とある飛空士への召喚録   作:創作家ZERO零

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閑章第18話〜神話の謎〜

 

アルブレクタ大競技場 控え室

 

 

「お疲れ様ですオカさん!」

「オカ、本当にすごいな! 疑っていて悪かったよ」

 

 

競技が終わり、岡は控え室にまで戻っていた。そこで銃のメンテナンスをしていると、サフィーネとサーシャがやって来た。未だ興奮覚めやらぬ面持ちで、それと同時に心配して岡を信じなかったことを反省して、居心地の悪さを感じているようだ。

 

 

「仕方ありませんよ、人はその目で見たものしか信じませんから」

 

 

岡はサフィーネとサーシャに笑って見せて、ホッとした表情に変わる。二人は岡の持つ銃達の性能を、今日まで知らなかったのだ。サフィーネは黒騎士との対決の時気を失っていたし、サーシャは後方にいたからである。

 

 

「しかし、ザビルさんも凄かったです。フリントロック式の銃であれほどの連射と命中率を叩き出せるなんて……正直びっくりしましたよ」

「そうなのか? 私は銃を持ったことないから、彼がどれだけすごいのか分からないや」

 

 

サフィーネは今まで銃を持ったことがない。しかし、短弓ならよく使う。実は彼女も熟練の射手で、敵の懐に飛び込んで一撃必殺の射撃を浴びせたり、1秒間に三本から4本の矢を連射したりできる。

 

だが、この国では遠距離や重圧な敵を倒すには銃を、近距離や静かに攻撃する必要がある場合は弓矢と、棲み分けがある。そのためザビルの凄さは同じ銃士にしかわからない。

 

 

「私もです。でも、私はオカさんの方が断然すごい技量を持っているように見えましたよ!」

「あれはもっぱら銃のおかげですよ……もしこの銃をザビルさんに預けたら、多分すごい事になります」

 

 

岡はそう言って机の上の九式自動小銃を組み立て、完全に元どおりにした。

 

 

「そういえば……王様が言っていた話はなんだったんです? 『福音の予言』とかなんとか言っていましたが……」

「ああ、あれか。あれは私たち王国民がよく知っているお話でね、『平和に暮らしていた王国の危機に、空から光の戦士がやってくる』とね。寝物語に聞かされるから、有名な話だよ」

 

 

天ツ上で言う桃太郎のようなものか? と思ったが、まるで予言のような言い方に岡が疑問に思う。

 

 

「自分がその光の戦士だって言うんですか? あはは、予言じゃあるまいし」

「ところがどっこい、これはとある王家の予言書の一節が元になっているのさ」

「予言書……?」

「たしか……内容は……」

 

 

エリエザル家 創始者予言「世界」第7章 福音より、抜粋

 

遠い未来、闇より悪意なき敵が現れる。

その敵は恐ろしき魔王の墜つ者に光を奪われ、呪いの言葉により死を恐れぬ人形と化している。

魔王が火の眠る地にて総力を結集し、滅びのラッパ吹く時、その音色はエスペラントの地まで届くであろう。

人々の心に暗雲がかかる頃、空より落ちたる鯨の腹わたから、聖アルディスタの血を引きし導きの戦士が生まれる。

その神の加護を受けたるが如き勇猛さ、王国に並ぶ者なし。

導きの戦士を称えよ。彼は王国の戦士達に力を与える者なり。

人形は呪いから解放され、闇の軍勢をたちまち駆逐せしめん。

だが魔王の墜つ者、禁忌の封印を破らん。いかに導きの戦士なれど、これに立ち向かうことあたわず。

しかし諦めるなかれ、嘆くなかれ。奇跡が我らに味方する。

導きの戦士の祈りが届き、聖アルディスタの使者がエスペラントの地に、この世界に再び舞い降りる。

比類なき強大な神火が地を焼き、光の雨にて闇の軍勢を滅するであろう。

王国は太陽に照らされ、長きにわたる負の時代は去る。

人々の心にかかる影は拭われ、光の時代が始まる。

 

 

「──とまあ、こんな感じだ」

 

 

岡はサフィーネの説明に、今度こそ絶句した。たしか、教会で女神の説明を受けた時もそうだ。あの時も『聖アルディスタ』の名前が出て、岡はびっくりしたのである。そして、二回もその名前が出て今度こそ確証する。

 

 

「せ、聖アルディスタですって!? この世界にも、聖アルディスタ教が存在するんですか!?」

 

 

