グラメウス大陸と最南端、その海岸線にて港を整備する魔王軍の集団が居た。彼らは北の大地の寒さをものともせず、周りの木々を切り倒してはイカダを作っていた。
今は冬なので海は流氷が漂っているが、夏になればその海も澄み渡るであろう。彼らは、この先の魔王軍の海からの侵攻に備えて、あらかじめ船となるイカダを製作している。これも、魔王軍の策である。
「ん?」
と、一人のゴブリンが海岸線を息抜きに見ていた。まさか、こんな凍った海に船で乗り込んでくる人類などいるわけが無いので、ここには兵士となる戦闘員を一切つけていない。
しかし、それでもこのゴブリンは急に不安に駆られた。遠くの地平線に鯨のような影を見つけ、それが空を漂っているように見えたからだ。
「アレ、なんだ?」
ゴブリンは隣で作業をしていたオークに声をかける。
「あ? なんか見えるのか?」
「いや……遠くに船みたいなヤツが……」
「バカ言うな、こんなトコに船なんか来るわけないだろ。作業に戻れ」
「いや……何か今光ったような……」
しかし、彼の意識はそこで途絶えてしまった。ここにいたゴブリンやオークなどの魔物達は、グラメウス大陸攻略に向けて先行した笠井艦隊の戦艦部隊の46センチ砲弾を食い、一撃でその身を吹き飛ばした。
地平線の先から幾つもの鉄竜達が空を舞い、雪が降り頻る空を黒く染め上げた。空を飛ぶ鯨の群れ達が、その海岸線に接岸して腹の中から兵士や鉄の地竜達を吐き出す。
魔王軍に対し、聖天ノ宮の策略が近づいていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
中央暦1639年12月12日
エスペラント王国は領地の面積の割に水源が少なく、それなりに湿度が高い。窓の外を見ると太陽が燦燦と輝いており、今日もいい天気になりそうであった。
岡が今いるジルベニク家はノバールボ区の中心よりやや東側の、川沿いの土手に付近にある。家の裏に瑞々しい草が生茂る河川が広がり、納屋から直接外が見える。
──本当に……異世界なんだな。
河原の向こうには、30メートル以上の高さを誇る巨大な城壁が見え、それは東西南北四方八方を取り囲んでいる。地形に沿って城壁が連なっているので、壁がずっと続いているように見える。こんな景色の国は、西方大陸にも東方大陸にも無いだろう。
──今日は決闘の日だ、心して掛かろう。
岡は今日とある銃士と決闘を行うことになっていた。それは、彼の信頼の価値を決める重大な決闘である。岡はそれが決まるまでの経緯を振り返っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……岡よ、そなたの力を見せつけてはくれぬか?」
「は、はい?」
岡は王にそう言われて拍子抜ける。まるで「今ここで銃をぶっ放せ」と言っているかのような、突然の事だったからだ。
「何、今ここで撃てとは言わんよ。跳弾の恐ろしさは知っておるからな」
ザメンホフは小気味よく笑いながら、王の右側に立つ緑色の服を着た男を指す。
「こやつは銃士ザビルという。我が国で開発された銃に最も精通していて、この国一番の使い手と言っても差し支えない。その者と射撃勝負をして競って欲しい」
「決闘……ですか?」
「つまりはそういう事だ」
決闘、というと岡にはあまり馴染みがない様式の戦いだ。現代戦ではそんな大それたショーのような戦いなど、起こるはずがない──中央海戦争最後のあの戦いを除いては。
しかし、決闘というのは自身の力を発揮して、どちらが強いかを見極めるには最適だ。中世あたりの技術文化水準であるエスペラントなら、こちらの方が分かりやすいだろう。
「実はな、岡を天ツ上の代表として認めた上で、いくつか頼みたい事があるのだ。もちろん、十分な見返りを用意しよう。しかし、それを頼むためにはまずは信頼が必要だ。お主の実力がどれほどのものかを、決闘で見せて欲しいのだ」
「……自分にできる事があれば、なるべくご要望にお応えします。ですが、そのご用件はなんでしょうか?」
岡は王に一番重要なところを聞いてみる。
