流星のロックマン 水希リスタート   作:アリア・ナイトハルト

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61話 凶事の前触れ

人生初のデートに浮かれていたのも束の間。日頃の倍以上歩かされた気がする。

不登校から脱したとはいえ、日頃から引き篭もってた分のツケがここで回ってくるとは思わなんだ……。

 

スバル「ご、ごめんミソラちゃん。ちょっと休ませて……」

 

その結果、近場のベンチにもたれかかるように腰掛け、「飲み物買ってくるね〜!」とミソラちゃんに気遣われる始末だった。

 

まだあんなに走る元気あるんだなぁと感心していたら、ここぞとばかりに野次が入ってきた。

 

ウォーロック『おいおい情けねぇな。男見せるんじゃなかったのか?』

スバル「だからって休憩なしはキツすぎるって……」

ウォーロック『そんな体たらくじゃ一生お子ちゃまから抜け出せねぇかもな』

スバル「うるさいなぁ」

 

からかわれるのは鬱陶しいが、ロックの言うことは何も間違っていない。

やっぱりもっと体力つけた方がいいかな。人目が少ない時間と場所があればジョギングくらいは出来そうだけど。

 

なんて考えていたら

 

スバル「――ひゃっ?!」

 

不意に僕の両頬がひんやりと覆われ、女の子みたいな悲鳴が出てしまっていた。

 

ミソラ「フフフ、思ったよりもいいリアクションだね。ふふ……」

スバル「笑い事じゃないよもう! びっくりしたぁ」

 

コーラを両手に抱えながら笑うミソラちゃんに文句を垂れても、当の本人はごめんごめんと悪びれもしないでベンチに腰掛け、僕の分を手渡そうとした。

 

ミソラ「お待たせ。はいこれ!」

スバル「……ありがとう、ミソラちゃん」

 

目の前のイタズラっ娘に呆れながらも、厚意を無下にせず受け取ってすぐプルタブを開け、飲み進める。

柄にもなく、喉ごしのいいビールをグビグビ飲むような勢いで。

 

スバル「ぷはぁ〜、生き返る〜!」

ミソラ「今のセリフ、なんだかおじさん臭いね」

スバル「ごめんね。はしたなくて」

ミソラ「そうでもないよ。むしろ私も、この前温泉に浸かりに行った時に『あ〜極楽〜…』って溶けそうになってたし」

スバル「温泉か……」

 

 

 

 

 

 

 

『〜♪、〜〜♪ ――? スバルくんも一緒に入る?』

 

 

元とはいえ、国民的アイドルからのお誘い。

 

良いのか? 誘いに乗ってしまって良いのだろうか?

 

 

……って、良いワケあるかああぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

ミソラ「………バ…く…スバルくんってば! ……大丈夫スバルくん?」

スバル「え?! ……あ、うん大丈夫!」

 

邪な妄想に耽ける僕を呼ぶ声に気づき、顔が熱くなりながらも何事もなかったかのように振る舞うが、声が裏返ってたせいで逆効果だった。

 

ミソラ「そう? なんか変なこと考えてそうだったけど?」

スバル「そそそんなことなないよ!!?」

ミソラ「本当かなぁ、さっきから顔真っ赤だよ?」

 

ヤベェすっごい怪しまれてんだけど……!

 

スバル「本当だよ! 決して変な事は考えてないから! ね!?」

ミソラ「ふーん、じゃあ、そういうことにしとくね♪」

 

ジト目で詰め寄って来たかと思えば可愛いスマイルを向けられ、掴みどころのない言動に顔中冷や汗でダラダラだ。

 

でも、まだ確実にバレてないないらやり過ごせるんじゃないかと、淡い期待を抱きつつ声を発した。

 

スバル「……ど、どういうことで?」

ミソラ「温泉デートは寒い季節になってから行こうね」

 

はいダメでしたー。

……というか温泉行くのはイヤじゃないのね。いやまぁ嬉しいけど。

 

ミソラ「……やっぱり、思い切って正解だったな……」

スバル「ミソラちゃん?」

 

