……その日はまだ、桜が花開いて間もない頃だった。
とある首都圏に位置する駅にて。それぞれ番号の分かれたホームには、出張と思われるサラリーマンやOLの他、帰省かはたまた観光目当てか……目的は定かではないが、大小なりと荷物を抱える老若男女など。
行き先が違えど県境を
アナウンスから通達の
そのうちの一人。小柄な少年は目的地へ向かおうとしており。
そのうちのもう一人。頭一つ分ほど背の高い少年は、親友である小柄な少年を見送るため付き添ったらしい。
――ただ、そばに居たいから。
胸の内に潜む恋情を押し殺してまで、見送ろうとしたのだ。
『本当に大丈夫なのか?』
『だいじょ〜ぶ。都心の学校と比べりゃ、学業もまだ緩いほうだってお爺ちゃんも言ってたんだし』
『そうじゃなくて、向こうに行っても友達作れんのかって話だろーが』
『んー、そこはまぁ、作りたいと感じりゃなんとかなるんじゃね?』
『つってもなぁ…。ぶっちゃけお前、コミュ障でドジ踏むし、
『ぐうの音も出ねぇですコンチキショー……!』
予定よりも30分早く着いたため、その間は互いに他愛のない会話を繰り返し、退屈しのぎに飲み物を買うなどして列車が来るまで二人はベンチに座って待ちかねていた。
『……ねぇ、――』
『ん?』
『初めて会った日のこと、覚えてる?』
『……。少しだけどな』
『そっか……』
背の高い少年は不意の質問に言い淀みつつも率直に答え、小柄な少年もまた、親友の真摯な受け答えにどこか安堵していた。
『じゃあ、質問を変えるね。――はさ、どうして僕なんかと、友達になってくれたの?』
『……“俺なんか”と友達になるのに、理由が要るのか?』
『それは……』
小柄な少年はあくまで卑下していたつもりだったが、同じように返されて言い淀み、俯いてしまう。
背の高い少年は構わず続けた。
『みんなにハブられても気にしねぇ癖に。俺だと怖いんだな?』
『……怖いよ。たった1人でも、居なくなったら……』
そう呟く小柄な少年はベンチの上で体育座りになり、顔を
下手に茶化して傷つけたことを反省するが、鬱屈な雰囲気に耐えかねて少しだけ溜息を吐いた。
『お前が今なに考えてるか判んねーけどさ…前にも言っただろ。何があってもダチ辞める気なんかねぇって。それにな、俺にとっちゃ、他の奴といるよりもお前と一緒にバカやってる時が何倍も楽しいに決まってる。
じゃなきゃ今の今まで、お前とつるんだりしなかったろーが』
『オカン並みにいっつも小言多いけどね――さんは』
『うっせ。黙って見送られてろ』
『ふふ、はいはい』
〜♪
《―――お待たせ致しました。まもなく6番線にて、○○方面行き【リニア・アストラル】が、16両編成で参ります―――》
到着の報せを受け、小柄な少年は乗降口を通過したが、
『しのぶー!』
名残惜しさから来た道を振り返った少年、水希はその名を呼ぶ。
『帰ったらまたどっか遊びに行こ!』
『あぁ。次会った時にな!』
背の高い少年――信武も快く見送ろうと、水希の顔が見えなくなるまで笑顔を崩さずにいた。
ある意味、これが分岐点でもあると知らずに。
***
ベッド横のトランサーにかけたアラームが鳴り止んだ頃、ようやく目を覚ます。
信武「……みずき」
『ようやっと起きたか』
随分と懐かしい夢を見た気がする。
かと言って特別目覚めが良いわけでもなかったが。
信武「……おい、ジジイ。今何時だ?」
『誰がジジイじゃボケ! ワシにはちゃんとクラウンという名前があるじゃろうが! ……ちなみに今は8時過ぎじゃ。早ぅ起きろッ!』
信武「あいよ」
キレてんのに変に律儀だなぁオイ。
おもむろに体を起こし、そのままベッドに座り込んでいると、扉をノックする音に気付く。
「信武くん? 起きてる?」
信武「はい。今起きたところです」
「そう……入るわね」
ドア越しに話しかける女性に向かって少しだけ声を張って返事をすると、心配そうな面持ちで部屋に入ってきた。
この際だから紹介しよう。
彼女の名は宇田海
夫の
信武「真希絵さん。おはようございます」
真希絵「おはよう信武くん。今朝はやけに騒がしかったわね?」
信武「あぁ、それはですね……、たぶん俺の寝言かと……」
真希絵「そう? 内容まではわからなかったけど、リビングにまで声が響いて思わず笑っちゃったわよ」
信武「は、はは……そうなんですね……」
俺を見て微笑む真希絵さんに
だってこの状況で宇宙人のせいでーす♡とか言ってみろ。クスリでもやってんのかと疑われちまうぞ普通に…!
