レティさんとは一旦別れて、ウェーブアウトをして換装を解いた直後。放送室で一人、虚脱感から膝をついてしまう。
ウォーロック『……立てるか?』
スバル「少し、休ませて……」
自分を卑下するつもりはないけど、懇切丁寧に事情を説明してくれたとしても、年端のガキ風情が状況の全てを受け止めきれるとは限らない。
兄の変貌ぶりを間近に見たせいか、まだ震えが止まらないのだ。
ロックを寄越せとせがまれた時の目つきが、完全に飢えた怪物そのものだったから。
レティさんの助けがなければ……最悪、唯一とも言える捜索手段を失くしたショックでもう二度と、本当に立ち直れなかったかもしれない。
(それを言うなら、二年前の誘拐事件よりもっと酷い気もするけどな)
スバル「……はぁ」
できることなら今すぐにでも帰って休みたい。保健室よりも自室の方がよっぽど楽になれる。そう直感して一度教室に戻ったが「そこまで体に障ったなら、気絶していた先生と一緒に検査を受けるべきよ!」と委員長に指摘され、教頭の
その帰り道。
谷塚「良かったな二人とも。検査結果に異常がなくて」
育田「はい」
スバル「……すみません、帰りも乗せてもらうことになって」
後部座席で肩を縮めるほど申し訳ない気持ちを打ち明けたけど、運転中の谷塚先生は「構わないよ」と気さくに笑って返してくれた。
スバル「でもこれで学習電波を使う必要がなくなった、ってことになりますよね?」
自分もつい先ほど体感したが、左頬をロックに殴られた痛みとは違い、両手で直に脳を鷲掴みにされたような鈍痛が今でも響いてるから、過度な濫用は以ての外だし、早いこと撤廃してほしいところだ。
谷塚「当然だな。私も育田先生と同じ心境で運用ついては反対派だったが、立場上逆らえずとも法的に追い払う理由さえ作れば都合がいい」
育田「――――」
谷塚「あの男も憐れなもんだ。進学校として栄えるつもりが、欲をかいた末にその夢も遠ざかるようではな」
途中、赤信号の交差点に差し掛かった頃。
ルームミラー越しにほくそ笑む谷塚先生と、後部座席の隣で複雑そうな面持ちで口を噤む育田先生を見過ごせなかった。
スバル「……それって、単に自ら、事を荒げたくなかったからじゃないんですか?」
育田「おい、星河……」
谷塚「否定はしない。育田先生に悪役を演じろと命じたのは私だ。どのみち誰かが動かなければ何も変わらなかっただろう?」
スバル「ッ! そのせいで先生は苦しんでたのに! 何とも思わないんですか?!」
谷塚「座りなさい。舌を噛むぞ」
身を乗り出しそうになった僕を
谷塚「……私も、コダマ小の在り方をあの男に全否定されて黙っていられなかった。
各々が伸び伸びと育つ自由さが本来の校風だからこそ、あの男の管理下に置けないと確信した。それだけだ。
無論、後始末はするさ。人を扱き使った罰としてね」
本質的に頼もしい味方だとしても、やり方はきっと褒められたものじゃないはずだ。
罰を甘んじて受け入れるにしても、それまでの言動に軽薄さが入り混じっているようでは、谷塚先生に対する不信感が拭えない。
谷塚「どうせこの事を打ち明けられるのなら、子供達全員に私のような人間になるなと言いたいね」
スバル「……なりたいとも思いませんよ。貴方みたいな腹黒い人には」
谷塚「腹黒か、私にお似合いの評価をありがとう星河君」
こうも皮肉で返されては世話がないが反論する気も失せ、家に着くまでの間、雨粒が流れ落ちる窓の外を眺めていた。
そしてようやく着いた頃。先生達に軽く礼をして家に入る。
自室に入る前に兄ちゃんの部屋に立ち寄り、そっと扉を開けた。
……どうやらまだ帰ってない。
レティさん、封印に手間取ってるのかな?
兄の心配もそうだが、母に検査結果と帰宅したとメールをして、自室の寝床に蹲った。
……いつにも増して静かだと感じる。屋根に打ち付けるような雨音が鮮明に聞こえるくらいに。
スバル「ねぇ、ロック。兄ちゃん大丈夫かな?」
ウォーロック『オレが思うに、封印を施すにしろまたいつ暴走してもおかしくねぇはずだ』
スバル「どうして」
ウォーロック『リヴァイアと二人して背負うものが大きすぎるんだよ。そうだな……前に体育館のステージの照明が落ちた事あっただろ。その後トイレで合流するまでの間、強大な力を感じた』
スバル「その強大な力の正体が……」
ウォーロック『恐らくな。容姿が変わったのも、禍々しさが加わったのも、力を解放したのが原因なんだろうさ』
レティさんが「段階的に早すぎる」と焦る理由がようやく分かった。
僕にも与えられた
誰かを守りたいという気持ちがなければ、扱うこともままならない。
けれど、力を手にした状態で勝てるか?
……ダメだ。どうやっても勝てるビジョンが見えてこない。
兄ちゃんからすれば実力的に本気を出すまでもないだろうし、僕が全力で挑もうとしたところで呆気なく負けるのがオチだ。
どうすればいい……。
一体、どうすれば……。