なんだかんだ和やかな雰囲気が打って変わって、物憂げな顔を浮かべたまま心境を語り明かそうとした。

 

ミソラ「今日、スバルくんをデー……お出かけに誘ったのはね、この前のお礼も兼ねてだったの。街の人達にもだけど、スバルくんやママさんに迷惑かけてばかりだったし」

スバル「そんな、迷惑だなんて」

ミソラ「思っていいんだよ! 気遣ってくれるのは嬉しいけどさ。マネージャーとのいざこざで頭グチャグチャだったし、……だいぶ思い出したくないこと言ってた気がするし」

 

思い出したくないのは僕も同じだよ。

突拍子もなくいきなり投げ飛ばされたり、顔だけ地面に埋もれていながら案外無事だったりと。……これ以上考えるのは止めて話に集中しよう。そうしよう。

 

ミソラ「取り柄だったはずの歌が、使い方次第で人を傷つける道具になるなんて思わなかったし……本当にどうかしてたよ、私……」

スバル「……下手したら僕も、ミソラちゃんと同じようになってたんじゃないかな」

ミソラ「え?」

 

ハープに唆されていたとはいえ、他ならぬ自分の手で、人を傷つけてしまった。

 

その事実が頭から離れられないまま、ミソラちゃんなりに咎められる覚悟をしていたんだと思う。

……していたからこそ、僕の言葉に一瞬耳を疑い、固まってしまっていた。

 

スバル「僕もきっと、父さんがいない世界なんて無くなれーって、泣き叫んで暴れてたかもしれないし」

 

実際、使い方次第で人を傷つけてしまうことは僕だけじゃなく、FM星人と関わった人すべてに当てはまっていることだから、下手に慰めるよりも共感が求められると思う。

 

境遇が似通ってるのなら、尚更ね……。

 

スバル「……でも、ミソラちゃんと出会えたおかげで、生きることは辛い事ばかりじゃないって、僕だけが辛い思いをしているわけじゃないんだって気づけたんだ」

 

今一度、ミソラちゃんと顔を見合わせて、告げる。

 

スバル「ありがとう。こんな僕と、ブラザーになってくれて」

 

その言葉を聞いてか、次第に表情が和らいでいき、また笑顔を見せてくれた。

 

ミソラ「……お礼を言うのは私の方だよ。ありがとう。スバルくんに会えて、本当に良かった」

 

 

◆◆◆

 

 

ミソラ「同じ痛みを知ってるからこそ、知ってもらいたいことがあるの」

 

今だからこそ、スバルくんだからこそ、話せる。

そう確信しながら私は、長らく封じてきた話を語り明かした。

 

ミソラ「私が今まで、なんだかんだアイドルを続けてこれたのはね……ママが書き残した手紙に重要なことが書かれてたからなの」

スバル「……重要なこと?」

ミソラ「そう。……私のパパについて書かれてたんだよ」

 

その話題に触れた途端スバルくんは黙ってしまうが、続けた。

 

ミソラ「私のパパは、スバルくんのお父さんと同じ宇宙飛行士で、私が5歳ぐらいの時に宇宙へ行って……行方はそれっきりだって……」

スバル「…………え」

 

信じられないと言いたげな反応は予想通りだった。

 

ミソラ「偶然にしては出来すぎてるよね。でも事実だったの。どういった理由で離婚したのかまでは書いてくれなかったけど、スバルくんのお父さんと一緒に宇宙へ行ったんだとしたら……3人だけでも帰って来れたなら……まだ生きてる可能性だってあるはず、だと思う」

 

実際、当時のテレビ放送やネットニュースを通じて【キズナ号の乗組員三名の生還を確認した】という情報が出回っていたから、乗組員の名前が伏せられていようとパパを探す動機としては充分なほどだった。

 

スバル「いつの間に知ってたの?」

 

反応から察するに、私も知っているということは予想外みたいだ。

 

