レミリア・スカーレットは百合百合暮らしたい 作:名無しのメイド
幻想郷。現世より失われし神秘や魔術、妖怪たちが集いし知られざる世界。
その人あらざる者たちの楽園の管理者たる八雲紫は、自身の住居たるマヨヒガにて式神の藍からの報告を聞いていた。
「吸血鬼?」
「はい。霧の湖付近に館ごと転移してきたのを確認しております」
「随分とダイナミックな来訪ね」
冗談めかしながら、紫は内心で頭を悩ませる。曰く、面倒な連中が来た、と。
この幻想郷に吸血鬼が来るのはこれが初めてではない。以前、時代遅れの貴族主義と力による支配を信条とした馬鹿な吸血鬼の一派が、幻想郷の支配を掲げて侵略に乗り出した事があった。
あれは幻想郷始まって以来の危機であった。下級妖怪は軒並み吸血鬼の軍門に下り、日和見を決め込む妖怪もいた。
その時は結局、紫が直々に討伐に出る事によって収めたが、今度の吸血鬼もその類いかと思うと頭が痛くなる。
「それで、その吸血鬼は今何をしているのかしら」
「はい。件の吸血鬼、レミリア・スカーレットですが……」
レミリア・スカーレット……スカーレット家か。かの一族は確か外の世界でも極めて高名な吸血鬼だったはず。この幻想郷でしか存在を保てない忘れられた妖怪たちと異なり、ここに来る理由などないはずなのだが。
「妖怪の山や人里に対してメイドを派遣し、菓子折りを渡して回っているそうです」
「……ごめん。何て?」
「妖怪の山や人里に対してメイドを派遣し、菓子折りを渡して回っているそうです」
主人の問いに対して藍は一言一句同じセリフを繰り返して答えた。どうやら紫の耳がおかしくなったわけではないらしい。
「その菓子折りの中身は?」
「はっ。調べましたところ特に不審な点は見られなかったようです。それどころか外の世界では最高級の代物のようでした」
「何か……随分と低姿勢ね……」
以前幻想郷の支配をしようとしたような、傲慢で暴虐な吸血鬼のイメージからは掛け離れた行動だ。プライドに凝り固まった人物ではなさそうだ。少なくとも侵略者のやる事ではない。
「となると単なる移住者なのかしら」
外の世界で栄華を極めているスカーレット家が今さら幻想郷に移住してくるとは考えにくいのだが、何か事情があるのかもしれない。
「会って話してみるのが一番かしら」
「本当に友好的な人物かどうかはわかりません。くれぐれもお気をつけて」
「ええ」
菓子折りを渡して回るというのが友好的に見せて油断させるポーズの可能性も捨てきれない。そうなると厄介なのだがこればかりは本人に会ってみないとどうしようもない。
「あれね」
霧の湖まで飛ぶと、全面真っ赤の館が目に入った。あれが件の吸血鬼の館だろう。なんというか、いかにも吸血鬼らしい外観で存在を誇示してくるような館だ。しかしその割にはやる事は菓子折り配りだし、どうにもちぐはぐだ。
「さて」
紫はスキマを館内部に向かって開く。最初からそうしなかったのは、一度館を目で見ておいた方が良いと思ったからだ。
館の内部、恐らく廊下であろう場所にスキマが開かれたのを感覚で確認し、スキマから出た瞬間──
(なっ!?)
──強大な妖力を放ち、微笑みを浮かべる幼げな吸血鬼に出迎えられ、周囲を多数のメイド服を着た妖精たちに取り囲まれていた。
(察知されていた!? そんな、ありえない……!)
紫は今までスキマを察知された事など一度もなかった。彼女に匹敵するような大妖怪であっても、スキマが開かれる瞬間を気付く者は誰もいなかったのに。
(それに、なんて凄まじい妖力……! 日中でこれなの!?)
吸血鬼が最も力を発揮するのは夜間、特に満月の夜だ。だが日中の吸血鬼は本来の力よりいくらか妖力が弱まる。だが眼前の彼女から感じられる妖力は自分のような大妖怪クラス。日中でこれなら夜はどうなるのかなど想像もしたくない。
そんな件の吸血鬼、レミリアは突然の不審な来訪者である紫に何かする素振りもなく、先ほどからただ微笑みを浮かべながら紫を見つめているだけだ。
観察されているようで薄さ寒いが、敵意を持たれるよりはマシだ。紫は目だけで周囲の妖精たちを見回し──思わず声を上げそうになった。
(冗談でしょ? この娘たち全員、大妖精クラスじゃない!)