「実はな、我が国の北側数十キロの位置に休火山がある。その火口付近に……考えられない事態ではあるが、魔物どもが街を作っていると判明したのだ。奴らは現在も数を増やし続け、明らかにわが国を目標とした戦闘準備をしている」
岡はそこまで聞いて、王の言いたいことを理解し始めた。
「彼らが仮に本格的侵攻を開始した場合、全ての壁は突破されて王国は間違いなく滅亡するだろうな……そこで貴殿には、奴らを倒す手伝いをしてもらいたい」
国を攻め滅ぼそうとなれば、その国の規模に応じた戦力が必要になる。だがこの国は国民皆兵というに相応しく、こんな僻地で敵がまとまってくるとは思えない。ましてや、相手は統率のない魔物達。一斉に攻めるなどできないはず、これはおかしい。
「彼らがエスペラント王国に進軍確証があるのですか?」
「ある。北西の鉱山区がまだ健在だった頃、たびたび我が国を脅かしてきた魔獣共の戻って行く方向が、ある時期を境に変わったのでな。何かおかしいということで、密偵を出したら……」
「その方向に、休火山があったと」
「左様。これまでは大抵様々な方向から来ては、様々な方向に散らばって行っていた。そのあとは、密探も殺されてしまうから分からずじまいだった。だが、偶然辿り着いたその休火山では、魔獣どもが日夜、軍事演習を続けているという話だ。まるで人類のようにな」
マラストラスは、今まで「魔王軍はエスペラント王国の存在に気付いていない」フリをしていた。グラメウス大陸における彼らの正確な位置を考えさせず、「エスペラントが一番安全だ」と思い込ませるためである。
もし位置がわかったら、トーパが意外と近いと気付いてしまう。ダレルグーラ城のおおよその方角がわかる。それらはつまり、逃げられたり討伐軍を組まれる可能性があるからだ。いずれにせよ面倒なので、考える力と周辺を調査する力を削ぐのが一番楽だった。
しかし、魔王が復活して、エスペラントの攻略をダクシルドに任した今は状況が違う。彼らは食料調達のためにまずエスペラントを落とし、十分な軍備を整えてから進行するつもりだった。
エスペラント攻略で手に入れた軍備を使ってフィルアデス大陸に侵攻すれば、さらに大量の食料が手に入るため、エスペラントは完全に滅ぼすつもりでいる。
そもそも、攻略を任されてこき使われているダクシルド自身も、「エスペラントは所詮下等種族の寄せ集め、魔族如きに家畜にされていた事実にも気づかなかった愚純な国」と侮っており、真の目的である魔帝復活に向けて暗躍している事が他国にバレなければいいので、完全に攻め滅ぼすつもりだった。
「おそらくこれには何か深いわけがある、我々はそう思っているのだよ」
「一つよろしいでしょうか?」
「何かね?」
「あくまで推測ですが、魔獣たちが人類のように行動しているということは、誰か指揮官がいるのでは無いでしょうか? 例えば、魔王が復活して魔獣の統率を始めたとか」
「何!? 魔王軍が復活!? それは本当なのか!?」
王よりも先に宰相が狼狽し、岡に問いただす。
「外の世界では、魔王は復活して人類世界への再侵攻を開始したのか!?」
「いえ、これに関しては私の憶測に過ぎません。ですが、理性や統率を持たないはずの魔物たちが、組織されてこの国を狙っているとなると、指揮官である魔王が、あるいはそれに準ずる指揮官クラスが指揮を取っていると考えるべきだと思います」
「うむ……憶測か……しかし、その推測ならば全て説明が付くな。魔獣は何者かが統率しない限り、軍隊並の数で群れることはあり得ぬ……休火山が前線基地だとすると、奇妙な報告も納得できる」
魔獣が統率のない存在、軍隊並の数にまで膨れ上がるには指揮官クラスの魔族が必要だ。
「オカよ、この国に来て間もない貴殿にこのような事を願うのはおかしいと重々承知だが、どうか我が国を救ってくれぬか?貴殿は王国にとっての光、空から舞い降りた希望なのだ」
「…………」
岡はそこまで言われて考える。このままではこの国は、魔王軍の侵攻によって滅亡してしまう。それでは自分の身も危ない。それならば、規律を頑なに守って死ぬよりは、例え帰国後に勝手な行動を問題視されても生きるために戦う方がいい。何より、軍人として困っている人々を助けずにはいられない。