ミソラ「うん。自分なりに調べてたから。――それでその3人のうちの一人が、私のパパかもしれないんじゃないかって期待しながら、表舞台に立ち続けてこれたんだと思う。……私はちゃんと生きてるよって、画面越しに知ってもらえたらなって思いながら、引退してからも、ずっとね……」

 

その思いが潰えないからこそ、引退ライブが終わってもまだ、パパの消息が掴めなくてもどかしい。

 

スバル「……本気、なんだね?」

 

どんな言葉をかけてやれば良いか、迷った末に出た言葉なのだろう。

もちろん本気だからこそ、スバルくんが投げかけた言葉にはすぐ頷いた。

 

ミソラ「私やママを置いて宇宙に行ったのにも、それなりの理由があるんだとしたら、確かめたいよ……」

スバル「……確かめたあとで後悔するとしても?」

 

今の発言は、ただ意地悪に言い放ったんじゃないと思う。

スバルくん自身もお父さんを探して、もし最悪な結末を迎えることになったとしてもある程度覚悟はしているからこそ、私にも問い掛けたんだと思いたい。

 

ミソラ「どうだろう……その時はその時だと思う。真実を受け入れるのに時間がかかると思う。……でもきっと、大丈夫かもって、少なからずそう思えるの」

 

たとえ真実を知って後悔するかもしれないという不安が過ろうと、乗り越えられる。

他ならぬ私自身が、確信めいたことを言えるのもきっと、

 

ミソラ「だって、パパやママと離れ離れでも、私は一人じゃないからね」

 

スバルくんという、たった一人でも同じ痛みを分かち合える友がいるから。

 

スバル「辛くなったらいつでも連絡してよ。ブラザーとして力になりたいしさ」

ミソラ「うん。りょーかい!」

 

『持つべきものは親友』とはよく言ったものだ。

 

そんな親友の揺るがない意志を見習って、私もいつかは……

 

 

 

パパを、必ず見つけてみせる。

 

 

◆◆◆

 

 

ルナちゃんを宥めてようやく昼ご飯にありつけたものの、暗い話のあとで食欲が湧くか不安だったが……時折鼻をすすりながら少しずつ、口に運んでくれただけマシだと思いたい。

 

信武「水希、ちょっとこっち向いて。口汚れてんぞ」

 

促されるまま信武と目が合った途端にウェットティッシュで口元を拭ってくれてるのは良いとして……気のせいじゃなきゃ、子供扱いされてない?

 

水希「……あり、がと?」

信武「ん、どういたしまして。皆も手汚れたりしたら遠慮せず使ってくれ」

リヴァイア「おうサンキューな!」

ルナ「ありがとうございます。信武さん」

 

テーブルの真ん中にウェットティッシュを置き、手に取りやすいように配慮してくれるのはありがたい。

 

水希「それにしても信武、相変わらず準備がいいよね。そのバッグ見てると修学旅行の時みたいに荷物多そうだし」

信武「まぁな。備えあれば憂いなしって言うだろ」

 

などと得意げに言ってバッグの中身を一つ一つ取り出す信武をよそに、注文してたレモネードを口に含みながら眺める。

 

信武「さっき出したウェットティッシュに普通のティッシュ。あとハンカチだろ、そんで飲み水と、雨が降った時の折りたたみ傘、ケガした時の救急セット。あとは胃薬と頭痛薬だな」

リヴァイア「……最後の二つに関しては使い所あんのかよ?」

 

それな。使い所が限定的すぎるとしか言えないわ。

 

信武「あるから持ってきてんだよ。だから言っただろ? 備えあれば憂いなしって」

 

まぁ実際、修学旅行の移動中にお菓子分けてくれたり、乗り物酔いしてた子のサポートも抜かりなくて助けられる場面が多々あったから、あながち間違ってはないんだけどね。

 

にしてもこのレモネード美味いわぁ。

 

信武「お前も水希にとって最高のパートナーなら少しは見習え」

水希「ぐぶっ?!」

 

最悪……ルナちゃんの前で変なこと言い出すから気管に入ったじゃん。

ていうか信武、まだ引きずってんの?さっきから婚約者とか婚姻届だとか……ルナちゃんの前でその話やめてくれないかな。

 

リヴァイア「はーいはい。そこまでしなくたっていつでも俺を必要としてくれてるのでお構いなく〜」

水希「ちょま――ゲッホゲッホ」

 

背中さすってくれるのは嬉しいけど火に油注がないでくれる!!