岡は今度こそ黙っていられず、二人に喰いかかるかのような勢いで質問する。何度も言うが、聖アルディスタ教の存在は神聖レヴァーム皇国が初出。天ツ上に伝わったのは二国が出会ってから後である。

 

そして、もちろんこの異世界にレヴァームと天ツ上の宗教がある訳がない。岡は二人に対して、それが言い間違いかもと言う可能性を含めて質問した。二人は少しびっくりして、顔を見合わせて答え始める。

 

 

「いや……神話の中に残っているんだ。聖アルディスタの使い達が、1万年前に追い詰められていた種族間連合を助け、魔王軍を追い返した……と」

「いやいやいや! 聖アルディスタは私たちのいた世界の宗教なんです! この異世界にその宗教があるはずが無いんですよ!」

「「え!?」」

 

 

そこまで言われ、サフィーネとサーシャは今度こそ絶句する。二人には岡のいた国が違う世界から来たと言うことは言っており、半信半疑ながらも信じてくれている。

 

それなのに、異世界の宗教の神様の名前が、この世界の神話として根付いているのは何故なのか? 二人はその事実について考察出来ず、まずは疑問が浮かぶ。

 

 

「ど、どう言うことだ? 別の世界なのに神様はおんなじなのか?」

「分かりません……単なる偶然か……それとも……そういえば、聖アルディスタの使いってそもそもどんな援軍だったんですか?」

「ええっと……確か空飛ぶ島に乗って現れて、空飛ぶ神の船と鋼鉄の鉄竜、それから地竜を連れていたらしい。空飛ぶ島を拠点に、神の船の『カンポウ』という殲滅魔法に、地竜の地上戦で魔王軍を駆逐していったそうだ」

 

 

岡はサフィーネのその説明を聞き、思い当たる節がいくつか有る。

 

 

「空飛ぶ島……というのはよく分かりませんが、空飛ぶ船、カンポウというのはまさか飛空艦の類じゃ……」

「ヒクウカン!? それって岡の乗って来たあの船の事か!?」

「ええ。となると……カンポウというのは艦砲射撃の事を指すとしたら、飛空戦艦クラスか……?」

「あの……たしか神話では、聖アルディスタの使いは太陽神の願いにより別の世界から遣わされたと言っていました……もしかしたら……オカさんの居た国が、聖アルディスタの使いなんじゃないですか?」

 

 

サーシャが憶測を語るが、岡はそれを少し考えてから否定する。

 

 

「いえ……もしレヴァームと天ツ上が1万年以上前にこの地に援軍を送ったのだとしたら、記録に残っているはずです」

「国家機密になっているとしたら?」

「だとしても、1万年以上前に時の流れを超えて援軍を送るのは無理ですよ……」

 

 

そう、レヴァームと天ツ上での1万年以上前と言えば、紀元前の時代だ。古代文明、それこそ人類が生まれて文明を築いてからまだ間もない頃である。そんな時期に飛空艦など存在しない、ましてや異世界とはいえ時の流れを超えて援軍を送るなんて、()()()()()()()()()無理である。

 

 

「いったいどういう事なんだ……何故この世界に聖アルディスタの事が……」

 

 

岡はそこまで考え、これは直接王に聞いた方がいいだろうと決心した。ザメンホフ王なら、この国の歴史や神話にも詳しいはず。さらには歴史学者まで呼んで、じっくりと聖アルディスタの使いに関して聞かなければならない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラスティーネ城

 

岡を乗せた馬車は岡を一目見たいと殺到した観衆を避け、ノバールボ区へ抜け出し、サフィーネとサーシャを下ろして城へと直行した。城に到着した時、城で働いている従者が岡の持ち物を持とうとしたが、もちろん丁重に断る。

 

岡が登城するであろうと聞きつけた貴族たちが既に先回りして待ち構えており、岡は注目の視線を浴びる。特に若い娘が岡に熱い視線を注いでおり、最初来たときとはまるで違う雰囲気に思わず苦笑いする。

 

城内を進んでいくうちに、今回も玉座の間に通されるのかと思いきや、違う部屋へと案内された。扉の前には衛兵がおり、従者がドアをノックし、扉を開いて一礼した。

 

 

「オカ様がお越しになりました」

 

 

どうやら扉は、外に音が漏れないよう三重構造で重々しいため、わざわざ扉を開かないと声が届かないらしい。

 

 

「再度のご足労かけてすまんな、オカ殿」

 

 

部屋の中の宰相が入室を促す。

 

 

「失礼します」

 

 

