥゥ……あれは……!」
一方で、砲弾を足元に喰らったレッドオーガは、1.5キロ先にいる緑色の物体を見つけた。白い布で隠してあるが、ここからでも視認できるくらい目立つ。しかし、レッドオーガはその姿に見覚えがあった。その姿を目の前に、軽く戦慄してしまう。
「聖アルディスタの使いの鉄の地竜!!」
間違いない、数多くのゴウルアスや仲間のオーガを葬ってきた鉄の地竜そのものであった。
「な、なぜあいつがこんなところに!?」
しかしよく見ると、奴はゆっくりと後退し始めているではないか。これはチャンスかも知れない。例え聖アルディスタの使いが復活したとしても、仲間の仇をとれるかも知れない!
「グ、グォォォォォォォォ!!!!」
レッドオーガは治療を施した足を使い、全速力で駆け出した。
「来るぞ! 次弾装填急げ!」
それをみすみす逃す天ツ上軍ではない。八式中戦車に向かって来るレッドオーガを狙い、砲弾を詰める。
「装填よし!」
「よし、撃てっ!!」
その瞬間、巨大な爆裂音とともに戦車砲が轟いた。砲弾は真っ直ぐレッドオーガに飛んで行き、頭から粉々にうち砕いた。
榴弾ではなく徹甲弾を使ったのが幸いした。砲弾はレッドオーガを即死させて、そのまま後ろの議事堂に着弾した。
「目標沈黙! 続けて雑魚処理だ、榴弾装填!!」
犬神率いる戦車部隊は、そのまま無尽蔵にやってくるゴブリンや通常のオークを相手に機関銃を連射する。そうしてゆっくりと後退していくうちに、空と地下から忍び寄る影がいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
猿渡学少佐率いる歩兵部隊は、地下の上水道を進んでいた。薄暗いが、ライトをつければどうにでもない明るさだった。
「凄いですね……上水道にしてはかなり広く作られている……」
「ここは戦争時に裏を突くために作られているんですよ。だから、こんな仕掛けもあるんです」
そう言ってモアは左手のレンガを引くと、魔法陣が飛び出して明るさを保った。そして、それが治るとゆっくりと壁が沈没して扉が開いた。
「隠し扉ですか……」
「はい、この先が井戸です。行きましょう」
猿渡大隊達は静まりかえった広場の噴水から、順々に飛び出して展開した。噴水の直径は狭く、民間人達が出入りするには狭すぎる。やはり、空からの支援が必要不可欠であろう。
『こちら猿渡、広場に展開。これより民間人救出に移る。送れ』
『こちら百田、了解。作戦続行されたし。送れ』
『こちら猿渡、了解。航空支援の準備はいかがか?』
『こちら城島、上空への展開完了。地上の監視と火力支援に移る。送れ』
『こちら猿渡、了解。以上』
空を見れば、雲の波間を縫ってゆっくりと小さな飛空艦が降りてきていた。彼らこそこの作戦の要となる、小型飛空艦だ。
猿渡達はそのまま広場に展開し、それぞれ制圧を開始する。道中にいたゴブリンロードは、隊員が装備していたレヴァーム製のレンミントンショットガンで吹き飛ばした。
「よし、ここがシェルターの入り口だな」
「ええ、ここからは我々が」
「分かった、それまで我々が守る」
モアとガイ率いる騎士団数名が、シェルターへ続く扉の鍵を開けて中にいる住民に声をかけた。
「我々は騎士団です! 救出に参りました!!」
その言葉を聞くと、住民達は安堵したかのように崩れ、中には泣き崩れた者もいる。ガイはその中のエレイに声をかけた。
「よお、大丈夫だったか?」
「う、うん……」
優しく声をかけるガイに、頬を赤く染めて応えるエレイ。一度は彼の告白を拒否した彼女であるが、今度は本気で惚れてしまいそうだった。
「よし、民間人を空に打ち上げるぞ」
「ああ」
「?」
空に打ち上げる、という言葉に意味がわからず首を傾げる住民達。彼らが外に出た時に、その正体が明らかになった。
「こ、これは……!?」
「船!? どうして空を飛んでいるの!?」
そこにいたのは、視界いっぱいを覆い尽くす鋼鉄の塊であった。それが広場の上空に浮かび上がり、だんだんと高度を下げていく。その様子に、口をぽかんと開けるしかない住民達。
「相変わらず、この飛空艦って奴はすげえよな……」
「ああ……」
ガイとモアも思わず半端呆れたかのような声を出すしかなかった。天ツ上が用意したのは、第百一号型輸送艦という天ツ上版LST揚陸艦であった。
第百一号型輸送艦
スペック
基準排水量:810トン
全長:80メートル
全幅:10メートル
機関:揚力装置2基
兵装:
8センチ高角砲一門
25ミリ三連装機関砲2基6門
200名近くの人間を乗せることができるこの船は、そのまま広場に着陸すると、中から兵士が出てきて誘導する。
「こちらに順番に乗ってください!」
「早く、急いでくれ!」
そう言われて、これが安全なものか判断しかねていた住民達も乗り始める。
「子供とご老人が優先です! 大人の方は女性であっても後ですから!」
「大丈夫です、全員分はありますから!」
誘導する兵士たちには焦りが見え始めていた。彼らとて、何事もなく終わるとは思っていないのだ。ここまで派手にやらかして、気付かれないとは限らない。警戒は怠らない。
「グォォォォォォォォォォォ!!!」
その時だった。身の毛をよだつ雄叫びが、広場全体に響き渡った。ブルーオーガ率いるオーガ数十体が、大挙を率いて突進してきた。
「ちくしょう! ブルーオーガだぁぁぁ!!!」
その言葉を聞くと、民間人達は一気にパニックになった。押せよかけよの勢いで輸送艦に飛びついて行き、なんとか自分たちだけも助かろうとする。
「時間稼ぎだ! 猿渡大隊! 射撃用意! 撃てッッ!!」
その言葉とともに、一斉射撃が開始される。九式自動小銃の弾丸達が一気に殺到していき、オーガ達をなぎ倒していく。しかし、ブルーオーガには全く効いていない。
『猿渡! コ号による制圧射撃を開始する! 離れろ!』
「了解だ! 聞いたな! ここから離れるぞ!」
そう言って空を見上げながら退避する猿渡達。その空の向こうには、1隻の小型飛空艦が空に陣取っていた。
コ号対地掃討空中艦、それがこの船の名前だ。河川や島への上陸作戦の際、高速で移動しながら機関砲やロケット弾を撃ち込み上陸を支援する兵器として開発された小型飛空艦で、陸軍に配備されている。
コ号対地掃討空中艦
スペック
基準排水量:580トン
全長:38メートル
全幅:7メートル
機関:揚力装置2基
兵装:
75センチ砲1基
25ミリ三連装機関砲4基
20ミリ16連装ロケット砲1基
その船の側面に取り付けられた25ミリの刃が、ゆったりと旋回してブルーオーガに向けられた。そして、弾丸が放たれる。
炸裂音と爆裂音の不協和音が鳴り響き、ブルーオーガに弾幕が降り注いでいく。そうして射撃が終わる頃には、ブルーオーガは沈黙していた。
「す、すげぇ……」
「なんで魔法だ……」
思わず声を漏らすガイとモア。その視線の先は、空に浮かぶ小さな死神を見つめていた。