「……分かりました。それでしたら、自分は天ツ上軍ではなく、1人の部隊として魔獣駆除に協力しましょう」
「ありがたい」
「しかし、条件があります」
と、岡は王に自分の意見を言おうとする。そこまでいうのは図々しいと、周りの人間が言おうとしたが、王は手を挙げて黙って聞く。
「何なりと申してみよ」
「敵の状況、数、特徴、特性、侵攻予想ルートと、なぜそこを予想するのかに至った情報を、全て自分に共有させていただきたい。また、現在王国の管理している我が国の駆逐艦に積んであった装備品の全てを、自分の管理下に置かせていただきます」
「よかろう」
王の即答に岡は少なからず驚き、続ける。
「ありがとうございます。ではそれと、この国の銃の取り扱いになれた方々を、最低十名は自分の指揮下に入れていただけると助かります。テストをして、素養があれば誰でも構いません。その方々には自分の訓練を受けていただくことになります」
この言葉に、銃士ザビルが目を剥く。エスペラントの銃は自国の最新兵器にして、最高機密。それを扱えるのは、貴族の血統だけである。なのに、誰でも構わないと言われるのは心外であった。ザビルの貴族の血が、王が許しても許せなかった。
「異国の兵士殿……我ら銃士を使う使うであるならば、やはり力を見せていただかないと私には無理だ。失礼だが、私には君が凄いようにはとても見えない」
「承知しております、そのための決闘ですよね?」
岡は特に否定もしない。こういうプライドの高い人には何を言っても無駄だと、ジャスティードの件で知っていたからである。それに、自分が逆の立場でも同じ疑いをかけるだろう。だからこそ、自身の実力を示す必要があるのだ。「自分の」ではなく「小銃の」だが。
「そうだ、的としてさ掲げられた皿を割ると成功。君は君の国の武器を、私はもちろん、我が国の匠が生み出した最高傑作の銃を使わせてもらうよ」
「承知しました、他にルールはありますか?」
「ないよ。勝負は明後日だ」
そうして、岡とザビルの決闘が決まった。王や宰相はまだ聞きたい事があったが、まずは2日後の的当て勝負を終えた後で会議を開くことにした。岡は勝負の結果にかかわらず、セイの助手という名目で王宮科学院の工房への出入りを許可される事になり、その日の謁見は終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな事があり、今日岡はザビルとの決闘に挑むことになっていた。今日が決闘の当日だが、10時の決闘まで時間があるので、お世話になっているジルベニク家の絵画の虫干しをしている。
「オカ君、これを頼むよ」
「はい」
渡された絵には、とても上質で立派な帆布に油絵の風景画が描かれている。美しい色合いもさることながら、精密な筆使いは著名な画家のようなものだった。
「凄い……」
「美しいだろう? 城壁の上から描いたものだ」
「この空と山の境界線のところ、味があっていいですね。自分の国──いや、世界でもきっと称賛されるほどの作品ですよ、これは」
岡が自分の祖母の作品を褒めちぎっているのが嬉しいのか、納屋から出てきたサフィーネはニコニコと上機嫌だった。この家に手伝いで居るサーシャも、笑顔が溢れている。
一昨日の南門防衛戦にて負傷したサフィーネは、岡がすぐさま黒騎士を仕留めた事によって、サーシャ達の治療を受けていた。早い治療開始とサーシャの優秀な治療が功を奏し、当日夜には動けるようになっていたが、念のためにとバルザスは病院に一泊させた。
岡が黒騎士の様子を見に騎士団病院に寄った時、サフィーネの見舞いを先にしたらすっかり元気になっており、登城にも同行したがっていた。岡はバルザスが言った「年頃の娘と言う男はいない」と言うのは、なるほど男勝りと幼さが同居している性格からか、と納得した。
王都の謁見には同行できなかったが、その後帰ってきた時に自分が天ツ上の代表として認められたことや、魔獣を共同で倒す事、ザビルとの決闘に勝てば指揮下に何人かつけてもらえる事などが決まったことを話していた。
