……目は開いてるのだろうが、何処もかしこも暗い。
そこに地面があるのか……そもそも自分の足で立てているのかも分からないし、ましてや指一本、ろくに動かせやしない。
そんな、外界との隔たりを感じさせる状況なのに……
怖いという感情すら、特に湧くこともなかった。
〈………… ・・ …… --・- -・ ……〉
辛うじて、聴力だけが残っていたのだろう。
はじめは耳鳴りかと疑ったが…時たまに音が途切れるため、少なくとも違和感を覚えた。
もっと簡潔に言い表すなら、テレビなどで耳にするノイズに混じって、脳に直接信号を送りつけてくるようだった。
〈…… ・・-・- ---・- ・・ -・-・・ ……〉
もう一度…よく耳をすませてみる。
〈…… -・・ --・-・ ・-・・ -・- ・・-・- ---・- ・・ -・-・・。 ……〉
誰かに……呼ばれている、のか?
〈…… -・- --- ・・・ ・-・・ ・・ -・ ・・ ・- --・-・ ・・ ・-・ --・-・ ---・ ・-・-・ --。 ……〉
ちゃんと耳に届いているはずなのに、全く内容が掴めない。
〈…… -・-・・ -・-・- -・・- -・-・ ・-・ ・-・・ ・・ --- -・--・ ---・ ・・-- ・・-・ -・・・ -・-- --・-・ ・-・--、 -・ ・-- --・-・ ・-・-- -・・・ ・-・ ・・・ ・・・・。 ……〉
実際に喋っている訳じゃないから、どのような意図があって語りかけてくるのか、理解が追いつかないのだ。
〈…… -・- ・-・・ ・・ ・- ・・-・ ---・ ・・ ・・・- ・--- ・-・-・-
--・・ -・ -・ --・・- ・・、 ……〉
けど一つだけ。
確かなことがあるとしたら……
〈…… -・・・ ・-・-・ -・--- ・- ・ ・・-・・ ・・-・- ・・-・ --・・- ・・ ・・・- ・・-- -・ ・・!! ……〉
呼びかける誰かが、僕がそこへ訪れるのを…
待ち望んでいるのではないか、と。
〈…… ・---・ ・・ ・--・ -・ ・- -・-・ -・ ・-- --・-・ ・-・-- -・・・ ・-・ ・・・ ・-・-・ ……〉
思い浮かんだのは、たったそれだけだった。
***
夜明けが訪れ、狭い室内に時計のアラームがけたたましく鳴る。
水希「………ぅ、ん…んぅ〜〜ッ、ふんッ!!」
うるさいあまり手が伸びては床を叩くが…手元に届き、やっとこさ鳴り止んだ。
腕を戻し、窓側に寝返りを打ってようやく目が覚める。
ぼんやりと眺める景色の先で、スズメ達のさえずりが聞こえ…その心地良さに荒んだ心が洗われるような気もした。
ただの気休めにしかならないとしても。
水希「………」
信武と戦闘を交えてから、今日で一週間ほど経つ。
あれ以来…信武の方から姿を現さないが、油断するには早過ぎるというものだ。
レティにも『軽い打撲程度で済ませてるから、近いうちに再戦する可能性はある。だから用心しときなさい』…と、去り際に告げられた。
彼女なら迷わず殺せたのだろうが、僕にはそれほどの意志も覚悟もなく、そうなるくらいなら絆の証を断ち切るという愚行を犯した方がマシだった。
当然…信武からすれば望んでないことだろうが、もう遅いのだ……。
レティも…当時の心境を理解しているからこそ、ケジメをつけられるように配慮してくれたのは嬉しいが、どうにも不安は拭えない。
3年かけてやっと準備が整ってきたというのに、不測の事態が相次いだから………――いや、単に向こう見ずなまま事を進めた僕の落ち度だ、言い訳がましいわな。
はぁぁ……頭が痛くてしょうがない。
水希「……朝ご飯、作るか……」
時計を見ると、とうに5時半を過ぎている。
考え込むのを止め、まだ寝ている二人を起こさぬよう、そっと階段を下りる。
◆◆◆
あかね「ごちそうさま」
水希「お粗末さま〜」
朝食が出来上がる頃に姉が下りてきて、ちょうど今食べ終えた所だ。姉が食器を片す間、コップに注いだ麦茶をちびちびと飲んでいた。冷蔵庫から出して少し経っているから、適度にひんやりしていて……んめぇ。
