私には、歳の離れた兄が
なぜ過去形なんだって?
……とっくの昔に他界しているからよ。
交通事故がきっかけで帰らぬ人となってしまい、家に帰るたびに両親は気が沈んでいたそうだけど、その四年後に私を生んだの。
自慢気に話すつもりはないけれど、裕福な家庭でありながら、両親は共働きで出張も多いから、家に帰ってくる日なんて……最低でも一年に10日程度。それより下回ることもザラじゃなかった。
そんな両親が、ひたすら私に求めること。
……それは、出来が良かったらしい兄に続いて、彼らの望み通りに
それ以外は何も、望まれてはいなかった。
言うには簡単なだけで険しいことだと知りながら、それだけで喜んでもらえるのなら期待に応えたくて、そういう幼心から、一人でずっと一本道のレールを歩み続けてきた。
……なのに、要求してくる割に両親は、仕事以外は無関心なの。
むしろ口を開けば「出来て当然のこと」と言われて終わりだから。いくら頑張っても振り向いてはくれなくて、そのたびに絶望に浸っていたわ……。
とはいえ、出来損ないのレッテルを貼られたくなくて、彼らの言いなりになってしまう自分が心底憎いし、亡き兄にまで振り回されているようで………何度、生まれてこなきゃよかったと思ったことか………。
だけど、一度だけ。
たった一度でも、愛されていた実感があったことを、
まだ三年生だった頃の冬休み。
私はその日、一人で都市部にある図書館に立ち寄った。
基本、ゴン太とキザマロの二人といることが多いけど、一人で居たい時は決まって、図書館へ行くことが日課になっていたの。
単に寂しさを紛らわすためでもあるし、両親からのプレッシャーから逃れたい心境だからこそ、気が休まるような居場所を欲しかったから。
あとは何と言っても、童話や恋愛小説を心置きなく読めることかしら。
自室にあるのは大抵、英才教育に向けた教材ばかりで、娯楽と呼べるものなんて全く無いからこそ、誰にも知られない憩いの場となって、両親が不在なのをいいことに図書館に通いつめていた。
なんなら気に入った本を借りて、家でも読んだりしたわ。
そして、読み終えた本を返却した日の帰り道。
バス停へと歩いていたら、いきなり男の人に誘拐され……気づけば、ランプの灯りだけが頼りの、窓のない空間に閉じ込められたの。
手足も縛られて、最低限の飲み食いしか許されないまま何日も……。
仕事では常に人の上に立つ両親に
でも、そんな時だった。
銃声やら鈍い音が扉越しに聞こえて、その恐怖に堪らず目を塞ぎ、必死に祈るように神様に助けを乞うた。
やがて銃声が止んだかと思えば、
(――ころされるッ!!)
……そう予感して、声を噛み殺したまま縮こまっていたけれど、
「……大丈夫?」
嫌な予感とは裏腹に、その人が優しく声をかけてくれたの。
恐る恐る扉の方を向くと、月明りに照らされながら私に問いかける人こそが、愛しのロックマン様と同等に尊敬してやまない―――
「もしかして、君がルナちゃん?」
ルナ「……だれ……?」
『おい、流石にその姿のままじゃ……』
「……あぁ、たしかに
彼の言葉に従って目を瞑ったが、ヒールの足音が近づくほど不安が増すなか、縛られた手足が解放されたと同時に「まだ開けちゃダメ」と言われ、ほんの数秒経って「もう開けていいよ」と声をかけられた。
「……驚かせちゃってごめんね? さっきは変わった服装だったけど、これが僕の本当の姿なの」
いつの間に姿が変わったことに驚く私に、両膝をついて座る水神様は苦笑を浮かべながらそう言って、自ら名乗り出た。
水希「僕は星河水希。お外にいる悪い人達はやっつけてきたから、あとは君を助けるだけ。立てそうじゃないなら、おんぶするけど……」
ルナ「ぁ……ぅ、あ……っ」