主人の命令がないからか、先ほどからこちらに愛想良く笑っているだけのメイドたちだが──全員大妖精クラスの力を持っている。
特に力のある妖怪が大妖怪と呼ばれるように、妖精と大妖精の間にも隔絶した違いがある。基本的に妖精は力が弱く、頭もあまり良くない。気まぐれかつ脳天気で、当然ながらメイドなど務まるような種族ではない。
しかし大妖精ともなれば一般妖怪と同等の力と人並みの知性を得る。妖精によく見られる気まぐれさや適当さは薄れ、確固たる意思を持った個体が現れる。そう、たとえば明確な忠誠を他者に捧げる個体が。
ふと思い立って、紫は抑えていた妖力の一部を解放してメイド妖精たちにぶつけてみる。数人のメイド妖精が眉を顰め、何人かがスカートに潜ませているナイフに手を伸ばしたが、一番年長らしいメイド妖精に目配せされてすぐに先ほどの笑みに戻る。
(やはり……この程度じゃ動じもしないわね)
普通の妖精が紫クラスの妖力に当てられれば気絶するかパニックを起こして暴れるかが当然だというのに、彼女らは単に不快そうにしただけだ。主人がこれだけの妖力を持っているのだ、慣れているのだろう。目配せで意思疎通可能なレベルで統率も取れているようだ。
(というかあのナイフ、銀製じゃないの)
銀といえば吸血鬼の弱点として有名な金属だ。それをわざわざ自分のメイドに持たせるとは……相当な自信家らしい。
(これだけ大妖精が集まっていて統率も取れてるとなると……マズいかもしれないわ)
単なる妖精ではなく、一般妖怪クラスの力はある大妖精がこれだけ集団で組織的に動いているとなるとかなりマズい。何がマズいかって、彼女らが妖精だからだ。
妖精は死なない。自然現象そのものである彼女たちに死はない。たとえ滅びてもすぐに同じ記憶、同じ肉体を持って再生する不滅の種族。それが妖精だ。
そんな妖精がなぜ幻想郷のカーストの底辺クラスに甘んじているのかといえば、妖精同士の協調性が全くないこと、単純に弱いことが原因だ。不滅の存在であってもそれを活かせるだけのスペックがないし、本人たちにもその気がない。
しかし妖怪と同等の力を持つ妖精が集団で明確な意思を持って行動するとなると話が変わる。死の概念がない妖精は永遠に戦える不滅の兵士になり得る。なり得てしまう。
紫がそんな懸念を抱いていると、ついにレミリアが動いた。
「私としたことが、礼を失していたわ。皆、お客様におもてなしの準備を」
「「「畏まりました、お嬢様」」」
レミリアの言葉に従いメイド妖精たちが即座に動き出す。全く無駄のない動きだ。
「咲夜」
「はい」
レミリアが呼びかけると、先ほどまで影も形もなかったメイド服を着た銀髪の少女がレミリアの真横に現れる。
(今のは……まさか、時間停止? なんて馬鹿げた能力者がいるのよ……!)
紫が察知できなかった事を考えると超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてない。妖力を感じないところから人間のようだが、とんでもない人材がいるものだ。
「お客様をご案内して?」
「畏まりました。お客様、こちらへどうぞ」
レミリアの言葉に何の疑問もなく、明らかに不審者である紫を案内しようとするメイド。イマイチ彼女らの意図が読めないが、敵対を避ける為にもここはついていく事にする。
「席へどうぞ」
促されるまま案内された席に座ると、レミリアもその対面へと座った。即座に咲夜というメイドからお茶と菓子が差し出される。完全に客人として扱うつもりらしい。
「ようこそ紅魔館へ。私はこの館の主でありスカーレット家の現当主、レミリア・スカーレットよ」
「丁重なおもてなしありがとうございますわ。私は八雲紫。この幻想郷の管理をしているしがない妖怪ですわ」
紫がそう言うと、レミリアは両手を叩いて笑顔を見せる。
「ほう、あなたが! 幻想郷に移住するにおいていずれご挨拶に伺おうと思っていたのだけれど。私たちのような新参者に対してまさか管理者自ら御足労頂けるとは嬉しい限り」
「いえいえ、幻想郷は誰であろうと受け入れますわ」
噂通り妙に腰の低い態度を取るレミリアに紫は決まり文句で返答する。
「ひとつお尋ねしたいのだけど、今回はなぜ幻想郷に移住しようと」
「そうね、友人が欲しくなったからかしら」
「友人?」
紫がおうむ返しにそう呟くとレミリアは頷く。
「外の連中は私たちが嫌いらしくて。この幻想郷でなら友人が作れるのではないかと思ってね」
「それは良い考えですわね」
「そうでしょう?」
つまりはこの幻想郷には交友関係の拡大を求めてきたということだ。幻想郷の侵略を行う気はなさそうだ。あくまで彼女の言い分を信用するなら、だが。
「そうだ、賢者殿。あなたは我々が幻想郷に来て初めてのお客様よ。これも何かの縁。どう? 私の友人になってくれない?」
レミリアが紫にそう語りかけてくる。実際のところ、今後幻想郷で有力者になり得るであろう彼女と友人になっておくというのは悪い話ではない。
「ええ。是非、お友達にして下さいな」
「そう! では、今から私とあなたは友人よ」
演技なのか本心なのか、レミリアは紫の言葉にはしゃぐように喜ぶ。
「ただ、せっかくお友達にしていただいて難なのですけど、私も忙しい身。そろそろ帰らないといけませんわ」
「あら残念。また遊びに来て頂戴ね?」
「ええ、もちろん」
そこでレミリアはポンと手を叩く。
「そうそう、お近づきの印に幻想郷の皆にお菓子を配っていたのよ。咲夜、紫にも差し上げて?」
「はい。どうぞお受け取り下さいませ」
「あら、ありがとう」
紫は噂の菓子折りをメイドから手渡される。確かに不審な点はなさそうだ。
「それじゃあ、また会いましょうね? 紫」
「ええ、また」
そうして紫はスキマを開くと、自身の住居であるマヨヒガへと帰還した。レミリアへ警戒と興味を抱きながら。しかしこの時、紫は思いもしなかった。まさかレミリアがあんな事を考えているなど。
そう、いかにも大物な雰囲気のカリスマ溢れる強大な吸血鬼が、
(綺麗なおねーさんとお友達きたぁーーーー!!)
……そんな馬鹿な思考を巡らせているなどとは、妖怪の賢者である紫ですら思いもしなかったのである。