 

信武「そのうち飽きられて、捨てられても同じこと言えんのかよ?」

リヴァイア「んなこと絶っっ対ありえないしぃ。てゆーか、それ以前に2回キスされたくらいで恋人気取ってるイっタ〜い子よりはマシだと思うんですけどね〜ww」

 

ねぇやめてってば! ルナちゃんがいる前でプライバシーひけらかさないでほしいんですけど!?

 

信武「誰もそこまで言ってねぇし……にしてもおかしいなぁ、水希の彼氏って奴でーす♡って一方的に思い込んで勝手に自爆していった負け犬に罵られちゃってる、俺?」

 

だからプライバシーの侵害ぃぃい!!!

 

ルナ「……あの、水希さん」

 

やめてぇ……聞きたい事は予想つくけど心底不思議そうな目で聞いて来ないでお願いだから。

 

ルナ「お二人とはどのようなご関係で?」

水希「えぇとね……なんと申しましょうか」

 

もうやだお家に帰りたい。(T_T)

 

リヴァイア「負け犬だろうと同じ布団で何度も添い寝できるくらいには信頼関係築いてますし! なんならこの前一緒にお風呂に入ったしーー!!!」

信武「は?風呂はともかく何度も添い寝?水希と同じ布団で仲良く一緒に寝てるだと?……え、殺していい?」

 

あぁもう我慢ならん!!

 

水希「二人とも、いい加減にして」

「「だってコイツが!!」」

 

互いに指差して(なす)り合ってガキか貴様ら。

 

水希「うるさいなぁ。これ以上余計なこと口走ったら二人のこと嫌いになるから」

「「………!!!!!!!」」

 

急に声が聞こえなくなったかと思えば、ガラスやら陶器が盛大に砕ける音がしたのは気のせいか……?

 

水希「……ねぇ、聞いてんn――死んでる!?」

信武「しんでねぇよ……致命傷すぎて一瞬気絶しただけ。でもちゃんと生きてるから大丈夫だよ……うんだいじょうぶ」

リヴァイア「治りが遅いだけでそのうち回復するから平気だよ……たぶんね」

水希「いやそんなにショックだったの!? 本心で言ったわけじゃないのに……」

「「え、ほんと!?」」

水希「もう立ち直ってんのかよ!!」

 

さっきまで全身驚きの白さだったのに色を取り戻して忙しい奴らだな、おい。

 

ルナ「ぷっ……ふふふ」

 

リヴァイアと信武(コイツら)に秘密を暴露された挙句ルナちゃんに笑われるなんて……一生の不覚だわ。

 

水希「ごめんね? さっきから見苦しいものばかり見せちゃって」

ルナ「……ううん。むしろ微笑ましいなって思ったんです。他人に興味ないって仰られてる割には、お二人のことをとても大切にされてるんだなって」

水希「……当たり前だよ。こんな僕に長い間親友でいてくれた二人のことが、誰よりも大好きだって言える自信は人一倍あるんだし。何しろ、二人がいなくなったら、二人と出会えなかったら、生きて行ける自信なかったと思うし」

リヴァイア「どっちつかずなのが玉に瑕だけど」

信武「欲張りさんなところが水希の魅力なんだよなぁ」

水希「あはは……」

 

ホントは二人がいない時に言いたかったけどね。小っ恥ずかしいし、視線が今もアッツアツで焼け死にそう。

 

水希「少しは落ち着いた?」

ルナ「はい。あの、水希さん……本当に、何も返せないままで良いんですか? お昼ご飯まで用意してくださったのに……」

水希「言ったでしょ。感謝の気持ちを伝えに来てくれただけで充分だって。それよりもさ、ひとつ確認したいんだけど」

ルナ「はい」

 