岡が一礼して入ると、部屋にいたザメンホフ27世を除く10人の人物が立って出迎えてくれた。全員が決闘の時に来賓席や特等席に座っていた人物で、自己紹介から全員が重役だと想像できる。中にはセイの姿はいなかったが、彼は「工房」と呼ばれる場所で躍起になっているという。

 

部屋の壁には地図やら何かを書いた紙が大量に貼り付けられ、部屋の中央に設置された円卓にも資料が山積みになっている。どうやら、作戦会議中であることは察せた。岡は案内され、空いている席に座る。

 

 

「オカ殿、先ほどの的当て勝負は見事だった。貴殿の技量、武器の性能、もはや疑いようがない。我が王国は貴殿をそれなりの地位に着けたい。何か要望はあるか?」

「はい、流石にトップは辞退させて頂きます。外から来た人間をトップに添えるのは、軋轢が生じて意思疎通が立ち行かなくなりますから」

 

 

ぽっと出の人間が組織のトップになってしまうと、たいてい亀裂や礫圧が生じて組織として立ち行かなくなる。岡としては、指揮系統を維持したまま、自分の意見を採用する、参謀のような立ち位置を欲していた。

 

 

「そうか……余としては少々足りぬ気がするが、それで作戦が円滑に進むのであればそれで良い」

 

 

最終的に王も納得したようで、他のメンバーも頷いた。

 

 

「それから陛下、会議が始まる前にいくつか聞きたい事があります」

「何か?」

「聖アルディスタの使いについてです」

 

 

岡は早速、一番の疑問を切り出す。

 

 

「聖アルディスタの使いかね? やはり貴殿の国にも聖アルディスタの使いの神話が残っているのか……」

「いえ、私の国には聖アルディスタの使いの神話は残っていないんです。ですが、別の案件で同じ名前があります──」

 

 

岡は深呼吸し、はやる気持ちを抑えてその名を切り出す。

 

 

「──聖アルディスタ教、この名前は我が国天ツ上とレヴァームにおいて、最も信者の多い宗教です」

 

 

その名前に、王を含めた重役達の息が一瞬止まる。

 

 

「陛下。改めて聞きますが、聖アルディスタの使いとはどんな援軍だったのですか?」

「ああ……確か……」

 

 

ザメンホフ王は神話の内容を細かく知っている。各学者や知識人、歴史学者の報告はザメンホフ王にも伝わっているからである。彼も貴族の一員として、教養がしっかりと行き届いている。

 

それによると、聖アルディスタの使いは遥か昔、約1万年以上前に魔王軍が現れて種族間連合がロデニウス大陸にまで追い詰められ、窮地に至っていた時に援軍として異世界からやって来たのだという。

 

空飛ぶ島を拠点にして、空飛ぶ船の『カンポウ』魔法や空飛ぶ鉄竜の援護の下、ロデニウス大陸の魔王軍を追い返した。そして、フィルアデス大陸への再上陸を果たして魔王軍をグラメウス大陸にまで追い詰めたらしい。

 

ついでに、その後のことも聞いた。その後、役目を終えた聖アルディスタの使い達は、船をロデニウス大陸の神森に放棄して元の世界に帰還した。

 

魔王軍の再来を恐れた種族間連合のタ・ロウは、エスペラント王国初代王エスペラントを中心とした魔王討伐軍を組織する。

 

しかし、彼らは魔の地の過酷さに耐えきれず、多くの兵士を失った。そして、本来ならば一年で来る予定の援軍も来なかった。それを知ったエスペラントは、自分たち以外の人類は魔王軍を再侵攻で滅亡したと悟った。

 

引き返そうにも帰るべき道に道に迷ってしまい、方向を誤った。そして、グラメウス大陸にほど近い山中へと身を寄せた。それがエスペラント王国の始まりだという。

 

 

「カンポウ……空飛ぶ鉄竜……」

「オカ殿、それらに何か心当たりでも?」

「ええ、まず『空飛ぶ神船による海からのカンポウ超大規模広域殲滅爆裂魔法』というのは、飛空艦からの艦砲射撃だと思います」

「ヒクウカン? カンポウシャゲキ?」

 

 

聞き慣れない単語に、セイを除くザメンホフ王や多くの重役達は首を傾げる。それもそのはず、『飛空艦』の名前を教えたのは今のところセイ、サフィーネ、バルザス、サーシャの四人だけで、ザメンホフ王は知らない。

 

 

「陛下、飛空艦というのは私が乗って来た空飛ぶ船の事です」

 

 

岡が捕捉をするかのように、ザメンホフ王にそう言った。

 

 