鳴り響く銃声もあって殺されると勘違いするほど、精神的に追い詰められて……どうせ助けは来ないと悲観したわけだけど。
やっとのことで人の温もりに触れて、柄にもなく泣き喚いた私を
水希「怖かったよね……辛かったよね……でももう大丈夫だよ。落ち着くまで一緒にいてあげる。君のお母さん、とても心配していたからね」
正直、信じられなかった。
死んだ兄に捉われてるママが、私なんかを心配してくれると思えないから。
ルナ「……ほん、とうに……?」
水希「うん、本当だよ。だからもう泣かないで。お母さんに会えるまでの間、僕が絶対に守るから」
そして同時に……もし兄が生きていたのなら、この人みたいに優しい人だったらいいのになと、叶いもしないことを思っていた。
なんでかは知らないけど実の所、出会った当時の記憶が封じられたように感じながら、今まで過ごしてきたみたいなの。
そうして、復学前の星河くんの家を初めて訪れた日。
一緒にいた水希さんが自己紹介をしたその瞬間、封じられたものが徐々に解けていった感覚がして、容姿も名前も一致する時点で確信を得た。
彼こそが、私の命の恩人だってことに。
だが、お礼をしようにも、本人じゃなかった場合も考えてしまい……いざとなると踏み出せず、勇気が持てやしない状態が続いた。
そんな自分を嫌気が差して「らしくないわね……」なんて吐き捨てて、ベットに突っ伏して悶々とするばかりだったけど……。
意気地なしでいるのはもう終わりにしよう。って。
ママから転校しろと言い渡された時にようやく決心ついて、今に至るの。
◆◆◆
ルナ「――覚えている限りのことは、すべて話しました」
昼食も兼ねてテラス席へ場所を変えてから、二年前の誘拐事件のことを一通り話してくれたが、ルナちゃんを救ったという話は無論覚えているし、記憶処理が甘いのも想定内だった。
何しろただ消すのではなく、トラウマレベルの
それを承知で取った手段は、
何気に初の試みで不安要素しかなかったけど、辛い記憶を抱えたまま生きてほしくない一心で、お節介をしたにすぎなかった。
けど、最後の最後で「いつかまた僕に会えたなら、思い出すかもしれないね」とか余計なこと口走ったとしたら……どう考えても僕のミスです本当にありがとうございました。
ルナ「今だからこそ言わせてください。……あの時、本当にダメかと思いました。……でも、それでも、アナタに助けられたから今がある……だからどうしても、恩返しをさせてほしいんです。何も返せないまま転校したくないんです!」
……どうしてか、昔の自分と酷似していた。
大吾さんに恩返しがしたい一心で、護衛させてほしいと志願した頃の自分に。
でも、
水希「恩返しがしたいって気持ちは理解したけど、あの時のことは単なる気まぐれ。元々、誘拐されたスバルを助け出すついででしかなかったんだよ」
信武「は……?」
ルナ「…………え?」
僕の返答に対してルナちゃんと信武は言葉が詰まったようだが、続ける。
水希「ここから先の話は、君にとっても心が張り裂けるほどの話だよ。それを聞く覚悟はある?」
ルナ「……わたし、は……」
信武「待てよ」
ルナちゃんからの答えを聞く前に、信武が辛抱たまらなさそうにして物申してきた。
信武「おい水希。さっきから黙って聞けば、この子に向かってそんな言い方、無神経だと思わねぇのかよ!?」
水希「思ってる。……それでもルナちゃんは、今日まで迷いに迷って、ようやく勇気を振り絞って僕に会いに来てくれた」
僕とて考えなしに発言していない。
それを信武に伝えると同時にルナちゃんにも、理由もなく助けたわけじゃないと知ってもらうために、説明は必要なのだ。
水希「だからこそ、どれだけ残酷な話だろうと、ルナちゃんには真実を知る権利があるんだよ。……違う?」
信武「そりゃあ筋は通ってるけど、だからって――」