真実を話す前。ルナちゃんが口走った言葉が妙に引っかかり、改めて尋ねてみた。

 

水希「不躾(ぶしつけ)で申し訳ないけど……転校のこと、知ってる人はいるの?」

 

その質問に、ルナちゃんは虚ろな顔つきになって項垂れながら答えた。

 

ルナ「……母が手続きをしてる段階で、先生しか知らないんです。クラスの皆には手紙で伝えてほしいって、私から頼んだので……。でも私は、転校なんてしたくない! クラスの皆と別れたくないんです! それだけじゃない。星河君が学校に戻ってきて、少しずつクラスの皆と打ち解けて、やっと馴染んできたのに……入れ替わるように私が転校したら、星河君を説得しに家にまで行った意味がないのに……。――それを、両親に伝えたところで、今更……」

 

別れを惜しんでいても反抗すらできず、もどかしい気持ちが嫌でも伝わってくる。

 

水希「どうにもならないよね、あの両親(おや)が相手じゃ」

ルナ「どうして……わかるんですか?」

 

記憶を封じた際に、親子としての関係性を知ってしまったからこそ、今の発言に対して不気味がられるのは当然の事だ。

 

水希「君を保護した後に色々と揉めっちゃってね……それに、親の前でずっと、良い子ちゃんを演じ続けて疲れ切ったって顔してるじゃん。今も昔も」

ルナ「だったらなんで、あの時、ママが私を心配してくれてるって、言ったんですか……? 結局あの人達は、()()()()しか気にしてない! 私の気持ちなんて何一つ分かってくれないんですよ! 今も昔も変わらずに!!」

水希「あ、待ってルナちゃん!」

 

引き止める間もなく、デパートの屋内へ走り去ってしまった。

 

水希「追いかけなきゃ」

信武「そうだな。行ってどうにかなるわけじゃねぇけど」

リヴァイア「え、ちょ待っ、俺まだ食い終わってない!」

水希「じゃあ先行くからね!」

 

食い意地張ってるリヴァイアを置いてルナちゃんの後を追うが、瞬く間に屋内に入り人混みに紛れていった。

 

水希「どこ行っちゃったの?」

信武「……あっちだ!」

 

周囲を見渡してすぐ、信武が指し示した先のエレベーターに駆け込む姿を見つけたけど、追いかけた時点でドアが閉まり間に合わなかった。

 

それでも上階に行くボタンを押して、左隣のエレベーターが降下してくるまでの間、館内アナウンスが流れる。

 

亜熱帯動物を展示するイベント会場が屋上にあるらしく、来客を促すような内容だった。

 

水希「……信武」

信武「あぁ。屋上から調べて、会場にいなかったら引き返そうぜ」

水希「おっけ」

 

話がまとまると同時にドアが開き、乗客が降りてから乗り込んで屋上階のボタンを押す。

そしてドアが閉まりきる寸前。乗り遅れた人の両手が挟まったかと思えば……

 

リヴァイア「置ぉいでぇがないでぇぇ……!!」

『ぎゃあぁぁぁぁぁああぁあああ!?』

 

ゾンビのような形相でこじ開けるリヴァイアに驚かされたのだった。

 

◆◆◆

 

息つく間もなく走ったせいで肺が苦しいうえに、屋上まで来て身を隠すために入った所は薄気味悪いの一言に尽きる。

 

足場が分かる程度に照明が整っていても、壁や天井が黒一色で暗く、展示スペースであろう茂みや木々に大小様々な蛇がいれば、誰しもそう思うはずだ。

 

幸いにも蛇達が襲ってこないとはいえ、やけに蒸し暑い空間から早く出たいけれど、水希さん達が追いかけて来るとしたら下手には戻れない。

 

……けど足場が一本道じゃなく、ぐるりと一周できるタイプだと知り、うまく掻い潜って外に出られるんじゃないかと考えた末、意を決して奥に進んだ。

 

その選択が仇になるとは知らずに……。

 