「つ、つまり……オカの国はあの聖アルディスタの船と同じようなものを持っているのかね?」

「はい。おそらくですが聖アルディスタの使者が持っていたのは、私の乗っていた小型の船よりももっと巨大な『戦艦』と呼ばれる艦種の船です。そして……おそらくですがカンポウとは艦砲射撃、つまりは空飛ぶ飛空艦から大砲を撃ち下ろして面制圧をする攻撃のことを指します」

 

 

考えられるのはそれしかないだろう。もしかしたら、カンポウという名前の本物の魔法かもしれないが、船から撃ち下ろされたというのなら艦砲射撃しか思い当たらない。

 

 

「そ、其方は聖アルディスタの使いの魔法の正体を知っているのかね!?」

「知っているというよりかは……我が国と聖アルディスタの戦い方や兵器には、共通点が山ほどあるのです」

 

 

岡はその他にも、空飛ぶ鉄竜が飛行機械と呼ばれる兵器であること、鋼鉄の地竜が戦車かもしれないこと、兵士の待っていた杖が銃かもしれない事などを全て話した。

 

 

「なんという事だ……それはつまり、岡殿の国は聖アルディスタの使いと全く同じではないか……」

「つまりは末裔か!!」

「素晴らしいぞ! 大発見だ!!」

「彼こそ本物の光の戦士だったのだ!!」

 

 

会場内は活気に溢れ、彼こそが本物の導きの戦士、光の戦士だと確信した重役達が騒ぎ始め、岡へ更なる期待の眼差しで見つめる。

 

 

「待ってください!!」

 

 

しかし、岡はそれを声で制した。

 

 

「皆さん、信じられないかと思いますが我が国にもレヴァームにも、過去に異世界に艦隊を派遣した記録はどこにも残っていないんです」

 

 

その言葉を聞き、重役たちは一気に疑問を呈する。

 

 

「な、なんだって!?」

「あれだけの功績を残したのに、貴殿らの国には記録がないのか?」

 

 

宰相が思わず疑問を呈する。普通なら、他人を救ったという偉大な功績は後世の歴史に残るはず。しかし、それが全くないとはどういう事であろうか?

 

 

「はい、それどころか我が国には異世界を渡る技術は存在しません」

「ま、待ってくれ……それだとオカ殿の国は我々の世界とは別の世界の国であるかのような言い方だが……」

「本当です。我々の世界は、この世界とは違う別の世界です」

 

 

岡のその言葉に、重役達も口をポカンと開けて塞げないでいた。

 

 

「我々の世界は、巨大な滝を隔てた果てのない海と果てのない滝で作られた、何もない世界です。そんな狭い世界で記録がないのに、聖アルディスタの名前だけがあるのはやはりおかしいです」

 

 

岡はこの言葉は流石に信じないだろうと思っていた。当然である、別世界から来たと言われても、なんのことだかさっぱりだ。しかし、そこでザメンホフ王が手を挙げる。

 

 

「導きの戦士たるオカ殿が言うのだから、彼の言うことは正しいのだろう。しかし、偶然とは言えオカ殿は聖アルディスタの名前を知っており、彼らの兵器の正体まで知っている。となれば、彼は同じ聖アルディスタの名を冠する末裔とも言える」

 

 

ザメンホフ王は続ける。

 

 

「オカ殿、私もそこまで言われて疑問だったのだ。オカ殿の国では神話が伝わっていないが、何故か聖アルディスタの名前が残っている。となれば、これは何かの運命なのだろう」

「はい、私もそう思います。聖アルディスタの正体がなんにせよ、それを突き止めるのは、この戦いが終わって天ツ上とレヴァームとの国交を結び、大規模な調査団が派遣されてからです」

 

 

岡も、今のことは確認を取っただけでこの場で解決するつもりはなかった。この場で言い争っても仕方がない。聖アルディスタの使い達が魔王軍と戦ったのなら、今後の戦力分析にも活かせる。まずは戦いのことを優先しなければならない。

 

 

「うむ。ではこれより、情報共有と、当面の騎士団運用を含めた作戦会議を始める。オカ殿の働き如何で王国の存亡がかかっている為、彼には特別措置的に参加してもらう。意義あるものは挙手せよ」

 

 

誰も手を挙げない。彼らも一部の疑問は残ったものの、彼が聖アルディスタ教という宗教を知っている以上、聖アルディスタの末裔であると認識したからだ。彼の信頼は、誰よりも重い。

 

 

「よし。では会議を始めようぞ!」

 

 

エスペラント王国の存亡がかかった、本当の戦略会議が今始まろうとしていた。


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