真希絵「……思い違いじゃなければ、最近の信武くん、一人で頑張り過ぎだから……。休学届を出して正解だったんじゃないかって、昨日旦那と話し合っていたのよ」
真希絵さんも言うように先週辺りに休学届を提出し、またバイト先のオーナーにも1ヶ月ほど休ませてほしいと頼んだら、どちらもあっさり承認してくれて逆にビビったが……。
何にせよ理由に関しては騙してるも同然なので、あまりの気まずさから顔を背けてしまった。
信武「すみません。ただでさえ厄介になってるのに、いきなり我儘を押し付けて……」
真希絵「いいのいいの。家のバカ息子と違ってしっかりしてるんだから、休める時に休まなきゃガタが来ちゃうでしょう?」
信武「……ありがとうございます」
目線を戻して礼を言うと、真希絵さんは一層穏やかに微笑んだ。
真希絵「そうそう。迷惑かけてるのは当たり前なんだから、謝られるよりお礼を言ってくれた方が気も晴れるわ♪
朝ごはんはもう作ってあるから。顔を洗ってらっしゃい」
温め直してね。と告げて退出した途端に、俺は頭抱えながらうずくまった。
信武「あっっぶねぇぇぇ……‼︎」
とっさにごまかしたとはいえ、俺の声あんなに甲高くないですよ真希絵さん……(汗)。
クラウン『くく…ッ』
信武「…おい、何笑ってんだテメェ…?」
クラウン『いや、先のやりとりを寝言と騙るとは。にしては中々の大根っぷりじゃったのう?』
信武「黙れクソジジイしばくぞ……!!」
クラウン『まぁたジジイ言うたなクソガキぃ!』
人が不安に煽られてんのに、呑気にトランサーごとカタカタと震わせやがって。マジで叩き割る5秒前だったぞ。
………それにしても、
――信武くん、一人で頑張り過ぎだから……。
信武「頑張り過ぎ、か…」
言われるまでもなく自覚はしている。
人と比べて何倍も、己を鍛え続けていることには。
なにせ家系の都合上、エリート街道を歩むために「当たり前のことが出来て当然」と迫られていた為、幼少期から手厳しい教育を施されてきたのだ。
無論、深祐とて例外ではない。
けれど、嫌々させられる剣道と勉強漬けの日々は、当時の俺にとってどうにも退屈で仕方なく。
“神童”としての俺を羨む、普通の家庭で生まれ育った人間を見て、俺よりも自由に生きれてる癖に…と勝手に妬んでいた。
だからか、いつどこに居ても不機嫌面だったので上手いこと人間関係を築けずにいた。
水希と出会って、自分の認識が間違っていると気づくまでは。
自分の事を「妖怪」だと卑下するほど、俺とは違った経緯があって周りと馴染めずにいたのに。
いじめる奴らを追っ払ったあとに見せてくれた笑顔が眩しいとさえ思えた。
――だってしのぶは、ボクをむかえにきた“はくばのおうじさま”なんだもん! さっきはめちゃくちゃカッコよかったんだもん!
今となりゃ、少女漫画みてーな世界観に
アイツに褒めてもらえることが嬉しかった。
アイツに認めてもらえることが嬉しかった。
アイツと親友でいられることが嬉しかった。
我ながら単純ではあるが、その喜びがいつしか俺にとっての生きる原動力となったのだ。
だから、とにかく何でもいいから、アイツの笑顔に応えたくて頑張ろうと思えた。
こと剣道においては、同年代はおろか上の学年に遅れを取らないほど実力を上げ、都大会で何度も優勝を飾ってきたし。
また学問においては、人より先立って勉強し続けたことがアドバンテージとなり、最低でも90点を下回ったことはなかった。
ぶっちゃけた話。実力差を前に妬かれても、水希が相手ならどうってことなかったしな。
――勉強とスポーツは負けてるけど、その他の分野ならまだ負けてないんだからよーだ。
親と剣道の師を除けば、俺にはっきりと物申す奴は後にも先にも水希しかいなかったから。正面から向き合ってくれるからこそ友達になれて良かったと思えたのだ。
だからどうか…その笑顔を絶やさないでくれと誰よりも願っていた。
もっと褒めて、俺という人間が存在して良いと認めて貰いたかった。
中学を卒業した時に結んだ、
その証が、いつまでも残っていて欲しかったのに。
そんな願いですら、あっけなく散ったがな……。
クラウン『信武』
感傷に浸りきっていた最中、ジジイに呼ばれて我に返った。
クラウン『休む口実を作ったところで、むしろこれからもっと忙しくなるぞ』
信武「……だろうな」
全く、どうしてこうも…現実というものは鼻で笑えてしまうほどに皮肉が過ぎる。
続きをお楽しみに!