 

◆◆◆

 

 

水希「……もう、脅かさないでよリヴァイア」

信武「ホントに心臓止まるかと思ったぞ……」

リヴァイア「おうおう、俺を置いて先に行った罰だと思え」

 

そんなやりとりをしてるうちに屋上へ着き、エレベーターを降りる。

 

……さてここからだ。

一足遅れて屋上に来たから見失っているわけだが今の所、まだ奴等の気配はない。

 

水希「急ごう。手遅れになる前に」

 

「その前に、()()と遊ぼうぜ」

 

……否。強まる敵意と殺気が、背後に降りかかる。

 

リヴァイア「危ねぇ!!」

 

信武と僕を抱えながら前方へ飛び退いた頃に地面が三の字に大きく抉り取られていたものだから、リヴァイアの咄嗟の反応があと少し遅れただけで命取りになってもおかしくなかった。

 

『よう、まだくたばってなかったか。裏切り者』

 

気づいた頃にはFM星人に取り憑かれた刺客――狼男が降り立っていた。

それに加え、着地後の揺れの原因が狼男だと知った周囲の人達は怯えており、中には悲鳴を上げながら遠ざかる人もいた。

 

クラウン『誰かと思えば……ワシを殺しに来たのか、ウルフよ』

 

冷静を装いつつ質問を投げるクラウンに対して、狼男……もといウルフは不敵な笑みを向けてくる。

 

ウルフ『ハープに続いてお前まで離反するとは思わなかったがな。だが、今回に限って俺はお前らの足止めを任されてんだよ』

水希「……まぁそうなるよね。確実に鍵を奪い返すために、単身で攻め入るなんて愚策だし」

 

ただ、想定内だとしても状況が悪すぎる。

この場から遠ざかった人達の大半がジャングル展に逃げ込んだから、もしそこでも被害が及ぶとしたら尚更まずい。

 

……人目が多少あろうと変身するしか。

 

ウルフ『……で、どっちが俺達の相手をしてくれるんだ?』

水希「……どういう意味?」

ウルフ『言っただろ。俺達と遊ぼうぜって。足止め役ってのは建前で、憑代(よりしろ)のコイツが満足するまで戦えりゃあなんだっていいんだよ』

 

『何なら多体一でもいいぜ』と余裕を見せながら嘲笑い、犠牲者なはずの憑代ですら今にも暴れだしそうな始末だ。

闘いで満たされたいなんて……血に飢えた獣みたいで気味が悪い。

 

そう思っていた矢先、信武が一歩前に出て、ウルフの視界から僕を遮るように立つ。

 

水希「……信武?」

信武「先に行け。ここは俺が引き受ける」

水希「でも」

信武「俺だって戦えるんだから心配すんなよ。それに授業で習っただろ? 冬眠の仕組みを」

水希「!――わかった。そこまで言うんだから負けないでよ」

信武「大丈夫。なんたって、俺は強いからな」

水希「うん、信じてる。行こうリヴァイア!」

 

戦いの邪魔にならないよう、リヴァイアと共にジャングル展へ急いだ。

 

◆◆◆

 

『信じてる』

 

剣道の試合前夜に、水希がいつも必ずかけてくれた魔法の言葉。

 

【常勝無敗】であり続けるため。追われる身としてのプレッシャーと不安をかき消して、背中を押してくれているようで、いつも安心して試合に(のぞ)めた。

 

お互い離れて暮らした高校時代も、その言葉を思い返して勝ち続けてこられたけど、また聞けるとは思わなかったからこそ、意地でも勝たねぇとな。

 

ん〜でもやっぱクソ蛇だけ先に行かせておけば良かったか……もう今更だけど。

 

ウルフ『先に行ったオトモダチもなかなかだが……お前、相当の手練れだろ』

信武「……だったらどうした?」

ウルフ『退屈させてくれるなよ?』

信武「言ってろ」

 

換装し、剣を手にして構える。

 

もはや会話は不要。

 

ただ、目の前の敵を討つ。

 

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