水希「――――」
スバルはまた夜ふかしでもしたのか、部屋から出てくる気配が全くない。ふとリビングの戸を見ては、いつも通りの光景に肩をすくめてしまう。
いくら自宅学習で教養を得ていても…あまりに生活リズムが不規則だと、いつぞやのクラスメイトが黙ってないのにな〜…と。
連行された日のことを思い返すたび、今にも吹きこぼしそうになり、頬も若干引きつっていた。
そもそもの原因は僕にあるんだけどねww
あかね「どうしたの、またいつもの思い出し笑い?」
……あ、見られてた。
とは言え、そこまで
姉が椅子に腰掛けるのと同時に、話題に上げてみるとするか。
水希「いや…最近の怠け気味なスバルを見て、
あかね「白金さん? …あぁ、こないだスバルを連れ出そうとした」
水希「……そ。わざわざ家に来てくれてるんだから、通う気になるのもそう遠くないんじゃないかな。きっと」
あかね「確かにね」
頬杖ついて聞き入る姉は、どこか憂いていながら嬉しそうに微笑んでいた。
あの子と同様。通ってほしいと切に願うことは、母親として持って当然の感情だと、顔を見ずとも伺えるのだから。
それでも僕は、スバルの意思を汲もうと思っていた。後悔してほしくないのは同じだけど、選ぶのは自分の気持ち次第だと内心結論づいていたから。
水希「ってか、ウチってそんなに顔に出やすいの…」
あかね「うん。信武君でも気づくわよ。――ほら、今度は嫌そうにしてる」
リヴァイア『だってよー?』
この期に及んでリヴァイアも便乗したので、余計気恥ずかしくなったのは言うまでもない。
水希「あのさぁ……二人して、おちょくらないでくれる」
あかね「ふふ、ごめんごめん」
リヴァイア『わりぃわりぃ』
思ってもない癖に。悪びれてねぇのは判ってんだからな、コンニャローめ…。
眉根を寄せて睨みつけていると、姉は突然思い出したかのように話題を変えだした。
あかね「そうだ。私ね、今日のお昼頃に学校へ行くとこだったのよ」
水希「…学校? 何でまた?」
あかね「スバルのクラスに、新しく赴任してきた先生がいてね。私から日を改めて挨拶に伺うって、昨日連絡を取り合ったのよ」
水希「あぁ、そゆこと…」
理由を聞いて納得はするが、担任の先生か…。どんな人だろ。
絵に描いたようなスパルタ教師だったら、当然スバルは嫌がるだろうしなぁ…。
水希「ねぇ、お姉ちゃん……」
あかね「ん、なに?」
水希「もし……もしもだよ? スバルも、ウチと同じように戦うことができたとしたら……不安?」
不意に問いかけたら、キョトンとしたまましばらく固まっていた。……話の内容だって
しかし、やっぱ何でもないと発言を撤回するより先に、姉が口を開こうとした。
あかね「……水希の目が普通じゃなくなって、リヴァイア君が家に来て、いつしか力をつけるようになった。
その有様を…ずっと近くで見てきたんだから、もう今更驚きもしないわよ」
水希「………」
予想外の返答に驚き呆けていたが、…でもね。と、続きがあるようなので、我に返りすかさず耳を傾けた。
あかね「家族の一員としては…誰か一人が欠けたら悲しいし、辛い思いをしてまで無理することはないってのが本音なのよ、結局は。
……この際だから言っとくけど、そこにアンタとリヴァイア君も含まれてるってこと……忘れないでくれたら、お姉ちゃんは嬉しいんだけどね」
リヴァイア『………あかね、さん……』
母は強し……と言ったところか。
人生の先輩である故か、言葉に並々ならぬ重みを感じ取り、それだけに迷惑や心配をかけてきたのだから、言い返す気にもなれまい。
…が、ひとつだけ、伝えておくべきことはある筈だ。
水希「もちろん……ちゃんと生きて帰れるように、努力はするし。スバルが戦えるなら、兄貴として…しっかり面倒をみるよ」
あかね「……そうして頂戴。それじゃ…私、部屋に戻るわ」
そうして、姉は自室へと戻った。
水希「……頑張ろ、リヴァイア」
リヴァイア『あぁ』
――ごめん、お姉ちゃん…。約束、守れないかもしれない。
口では鼓舞するように振舞えたが、先のことが不安なばかりにリヴァイアとは目を合わせられずにいた。