「オカ、こっちは水彩画だよ」
「わぁ、これも凄い……お婆様は水彩画も描けるのでしたか?」
「ああ、祖母は油絵も水彩も、木炭画も描ける人だったんだ」
「へぇ……何でも描けたのですね。この躍動感、生き生きとしています。今にも動き出しそうですよ」
作品の数はかなり多く、全て広げるとちょっとした展覧会になった。
「ん……これは?」
その中に一枚、奇妙な絵を見つける。三本の首を持つ巨大な竜が描かれていて、それは見ようによってはおどろおどろしく、何か恐ろしいものに感じる。
「三つの頭に槍と……対峙する狼?」
三本首の竜の前には、対峙する狼のような茶色の大きい犬が居て、その口に咥えられた槍が首を一直線に貫いている。何かの神話の戦いか、そんな激しい戦闘を思わせる絵画だ。
「ああ、これか。私たちにもよくわからないんだよ」
バルザスがその絵を取り、間近に見せる。サフィーネとサーシャも岡を挟むように隣に立ち、竜を指した。
「お婆様はこの竜のことを『山より来たる厄災』『破壊の権化』『邪竜アジ・ダハーカ』とか言っていたけど、この国の歴史にそんなものの存在は書かれていないんだ」
「なるほど……この対峙している狼は?」
「確かお婆様は、『ビーグル』や『魔犬』と言っていたよ。アジ・ダハーカを退治する存在だと」
「ビーグル? 魔犬?」
奇しくもそれが、中央海戦争のあのエースも被ったのは、何かの気のせいだろう。まさか、異世界に来てまでそんな予言じみた事が起こるはずがない。
「うーん、とても恐ろしい物だということは分かりますが……」
「うーん……私もよく分からないが、お婆様が描かれたものだからやっぱり大事にしないといけないと思って残しているんだ」
「素晴らしい心がけだと思います」
その後も岡、バルザス、サフィーネ、サーシャの4人は虫干しを始めた絵画をチェックする。その後、そろそろ決闘の時間になるので虫干しはバルザスに任せ、岡とサフィーネとサーシャは三人で決闘場に向かう事にした。
ジルベニク家からノーバルボ区の北西隣にあるエクゼルコ区に向かう。エクゼルコ区は区全体が演習場になっており、決闘は民間人の出入りが許されているアルブレクタ大競技場で開催される。
「しかし岡、本当に大丈夫なのか? 相手はこの国最高の銃士だぞ?」
「ザビル様は有効射程内の的を百発百中で撃ち抜く腕を持っています。私は心配です……」
サフィーネとサーシャが心配の声をかける。サフィーネもサーシャも、ザビルの射撃の腕をよく知っている。『王国最強の銃士』『雷使い』『硝煙の貴公子』は彼を指す二つ名で、この国に彼の存在を知らない者はいない。
しかも、彼の持つ銃は王宮科学院の工房長、名工ランザルの最高傑作と言われている。ザビルのものだけ呼び名が違うので、おそらくは特別製。漆黒の騎士を倒したとは言え、サフィーネは不安に駆られていた。
「大丈夫ですよ、お二人とも。私は負けるつもりはありません」
岡はそう2人を元気付ける。
「……オカ。もし勝負に負けても、私が力になろう。遊撃隊第5小隊をいつでも好きに使ってくれて構わない」
「命の恩人を顎で使うなんて出来ませんよ。でも、どうしてそこまで?」
「それはー……ほら、私が気に入ったんだー」
「ダメですよサフィーネさん、私情で隊員の命を左右しては」
「むぅ……」
岡に正論で返されて、サフィーネは押し黙る。彼女の気持ちは嬉しい、だがザビルとの決闘には負けることはないだろう。岡は決闘のルールに長距離射撃だけでなく、至近距離で複数の的を狙う早撃ちも含まれていることを知り、オールラウンダーの九式自動小銃を選んだ。
相手のザビルの銃は、昨日アルブレクタ大競技場で練習するのを見た限りでは装飾が施されたフリントロック銃であった。しかも、発射のための火薬と弾を銃口からわざわざ装填する必要のある全装式、九式なら負けるはずはない。
「じゃあ、きっと勝って」
「応援してます!」
「分かりました、善処します」
サフィーネとサーシャの声援を受け、思わずニヤケそうなところを我慢して、なるべく爽やかに見えるよう笑顔を作った。いよいよ、決闘の始まりだった。