ルナ「私なら、大丈夫です。信武さん。お気遣いありがとうございます」
信武に感謝を告げて一呼吸入れると、いつもの調子を取り戻したように真っ直ぐな視線を向けてきた。
ルナ「水希さん、教えてください。あの時の真実を」
水希「………わかった」
……言わずもがな、ルナちゃんは無理を承知で、残酷な内容だと知ってもなお真相を聞こうと覚悟を決めている。
ならば僕も、彼女に敬意を持って、嘘偽りなく語るのが筋だ。
水希「二年前の誘拐事件にスバルも巻き込まれたけど、君はその時、一人だったでしょ?」
ルナ「……はい」
水希「じゃあなぜスバルと一緒じゃなかったのか。それはね、スバルの他数人は囮で、君だけが本命だったから」
信武「本命って……それじゃあ、まるで」
水希「そう。ルナちゃんを助けてスバル達を見捨てるか。あるいはその逆を選ぶか。トロッコの問題みたいな状況だったの。
……理由は、ルナちゃんの両親に復讐するため」
見開いたまま青ざめてしまうルナちゃんに限らず、信武も思わず息を呑んでしまうほど、僕の口から語る真実は残酷他ならない。
水希「誘拐犯のリーダーは、白金財閥にかかわる会社に勤めるほど優秀だったらしいけど、ある日クビ宣告をされて、入院生活を送る子供の治療費が
その時点で最初から、ルナちゃんを道連れに死ぬつもりだったみたい」
ルナ「そんな……?!」
いくら覚悟を決めたと言えど、ルナちゃんはまだ子供だ。
吐き気を催すほどの真実を聞いて、目に見えて弱り果てる姿は痛ましく、口を押さえて耐えている様子も覗えた。
信武「……さすがに、これ以上は危険だろ……」
水希「わかってる。――最後に一つだけ言い忘れたんだけど、誘拐犯のリーダーがクビにされたことと、ルナちゃんのお父さんとは何の関係もない」
ルナ「……え? それって、つまり……?」
水希「人事部長って肩書きを持つ人が、本来クビになる人と間違えて、誘拐犯のリーダーを辞めさせてしまった。
そんな洒落にならないミスを、君の両親のせいだと勘違いしたことで起こった悲劇。むしろ親子そろって被害者に過ぎないんだよ」
それを聞いてさっきよりマシであっても、依然としてルナちゃんの顔色は悪いままだった。
水希「話は終わり。少し休憩しよう」
ルナ「……その前に、聞かせてください。……どうして、星河くんのついでだとしても、私を助けてくれたんですか?」
水希「お子さんを失った無念はあれど、ルナちゃん達を巻き込んでいい理由にはならない。それだけのことだよ」
辛くてもなお質問するルナちゃんに対して嘘偽りなく答え、「それにね」と付け加えて、自嘲するように続けた。
水希「こう見えても僕。赤の他人にこれっぽっちも興味ない性格してるけど、――まだ未来のある子供達が、汚い大人のせいで理不尽な目に遭って、その結果人生を狂わされるとなると心が痛むんだよね……自分のことのように思えちゃうから」
僕の場合。ユリウスの人生を狂わせてしまった加害者側でもあるから、両方の意味で負い目を感じちゃってるんだよね……。
似たような苦しみを幼くして味わって欲しくないが故に。
リヴァイア「そういうことだ。つまり水希は、なんだかんだ言って、見て見ぬ振りが苦手なお人好しなんだよ」
信武「ま、良かれと思って動いても、かえって空回っちまうこともあったけどな」
水希「……二人の言い分は置いとくとして、本当に気まぐれに過ぎないから、そもそも見返りとか恩返しなんて求めてないの。
……でもね。こうやって感謝の気持ちを伝えに来てくれただけでも、充分なんだよ?」
いきなりルナちゃんの手を取るのは
ルナ「………本当に、あの時助けてくれたのが、水希さんで良かったです……ありがとう、ございます」
その自問に対して、ルナちゃんは涙ぐみながら微笑みかけてくれた。
次回。
凶事の前触れ